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少女の決意、或いは人気投票2位

「うそ、うそですよね、皇子さま?」

 とても心配そうに、嫌悪を顔には一切浮かべずに。

 涙だけ浮かべた少女が、此方を見る。

 

 嘘だと言って欲しそうに。


 けれども、そこで誤魔化しても意味はない。おれは静かに、言葉に対してうなずきを返す。

 「おれは、裏切り者の魔神に先祖返りした忌み子。

 ノア姫の言う通り、人と魔神の間。人の庇護者たる七大天の力を扱えず、魔神の創造主たる混沌から呪われた灰色のどっちつかずだよ」


 「そんなの、皇子さまは何にもわるくないじゃないですか!

 そんな産まれって……どうして……」

 「アナ」

 優しく少女に声をかける。

 

 「産まれたことが、生きていることが。罪って奴だって居るんだよ」

 例えば、シドーミチヤのように。


 「そんな。そんなのって……」

 「だからね、アナ。

 おれは生きているという罪を(そそ)がなきゃいけない。それがおれの終わることの無い贖罪」


 「終わらないんですか」

 「終わらないよ。生きている事が罪ならば、ずっと新しく罪は産まれているから。生きている限り購い続ける」

 

 そしておれは、此方を信じられないものを見る目で見返してくるエルフの少女に静かに呟く。


 「そういう事だよ、ノア姫。

 貴女の言うとおり。おれは己の為に、自分勝手に見返りを求めて貴女方を助けている。誰かを助ける事。助け続けること。伸ばされた手を、出来る限り多く取ること。

 それがおれの贖罪。彼等を犠牲に生き残ったこと。自分そのものという消えない罪を誰かを助けられたって自己満足で塗り潰す勝手な禊。

 

 ……元々、救って当然の命。そんな当たり前の行動に何も購いなんて無いのに」

 だから、と吐き捨てる。


 「出来る限り多くを救ってみせるから、これ以上おれの大事な……こんなおれに手を差し伸べてくれる罪もない皆に酷いことを言わないでくれ」

 それだけ言うと、おれは火の辺りを離れる。

 

 元々、火は苦手だ。トラウマって程じゃないけれども、あまり好きじゃない。


 燃える機体、燃える父の放つ炎。どちらも……心の奥に焼き付いたあまり良くない記憶。

 大事なものを奪い去っていく気がして、どこか落ち着かない。

 

 だから、だろうか。

 少し離れて息を吐くと、何となく心が落ち着いてくる。

 

 そうだ。アナにはちょっと酷い言い方をし過ぎただろうか。

 あれが真実で、おれはアナが多分信じてたような高潔な皇子でも何でもない。


 盗品の宝石と金塗料で出来た、自分のために施す偽物の幸福の王子。殆ど変わらないとエッケハルトはいうけれど、おれは「おれ」だ。

 ほぼ使命感から動いてたろう原作のゼノ程に、高潔じゃない。

 

 そんなのいつかバレると思っていた。メッキは、無理すれば剥がれるものだ。

 でも、今じゃないと思っていた。今じゃダメだ。

 

 最低な話だけど。アナが協力してくれなきゃ、立てた作戦は上手く行かないのだから。

 

 最後に黒狼スコール相手に咆哮していた天狼の頭に角は無かった。恐らくだが、折られている。


 そして、天狼のなかで一番瘴気の影響が強そうだったのは血走った瞳ではなく、完全に赤く変色していた角の方。

 呪いは恐らくだが、力の源と言われる角から広まるものだったのだろう。


 ならば、だ。今ならアナの力で治癒してやれば瘴気が消えるんじゃないか?という話。

 

 そう。おれと竪神の立てた作戦とは、ライ-オウが復活する寸前になったら天狼を探してアナに治癒してもらい、天狼と共に殴り込むというもの。

 父さんが……皇帝が駆け付けるのが間に合えばなお良しだが期待はしていない。

 

 具体的には、恐らく復活しているアトラスをライ-オウ+HXS(ヒュペリオクロス)というらしいアイリス製支援機で抑えている間に二頭の狼をアルヴィナと天狼に抑えてもらい、あの少年をおれが斬り殺す。


 ウィズは適宜遠距離からガーンデーヴァで支援で、ノア姫とヴィルジニーの巻き込まれ二人は安全な場所で待機。オルフェには治療後のアナを守って逃げてもらう。

 

 片割れを殺したら後はアトラス相手の総力戦。何とかしてエネルギー切れまで持っていって、シャーフヴォルに止めを刺せれば100点。

 少なくともあの腕時計の破壊だけは果たさないと負けだから、油断は出来ないが……

 

 人を殺すのに抵抗はあるが、他の誰にもやらせられない。殺人の罪は元々罪深いおれが全部背負う。

 本来はおれが……同じ穴の転生者であるおれが救わなきゃいけない相手だ。地獄……じゃなくて、この世界的に言えば七天に見棄てられた(ソラ)に落とすのも、その罪で虚に落ちるのも、おれ一人で良い。

 

 そんな話なので、アナがまず手を貸してくれなきゃ話にならないんだよな。

 だから、正直止めて欲しかった。いつかバレるにしても、今は……アナの力が必要だから。

 

 あの子は優しくて、誰かの為に動けるから。見ず知らずのエルフを助けるために頑張ってくれるような子だから。

 結局、今回もやってくれるとは思う。でも……やっぱり、心の中に疑問とか残るだろう。悩みながら、戦わせるのは忍びない。


 いや、騙してた今までも忍びないんだが……

 

 と、横にやってくる気配。おれの背中に自分の体重を預けてくるのは……

 頭の横でなく上に耳の感触。アルヴィナだ。


 「……アルヴィナ?」

 「……皇子。ひとつ、ボクが言わなきゃいけないことがある」

 真剣そうな声で。でも、顔を見られたくないんだろうか、此方を向かずにぽつりと少女は語る。

 

 「……ボクは、ほんとうは……」

 「言わなくて良いよ、アルヴィナ」

 それを遮り、おれは一人駆けるときのおやつとしてポケットに入っていた甘味を少女の口に放り込んだ。


 殆ど割れたり血にまみれていたが、奇跡的に残った一粒を。

 

 「……でも」

 「おれは、魔神の血を色濃く出したバケモンだ。

 でも、アルヴィナは気にせずにこうしておれを慰めようとしてくれたんだろ?

 それと同じだ。おれとアルヴィナは友達。それ以上の言葉は要らない」

 何となく、言いたいことは分かるから。おれはそれを聞かないようにそう言う。

 

 ってか、本気で魔神族だったのかアルヴィナ……


 何しに来たんだろうな。そう思うし、聞きたいことは幾らでもある。でも、だ。

 

 おれはアルヴィナを信じると決めた。

 ならそれで良い。それ以上は余計なことだ。


 「でも、ボクは」

 「あの一年以上前の聖夜に言った言葉、覚えてるかアルヴィナ?

 あれがおれの偽らざる答え。アルヴィナが魔神でも、それ以前に友達だって。だからおれは友達を信じてる。

 その上で、アルヴィナが言いたいなら聞くよ。でも、あの時とおれの答えは変わらない」

 「……なら、こうしてる」

 それ以上、魔神の少女は己をさらけ出すことはなく。

 じっとおれの背に良く似合わない帽子で隠している耳をぴっとり当て、静かに本を読み続ける。

 

 でもなアルヴィナ?ここ火の近くじゃないから暗いぞ?

 と思うと、天属性の魔法で読んでる頁を照らしていた。いや、魔神だし実は天属性じゃないのかもしれないが。


 ……これで、確実にアルヴィナは聖女じゃないと確定したな。だからどうするって話じゃないけど。

 アルヴィナが聖女じゃなくて本来敵である魔神でも、それ以前にアルヴィナは友達だ。

 向こうから裏切らない限り信じるし助けるし護る。当然だろ。

 

 「……ってそんな場合じゃないな」

 「だろうと思った」

 と、気がつくと近くでスープを啜っている頼勇が言った。


 「竪神。竪神は変わらないな」

 「私も、禍幽怒(マガユウド)なるバケモノのもたらした禁忌、レリックハートでもって魔法を使えなくなった身だ。先天的か後天的かは違えどバケモノなのは同じ事。

 そんな私が、今更皇子に何を言うというんだ?」

 うん。実に竪神頼勇。頼もしすぎる。


 流石ルート無しの頃から人気投票総合2位の男は格が違う。

 

 「皇子がどんな産まれかは関係ない。いや、血筋的に敬えと言われればそれはそうだが。

 ……ひょっとして不味かったか?」

 「おれはこんなんだ。今更敬わないでくれ」


 「なら私は私、皇子は皇子。

 見えるものだけを信じるなというのは良く言われるが、そもそも見たものを信じなければ何も始まらない。

 だから、私は私の見てきた皇子というものを信じている。それは、忌み子の性質がどんなものであれ、否定されるものではない」

 くいっと、青き少年は己のスープを飲みきって立ち上がる。


 「それだけさ。さて、私はそろそろ休む。

 明日、共に勝つぞ、皇子」

 そんなおれが普通の女の子だったら惚れてるような言葉を吐いて、少年はおっかなびっくり近付いてくる銀の少女に場所を譲った。

 

 ところで頼勇?スープとか……と思ったが、少女の手にスープがあるのを見て言葉を飲み込む。

 「……アナ」

 静かにその少女の愛称を呼び、

 「アナスタシア」

 そう、本名で呼び直す。

 

 「……止めてください、皇子さま。わたしは、かわりたくないです。

 皇子さまを、今までと違うなんて思いたくないんです。だから、アナって呼ぶままで、居てください」

 「分かったよ、アナ」

 そんなおれとアナを、ノア姫はナニコレとばかりに見ていた。

 

 「……怖くないか、アナ?」

 「怖く、おもいたくない……」

 その声は少し、震えていた。


 「……頑張れる?」

 「がんばります」

 

 「皇子さま。皇子さまは、知ってたんですか?」

 「知ってたよ。七大天からヒントを貰って、帝祖から聞いた」

 言ってて思うが、凄いなこれ。

 

 「知ってて、悩まなかったんですか?」

 「悩んだよ。おれはどこまで距離を取るべきか。君の幸せのために、離れるべきか」

 「そうじゃないです!辛くないんですか!?」

 「……辛い?」

 予想外の言葉に、ふと首をかしげる。


 「皇子さま、なんにもわるくないじゃないですか!」

 と、手にしたスープをちょっと溢しながら、少女は力説する。

 

 熱そうなので、胸元の布……は血まみれだと思ったところでひょいとシロノワールが咥えてきてくれたアルヴィナが取り出してくれた布で指先を拭き、スープを受け取る。

 

 「……全部理不尽です!なのに、どうして……

 どうして皇子さまは、なんにも変わらないんですか」

 「……おれはおれ。働かざる者食うべからず」

 「わたしだって、働いてないです!」


 ってアナ?アイリスのメイドは仕事だぞ?

 子供らしく遊びたいだろうに、妹の為に、そして至らないおれのかわりに足りない額を稼いで孤児院を支えるんだって頑張ってくれてて頭が上がらない思いなんだが。

 

 「アナ。意味が違うし、君は良くやってくれてる。本当はまだ働かずに遊んでて良い歳なのに。貴族だって、ほぼ勉学3割遊び7割なのにさ。

 

 この言葉の意味は……『お前らが見下して税を搾取している平民が働いて、それでお前達は生きている。有事の際に飢えるべきは民でなく此方だ、それが嫌なら対策しろ。その為の権力だ』っていう、帝祖の戒め。

 貴族、皇族の義務を語る言葉。

 おれは、なんであってもそれ以前に皇子だから。変わる余裕なんて無いよ」

 「でもっ!」

 

 「……バカね。流石は人間」

 と、そんな声が響く。

 「言ったでしょう、魔神を教化して人間にしたのは七大天。ワタシ達を産み出した女神を含めた、神々よ。

 なら、この灰かぶりの半端魔神(サンドリヨン)が呪われているのが嫌ならば、もっと神に近い存在になれば良い事よ。

 ええ、それこそ神に選ばれた代行者、聖女そのものにでも。

 たったそれだけの事に、色々煩いわ。耳障りよ」

 

 その言葉に、銀の少女は目を丸くして呆けた。

 「……ノア、さん?

 そうなんですか?」

 「知らないわよ。実際は。

 でも、聖女とは奇跡にして神の代行者。その紛い物の腕輪よりは可能性があるでしょうね」


 実に興味無さそうなフリをしながら、少女は……ちらりと此方を見る。

 反省でもしたのだろうか。


 「忌々しいけれど、忌み子皇子は、わたくしでも3柱しか聞き取れないというのに、全ての七大天の名を当然の権利のように口に出来ますもの。

 同情くらいはされてるんでしょうね、忌み子の癖に」

 と、言葉を補強するのはヴィルジニー。

 

 「……皇子さま!」

 と、何かを決めたように、腕輪をきゅっと握りしめて、少女はおれを見る。

 「わたし、聖女を目指します!」

 

 アナ?目指してなれるものじゃないと思うんだが?

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