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再会の兆し、或いは忘却の彼方

「……アルヴィナちゃんの、あれって……」

 と、銀の髪の少女は不安げに瞳を揺らす。

 

 「アルヴィナちゃんの本名は」

 「知ってるよ、アルヴィナ・ブランシュ」

 「知ってたん、ですか?」

 その問いに、おれは頷きを返す。

 

 「彼等真性異言(ゼノグラシア)がアルヴィナをそう呼んでいた事がある。魔神王の妹だって。

 

 その時は、流石に冗談だろ?って笑ったけど」

 けほっ!と血と(たん)(たん)を吐きつつ、おれは笑う。


 その笑みはきっとぎこちないもので。

 

 おれが寄り掛からないと歩けないから、同じ目線で此方を心配そうに涙を目尻に溜めた少女は、少しだけ辛そうに目線を外す。

 「……知ってたんですか、皇子さま」

 「薄々ね」

 

 そうして、その度に友達だから、とちょっと無理のあるかもしれない擁護で其処から目を反らした。

 してんのう?だの屍の皇女だの、おれは知らない。エッケハルトも知らない。あの桃色聖女も知らないだろう。

 けれども、何だかんだそこそこの人気作品。コミカライズとかあった気がするし、そうした派生作品で実は……と裏設定が出てきても可笑しくない。その辺りを把握していないおれが、あるだけの知識にそぐわないから嘘だなんて、本当は決めきれるはず無いのだ。

 

 「でも、おれは間違って無かったって信じている」

 既に血の止まった……血の巡りも止まった左目に右手を触れ、おれは呟く。

 「アルヴィナちゃん、命懸けでわたしたちをたすけてくれましたから。

 ……死んじゃうの、わかってて」

 

 ……ん?

 何だかんだ同室でそこそこ仲の良かった少女を悼み手を合わせる少女の言葉と、おれの認識に齟齬がある。

 「アナ。別にアルヴィナは死んでないぞ?」

 「え?でも皇子さま、アルヴィナちゃん、砕けて消えちゃいましたよ?」

 「あれは魔神本体じゃない。というかさ、本体が出てきてたら大問題過ぎるよ。もう封印が解けてるって事だから」

 シロノワールを騙ってアルヴィナと共に此方を観察していたのだろう魔神王テネーブル共々、あれは本物じゃない。

 

 「アイリスのゴーレムみたいなものって思えば良いかな。あくまでもあれは本人を模した人形」

 「え、え?」

 銀の少女はサイドテールのほどけた髪を揺らして困惑する。

 

 「つまり、どういうことですか皇子さま?」

 「本気でおれたちの為に命を懸けてくれた天狼と違って」

 おれは狼の亡骸を見て、もう一度黙祷してから続ける。


 「アルヴィナは使ってた仮初めの器が壊れただけ。

 預言の通りに魔神が封印から解き放たれた時、きっとまたひょっこり現れるよ」

 きっと、その時は敵として。魔神として。

 けれども、おれはそれは言わずに友人を元気付けるように言う。

 

 みるみるうちに、おれを痛ましそうに見ていた青い瞳がじとっとしたものに変わっていった。


 「皇子さま」

 少しの怒りと共に睨まれて、

 「……はい」

 仔狼を胸に抱いたまま、おれは素直に頷く。


 「皇子さま。アルヴィナちゃんは死んでないんですよね?」

 「あのバケモノ……ATLUSの力は正直未知数だった。特に、ブリューナク?という奴は」

 少しだけ様々な可能性を考える。


 あのクソチートなら、本体にすらダメージを与える可能性は十分にある。

 或いは、あのアルヴィナが止めを刺したルートヴィヒも、死んだ魔神一族を任意に操れる力だから、仮初めの体のアルヴィナが死んだからで魂を捕らえる馬鹿みたいな屁理屈を使えたのかもしれない。

 

 だが、それらはあくまでも七天の摂理の範囲外、外から侵略してくる神の……謂わば異郷の理での話。

 おれが時折思い出すニホンではステータスも魔力も無かったがこの世界にはあるから法則が違うからと言ってるに等しい。

 

 あくまでもアルヴィナが消えたのはこの世界の……魔神の影のルールに従ったもの。本性を現すと耐えきれずに砕け散るルールそのままだ。

 「でも、そいつで怪我していてもアルヴィナ自身はアルヴィナ自身の限界で消えていた。

 あって多少のフィードバック。今から8年後だかに起こるんじゃないかと言われている魔神復活の際にはけろっとしてるよ、たぶん」

 

 「うぅ……」

 ぽろりと、少女の目から涙が溢れる。


 小さな天狼が落ちてきた水滴に驚いてか少女を見上るなか、

 「皇子さまはバカです!おおばかです!」

 ぶん!と少女の手が振られた。

 

 力の入っていない痛くもない拳がぽかぽかとおれの左目周辺を叩く。

 「なんで、なんで!

 それなのに、あんなことしたんですか!」

 「……アナ」

 「死んじゃうアルヴィナちゃんに贈るのだって、普通おかしいのに!

 何でもないアルヴィナちゃんに、片目をあげるって、何でですか!なおるんですか!」


 その言葉におれは首を横に振る。

 

 「治らないよ。一生」 

 じくじくとした呪いを感じる。前にアルヴィナが耳を甘噛みした時の魔法は認識できなかったが、今回のはおれでも分かる。

 前回ユーゴと戦った時に剣先が突き刺さって焔に焼かれたのは治ったが、これはアルヴィナが自分の意志で返してくれなきゃ治らない。

 これはそういう呪いだ。

 

 「……皇子さまのバカ!加減知らず!」

 ぽかぽかと、攻撃は続く。

 少女に抱き上げられた方の仔狼が、真似してかその小さな前足をブンブンと振って応援しているのが、どこかおかしくて。


 「そんなにアルヴィナちゃんがだいじなんですか!」

 「大事だよ」

 そこは素直に頷く。

 

 「わたしより、アイリスさんより、他の誰より!」

 「いや、違う。君や民と同じくらい大事だ」

 倒さなきゃいけない相手になったら倒す。見捨てなきゃ多くを救えないなら見捨てる。あとで、一人で泣けば良い。

 それは、アナもアルヴィナもおれも同じだ。


 だからおれは、その言葉には否定を返す。

 

 「なら、どうして……」

 「アルヴィナが、命を懸けておれ達を助けてくれたから」

 「懸けてないって、さっき言ったじゃないですか!」

 「死んでないだけだよ、アナ」

 冷静な判断が出来なくなっている少女をあやすように、おれはそう誤解をほぐすように、ゆっくりと告げる。

 

 「アナ。アルヴィナは魔神だ。つまり、敵なんだ」

 「そうですよ……。なのに」

 「でも、アルヴィナはおれやアナと友達を続けていた。それは、情報収集の為だったのかもしれない。何処かで誰かをこっそり暗殺する為だった可能性もある。

 でも、分かるだろうアナ。それらは、自分が魔神だと明かさないでやるものだ」

 少女は応えない。

 じっとうつむいて、仔狼の頭を撫でて考え込む。

 

 「自分が実は敵でスパイだった事をバラして。隠していた本来の力をさらけ出して。潜入先を……敵であるはずの相手を助けるだけ助けて帰っていったんだよ、アルヴィナは。

 アナなら、そんな重要な情報を持ち帰るどころか此方の重要な情報を洩らして帰ってきたスパイをどうする?」


 「……わたしがえらい人なら、ゆるさないです」

 少しして、ぽつりと少女は言った。

 

 「そう。許さない。許される行為じゃない」

 ……まあ、あの原作の断片的な情報からでも恐らくドシスコンってプレイヤーから言われていたし、実際に襲撃されるやシロノワールを名乗ってアルヴィナを見守りに現れたっぽい魔神王テネーブルならば、愛妹たるアルヴィナを処刑するような事は多分無いだろうが。

 

 「あそこで彼等と戦っても本体じゃないから死ぬことはない。実際に多分死んでいない。

 ……でも。仮初めの影が壊れたアルヴィナが帰るのは、封印されている魔神達の真っ只中。ついさっき、スパイとしてやっちゃいけない事をした後で、そんな場所に帰る事になる」

 「……アルヴィナちゃん!」

 「最悪は処刑。そうでなくても、何らかの罰は受けるだろう。

 重いか軽いかは分からないけれど、幽閉されたり、拷問されたり、きっとロクな目にはあわない」

 あまり良い話ではないから、おれは柔らかな仔天狼の耳を軽く抑えてやるようにして声が幼い狼にあまり理解できないようにしつつ、話を続ける。

 

 「それを覚悟の上で、アルヴィナは……隠していれば良いのに、自分だけは逃げられるのに。

 わざわざ全力を出して、全部バラして、おれ達を助けてくれた。その後、どんな目にあっても構わないと覚悟して」

 

 ……そう。ひっかかる事がある。


 原作テネーブルが、推定ドシスコンなラスボスが、妹を危険な場所に出すか?という話。

 原作では設定上居るはずながら一切出てこないからモブな魔神王の妹、アルヴィナ。

 彼女の周囲に穏健派を固め、一切戦わせなかったと言われる魔神王が妹をこうして表に出してスパイにするのが彼らしくない。

 

 それと、アルヴィナの言っていた兄は死んだという言葉。

 ……もしも、それがアルヴィナから見た真実ならば。

 魔神王テネーブルがさっき戦ったシャーフヴォル等と同じく真性異言(ゼノグラシア)で。元の彼ではなくなったと思って死んだと表現していたならば。

 

 まあ王がシスコンだしという事で成り立つアルヴィナの安全は危うい。

 体は兄妹で、でも心は兄妹じゃないからと手籠めにされる可能性もある。危険分子と予め殺される可能性だってある。何をされても可笑しくない。


 ……その場合の彼は魔神王になった何者かであって、アルヴィナの兄ではないのだから。

 

 「それでも、アルヴィナはおれ達を護ったんだ。

 その想いに報いらない奴は、皇子なんて名乗れない」

 「で、でも!もうあんな事しちゃダメですよ皇子さま!」

 そう訴えてくる銀の髪の少女に、おれは少し悩んで。

 

 「出来る限りそうする。アルヴィナが……」

 「アルヴィナ?えっと、その子アルヴィナちゃんって名前を付けたんですか?」

 その言葉に愕然とする。

 突然、アナと話が噛み合わなくなった。

 

 「アルヴィナちゃん、結構可愛らしい名前です。

 ……あれ?でも天狼さんの子供さんを、わたしたちが勝手に呼び方決めちゃっていいんですか?」

 「……アナ?この子の名前じゃないよ」

 「じゃあ、誰のことなんですか?」


 心の奥底から不思議そうに、少女のサイドテールが揺れた。

 

 「……候補だよ。おれの友達の名前で。

 また会った時に、ややこしくなるから没」

 「皇子さま、そんなお友達が居るんですか?

 わたしも、会ってみたいです」 


 ……ついさっき、助けてくれただろうという言葉を呑み込む。

 さっきまでおれに向けていた怒りすらもアルヴィナに関連するものだからか消え去って、柔らかに少女は微笑んでいた。

 

 「それより、あの変な人たちの呪い、大丈夫ですか皇子さま?その目、痛そうで……

 わたしに出来ることとか、ないですか?」

 

 明らかに可笑しい。

 何処かの瞬間、アナからアルヴィナの記憶が、その存在認識が、全てぽっかりと抜け落ちたような感覚。

 アルヴィナを見て抱いたおれに対する不信感、怒り。愛想を尽かしかけた……おれへの盲目的な実情とは異なる信頼のメッキが剥がれかけた大切な想いすらも、忘却の彼方に置き去って。

 アルヴィナの記憶と共に成長も忘れておれにとって都合が良い状態に戻ってしまった少女は、純粋な心配だけをその目に浮かべておれを見上げる。

 

 ……寧ろだ。おれが覚えているアルヴィナ・ブランシュの記憶は、本当にあったのか?此方が間違っていたりはしないのか?


 そんな不安に、大丈夫と左目の呪いが疼いた。

なお、当然ですが今更アルヴィナは再登場時に敵として出てきたりしません

単なる主人公の思い違いです

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