覚醒、或いは変身
そうして、それは……唐突に始まった。
まだ、日の昇らぬ頃。
けたたましく鳴り響く音。
『ワーニング!ワーニング!warning!』
そんな、原作でも時折聞く竪神貞蔵の声。
こいつ本当に便利なこと大概出来るなとなる頼勇が張っていた何者かが踏み込むセンサーの音。
それ、即ち……敵襲!
向こうから来やがったってことか!
思ったより向こうの動きが早い!やってくれる!
「……竪神!」
「分かっている!」
大きな音にうつらうつらしながら時折歴史本のページを捲るアルヴィナがびくっとおれの背という枕から顔をあげる中、おれは彼から借りた予備のエンジンブレードを手にして周囲を警戒する。
「オルフェ!」
一声嘶いて完全に眠った2人の少女のうち背に乗っていたヴィルジニーの方を連れて駆け去っていく愛馬を見送った。
もう一頭は前足が一本無い。アナが魔法で少し治療して包帯を巻き、そのまま眠ってしまったのを優しくその顎で背を擦ってやっているアミュグダレーオークスはまともに走れない。
だから、離れた場所で眠るノア姫を連れ出すことは即座には出来ずに。
「空気は揺れていない。向こうが来るならば……轟く音がする」
「ならば来るのは、おれの敵か!」
「そして、ボクの敵」
目を擦り、読み終えた本をぱたん、と片手で閉じて、黒髪の少女は何時も左目に掛かっている髪をおれが昔あげた髪飾りでかきあげて留める。
「……アナ、起きて」
「レリックハート・ウェイクアップ」
おれが遠くの少女に声をかけるなか、青の少年は迎え撃つ準備を行い、構える。
やはりというか、降り立ったのは小柄な白狼。
来るのは、その背にふんぞり返る少年。
「……全く、こんなところに逃げ隠れするなんて。
せっかくこの角の力を使ってみたかったのに。的が逃げたらさぁ」
少年は……アルヴィナを見て、にやりと笑いながら言った。
その手には、今も帯電する赤黒い天狼の角。
その背後に差すのは黒い影。追い掛けてきた、巨黒狼スコール・ニクス。
死してなお、転生者に完全に良いように扱われるその姿には、多少の同情を覚える。
あの刹月花の少年からすれば、おれも同じに見えたのだろうか。
さらっと同質の魔法が使えるとアルヴィナは言ってたしな。だとすれば、彼は別の動きでもしてたのだろうか。ユーゴの言っていた……運命から少女達を救い出す救世主だか何だかとは無関係で、ノリ軽く話してくれた後の聖女みたいに。
何だかんだ皆好きだからと逆ハーレム目指してるらしいあのやらかしにも悪気は無さそうなピンクいリリーナのように。
そして、巨狼がなにかを此方に投げて寄越す。
それは、もう白い部分の方が少ない一匹の巨狼の姿。
天狼。
しかし、その両の眼は最早無く、角は根元から折られ、足も片前足が肘……と呼んで良いのか悩む辺りからばっさりと噛み砕かれ、喉元にも大きな傷痕を残し、尾は切り落とされ、後ろ足は両方とも傷だらけ。
その甲殻もひび割れ、瘴気を噴出して横たわる姿に、元の気高さも気品も欠片もない。
前に見た時より、更に痛々しい姿で。少し大きく見える腹を横にして、庇うように丸まりつつ唸る。
……情けない、と唇を噛む。
何故天狼が降りてきたのか悩んでいたが、分かりきっていたじゃないか。
天狼ラインハルト。おれと並ぶもう一人(一頭)のアナザー聖女限定攻略キャラ。
幼い頃に聖女が関わったという天狼事件で産まれ、彼女に名を付けられた幼く気高い狼。
そう、あの天狼はラインハルトの母。彼等真性異言と出会わず、けれども出産の為に何らかの理由で天空山を降り、結果的に天狼が人里近くに来たことで何らかの事件が起きたというのが、原作の天狼事件なのだろう。
だから、番たる夫の方は現れない。天空山であの少年によって呪詛を植えられたならば、番が気が付かない筈がないのだから。
そう。だというのに。
息子となる存在をその腹に抱えた母となる狼。そんな存在でありながら、彼女は幾度おれを助けてくれた?
おれは何度、護られた?本来は自分の身を何よりも大事にすべきで、そもそも争うその最中に飛び込んで暴れまわるなんて行動を避ければ出来た筈で。
だというのに、己も、我が子も危険に晒して。狂乱の中それでもおれたちの為に現れたあの彼女に。天狼に。
本来は護られる側になって良い筈の存在に。おれは、どれだけ頼った?
「情けねぇ……っ」
つぅ、と頬を伝う血。
それが、轟!と燃え上がる。
……漸くかよと言いたい気もあるが、そもそも本来は使えなくて当然。使える事が異例のもの。
すまない、有り難う。
もう一度、おれに手を貸してくれ、轟火の剣よ!
脳裏に響くのは、遥かなる祖先の声。
即ち、己の強さを思い描き、叫べ!と
「ブレイヴ!トイフェル!イグニッション!」
咄嗟に思い浮かぶのは、あの日演じたそれ。
強き者。強きおれ。ペンネーム:星野井上緒が願いおれに演じさせ、魔神の力を持つ事への肯定を人々に植え付けようとした、おれをモチーフとした英雄の姿。
「『スペードレベル、オォバァァロォォォドッ!!』」
二つの声が重なる。
って何で合わせられるんですか帝祖皇帝!?ノリノリ過ぎでは!?
『叫べ、遠き子よ!
帝国の魂を込めて!』
って、帝国を、民を見守っていたなら見守るべき子供達の流行りくらい知ってるか!
いやでもノリ合わせられるの可笑しくないですか!?
ってまあ良いか!
「変身ッ!」
眼前に出現した剣を、おれはその右手で掴み取る!
瞬時、燃え上がる炎。おれを焼く焔。
だが!おれとて何も考えてない訳じゃない!
燃え上がる炎の魔力に反応し、服が変質する。
そう、父から次から使う時が来そうならこれを着ていろと言われた専用の耐火服、それが今の服だ。
強い炎の魔力を受けると収縮して体に張り付き、炎の魔力を纏っても体が燃えなくなる。ならば、自己の炎上にも暫く耐えられる。
そのための服であり、力!
『~The Dragon appears.When Despair's side ~
~Disaster cover the sky,Destroyed all hopes.~
~You have Desire and the flame is bright.~
~The beginning of DRAGONIC NIGHT~
DRAGONIC KNIGHT』
朗々と剣より響き渡る声。
変身の際、かつてはアルヴィナとアイリスが唄っていたそれを、二つの声が唱える。
全身を焔が包み、服が変質し、首筋の傷痕を覆う包帯が焼き切れ、ほどけて燃えながらマントのようにはためく。
デュランダルの中で子孫を見守る帝祖の声に、何故か輪唱する八咫烏の声が混じり合い、
「魔神剣帝『スカーレットゼノンッ!』
地獄より還りて!」
『剣を取る!』
空っぽの眼窩に前回と同じく黄金の焔を灯し、おれは叫んだ。
「……は?」
呆けたように、少年の動きが止まる。
「え?ここってそんな世界線?」
心底面食らったように、そんな言葉を返した。
……意味がわからない。おれがこのスカーレットゼノンに変身するってのはアステールオリジナルの筈だ。
変身ヒーローなんてやってるルートは原作には無い。
エッケハルトが万が一知ってればその辺り絶対にネタにしてからかってくるからな。
それに、あの淫ピリーナだって、原作ネタだったらもっと話に出してくる。
だが、どうでも良い!
吼えろ!猛れ!望外に発動できたこの力。手を貸してくれた帝国の想い!
全てを乗せて、その首、叩き落とす!
「グルゥウラァァッ!」
咆哮し、此方を睨む三眼。恐らく、スコールの遠い記憶が呼び覚まされているのだろう。
何たって、原作ネタじゃなくこの世界で聖女伝説読めば分かるが、あいつを倒したのは帝祖と轟火の剣デュランダル。あとはエルフのティグル・"ミュルクヴィズ"と繚乱の弓ガーンデーヴァ。
即ち此処にその子孫と神器が揃っている訳だ。狂おしい怒りくらい、覚えるだろう。
本当なら、な。
「……スコール・ニクス。
もう一度、この地を墓標にしてやる。今度は安らかに眠れ」
それを燃える金焔で睨み返し、おれは……帝祖なら言いそうにこう呟く。
何というか、前回もそうだが、妙なテンションになるが……
「っ!はぁぁっ!」
黒狼が牙を剥く前に踏み込み一閃。
身の丈を越える剣を振るい、その眼を横に両断する。
「グルガァッ!?」
「焼き尽くせ、不滅不敗の剣よ!」
黒狼を焔に包み込み、おれは疾駆する。
目指すはひとつ。少年のところ。
背後のアナがひざまずいて天狼の横にしゃがみこみ、魔法を必死に唱えるのが見える。
だから、放っておけばアナを襲いかねないスコールを放置せず足止めし、後で来る筈のシャーフヴォル等は、竪神に任せる!
「……スカーレットゼノンっ!
何でお前がその姿になってんだよぉぉっ!?
可笑しいだろ!此処はお前が出てくるような都合の良いギャグ時空じゃ無い筈なのに」
「お前達に都合の良い世界でもない!此処は、皆の生きる現実だ!
その角を、本来の持ち主に返して滅びろ!」
良く分からない事をほざき、白狼に乗って逃げようとする少年を追う。
「繚乱の光よ!」
ウィズの放つ矢が白狼を貫き、少年の体が投げ出される。
その首に剣が届きそうな刹那、少年を庇うように現れるひとつの影。
……アルヴィナ?
「デュランダルゥッ!」
一瞬の気の迷い。
だが、アルヴィナそのもので無い事は分かっている。だから……
一拍遅れて、帽子の無い黒髪の少女の出来の悪い幻を切り捨てて、
『AGX-ANCt-09
ATLUS
Re:rize』
「ちっ!もう来やがったか!アトラス!」
その剣は、巨大な拳に阻まれた。
「セットアップ、縮退光砲アラドヴァール」
『Set up error all green
Ready to Rejudgement.』
「させるかよ!ライオアームっ!」
頼勇が腕だけ呼び出した蒼き鬣の機神が、降臨した青と赤の鋼神を打ち、地面に着陸させる。
「……くっ、だが……出来るのは」
しかし、召喚は一瞬。
ゲームでもやってた召喚技。まだ修復しきっていないライ-オウでは、これが限度だろうという判断だろう。
ひらりと、おれの前に、一枚の紙が落ちる。
それは、転送の際に一緒に送られるように、機神の左腕に張りつけられていた、妹の手紙。
拙い字で、汚い手で。徹夜で整備を続けてドロドロになって、汚れた……それでも、色褪せない決意の文字列。
「問題ない。アイリスが、どれだけ壊れても!どれだけボロボロでも!何とかする!
だから、やれ!竪神!」
手紙のままに、叫ぶ!
「……ああ!信じるぞ、皇子、アイリス殿下!
Lっ!Iっ!Oっ!Hっ!ライッ!オォォォウッ!」




