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未来の聖女と、集う英雄達(side:アナスタシア)

「……え?」

 わたしの前で、もう動かなかった筈の白い狼が、その目を見開く。

 少しだけ濁った、黄色混じりの蒼い目を。

 

 優しく、その背の皇子さまを傷付けないように立ち上がる。


 「……何?」 

 ルートヴィヒさん?と呼ばれたひどい人が、怪訝そうにそれを見て、

 

 「ぐぎゃぁぁぁっ!?」

 足蹴にしていた両の足を、立ち上がった天狼に食い千切られて悲鳴をあげた。

 

 眼を覆いたくなるような光景で。でも、事態は良く分からないわたしにも、彼等が天狼さんにひどいことをして、エルフさん達を傷付けて、皇子さまを殺しかけた事は分かって。

 いけないって思うけど、暗いざまぁないですって思いが、わたしの目をそらさせない。

 

 「死んだ筈だろ!」

 「……そう。だから、ボクの声に応える」

 その声と共にわたしの前に降り立つのは、胸に水晶の華を咲かせた一匹の帽子を被った黒い狼。

 わたしでも分かる。ううん、彼女を、彼女が皇子さまから貰った帽子を大事にしていたことを知っていたら、誰でも分かる。


 その狼は、アルヴィナちゃんだった。

 

 ……どういうことなんだろう。亜人さんも獣人さんも、獣になんてなれないのに。

 それに、わたしを抑えている虚ろな目のアルヴィナちゃんは?何者なの?


 訳も分からぬままに、皇子さまの影から姿を見せた八咫烏のシロノワールさんによって偽アルヴィナちゃんはつつかれて消え、後には……立ち上がった天狼さん、わたし、何でか狼なアルヴィナちゃん、そしてシロノワールさんが残る。

 

 「……ちっ、死霊術」

 「キミ達を許せない。礼儀を知り面白い人の子等を助けたい。今度こそ、最期まで共に戦ってやりたい。

 だから、ボクの声に幾らでも応えてくれた」

 狼なのに、口から出てくるのは不思議と人の言葉。


 アルヴィナちゃんは器用に牙を当てないように天狼さんの背から意識のない皇子さまの体を持ち上げて背負うと、わたしの前に身軽にぴょん、と四つ足で飛び降りてくる。

 

 ……あれ?ちょっと何か割れる音がしたような。

 そして、アルヴィナちゃんはわたしに背を向ける。


 「……アルヴィナちゃん?」

 「皇子を、お願い。

 ボクは、カタをつけるから」

 少しだけ迷い、少女狼は、わたしに尻尾を振りながら、もう一つだけ告げた。

 

 「ボクの本名は、アルヴィナ・ブランシュ。

 滅ぼすために人の世界を見に来た魔神。でも……人の世界は、思ってたよりずっと、そのままで面白かった」

 「っ!アルヴィナちゃん!」

 「だから、皇子は死なせない」

 

 「ルォォォォン!」

 死霊術で蘇った……んじゃなくて、死んだまま動く天狼と共に、突然現れた黒い狼に、アルヴィナちゃんは躍りかかる。

 

 「……でもっ!」

 危険だよ、そう言いたくて。

 でも、言えなくて。

 

 「……誰も、応えない」

 不思議そうに、アルヴィナちゃんはそう呟く。

 

 ……誰も?

 わたしも、その違和感に気が付いた。

 アルヴィナちゃんは死霊使い。なのに、共に戦っているのは天狼さんだけ。

 わたしは何も出来なくて、皇子さまの体を傷付けさせないって抱き締めるだけ。

 遠くで聞こえてたけど、わたしに興味があるらしいから、わたしがこうしてれば皇子さまをちょっとは護れるから。

 

 それに……抱き締めてる間は、皇子さまも死ぬようなこと、しないから。

 

 手にした瞬間に燃え上がる剣。あんなの持ったら、死んじゃう。そんなのやだ。

 わたしはまだ、皇子さまに何にも返してないのに。沢山護られてきたのに。

 死んでほしくない。幸せで居てほしい。

 

 だから、アルヴィナちゃんには頑張ってほしいけど……苦戦してる?

 ちょっと前は、他の死霊さんも呼んでたのに。

 

 「……おや、気付きましたか」

 と、声は……いつの間にか、最初の完全な姿に戻ったアトラスって皇子さまが呼んでいた巨大な化け物の中から聞こえた。

 

 「ブリューナクは、死者の想いを糧にする墓標の雷槍。全ての死者の想いを、取り込みました。

 最早、あなたに応える死霊など居ない。相手が悪かったようですね、屍の皇女」

 アルヴィナちゃんは応えない。

 

 静かに、天を向いて一声吼えただけ。

 「命乞いですか?」

 「……違う」

 「まあ良いでしょう。ブリューナクで殺せば面倒なことになるので……」


 「じゃ、オレが。

 スコール!」

 何度か襲ってきた三つ目の狼が……アルヴィナちゃんに似た魔神さんの屍が、小柄な黒狼に襲いかかろうとして……

 

 「憐れだな、スコール」

 その体が両断され、燃える。


 「で?誰が、応えないって?」

 「……何者です」

 その声に、赤金の剣を携えた、皇子さまから火傷を消して大きくしたような男の人は、静かに返した。

 

 「(オレ)も無名になったもんだな、だろ?テネーブル?」

 「……今はシロノワールだ」

 「おう、そうかよ」

 ……えっと、誰?

 

 って、わたしでも分かる。有名だから。


 「ま、良いか。

 (オレ)はゲルハルト・ローランド。人々からは帝祖皇帝と呼ばれている。

 お前らから可愛い帝国の息子達を護るために、ま、遠い息子の大事な大事な魔神に呼び覚まされての一時休戦ってところだな。


 因果なもんだな、テネーブル。お前と肩を並べて戦うなんてよ」

 

 その言葉に、シロノワールさんの姿も変わっていく。

 絵本にある魔神のような、片腕が水晶で、大きな黒い翼の角の生えた青年に。


 「……デュランダルの中ですか。

 そこまではブリューナクの力も及ばなかった、と。

 ですが……」

 浮かび上がろうとしたアトラスって怪物を、大きな光の矢が縫い止める。

 

 「全く、何時も遅いな、ティグル」

 「人間が急ぎすぎなだけだ」

 ウィズさん?の持ってた弓を手に、降り立つのは長い耳で金髪のとてつもないイケメン。

 ティグル・ミュルクヴィズ。

 

 「で、良いのかよティグル。お前魔神嫌いだろ」

 「……子孫の森を壊す輩が、より嫌いなだけ。

 決して、人間を助ける気はない」

 「私も人間に与する気はない。妹を護りに来ただけだ」

 

 ……ふたりとも、きっと素直じゃないんですね。

 何だかんだ、互いを良く知っているのか、三人の突然現れた人たちは信頼しきったように、それぞれの武器を構える。

 

 「……大人げなく教えてやるよ、真性異言。

 子供の喧嘩であそこまで完敗したなら!大人しく引き下がれってな!」

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