襲撃、或いは蒼雷
「アルヴィナちゃん!?」
驚愕する銀の少女の横で、おれは落ちてきた少女を抱き止めた。
うん。アルヴィナだな。ちょっと冷たい体温、似合わない男物のぶかぶか帽子、すんすんとおれの匂いを嗅ぐマイペースさ。
全てがリリーナ・アルヴィナだ。ところでアルヴィナ?良くやってるけどおれってそんなに臭いのか?
返り血は割と浴びたし、左腕が生ソーセージになったこともあるけど、今はそこまで酷い匂いじゃなくないか?
あとオルフェはアルヴィナの横で匂いを嗅ぐのを止めろ。
まあ良いか、と……少しの不自然さと共にかなり後から飛ばされてきた少女を愛馬アミュグダレーオークスの背にひょいと腰の辺りを持ち上げて乗せる。
……アルヴィナ。スカートの下で伸ばしてるからか白い下着と尻尾見えてるぞ。隠せ。
何となくあるんだろうなーと思っていた尻尾だが、やっぱりあったらしい。
何時もは多分、腰に巻き付けて隠しているんだろう。粗末な割にスカート丈は長い服を良く履いていたしな。
って今見せて良いのかよと思うが、逆に、それがアルヴィナからのメッセージな気がして。
おれは気にせずにアナが行儀良く座る横にすとんと少女の体を置いた。
アルヴィナがもしも魔神ならば。テネーブルの妹だという変な少年の言葉が真実ならば。幾らでもおれを殺せた。だから信じてる。
そもそも、『勝手に死合え』と四天王がおれ達を此処に送り込んだのだ。アルヴィナがもしもカラドリウスの言葉通りの存在ならば、どうしてこんな怪しいタイミングで魔神王の大事だろう妹を、彼がゲームではどんなルートを辿っても絶対に直接戦場に出させなかったほどに死なせたくなかったろう妹を、おれたちと何者かをぶつけ合わせる策謀のまっ只中に送り込むような裏切りをするだろう。
特にアルヴィナは自分の耳を狼耳だと言っていた。狼で魔神といえば、帝祖が討ち滅ぼした太陽を食らおうとした四天王スコール・ニクス。
若き四天王アドラー・カラドリウスは特に彼を慕っていたようだと聖女伝説に吟われている死した元四天王の……孫娘になるのか姪なのかとかは分からないが、そんな存在を危険に晒させる転送なんてしてくる筈がない。
あれが、あの大翼の魔神が、本当にゲームでも出てきた四天王アドラー・カラドリウスならば間違いなくしないと思う。あるとしたら、アルヴィナが四天王に裏切られておれ達と一緒に死ねとされた時くらいか。
だから良い。おれは友達を信じる。それだけだ。
「すまない。もう一人、友人が飛ばされていたようだ」
「そ、そうですよね?」
ちょっと困惑気味のアナ。
露骨に大丈夫なのか?と疑いの視線で訴えてくる頼勇におれは信じてると無言で返す。
「いえおかしいでしょう忌み子。
何で三度目がこんなに遅いのよ」
「いや、私が飛ばされてからそれなりに時間が経って皆が飛ばされてきた。ものによってタイムラグはあるのかもしれない」
と、おれの意志を汲んでか怪しいという目は止めないながらも、頼勇はフォローに回ってくれた。
「君達は本当に飽きさせないね。
さて、そろそろ……」
と、エルフの少年が先導の歩みを止める。
同時、おれもその強大な気配に気がついた。
焦げ臭い香りがする。
そもそも、機神ライ-オウが落ちてきたとして、木々が折れるのは兎も角、どうして焼け焦げるようなことがあるだろう。
あの機神はゼルフィード・ノヴァではない。ゼル・フェニックス等の炎を纏う技は無いから、木が焼け焦げる程の温度にはならないはずなのだ。
では、当然ながら木を焦がしたのは別に居て……
「……え?」
「いっ!?」
おれが呆けるのと同時、馬上でブロンドの少女が息を呑んだ。
「オルフェ!アミュ!走れ!」
叫びと共に刀を抜き放ち、牽制に構える。
返り血にまみれ赤黒く染まった白い甲殻と毛。
鹿のような魔物を噛み砕いて咥えた口からは赤黒い瘴気が漏れ、青い眼を血走らせ、蒼かったはずの一角は禍々しい真っ赤に輝いている。
だが、それでも……見覚えのある姿。一年前にも、それ以前にも、世話になった誇り高き幻獣。
即ち、天狼。
「て、天狼!?」
何だ、あの姿は!?
「あれだよ、人間の皇子。
あれが……僕達を襲った災いだ」
少し沈んだ声で、おれと同じくあの狼の本来の姿を知るエルフの少年が呟く。
おれの眼前で、天狼が吠えた。
その口から赤黒い瘴気を撒き散らし、威圧的ながらも気品のあった前のようなものではなく歪んだ心をざわつかせるような音で。
青い雷をその身に纏い、血走った狼眼が此方を睨み付ける。
「アミュ、何やってる!」
だというのに、危険を察知して即座に背の少女と共に駆け出したオルフェゴールドとは異なり、もう一頭の愛馬は二人の少女を背に乗せて歩みを止めたまま。
何時仕掛けてくるか、おれは天狼を睨みつつ、怒声をあげて。
「ダメです、皇子さま!」
その肩を、アナに掴まれる。
「皇子さまも逃げましょう!」
「いや、おれは残る。誰かが天狼の足を止めなきゃいけない。一番無視できなくて、一番生存出来うるのはおれだ」
それは、当然の判断のはずだった。
機神ライ-オウの次にこの場でステータスが高いのはおれだ。おれが残って止めるのが生き残れる可能性が高い。
天狼が攻めてこないのは此方が背を向けていないから。だから、理性でまだだまだ早いとわざと待っているのだろう。
全員で背を向けられない。ならばおれがやる。
それなのに、
「ぜったい、絶対だめですっ!」
少女は譲らない。
「アナ!おれがやるのが」
「嫌ですっ!
皇子さま!皇子さまは確かに強いかもしれないです、でも、でもっ!
怪我を治す魔法が効かないんです!わたしじゃ……誰にも治せないんですよっ……
あの赤黒い煙が怖いもので、変な病気とか、呪いとかっ!かかっちゃったら」
「掛かるよ」
と、横からエルフの少年が補足した。
「ならっ!なおさらです。
他の人と違って魔法で治せないんです!他の人なら治るかもしれないものが治らなくて、どうしようもなくて、苦しんで死んじゃうんですっ!
だから、だからっ!止めて……ください」
それは、涙声の悲痛な叫び。
理屈を無視し、皆で生き残る可能性を減らし、それでもおれの安全の優先順位を繰り上げた言葉。
……心配されているのは、正直嫌な気分じゃない。
だけど、少女にそれを言わせた自分が情けない。それを言われるような弱さが恥ずかしい。そして……到底、聞き入れて良い言葉じゃない。
皇子が護るべき民に護られてどうする。
「ゼノ皇子。此処は、私と父と、L.I.O.Hが受け持つ!」
少女に合わせて、青い少年はエンジンブレードを引き抜き、おれの横で構えた。
だが、おれには分かる。嘘だ。
ゲームでは1マップ1回しか機神は呼べない。それは残存エネルギーの問題ということに設定上なっているし、実際問題この世界でも恐らくはその通り。
ならば、ついさっき呼んだライ-オウを今もう一度呼べるはずもない。それでも、嘘を付いてでも、代わりにやってくれるというのだ。
「分かったよ、アナ」
狂乱の天狼に一旦背を向け、おれは駆け出す。
「行こう」
「はいっ!」
そんな心にもないおれの言葉にサイドテールの少女が安堵したように言うや、愛馬が走り出す。
それが走る速度まで達した、その瞬間。
おれは大地を思いっきり後ろに蹴って急制動。即座に反転して元の場所へと駆け出す。
幾らネオサラブレッドとはいえ、小回りまでは人間並ではない。おれを制止することは出来ない。
「あっ……」
伸ばされる細く白い小さな指。それを行かせてあげてと抑える、アルヴィナの手。
幼馴染の少女の制止を振り切って、おれは天狼の元へ向かった。
「やはりというか、少し無謀が過ぎたか」
『デンジャー!』
「……ならば、打開の手でも思い付きたい所だなっ!」
果たして。
やはりというか、何というか。ライ-オウ無き身では青雷を纏う天狼を止めきれるはずもない。青い雷を纏う前足にエンジンブレードごと地面に押さえ付けられた状態の頼勇が其所に居た。
爪を引っ込めた前足で少年を縫い付けている天狼に、おれは……
「雪那」
魂に届く刃を、その頭に振るう。
肉体に傷は無いが、魂の器に……HPにダメージは通る。天狼に対しても有効打にはなるはずだ。
それで倒せるわけではないし、倒す気も毛頭ないが……
意識してか縫い付ける頼勇に気を取られていた天狼を、過たず実体の無い抜刀一閃は捉え。
『グルゥゥゥゥッ!』
痛みにか、衝撃にか。叫ぼうと開かれかけた口をガチンと噛み合わせ、赤黒と青を纏う白狼は低い唸り声をあげる。
その足が緩み、
「竪神!」
「エンジンバースト!」
エンジンブレードに溜め込まれた魔力を大きく放出して振るい、少年は拘束を脱する。
そこに……
「僕に応えよ、ガーンデーヴァ!」
流星のように天から降ってくる一矢。ウィズによる遠くからの援護。
その光を纏う矢がおれ達と距離を取った赤黒く染まった一角を撃ち、今度こそ天狼は明後日の方向に瘴気を口から吐き出して苦悶の咆哮をあげ、やけに大袈裟に頭を振った。
「下がるぞ、竪神!」
「ああ!」
意識をはっきりさせようというように、ブンブンと頭を振る巨狼。今ならばおれ達を見ていない。
そう感じたおれは、これ以上の行動をせず、少年と共に幼馴染達が走り去った方向へと向かって駆け出した。
報告とお詫び
円卓の救世主って何だよという読者の方もいらっしゃると思いますが、ユーゴ君等の謎パワー持ち転生者一団の自称がセイヴァー・オブ・ラウンズとなります。分かりにくくて申し訳ありません
ユーゴ戦(或いはエクスカリバー部分)の改訂版でユーゴに言及させましたが、改訂前を読んだ方はあいつらそんなカッコつけた自称なのかー程度の認識を持ってこの先をお読みください




