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終結、或いは別れ

「……う、がっ!」

 血と炭を吐く。

 

 「皇子さま……」

 「ア、ナ……」

 ふらつく頭で、右目だけの視界で、ぼんやりと周囲を見渡す。

 

 抉れた大地。不毛の森。

 幾多の歪んだ破片が墓標のように突き刺さり、さながら空襲の跡地のようで……

 

 沈黙し、色を喪った巨神の胸元には、持ち主の居ない赤金の剣が突き刺さっていて。

 その横に転がるのは、破壊不能の筈なのに弦の切れた黄金の弓ガーンデーヴァ。周囲には黒羽根が散乱していた。

 

 ……眼前の黒い狼が、その潰れた両の瞳ではなく、鼻で血の臭いを探り、ボロボロの体を引きずって歩く。

 そして……血塗れの少女に運ばせようとしていた少年の体を、首を、噛み砕いた。

 

 「ぁ、がご、っ……」

 少年……ルートヴィヒの首が地面に落ちる。

 その眼は、最後に恨めしそうにおれの方を睨んで……塵に代わり、魔力となって風に溶けていった。

 

 パキン、と澄んだ音と共に、ボロ布が千切れた片耳に引っ掛かっている狼の左後ろ足が、水晶となって砕け散る。

 体勢を二本足では支えられる筈もなく、小さな狼はぐらりと揺らいで、

 「アルヴィナ!」

 見ただけで分かる。その落ちようとする頭を、走れないので飛び込みながら倒れこむような形で、おれは何とか受け止めた。


 「あぎゃぐっ!」

 小さく軽い狼の頭を支えるだけなのに、その衝撃すらも痛みとなって走る。

 

 「アルヴィナ、大丈夫か」

 「……分か、るの?」

 残された片耳が微かに動く。

 「分かるに決まってるだろ、友達なんだから」

 パキン、と。

 再度澄んだ音がして、触れてもいないその残された前足が砕け散った。

 

 「……おう、じ。

 こわく、……ない?」

 「怖いわけがあるか」

 何を心配されているのか。肺から煤を少女狼の体に掛からないように脇に吐き捨てて、おれは返す。

 

 「ボク、てきで……魔、じ、ん……」

 「おれを、アナを、友達みんなを護るために、見せたくなかった!隠してた、その姿を見せてまで戦ってくれた!」

 どんどんと弱くなる声の主を、血の固まったボロボロの腕で抱き締める。


 「そんなお前を、怖がるものか!軽蔑する訳があるか!」

 

 パリン、と。狼の胴体が腰の辺りから粉々になって消えていった。

 これが、影である四天王が本来の姿に戻らなかった理由。

 耐えきれずに、壊れていく。もう、二度と人の形態には戻れず、影はその場で壊れて終わりになる。

 

 潜入していたアルヴィナが、その真実を全部ばらしてでも、ここで潜入終わりでも。おれ達の為に戦ってくれた。

 

 おれの思いは間違ってなんていなかった。

 

 「おう、じ。

 ボクの……ぼう、し」

 「ああ」

 片耳に引っ掛かる襤褸が、その帽子だろう。もう見えていないから、既に無いそれを狼は探していて。

 おれは誤魔化すように、掌を帽子に見立てて耳に被せる。

 

 「あったかい……」

 胸元に咲いた花びらの欠けた華のような水晶が砕け散る。


 急速に、狼の頭が透き通っていく。

 

 もう、別れが近いんだろう。

 「……さいごに、おねがい」

 「ああ。何でも言え、アルヴィナ」

 何でも良い。

 有り得ないだろうが、万が一死ねと言われたら死のう。

 

 隠すべき真実をさらけ出した友達のために。代価としては十分だ。

 

 「その、目」

 見えていない、おれの目を見上げようとするように。

 恐らくはスコールに抉られた少しだけ瘴気の煙の出た目蓋を動かして、魔神であった狼は呟く。

 「ボクの大好きな明鏡止水。

 その眼を、わすれないで……」

 

 「……ああ、持っていけ、アルヴィナ」

 何となく、アルヴィナは良くおれの目を見ているなと思ったのだ。

 それを見て微笑んでいて、何が面白いのか、と。

 

 狼少女の上顎を優しく持ち上げ、おれは残った右目の上に添える。


 「……いい」

 「欲しかったんだろ、アルヴィナ?

 お礼だ」

 左目を抉った時、不思議と残念そうにしていた少女の思惑に気が付き、おれは牙を食い込ませようとして……

 「そっちは、おうじに、ひつようだから……いらない」

 最後の力を振り絞り、狼の顎は逆……つまり、今は抉られて無く、そして黄金の焔が焼き尽くして更に酷い火傷痕に変わっている左目に、その牙を当てる。


 そして……

 

 「ボクは、こっちが良い」

 二本の牙のうち、片方がおれの目蓋にすら負けて砕け散るも、片方が刺さり、鈍い痛みが走る。だが、根性でおれは痛みを耐えて。

 小さな痛みと呪いが、浸透する。

 

 「ありが、と……」

 カシャン、と。


 人の世界に紛れ込んでいた魔神は、アルヴィナ・ブランシュは。

 その存在全てが砕け、この世界から消え去った。

 

 「……ああ、有り難う、アルヴィナ」

 そして、忘れない。お前が好きだといったこの目を。

 迷わない。惑わされない。同じ穴の狢のままではいられない。

 もう二度と治らなくなったこの左目に誓う。もう、嬉しいはずのあの言葉にも惑わされないように。

 

 おれは……第七皇子で、民の剣にして盾であり続けよう。

 それが、今はまだアナにとって大事な人を奪うことになっても。

 

 単なるエゴまみれのおれを、明鏡止水と呼ぶならば。おれは、そんな存在であり続ける。そう、心に刻む。

 

 背後で、小さな鳴き声が聞こえた。

 うずくまる母狼に甘えるようにした、二匹の仔狼。

 ……産まれたのか。母が死んだ後に。

 

 同時、理解する。

 これはアルヴィナの置き土産。死んだ肉体を死霊術で生きてるように動かして。最後の最後、母の死で産まれれなかった子を産ませてやった。


 アルヴィナなりの返礼なのだろう。

 穏やかに母天狼は、双子の子を見て、産まれたばかりで濡れた毛を優しく舐める

 

 最初で最後の愛情表現。本当は、無理におれ達を助けなければ、もっと出来たろうそれだけを、息子と娘に残して。

 屍使いの皇女。そう呼ばれた魔神によって仮初めの生を保っていた狼は、今度こそ……地面に倒れ、動かなくなった。

 

 「……有り難う。

 そして、すまなかった」

 おれはアルヴィナとのやり取りには黙っていたアナに支えられながら、その白狼の亡骸に近付く。

 そして……

 

 「龍姫ティアミシュタル・アラスティル」

 おれが一番搾り唱えやすい相手の名を語り、そうじゃないだろと思い直して。

 「王狼ウプヴァシュート・アンティルート。

 彼等七天、その導きが。安らかなる道の在らんことを」

 「ティアミシュタルさまの加護があってほしいです」

 二匹の仔狼に不思議そうに見上げられながら、おれは手を合わせ、横でアナも手を合わせて祈る。

 

 「アルヴィナちゃん、天狼さん。ありがとうございました」

 そして、おれ達は互いに顔を見合わせた。

 

 「それで……どうすれば良いんだ?」

 此方にとてとてと寄ってきて、母とおれを交互に見る仔天狼の片割れを抱き上げつつ、おれは言った。

 「……どうしましょう?」

 

 背後で、ブラックホールに呑まれてアトラスの残骸が消え、エルフの森での戦いは此処に完全に終結した。

勝った!第七皇子と運命を打ち砕く救世主、完!


まあ終わりませんが。


今話から暫くの間メインヒロインの片割れであるアルヴィナが離脱します。そのうちヤンデレつつひょっこり戻ってきますのでご了承ください。

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