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夜話、或いは暴露

「皇子さま、だいじょうぶですか?」

 と、今度はおれの首にオルフェに積んでおいた包帯を巻きながら、そう銀の髪の少女は問い掛けてくる。

 

 「おれは大丈夫だよ。それより、他の……」

 ぽん、と置かれる手。


 「良いか皇子」

 と、諭しに来る頼勇。

 「私達は、魔法で傷が治せる。私個人は使えはしないが……効かない訳ではない」

 その声に合わせて、肯定するように手の甲の石が輝く。

 

 「だけど、皇子にはない」

 と、ちびちびと暖めたミルクを木のカップで飲むアルヴィナが付け加えた。

 

 此処は羊の女の子達が暮らしているらしい小さな集落。


 時間稼ぎと休息の為に、おれ達はそこで過ごさせてもらっていた。

 時間を稼ぐことに意味はあるのかというと、いくつかある。

 

 一つ。ライ-オウの為。中破したあの機神だが、軽く繋がっている貞蔵さん……左手の石レリックハートになっている頼勇の父の言葉によると、皇女の嬢ちゃんによって修復が進んでいるのだとか。

 アイリスはアイリスなりに、此方に飛ばされてきていない彼女なりに、かの鬣の蒼神がここまで傷付く敵を認識し、無理をして最強の対抗策を治そうとしているのだろう。

 外に興味なかった妹が、誰かのために努力してくれているのは素直に嬉しい。

 後で帰ったら、寝込んでるかもしれない。何時もより何でもしてやろうと思う。

 

 時間を稼ぐということは、向こうのAGX-ANCt-09、ATLUSもまた再度出てくるだろうという話にもなる。

 ならば、アトラスが出てこないだろう今のうちにという意見はノア姫から出た。


 けれども、おれはそれを否定した。アガートラームと同じだ。奴等の使うAGXなる兵器は何処から持ってきたのか知らないが、動けない状態でもバカ硬い。

 だからこそ、ライ-オウは必須だ。今の戦力で奴にコクピットに籠城されたら詰む。

 

 だが、恐らく機神ライ-オウならば。

 更に、それだけじゃない。

 あのタイミングではまだ調整が完了していなかったのだが、最近のアイリスはアルヴィナから借りた鳥の本で何かを造っていた。

 小型ゴーレムによる試作なら見ていたが……

 あれは、鳥型の支援機のようなものに見えた。その完成形が、ゲームで没台詞であったダイライオウなのか、それとも違うのかはあくまでも音声データしか無かったあの没データからは分からないが……

 

 「竪神。ライ-オウの方は?」

 「……調整が終わっていない。難航しているのだろう」

 「そうか。なら、明日だな」

 アイリスの体力的に、徹夜なんてしたらぶっ倒れる。もう寝なきゃ不味いだろう。


 なら、作業は……魔法で何とかなる大まかな作業は出来ても、細かな部分はまた明日。

 

 作戦は明日にするしかないだろうな。

 そう、息を吐いて、暗くなった空を見上げる。


 「……明日なんて遅すぎますわね。やる気あるのかしら」

 と、火の側で暖まるアミュと、その背の上に偉いのだからとばかりに座るノア姫が火から離れた此方にそんな言葉を飛ばしてきた。

 

 「明日。ええ良いでしょう。それまでに、呪詛でどれだけの犠牲が出るか……

 それを分かっているならば」

 

 そんな言葉に、アナはちょっとだけ何かを言いたそうにその大きな瞳の中の光を揺らし、アルヴィナは興味無さげに持ってきていた本を広げる。


 『ローランドの轟帝(カイザー・ローランド)~その栄光と焔~』。歴史書だった。いや、史書というよりは読み物っぽく仕上げられたタイプか。

 アルヴィナは色々本を読んでいるが、こんな時に歴史の勉強だろうか黙々と文字を追い、そして頁を捲り続けている。

 

 ……リラックス出来てるなら良いことだ。明日には、自分に似た魔神、下手したら本気でアルヴィナが魔神なら血縁になるだろう相手の屍相手に生死をかけた戦いをするというのだから。

 少しでも、緊張は解れてくれた方が良い。あまり遅くまで読んでいたらそれはそれで困るが。

 

 姉に意見はしたくないのか、微妙な表情でウィズは羊の子とスープを見ていて、ヴィルジニーはそうねと頷いている。

 「すまない。助けきれないのは此方の実力不足だ」

 此方を睨み付けるエルフの少女の長耳を残った右目で見つつ、おれは頭を下げ……ない。


 口での謝罪は幾らでもしよう。

 けれども。今の状況に責任はあっても落ち度はない。だから、頭を下げる訳にはいかない。

 帝国皇子として、力不足を詫びることはあっても、罪として負債として残すのはダメだ。

 

 「……彼等が居なくなっても、少なくとも皆の半数は呪詛のまま。壊れた家屋、再び瘴気を散らす怪異。

 どれだけの被害が出るでしょうね」

 「……違う」

 と、おれの思いを代弁するように、頼勇が立ち上がった。


 「犠牲が出るんじゃない。全員が犠牲にならないために、待つしかないんだ」

 つう、とその口元から垂れる一条の血。恐らく、唇が切れたのだろう。

 

 その通りだ。命を懸けて、それで勝てる可能性があるなら戦ってる。

 だからこれも勝つための……


 「そう睨まないでくれるかしら?」

 「睨んでない」

 「自覚がないのかしら?右目を此方に突き出して見開くなんて」

 言われて、左目のない状況で左右にバランスの良い視界の確保のために、無意識に顔を正面ではなく右斜めにしていたことに気が付く。

 

 首筋に走る鋭い痛みと、包帯を赤く染める血。

 「ごめんなさいっ!」

 カッ!と輝く腕輪。噴き出した血に染まった、ぽろりと落ちる魔法書。


 アナがこっそりおれに回復魔法をかけたのが一発で分かり、ノア姫との話が中断される。

 「……アナ」

 「ごめんなさい……治せないって、わたし……なんとなく分かってたのに。

 でも、痛そうで、治せたらって思っちゃって……」

 しゅん、とする少女。

 

 それに、おれは笑いかけようとして……

 いや駄目だな。隻眼で睨んでるように見えたとノア姫から教えてもらったばかりだ。

 

 更に笑顔が笑顔に見えなくなっているなら……

 「治そうとしてくれたんだろ?」

 と、分かってるよとばかりに結論だけを口にする。

 「でも……」

 そんな少女に向けて、首の包帯を引きちぎってみせる。血にまみれてひどい有り様だから、どっちにしても使えないしな。

 

 「……包帯駄目になっちゃったからさ、また巻いてくれ」

 「……はい」

 やっぱり気にしてるのだろうか。浮かない表情でアナは近付いてきた。

 

 「ごめんな、おれはこんな体質でさ」

 カッコよくないだろ?と茶化す。


 「……神さまの力でも、駄目なんですか?

 神さまの力だから、皇子さまは……」

 火の側にはあまり近付きたくなくて。わざと離れていたおれにとって、その少女の顔は逆光で少し見えにくくて。

 

 それでも、アナが沈んでいることは分かるから……

 どこまで言うべきか悩みつつ、言葉を探る。


 「そうじゃないよ、アナ」

 「皇子さまが神さまに恨まれてるなら、治せるはずないのに。

 でも」

 「違う。おれは忌み子だけど。

 天はおれを嫌ってないよ」

 

 下手に言葉を言いすぎたら、魔神族の中の裏切り者の血の先祖返りだとかの厄介な話に繋がる。

 だから最低限の……


 「忌むべき者……本当に悪魔じゃない。

 恐れ入ったわ、灰かぶりの魔神(サンドリヨン)

 その言葉は、静かに夜に溶けていった。


 ぴくり、とアルヴィナの耳が動く。

 「え……?」

 アナの子供らしい丸い目が、大きく開かれた。


 「それって、どういう……」

 「忌むべき者。忌まわしき呪いの子。

 そんなものに迎合するエルフが咎とされる元凶。人間本来の姿」

 「っ!止めてくれないか、ノア姫」

 今言うべきじゃない。


 そう思って止めようとするも、エルフに手をあげるわけにはいかなくて何も出来ず。


 「知らないならワタシが無知な人間に教えてあげるわ。

 人間とは異物。高貴なるエルフ等とは異なる世界の外来種。元々、七大天に教化されてこの世界に迎合し、創造主たる万色の虹界『アウザティリス=アルカジェネス』を裏切った魔神。

 呪われ、代わりに七大天からお情けで魔法の力を与えられた、牙を抜かれたかつて神であり獣であった怪物の成れの果て。

 そして彼は、その中で魔神としての牙を取り戻した忌むべき怪物」

 淡い金の髪を揺らし、100年は生きているだろう人よりも七大天に近しいその少女は、おれの真実を暴露した。


 「……皇子さまが、魔神?

 あの、昔多くの人を殺して……世界をほろぼしちゃおうと、した?」

 「いいえ。違うわ。アナタをはじめとした、教化なき純粋な人を外来種の癖に獣人だと貶める、ニンゲンそのものがあいつらと同類なの」

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