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ノア、或いは民の盾

「歯がゆいな、竪神……」

 結局アルヴィナに丸め込まれたおれは、隠れ家である岩を動かして開閉できる洞穴の外で爪を噛んだ。

 

 おれが命懸けなのに?にたいしては皇子だからという言葉しか返せない。だって、他に立派な理由とか無いからなおれ。

 それをどうこうされては、おれに止める方法は情に訴えるしかなくて。


 アナにまで、瘴気を吐く天狼に向かっていったと責められては、情の面でも負ける。

 おれ的には天狼は己を抑えようとしているから勝算は十分にあったんだが、危険にはかわりないです!と涙目されたら、もうおれには何も返せなかった。

 

 お手上げだが、それでも治せるか不確定のところに行かせるのはという悩みに対して答えが出なかったところで、暫くなら瘴気を閉じ込めるフィールドを張れると頼勇に言われ、そして今に至る。


 ってか頼勇、本当に便利屋かお前。原作ではそこまで深く掘られてなかった日常関係に気が利きすぎだろう。


 「直接何も出来ないのは、厳しいところだな……

 まあ、私達には待つことしか出来ない。魔法の使えない私達には、な」

 と、達観したように左手の父である白石を輝かせて瘴気を抑えるフィールドを外から張り続けている少年は返した。

 

 「……アナ、アルヴィナ。頑張ってくれよ」

 と、何も出来ないおれは周囲を警戒しつつ呟く。


 星紋症は影/火属性の呪いの魔法。その治療魔法を唱えるには、その反対である天/水、そして中和材の……今回使う魔法書では土属性の3つの属性が必要だ。

 作るのには影/火も要るが、唱えるのには要らない。

 アルヴィナ曰く、星壊紋の場合はそこに影の力、特に霊属性とか言われたりする派生が強く発現する呪いだから、別属性で中和する前に同属性で根深く絡まった呪いを解いてあげないと治せないと言っていたので、必要なのは影/天/水/土の4属性だな。


 当然一人最大3つしか無い筈の魔法適性から考えて一人で唱えられる魔法ではない。

 だから水鏡などの水魔法を得意とするアナ、ボクは天使えるけど霊属性で忙しいと天属性枠を投げられたヴィルジニー、そして天/土だというウィズの三人もアルヴィナに連れていかれたのである。


 作られた魔法書に無い部分を後から弄るアルヴィナ以外は魔法書を唱えるだけと言われればそうなんだが、それでも何も出来ないおれは不安で。

 

 けれども何も出来ずにただ祈り、待つしかない。

 

 天狼が来る気配はない。

 当然だ、寧ろこうしてフィールドを張って此処に居るぞ!とばかりにアピールしてるのだ。近付いたら血に飢えた血走った眼で襲いかからずにはいられないだろうから絶対に近付いてこないだろう。


 そこは安全。天狼の理性がちょっとでも残っているうちは、移動しなければ遭遇を考えなくて良い。


 問題は、元凶だ。

 それが誰なのかは分からない。


 多分だが、ユーゴでもシャーフヴォルでもあの少年でも無い誰か。父が言っていたのはそれにリリーナ(ピンク)、エッケハルト、おれ。ヒントは特にない。

 使えそうな奴と言えば一人知っているが、彼は……攻略対象の一人で、おれが呪いの実験動物(モルモットくん)になってくれという冒険者ギルドの指名依頼で会いに行った時は特に怪しいところは無し。

 彼はシルヴェール兄と並ぶ教員の攻略対象枠そのままだろう。単純に偏屈泥臭研究バカだ。

 

 つまり、誰とも知らぬ敵が居る。その先は分からなくて。

 だが、流石に即座に動いてくることはなく。


 「……おわった」

 ひょいっと、やつれた顔のアルヴィナが顔を覗かせた。

 「……お疲れ、良く頑張ってくれたな」

 ふらっとおれの手の中に倒れ込んでくる少女を抱き止めて、おれはその軽くて小さな体を抱えながら洞窟の中に入る。

 

 簡素な木のベッドに横たえられた、一度見たエルフの少女ノア、その枕元でベッドに頭を乗せている弟少年ウィズ。

 「つ、つかれました……」

 と、洞窟の床にへたりこむアナ、そして……

 こんな場所に、と震える足で何とか立っているヴィルジニー。


 「アミュ!」

 と、おれは愛馬を呼ぶと、その背の荷物から外で座ることがあればと思い持ってきたカーペットのようなシートを外し、少女ヴィルジニーの背後に広げた。

  

 「……ちょっとはマシね」

 と、ブロンドの少女はそこに倒れ込む。ふわりとスカートが翻るが、それは見ない方向で。


 その横に疲れた……とおれの首筋に手を絡めてくるアルヴィナを置いて、おれはへたりこむ少女に手を伸ばす。

 「立てる、アナ?」

 「……ちょっと、こうしてたいです……」

 「床に直接はあんまり良くないだろ?」

 と、少女もしっかりと手を引いてカーペットに誘導してやって。


 ……狭いな。二人寝っ転がって3人で使うのは想定してなかったからな……もう少し大きいの持ってくるべきだった。

 

 「……どうだった、アルヴィナ」

 「治療は、できる。

 でも……疲れる」

 と、ぽつりと少女は言って、寝息を立て始める。


 ……一回でこれか。エルフの数は、ノア姫から聞いた限り240名。一人惨殺されていたらしいがそれでもそう変わらない筈だ。

 そして、星壊紋の致死率は100%。星紋症でも治療しないと100%だから当然だな。

 発症してから死ぬまでの時間は……大体早くて丸1日経った頃で遅くて3日っていうのが星紋症だが、それより早いことはあれ遅いことはないだろう。


 エルフが恨み言を送ってこなかったということは前回死人は出てない筈で、エルフは女神に祝福されているから進行が遅く猶予は長いと仮定しても8日(一週間)は間違いなく持たないと見て良い。

 

 じゃあ、アルヴィナ達なら治せるからって治していって間に合うか?そんな筈無い。

 一回の治療で疲れて寝てしまうくらいの労働をこの子に無理矢理させ続けても、30人助けられれば良い方だ。

 どうにかして連絡を取って星紋症の治療が出来る人達を連れてきてもらっても、アルヴィナと同じことが出来るのはそう居ないだろうし作業効率とか変わらないだろう。

 

 これでは、解決ではない。こんなもの、場当たり的な対処だ。

 

 じゃあ、どうする?

 どうすれば良い?おれは何が出来る?何をすれば良い?

 どうすれば、おれは……誰かを助ける役に立てる?


 分からない。

 とりあえず分かることは一つ。あの時、おれがエルフ側が何か緊急だからと一人で駆け付けても何一つ意味がなかったということだけ。


 怪我の功名というか、竪神もアルヴィナもアナもあの四天王が纏めて潰しあえと此処に飛ばしていなければ、ノア姫一人救えなかったって事だろうこれ。

 こんなこと言うのは可笑(おか)しいが、四天王には感謝しなければならない。情けないが、おれ一人では何も出来なかった。

 

 そんな風に悩んでいると……

 目が、合った。

 此方を見る、澄んだ紅の眼と。

 

 ノア・ミュルクヴィズだ。目を覚ましたのだろう少女が、おれをキッ!と横になったまま睨んでいた。

 「ノア姫?お久し振りで」

 流石にいくらおれでも、そこで睨まれる謂れはない。無いはずだ。

 だから肩を竦めて挨拶をしようとして、

 「満足?」

 と、そう呟かれる声を聞いた。


 「満足とは?」

 というか、これ……ティリス公用語だ。前回は全く通じなかったのに。

 

 「何のためか知らないけれど、これで満足したの?」

 「いや、まだだ」

 ……ってか、何が満足なのだろう。

  

 「これ以上何が欲しいと言うの」

 「まだ、事件が解決していないのに、満足も何もない」

 「アナタでしょう?すべての元凶は。

 どんな仕掛けだったか知らないけれど、七天の息吹を使わせるためにこんなことをして」


 いや、してない。


 「ええ。仕掛けも構わず使ったわ。これで満足したかしら?」

 「仕掛けていたことはすまないが、単なる使ったことを知れるだけのものだ」

 「恩を着せるために?」

 と、此方を睨むエルフの少女。


 あまりにあんまりな言いように、逆にアナすらも何て言い返すべきか戸惑ってるなこれ。

 「いや、使わなきゃいけないような何かが起きたときに助けに行けるように」

  

 けれども、ノア姫の勘違いは絶好調。

 「そんな嘘は良いわよ、灰かぶりの悪魔(サンドリヨン)

 全てはアナタがエルフをそのきたない手に収めるためにした策ということは分かるもの。

 何処の世界に、単なる善意であんなものをおまけとして付ける者が居るというの?」

 「此処」


 いや、真面目に何でこんなに疑われてんだろうなおれ。


 「バカバカしい。

 認めなさい。エルフが欲しかっただけだと。

 このワタシがアナタの罠に引っ掛かってあげたのだから、それで満足して他の者に手出しはもう止めることね」

 

 ……あのー、ウィズ?

 これ本当にティリス公用語だよな?話通じないんだけど。

 

 「罠でも何でもないよ」

 「じゃあアナタは、こう言うのかしら?

 己の国の貴族を洗脳し大金を奪おうとした盗人に、盗ろうとした品どころかそれ以上の財宝を付けて渡した、と。

 アナタの存在が冗談ならば信じるわよ」


 「そうだが?」 

 言ってて何だが、アレだな。おれなりに線引きした結果なんだけど、端から見たら気が狂ってる感がある。

 

 ヴィルジニーとノア姫が何か心底呆れた目で見てくるが、事実だから否定しようが無い。

 「良くもまあぬけぬけと。

 何故盗人に銭を渡すの?」

 「大切な何かの為に、犯罪に手を染めなきゃいけなくなった国民が居るならば。

 皇族の役目とは、その相手を捕らえて罪を裁くことじゃない。そこまで追い詰められた原因を取り除いてやることだ。


 それが、民の盾であるという事だろう」

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