アウィル、或いは慰霊碑
そして、3日後。
エルフの村にノア姫の厚意で滞在させて貰っている中、漸くといった形で、父が厳選したろう数人の騎士が到着した。
いや数人かよとなるが、物資としては割と十分だ。
ちなみに、おれの出る幕はなかった。
アナは腕輪の残りの力を使いきってエルフを治し、ヴィルジニーは拗ねて寝ていた。
「……竪神、大丈夫か?」
そしておれは、数日間意識が戻らなかった少年にそう声をかけた。
「問題ない」
「……もう少しで、おれとお揃いになるところだったってさ」
冗談めかして、左の火傷痕に触れておれは返す。
実際、長らく放置しすぎた傷は傷と思われなくなるのか大半の魔法で治らなくなる。
火傷痕なんかの化膿しやすいものは特に。
って言っても、痕として一生残るレベルのはそうそう無いが……竪神のはそのレベルだった。
なんと言っても、あのブリューナクの余波を間近で浴びたのだ。最後の転送されていくライ-オウなんて、胸の獅子が完全に溶けて無くなっていたからな。
そんなエネルギーに晒されていたんだ、後遺症が残っても可笑しくない。
「……それは困るな」
「だろう?」
「ただ、魔法で治る時期なら逆に言えば私は治る。皇子の方が大変なんじゃないか。
左目を抉ったのに、彼等のかけた呪いが解除できていないんだろう?」
と、自分もぼろぼろだったのに、目覚めるや否や此方を心配してくる少年。
彼からも、アルヴィナの記憶は消えているようで。
どうやらノア姫等からも確かめたが、このアルヴィナにあげた関係で二度と治らなくなった左目は、おれがスコールの呪いを左目抉って無理矢理引き剥がしたときに残ってしまったもの、という認識に変わっているらしい。
居もしない男爵家のフリが出来たあたり、単なる魔神として出てきた四天王とは異なり何者かと魔法で認識を入れ替わらせて潜入していたようで。その魔法が切れたからか、ぽっかりと記憶に穴が空くように消えた少女。
それはスパイの自業自得かもしれないが、それでもおれ達の為に戦ってくれた少女が誰の心にも残っていないのは、少しだけ寂しくなる。
『……きゅう?』
「っと、ごめん。遊んでる途中だったな」
頼勇が目覚めたと聞いて思わず駆けつけてしまったからか、ちょっと不満げに包帯と接ぎ木で誤魔化しているおれの足に頭を擦り付ける小さな狼を抱き上げて、ごめんなと頭を撫でる。
名前を、アウィル。
アナといいアイリスと言いアばっかだなとなるが、アから始まる名前が結構縁起が良い扱いなのか多いのだ、この世界。
そもそも、七大天+虹界の魔名にも、アンティルート、アラスティル、アーマテライア、アウザティリス、アルカジェネスと5語もアから始まる言葉があるから推して知るべし。
因みにこの名前は、落ち着いたアナに改めてアステールに繋いでもらい、頼み込んでこの娘達の名前をつけて良いか天に直接聞いた際に告げられた名だ。名付け親は天狼の神たる七大天。
もう一頭については丸投げされたところ、アナがラインハルトと名付けた。
……良く分かったなアナ。原作でそんな名前だって。
と言いたいが、そこは普通だ。
そもそも、由来がかつて哮雷の剣を使っていたとされる英雄ラインハルトらしいからな。雷、英雄とくれば滅茶苦茶それっぽい名前になるし、原作での名付け親じゃなくても同じ名前は出せるか。
「アウィル。タテガミだ。
お前の偉大なお母さんと一緒に戦った人」
無邪気に、母の死も良く分からず遊ぶ狼に、まだ分からないだろうと思いつつ、おれは頼勇を紹介する。
おれが抱き上げた狼の鼻を、少年は機械でない右手で軽く押して、
「私も、君の母には助けられたよ」
とだけ、一言告げる。
「竪神。おれはアウィルと遊んでやらなきゃいけないからそろそろ」
そう言って、エルフの村の一室を出ていこうとするおれに、少年が声をかけた。
「……あの天狼は」
「……そろそろ、慰霊碑をノア姫が完成させてくれるはず」
……あの狼の亡骸は、此処に葬ることにした。天狼の甲殻なんかは良い素材になると解体しようという話が出る前に、既にもう埋めた。
……ただ、折れていたのを無理矢理くっつけてた角だけは、おれが今持っている。
勿論使うためではない。何度も助けられた礼と懺悔と、天狼が山を降りなきゃいけない理由があったならその理由を知って、今はおれがこうして抱き上げている幼い兄妹をすぐに返すのか、どうするのか聞くために。一度王都に戻ったらおれは天空山に向かう。
その時に、せめて遺品として返してやるためだ。
って止めだな。
遊びの最中抱き上げられて不満げに体を捩るアウィルに、おれは意識を戻して、
「……よし、再開だなアウィル」
遺された天狼の遺児と、おれはじゃれるように遊び始めた。
こうしていて良いのかという思いはあるが……慰霊碑が完成するまで、だ。
そして、更に1日後。
「……おねぼうさんね」
『きゃうっ!』
「皇子さま、起きてください」
そんな二人と一匹に呼ばれ、おれは目を覚ます。
アウィルが寝つくまで見守って、それから竪神から借りたエンジンブレードを振り回して少しでもと鍛練して……帰ってきたのはついさっき。
何用だろう。少しだけぼんやりした頭で、まだまだ馴れない偏った視界で、二人を見上げる。
産まれたばかりなのにもう既にベッド上まで登れる身体能力を見せる、おれがある意味原因だとも知らずに無邪気に寄ってくる仔狼をここ数日で馴れきった手で抱き上げて、おれは添え木した足を支えに小さく粗末なベッドから立ち上がった。
「何か用ですかノア姫」
「愚問ね。左目ごと脳に傷でも行ったのかしら。
だとしたら、今後は大人しくすることね」
「皇子さま、慰霊碑が出来ました」
その言葉に、そうかと頷いて、おれはエルフの村の真ん中に向かう。
其所には、エルフの姫が用意したひとつの石碑が立っていた。
が、何も書かれていない。たんなる、磨き上げられた白い石の石碑と、それを囲む雨風をしのげる小さな社。
「……ノア姫、ウィズ。
おれがやって良いか?」
「その約束でしょう?」
一応確認を取って、おれはエンジンブレードを構える。
そして、その刀身で、ひとつの文を掘った。
即ち、『狂乱の中、全てを護らんとした気高き者の安らかなる道を祈る』という言葉。
「はい、皇子さま」
と、銀の髪の少女から手渡されるのは、この辺りの森に生えている綺麗な花。
昨日オルフェゴールドと散策して取ってきてくれたらしい。
おれは、有り難くそれを添え、小さく祈る。
横でアナが、あとはノア姫も手を合わせ、ウィズが小さな社だから並べずに待っていた。




