流水の腕輪、或いは少女の願い
「やっぱり、効かないか」
張られる対瘴気フィールドを見て、おれは一人呟く。
アステールの活躍により、未来の展望は開けた。
だが、それはあくまでも、取りに行けてからだ。エルフの里の中にあるということは、里の中、つまり多くのエルフが倒れ瘴気を発するその最中を突っ切るということである。
あとは、天狼との遭遇確率は0ではないし、元凶と鉢合わせも有り得る。
特に元凶だな。
だから、取りに向かう際に瘴気を弾けるようにと思ったんだが……
「私のこれは魔法ではない気がするんだが」
「魔法扱いなんだろうな」
と、男二人で仕方ないとぼやく。
悔しいことだが、魔法なものは仕方ない。
瘴気そのものは精神にも肉体にも異常をきたす害ある気体だ。精神部分は【鮮血の気迫】で防げるが、肉体的なものはどうしようもない。
仕方ないので、アナを背負い、少し離れて瘴気の様子を見ながら移動する。
「ボク、ここ」
と、歩きだそうとしたおれの腕の中に、猫のように軽く収まるのはアルヴィナ。
「疲れた、歩くのやだ」
と、アルヴィナらしくない文句を言ってくる。本気で疲れたのかどうなのかは分からないが。
何も出来ていないおれに出来ることならやろう。そう思ってその体を抱え上げて進む。
二頭の愛馬の背が空いていれば、それに乗せるのも考えはしたが、ついさっきまで病に伏せっていたエルフの少女を歩かせるわけにはいかず、オルフェの方はヴィルジニーが占領済みだった。
そんなこんなで、エルフの里へと向かう。
先導は同じくウィズ。森自体がエルフの地であるとしてあまり人間に知られておらず、下手したら迷いかねない其所をエルフの少年はひょいひょいと渡っていく。
割とすぐに、木々の間に隠されたその里が……あれ、何処だ?
「ウィズ、其所にあるのか?」
「あるよ」
と、頷いてくる少年。
……だが、見えない。しっかり隠されてるな。聖域魔法でも……張ってるんだろうなぁ。
「聖域か」
「そう、聖域。アナタのような悪辣な人間を来させないための」
と、その悪辣な人間の愛馬に乗せて貰いながら言うのはエルフのノア姫である。
警戒心、あるのかないのかどっちなんだこれ。
「竪神、あとは……」
と、言おうとするも、きゅっと首に回された腕に力が入る。
アルヴィナが離れてくれないんだが?
「……シロノワール!」
仕方ないので、おれは今も影の中に居るだろうカラスを呼ぶ。
いや、居るよな?飛ばされてきてないなんてことは……
影から問題なく三足のカラスが姿を現した。
「……アルヴィナのために、おれの為に。ヤタガラスの本領を見せてくれないか?」
こつん、と嘴に小突かれる頭。
しかしカラスは仕方ないなとばかりに一声鳴いた。
「……何よ」
「カラスかい?」
「そう、ヤタガラス。導きの鳥。
ノア姫、ウィズ、そして竪神。先に行くべき場所まで向かってくれ」
おれは……と、空に羽ばたくシロノワールを見上げて呟いた。
「大丈夫、場所さえシロノワールに分かれば、瘴気を浴びない安全なルートを先導できる筈だ」
どうしようもないっぽい範囲を目を閉じ、息を止めて駆け抜けて辿り着いたのは、里の中の……何の変哲もない家であった。
「ここ、なのか?そうは見えないが」
「……ここの地下よ」
と、此方を睨みつつ、エルフは吐き捨てる。
「人間は下等だから宝物庫とか言って重要なものをそれと分かる場所にまとめるのだったかしら?」
……滅茶苦茶バカにされてるが、怒って良いか?
「ワタシはそうではないの。それと知られない場所に、分けて置いておくの」
「逆に、大っぴらに護れないから奪いやすいってのはあるかもしれないがな」
と、ちょっとだけ言い返す。
というか、本気で大事なものは金とかだし、顕示するにも固めるのは問題なくないか?
真面目に奪われては不味いものとなれば神器とかだけど、あれは特に第一世代なんて稀代の怪盗でも盗めないというか、それこそ持っていけるならご自由にどうぞと見張りもつけずに誰でも入れる家に放置してても、神器に選ばれたただ一人以外の誰にも盗れない。警戒するだけ無駄だ。
「助かったよ、シロノワール」
影に消えていくカラスにそう声をかけて、おれは小屋へと入り……
「駄目だよ」
と、エルフ少年に止められる。
「此処は、ノア姉の一人きりの時にしか開けられないように、魔法がかかってるんだ」
「防犯しっかりしてるな」
あれか。森長の娘で、長男が咎ったから管理者はノア姫という事か。
ふと、腕輪があれば直ぐに治せるならアルヴィナに疲れる事をさせる程の意味はあったのかと思ったんだが、必要だったんだな。
暫くして、憮然とした表情で顔を覗かせたノア姫に先導され、小屋に足を踏み入れる。
「……有り難う、ノア姫。おれ達を信じてくれて」
「信じてないわ、灰かぶりの悪魔。
仕方ないから、被害を広げられないように、ワタシの持ち物の範囲でアナタに貢がされているだけよ」
表情を変えず、少女は返す。
「でも、そもそも無いわと言い張れば良かった。なのに案内してくれた」
そう。ぶっちゃけ、今はないわされたら信じるしかないからな、おれ。
アステールがこの切羽詰まった状況で嘘を言うとは思えないが、だからといって無いと言い張られたのを嘘とする事も出来ない。
ぷいっと背けられる顔。
何がいけないのだろう。おれには良く分からない。
ただ、開かれた地下への通路(ちなみにそこの空間だけ消えている感じで、扉などは特に見えない)への梯子を……
両手がアルヴィナで塞がってるから降りられる筈もなく、軽く地を蹴って飛び降りる。
数秒の浮遊と、とんっと軽い感覚。
大体意識的には4階くらいから飛び降りたって感じだな。
その衝撃が響いたのか、背の少女の腕が強ばる。
「起きた、アナ?」
「は、はい……」
まだ疲れ気味の少女を下ろして、おれは周囲を見回し……
「そんなに覗きたいのね、最低」
と、後から降りてくるエルフに愚痴られる。
……そういえば、見上げればスカートの中とか見えるのか。まあ見ないんだが。
「でもおあいにくさまね。
人間は肌に余計なものを身に付けて興奮するのでしょう?ワタシはそんなものは付けていないわ」
と、何が誇らしいのかエルフの少女はそんなことを言ってきた。
「……へんたいさんはそっちの方が喜ぶです?」
と、当然の疑問をアナが投げ返す。
まあ、変態からすれば、下着を履いてない方が余程興奮するだろう。おれは余計見るわけにはいかなくなったが。
「アナタ、後頭部にも眼があるのね」
「無いよ」
折角しっかり別方向向いたのに噛みついてくる……何となくヴィルジニーを思わせるエルフの少女をいなし、後から降りてくるヴィルジニーと最後まで周囲を見てくれていた頼勇が降りてきたところで、光が無くなり周囲は暗闇に包まれた。
恐らく、入り口が閉じられたのだろう。
ちょっと大きさ的に通れないので愛馬達は留守番だ。
きゅっとおれの袖を掴む二つの感覚、小さく触れる、小さな手。
懐中電灯のように即座に光を放つ頼勇の左腕のレリックハート、そして……
ぱっ、と周囲が明るくなる。
魔法、ではない。まだ誰も明かりの魔法は使っていない。
だが、周囲全てを照らす腕輪の形をした光が其所にあった。
「これが、流水の腕輪です?」
と、銀の少女の声が響く。
「わたくしは、枢機卿の娘。わたくしが使うものですわね」
と、真っ先に触れにいくのはヴィルジニー。
だが、
「なんでなのよっ!?」
腕輪はうんともすんとも言わない。
哮雷の剣みたいに攻撃してこないだけマシだが、選ばれぬ者には何の反応も返してこない。
「アルヴィナは?」
暗闇の中で、互いの場所を見失わないようにおれの袖を取っていた少女は、静かに首を横に振った。
「ボクは違う。
それに、ボクは無くても頑張れる」
……そうか?と、おれは心の中で思う。
原作的に、リリーナであるアルヴィナが聖女の力を一時的に使える腕輪なんて一番所有者として正しい気がするんだが……
逆か。後に本当に聖女になるから、紛い物なんて使わせられないのか。
と一人勝手に納得して、
「竪神は?」
と聞いてみる。
「止めてくれ。私は女じゃない」
言われてみればその通り。
バカにしたように、ほら使えないでしょ?とエルフが此方を見て。
「わたしは、皇子さま達の役に立ちたいです
おねがいです、力を下さい。何しても返しますから」
ふっ、と腕輪が一瞬消えた。
一拍後、輝く腕輪がアナの右手に勝手に嵌まっていた。




