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リリーナ・アルヴィナと勿体ないおばけ(side:アルヴィナ・ブランシュ)

「……大丈夫?」

 大人しく銀の髪の少女に包帯を巻かれていく少年に、ボクはそう声をかける。

 

 勿体無い……と思う。

 あの眼、ボクが欲しかった。


 あくまでも魔法が効かない呪いは、彼の魂に起因するもの。その呪いは彼の体ではなくなったところで消える。

 つまり、彼が抉り出した左眼の眼球は、もう魔法で瘴気を祓える。


 祓って、ちょっと防腐と死霊処理をすれば末長くボクの手元に置いておけたのにって。

 

 でも、無いものは無い。

 残念に思いながら、ボクはじーっとまだぽっかりと隙間の空いた眼窩の下から溢れる血が止まりきらない皇子を眺め続けた。

 

 それにしても、包帯にあんまり意味はないのに、どうしてこの子は必死に何重にも巻くんだろう。ボクは不思議でならない。


 「もうこんな事しないでください……

 お願いです、皇子さま」

 なんて言いながら、無駄な努力をしているけど……ボクには理解できない。

 

 どうして?

 どう考えても、あそこで即座に呪詛を切り離すためにその左目を抉り出すという選択肢を取れる彼の今の眼の方が何倍も綺麗で、ゾクゾクするのに。


 空っぽの眼窩、固まりこびりついた血、それに彩られた隻眼の明鏡止水……

 とっても、素敵だと思う。その素晴らしい彼そのものに、余計な装飾である包帯なんて要らないのに。

 

 そんな眼で見ていると、皇子は此方をじっとその隻眼で見詰めてくる。

 それだけで、胸がざわざわして。きゅっと、片羽根の折れたお兄ちゃんを胸元で抱き締める。

 

 お兄ちゃんは……本当のテネーブル・ブランシュは魂だけ。お兄ちゃんは自分の意志でやってるから違うけど、状態としてはあのお祖父さん(スコール・ニクス)小柄な白狼の少女(お母さん)と同じようなもの。


 本当はもう居ない存在を繋ぎ止める死霊術。似たものとしては……ボクを少しだけ疑うように観察して、でも何も言ってこないあのタテガミって人の左手がある感じ。

 だから、本当は即座に治るんだけど、治していない亜似(あに)ではない兄を抱き締める。

 

 「……アルヴィナ」

 「……なに?」

 不意に声をかけられて、ボクはちょっと素っ気ない態度をしてしまう。


 見てるだけで心が熱くなる、彼が欲しくなる。その首に牙を立てて……永遠にしてずっと側に置きたくなる。

 でも、それじゃ困ると思考は延々と堂々巡り。

 

 「……あの狼を何とかする手だては?」

 「……むり」

 ボクに頼られても困るって、小さく否定。

 ボク自身、彼等は赦せない。

 

 お兄ちゃんは、死んだ幼馴染の事を……ボクの母であるスノウ・ニクスの事を良く語ってくれた。

 今ボクが見てるこの世界、神の力が溢れだしているこの混沌を調律した世界枝……光満ちた世界なら、あの病を治せた筈だから。

 だから私は魔神族に太陽をもたらす八咫烏(ヴァンガード)だと何度も言っていた。

 

 あの変な少年は、そのボクの母を。お兄ちゃんの最愛のヒトを。何でもない便利な存在のように従えて、椅子や足にして。

 お祖父さんを、戦力として使い潰している。

 

 「死霊術は無念の術。死者の志を継いで寄り添い、共に戦ってあげる術。

 断じて、あんな死者を好き勝手操る為のものじゃない」

 「そんな駄目なものに、対抗できる手はないのか?」

 「そんな駄目なものだから、対抗出来ない」

 ボクは下を向いて、言葉を溢す。

 

 「……そう、だよな」 

 伝わるかは微妙かと思ったけど。彼にはその一言で伝わる。


 幾らでも自分というものを切り売りして、目の前でこの腕輪が今皇子さまの呪いも解けたら良いのに……ってちっちゃな拳を握っている未来の聖女の為に左目を代価として売ったばかり。

 そんな皇子だから、分かるはず。

 どれだけ無茶苦茶に使い潰しても良いというのは、それだけ強いことだと。

 

 「……でも、赦せないのは同じ」

 静かに、皇子は頷く。


 本当は隠しておきたくて、でも今は……と色の白い耳を立てて、ボクは続ける。

 「ボクも戦う。

 この外見はちょっとは役に立つはずだから」

 「ああ、確かに」

 と、頷くのは青髪の少年タテガミライオ。

 

 「あの黒狼は君を飛び越えていった。何か縁があるのか」

 「あの化け物の仲間でしょう?」

 ……冷たく言い放つのは、エルフのノア。

 

 ……反論したいけど、その通りだからボクは黙る。

 けっしてあの少年の仲間じゃなくて。でも、あの少年と似た魔法を使う、三眼の黒狼の孫娘がボク。

 言い逃れはきかない。

 

 そんなボクを庇うのが皇子。

 どこまでも純粋な瞳で、彼はエルフにだって何にだって、皇子として立ち向かう。


 「……ノア姫。確かに、アルヴィナは狼の意匠を持つ子だ」

 ちなみにだけど、ボクが胸元をあまり開けないドレスしか着ない理由として胸元に水晶が埋まってるからという点があるから、狼の意匠というのは語弊がある。

 

 「それでも、おれはアルヴィナを信じている。そもそも、アルヴィナが頑張ってくれたから、今まだ勝ち目を探せているんだ。

 ノア姫。疑わしいかもしれないけど、見返りすらくれそうにない君達の為にそれでも誰かを救うために頑張ってくれているおれの友人を愚弄しないで欲しい」

 転生皇子は静かに睨む。

 「ついさっきも、そう言ったはずだ」

 

 「はいはい。勝手にしなさい」

 そんな言い分だけど、エルフの姫はあっさりと折れて、後は任せたように口を閉ざす。

 その脇で事態を見守るエルフの少女(皇子はウィズって呼んでいて男の子と思ってそうだけど、女の子の勘は誤魔化せない)は、最初から任せてるよと肩を竦めて。

 

 「……どれくらいなら戦える?」

 「少しは。動きを少しだけ止めたりくらいなら、多分ボクの干渉で出来る」

 魔神としての本気は出せないものとして考える。そうしたら、この体が壊れてしまうから。

 それでも、壊さなくてもそのくらいは多分出来るって範囲を、ボクは言う。

 

 ……心配そうに此方を見てくるお兄ちゃんに、ボクは一つうなずきを返す。

 大丈夫。ボクだって覚悟はしてる。

 やりたくはないけど、カラドリウスにも言ったようなことはもう心に決めている。

 

 どうしようもなくなったら。この体を破壊する前提で、ボクは本来のボクに戻ろう。

 皇子に可愛いと言って貰ったこの人間を模した(リリーナ・)基本の姿(アルヴィナ)を捨て、屍の(アルヴィナ)晶狼姫(・ブランシュ)としての真の姿、本性を見せ……

 

 あの墓荒しの塵芥の同類だろう刹月花?の少年に言われた言葉を借りれば、屍の皇女。その本領を見せてあげることに異論はない。


 皇子と離れるのは残念で、調査も打ち切りだけど。

 彼はそのうち……あの珍獣(あに)が言う言葉によるとゲーム本編で迎えに行けば済む事。

 この器を壊したら、亜似がこの世界から消えたら。元々居なかったはずの存在であるボクの記憶は抜け落ちて消えるようになっているから、もうボクにあの明鏡止水の眼を向けてくれることは無くても。

 次に出会った時、きっと彼は誰かを守るために、今まではボクにも向けてくれた明鏡止水の瞳で、単なる敵である魔神の一人としてボクを見る筈だけど。


 なら、彼を捕らえてから待ち続ければ良い。きっと、誰かのために身代わりとしてって傷つく限り囚われた彼はずっとあの眼をしてくれるから、寂しくない。

 

 嘘。ボクへの敵愾心を込めた眼は、同じ明鏡止水でも少し、すこしだけ……嫌だけど。

 

 最後の手段を使う覚悟は、もう決めてある。

 皇子がなんとか出来なかったら、誰が本当の屍の皇なのかを、ボクの大事なお兄ちゃんの大切だった人々の死を、そして今を生きていく皇子達を愚弄する紛い物の屍遣いに教えてあげる。

 お兄ちゃんと、ボクの本気。絆も無く単に好き勝手使役する彼に、屍の魔神と魔神王だった魂の屍、その繋がりの真髄を見せ付けて屍の仲間入りをして貰う。

 

 ……ボクが死霊術を学んだのは、寂しそうな兄の為で。

 でも、兄はボクにお母さんを死霊術で永遠にしないように言った。

 

 ボクにはその心なんて分からない。大事なものなら永遠にしてずっと側に置きたい。

 皇子については、永遠にしたら今の眼じゃなくなるから例外で。でも、永遠に出来るならしたい。

 そんなボクには、もう眠らせてやって欲しいってお兄ちゃんが言う理由なんて見当が付かなくて。

 

 でも、屍として呼び出しちゃいけないって思いを持ってることだけは分かる。


 ……だから、ボクは誓う。

 

 お兄ちゃんの想いを、全然知らないけどボクの御先祖を、死霊術を愚弄するあのイカれ真性異言を。

 

 ボクの皇子を傷付けたあいつを。必ず、生かして返さない。


 永遠になんてしない。そんな価値も愛着もない。未来永劫に渡って、此処で終わらせる。

 墓標は要らない。墓はエルフの森って贅沢すぎるほどのものがある。感謝して死んで欲しい。

 

 その想いを胸に、ボクは改めて作戦会議の話題に耳を向けた。

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