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左目、或いは覚悟

「グルルォォォオォォラァッ!」

 狂いきったその咆哮が森に響く。

 

 ノア姫やヴィルジニーをちゃっかり隠してから戻ってきた愛馬オルフェゴールドに足を怪我した愛馬を任せ、

 黄金の暴君の異名そのまま光と共に隠れ先へと消え去った瞬間に、それは現れた。

 

 燃える三眼の黒狼、スコール・ニクス。850年は前に死んだ筈の四天王。

 

 「……違う」

 怒り心頭で、大事にしてる帽子を肩から下げたポシェットに畳んで仕舞い込んで、何時もは見せたくないと隠している己の耳をピンと立たせてさらけ出しながら、黒髪狼耳の少女(リリーナ・アルヴィナ)は言う。


 「あれは、もう死んでる」

 死した魔神狼。その存在に怒りを覚えるというのは、本当に……と思い、その疑いを振り払う。

 

 「彼女、信じて大丈夫?」

 「ウィズ、アルヴィナを信じてやってくれ」

 魔神王の妹?なら同じく八咫烏の魔神だろうから違う。

 それに……アルヴィナは敵じゃない。そう信じる。背中から噛み付かれたら死ぬが諦める。

 

 「ガウゥ!」

 爛々と3眼は輝き、此方を睨み付ける黒狼。

 天狼は降ってこない。かつて天狼は世界を削ろうとした蛇神と戦ったと言われているし、番だろう夫の方が追い掛けてきていれば今姿を見せると思われるが来ない。

 恐らく、此処に居るのは果実を持っていった雌の方だけだ。

 何故降りてきたのか、何故彼等と出会ったのか、夫はどうしているのか、分からないがとりあえず今は救援は望めない事だけは分かる。

 

 ……父も、まだ間に合わないだろう。

 アイリス等から事情は聞いていても事態が分からず、きっとアステールが何とかしてくれていると信じてはいるが彼女からエルフの里が襲われていると聞いて様々なものを準備して駆け出して、着くのに丸2日は掛かるだろう。

 大規模な支援は後で良いと一人転移魔法とネオサラブレッドで駆け抜けても、まだ到着には早すぎる。

 

 「……竪神、勝てるか?」

 「無理を言わないでくれ。足止めが限界だ」

 「おれも、な」

 こんな短い会話も、刀を腰に構えていても、

 天狼は理性を総動員して反撃を受けかねないからとばかりに攻撃せず待っていてくれたが、眼前の魔狼にそんな思いやりの心など無い。

 

 瘴気を噴き出しながら吠え、その赤い爪を振るう。

 「アルヴィナ!」

 「……お願い」

 その爪は、半透明な巨竜に防がれた。

 

 「ボクの魔法の切り札。この地で眠ってる彼等に、ちょっと手を貸して貰ってる」

 狼に引き裂かれながら、霊竜は吠える。


 しかし、正直戦力差は歴然だ。

 

 「理屈は同じものだけど、ボクのは……あそこまで死者を好き勝手使えない。

 時間稼ぎだけ」

 「……ああ」

 それで良い、アルヴィナ。

 

 「っ!はっ!」

 抜刀、一閃。魂の抜刀と、現実の刃による眼にも止まらぬ切り返し。

 

 倒すのは、おれたちの役目だろう!頼勇!

 「っ!らぁっ!」

 『バースト!』

 おれの意図を汲み、おれが斬りつけた足へと魔力を帯びた剣が叩きつけられる。

 

 「グルゥゥッ!」

 硬い……が!ATLUS(アトラス)よりマシだ!

 爪が竜の体に埋まっているうちに……断ち切る!


 「グルッ!ガァァッ!」

 黒狼の咆哮。

 人語は分かる筈だが使わず、燃える瞳は残光を残して……

 

 「がっ!?」

 血飛沫が舞う。

 

 引き裂かれた!?

 その事実に気がついた瞬間、賴勇と挟み込んで切り落とした腕が大地に落ちた。

 

 ……こいつ!斬られるなら斬られるで、それで障害は消えたとばかりにそのまま此方に攻撃してきたのか!


 「っはっ!」

 軽く血を吐き、首筋の傷を確認。

 

 浅い。致命傷には程遠い。

 おれのステータスが、そこらの剣なら通らない人智を越えた硬さが護ってくれたようだ。


 が、

 「ゼノ皇子、行けるか?」

 「……辛いな」

 呼吸が浅くなり、乱れる。

 

 首がスカスカする。気道が上手く確保できない。

 集中が……途切れる!

 「っらぁっ!」

 吠えて斬りつけるが、その軌道すら狙いどおりに行かず。

 避ける素振りすら見せず、屍の黒狼は正面からおれの振るう刀を顔面で受け止めて。


 「ちっ!」

 そのままおれへ向けて吠える。

 

 向こうも片足。上手く動けないと思ったが……

 咆哮と共に噴き出す瘴気だけで、おれたちに攻撃するには十分か!

 

 その瘴気は光の矢が吹き散らし、霊の竜は役目を終えたとばかりに空気に溶け消える。

 普通の死霊術なんてこんなものだ。時間をかけてアンデッド化させれば維持も出来るだろうが……それは、余程相手から自身の魂を好きにして良いと明け渡されての話。

 

 だから、ゲームでもそうしてアンデッドとして復活して再び立ちはだかるなんて四天王他極一部。

 

 「皇子さま!」

 視界の端に、飛び去っていく蒼と紅の機神が見える。

 スコールが吠えている以上おれたちの居場所くらい分かるだろうに、それとは全くの別方向。オルフェゴールドが走り去ったのともまた違う。


 恐らくは……EN不足。アガートラームよりは数倍マシでも、やはりというかライ-オウのように暫くしか動けないのだろう。

 一つ光明だ。ATLUSは何とか戦いを引き伸ばせば消えてくれる。

 

 だが、今は目の前のスコール!

 片足を喪った四天王はそこまで疾くはない。その筈だ。

 ならば……と思い、霞む視界で刀を構えようとして。

 

 刹那、黒狼を瘴気が覆う。

 漆黒の塊から飛び出すのは赤い閃光。

 

 「アナ!」

 反応しきれない銀の少女を、頼勇が解き放った緑の障壁が囲む。

 それを両の前足で踏み砕き、立ちはだかる黒髪狼耳を飛び越えその尻尾で打ち据えて。

 その瘴気ですべての傷を消し去り万全に戻った黒狼の魔神は、銀の少女を噛み砕くべく疾駆する。


 額の眼に突き刺さる光の矢すらも即座に青い血飛沫によって外れ、即座に修復され足止めにもならない。

 

 「っ!らぁぁぁっ!」

 間一髪。少女の眼前。

 首筋に上げるように構えた刀でその口内を貫く形で、おれはその進行をギリギリ止め、そのまま勢いを止めきれずに押し倒される。

 

 「……ぐっ、がっ!」

 ダメージはほぼ無い。


 だが、その口から、傷から、青い血から。

 溢れる瘴気が、おれを焼く。

 

 左目が熱い。焼きゴテでも押し付けられたかのように灼熱する。

 「ぅぁっ、ぐっ……」

 これが、星壊紋……

 

 バキン、と。口内に突き刺した刀が根元から折れた。

 その口を閉じられないようにしたつっかえは強引に噛み砕かれ、即座に傷は修復される。

 流石は既に死んでいる筈の存在。魂だけに近いからか、魂が壊れない限り肉体へのダメージは幾らでも治せるって事か。厄介な……

 

 「やめて!皇子さまをはなして!」

 本人が得意でもない魔法を銀の少女は唱える。

 が、聞く筈もない。目眩ましにすらならない。

 魔狼はもうこいつはどうでも良いとばかりにおれを無視し、少女を狙い……

 

 カッ!とした光がその三眼を焼く。

 

 シロノワールだ。もう一人の転生者シャーフヴォルが戦線離脱したことで此方に戻ってきたのだろう八咫烏がお決まりの光で一瞬眼を潰してくれていて。

 

 「グルグラァァァァァァゥゥゥッ!」

 苦しげな咆哮と共に、白い甲殻も体毛も己の血と瘴気で最早見る影もなく赤黒く、血走った片眼のみを輝かせた隻眼隻腕の巨狼が、紅の雷撃と共に斬り裂かれた長く強靭であった尾を黒狼に叩きつけた。

 

 そして、そのままの勢いで、一番近くであったおれへと牙を剥き出して襲い来る!

 

 ってそりゃあそうだな!誰かに襲い掛かるのは止められない。離れなきゃおれ達にも牙を剥く!

 飛び掛かってくる白狼を黒狼の方向へ誘導するように、二頭の狼に挟まれるように移動した。

 

 「がぁっ、あっ、ヴゥッ」

 灼熱する左目と、荒い呼吸による足の覚束なさに、地面に倒れこむ。

 そんなおれの上を、おれの頭を狙って牙を剥く白狼が飛び越えて……近くに来た黒狼スコールへと狙いを変えた。

 

 「……いまの、う、ち、か……」

 焼けた喉で声を絞り出す。

 

 近付いてくるアルヴィナに、来るなと警告して。


 ……このまま逃げるわけにはいかない。

 

 呪詛を仲間内に持ち込めない。

 

 ……ならば、答えは一つ。

 白かった傷だらけの巨狼をいなしながら、黒狼の額の一眼だけが此方を見る。

 

 ……あまり、帝国を無礼(なめ)るなよ、かつての四天王が。

 

 「皇子さま、早く!」

 「……分かってる」 

 此方を見るアナの瞳。


 「…でも、ちょっとだけ向こう向いてて」

 あまり、女の子に見せたくはない。

 

 おれは、小型のナイフを引き抜くと、一息だけ覚悟のために間を開けて、

 意を決するや、自分の左目に突き込んだ。


 「ぐぅぉぉっ!がぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 「……皇子さま!何を……どうして!」

 少女の叫びは、これで正しいとアナの眼を塞ぐアルヴィナに遮られる。


 思考に邪魔の入らなくなったおれはそのまま柄を(ねじ)り、自身の眼球を(えぐ)り取る。

 ぱっと散る瘴気に毒された赤黒い血飛沫と、流れ落ちる赤い血。

 

 おれは、瘴気を放ち、赤黒い五亡星が乱雑に幾つも浮かぶ己の左目をナイフごと投げ捨て、その眼が光の矢によって消し飛ぶのを見ることもなく、踵を返すと駆け出した。


 ……おれは呪いで終わりだと思ってたんだろうが悪いな、スコール。

 お前がおれに向けた呪詛は、左目ごと此処に置いていかせて貰うぞ。

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