逆転、或いは勝利
「……な、に?」
轟く雷撃の音。
そして、響き渡る咆哮。
黄金の雷を全身に纏い、額に蒼き一角を掲げ、ボロボロの甲殻は、雷を放つ為に展開されて……
放たれようとした雷槍に、天狼が食らい付いていた。
「グルルォォォッ!」
天狼、第四の雷。本気の姿、黄金の雷。
一度も見せたことがないその最大出力をもって、隻眼隻腕の白狼は降り注ぐ雷撃に向けて突貫する。
「……なに、やってるんだ」
ぽつりと、言葉が洩れる。
轟火の剣を支えに、砕けた足で立ち上がりながら、呆然とおれは言う。
勝てる筈がない。そもそも、例え角を取り戻したとして、瘴気の影響をアナが何とか治せたとして。
それで戦えるような状態でも、戦って良い状態でもない。
母は子を護るものだから。
……覚えてもない筈の、母の声。それでも時折夢に見る。おれを生かして、自分は呪いで燃え尽きたというメイドだったあの人の事を。
ならば、生きるべきは……生かすべきは。己の子の筈なのに。
その狼は、おれたちの為に命をかけて……
ふっ、と雷が消える。ただの一撃の雷槍を防ぐと同時、黄金の雷も消え……
迸る雷で宙を駆けていた狼の体は、力無く重力に引かれて地面へと落ちて……
「竪神いっ!」
「……ああ!」
ほぼ全エネルギーを使いきった鬣の機神が最後の力を振り絞って咆哮する。
そして……
「かはっ!」
おれは、降ってくる天狼の体を……受け止めきれるわけもなく、共に地面を転がる。
「……吼えろ!ライ-オウ!」
駆けるのは只の蒼き鬣。最早限界のアイリスをこれ以上戦わせぬように、ライオヘクスから分離したコアたる機神のみが地を駆ける。
その手には、これだけ残したライオヘクスの剣。その光も消えかけ、あと1度振れるかどうか。
「……有り難う」
最早立ち上がることはない、幾度と無くおれを助けてくれた狼に一礼し、
「シャーフヴォル・ガルゲニア」
機神ATLUSを駆るその男の名を呼ぶ。
……ぶっ殺す!
その宣言は、口をついて出ることはなく。ただ、体を燃やす焔を膨れ上がらせた。
「次は奇跡は起きない。
フルパワーには足りなかったようですが、今更貴殿方に、全力も必要ありませんね」
蒼き機神が辿り着く前に、低空に浮かぶ機神は二度目の雷槍を放とうとする。
「ブリューナク!」
突き出される腕。迸る緑の雷。
「ライオウ!アァァァクッ!」
それに対するは、緑の拘束の光輪。
そんなもの、効く事はなく。瞬時に迸る雷の余波で砕けていくが……一瞬、ATLUSの腕が止まる。
その刹那が、全てを分けた。
辿り着いた蒼き機神が、復活した障壁ごと貫くのを諦め、振り抜く前のその腕を残った左腕と胸の獅子の牙で掴む。
当然、そんなことしても止まらない。迸る雷が機体を焼いていくが……
「今だ、皇子!」
そう!これはさっきと同じ構図!
「怒りを!猛れ!デュランダル!
あいつに、報いるために!帝国の意地を!
解き放てぇぇっ!」
燃えるのを構わず、翼を形成して突貫!
今度は……狙うべき敵は見えている!
解き放て、全てを。
叩き付ける赤金の剣に対して、不可視の歪む障壁が発生する。それは、再起動したかの機体の防壁。
だが!砕けることはおれはもう知っている!
この身を燃やせ!報いるために!終わらせるために!
吼えろ!不滅不敗の剣よ!
「似絶星灰刃」
全身が黄金の焔に包まれる。
ピッ!とかする緑雷が裂く頬から流れる血も、全てが金の焔に変わる。
そして突き込む剣の切っ先は、龍のアギトのような焔を纏い、障壁だけがある、装甲の溶けた隙間から……
奴を討つ!
「激!龍!衝ォォォォォッ!」
今度こそ、燃える金焔が、青年を包み込んだ。
「……んな、バカナァァァァッ!!?」
「……ああ、やっ、た、な……」
此方もフレームにも傷が付き、装甲は砕け溶けて、ボロボロになった鬣の機神が緊急転送されていく。
胸の獅子の裏のコクピットまでも迸るブリューナクの雷は届き、ブスブスと煙をあげた頼勇は、此方を少しだけ見て落ちていって……
「……流石になにもしないわけにはいきませんもの」
その体は、優しくエルフの姫の魔法によって抱き止められた。
「……はは、は。
良かっ、た」
此方もそろそろ限界で。けれどもまだ動ける。
「ぐが、ぁ……」
と、黒こげになった人型が呻いた。
生きてるのかよ、しぶといな……
って、根性補正か。
掴みかかってくるその黒こげに、かつておれも助けられた力を思い出し。
けれど、今のおれは分かってたから対処できる。その手を避け……
「今度こそ終わりだ、シャーフヴォル」
もはやコクピットだったとしか言えない残骸の中、それでも原型を留めた腕の時計ごとその腕を砕き、青年に止めを刺した。
「……終わりか」
今回は、転送されて消えていくことはない。
このアトラスの残骸、修復して使えないかなとおれが思いながら、もう大丈夫だと轟火の剣を手放そうとした。
その瞬間。
「ぐぎがぁっ!?」
突如、体を走る痛み。
これは、焔で焼かれたものではない。別の……そう、体が死の間際に作り替えられていくような……
無事だった筈の左腕が、右足が、全てが死に損ないに砕けていく。
これは……
っ!七天の息吹!
傾ぎ、落ちていく体でその答えに辿り着くも、既に遅い。
おれの手は剣を手放し、共に巨神から落ちていく……
そんなおれを、とても冷たい目で見下ろすのは、ついさっき死んだ筈のシャーフヴォル・ガルゲニア。
七天の息吹は、直後ならば死すらも覆す。ゲームでもあった死亡キャンセル。
その理不尽な復活を目の当たりにしても……もう、何も出来ない。
「全く、無能ですか、ルートヴィヒ」
とさりと体が落ちたのは、白い狼の亡骸の上
死んでもなお、おれを護ってくれたのか……ふかふかの毛皮が傷に当たるも、ダメージはない。
そんな彼女の亡骸を足蹴に、死んだ筈の少年が少女白狼の魔神を椅子に座っていた。
「……ルート、ヴィヒ」
殺した筈だ。死を見届けた。
……何故?
「……皇子さま!」
……来るな、アナ。
来ちゃいけない。
「皇子さまに酷いことは、させないです!」
気丈にも、腕輪を光らせ、苦手だろう攻撃の魔法を構える少女。
止めろ。勝てない。
「なぁシャーフヴォル?殺して良い?」
「……ダメです」
軽いノリで、やり取りが進む。
「……なぜ、だ」
おれは、焼けた喉でその言葉を絞り出す。
眼前の少年は、意外そうにおれを見た。
「何だ、生きてんの?」
「お前らと、同じでな……」
近くに転がる轟火の剣に、すこしずつ手を伸ばす。
これを握れば、おれは死ぬ。炎上ダメージは、運良く生き残ったおれに止めを刺す。
だが、それで良い。それで、アナ達が生き残れる可能性が増えるなら、眼前の死んだ筈のルートヴィヒと相討ちも悪くない。
こんな気分で、原作のおれも死んでいったのだろう。その気持ちは……痛い程良く分かる。
竪神も、おれも限界。向こうは一度死んだ筈なのに、何事もないように生きている。
……七天の息吹を両方に使った何者かが居るのか?
勝ち目など無い。ウィズは……遠くから援護してくれていたが一人で勝てと言われても困るだろう。可能性があるとすれば、駆け付けてくれる父のみ。
「違うだろ、死に損ない」
心底見下す目が、おれを見る。
「でもま、おしえてやっよ。
シャーフヴォルがアトラスを修繕するのに時間かかるし」
「きゃっ!」
アルヴィナに良く似た少女が震えながらも魔法書を構えていたアナを押さえ付ける。
「アルヴィナ見っけて殺さなきゃなー」
「……やはり、一族を」
「そう。オレの力は、ニクス一族の死者を好きなだけ操れるの。
だから、あいつも殺せば手駒になるんだが……ま、そこはどっちでも良いや。もう他にもスノウとか居るし」
と、狼は少女の姿となり、そのまま椅子を続けさせられる。
「んで、オレ等が生きてる理由だっけ?
ま、てめぇは無理だから冥土の土産って奴?やるよ」
嘲りつつ、少年は少女を椅子にしたまま語る。
「オレ達真性異言には二つ命があんの。
一つは原作キャラのもので、一つはオレ達。お前が殺したのは、原作キャラの方だからオレは無傷って訳」
「……だが、肉体は」
「ま、そこは死霊魔術のお陰よ。仮初めでも体があれば、七天の息吹で魂が残ってるから完全復活。
どぅーゆーアンダースタン?」
良く分かったよ、畜生が!
つまり、あいつらは二回殺さなきゃいけなかった。それを知らなかったから、こんな華麗な逆転をされた、と。
良く分かった。もう一度、お前を殺せば良いと。二度、人殺しになれば良いんだと。
それで、あとは父がアトラスに勝ってくれれば、アナ達は助かる。
ならば、良い!
そう思って、剣に手を伸ばす。
だが、
「止めてください、皇子さま!」
その声は、予想外の少女から放たれておれの耳を叩く。
関係ない。伸ばせ。助けろ。それだけが、帝国の……
「おねがいだから、わたしのだいじなひとを……うばって、いかないで……」
……!?
一瞬の迷い。少しだけ、伸ばす手が止まり、
伸ばした手は迷いのせいで皮一枚届かず、思考と共に地に落ちる。
……護らなきゃ、いけ、ない……のに……
「あとは、ボクが終わらせるから」




