襲撃、或いは破損
「わたしも来て良かったんでしょうか、皇子さま」
と、おれが手綱(といっても形式だけの簡易的なもの)を引く白馬の背に乗せられて、銀のサイドテールの少女がポツリと呟いた。
「良いんだよ、アイリスのメイド扱いだから同伴の権利くらいアナにもある」
「けど、これって……修学旅行と言いつつ、親睦を深めるための遊びって聞きましたけど」
「じゃあ、アナが遊んじゃいけない理由とかある?」
「えっと、それは……わたしは雇われですし」
その要領を得ない言葉に、ぷっと噴き出す。
「アイリスが連れていきたいから連れていってる訳。だから気にするなって」
と、おれは横を見る。
横に居るのは、わたくしを乗せなさいとヴィルジニーに言われてルンルン気分のカイザーステップで乗せに行ったオルフェゴールドと、その手綱をおれの代わりに持たされてる頼勇。
その横では普段と違って馬型のゴーレムを操るアイリスも居る。
「そんなこと言ったら、竪神の方が更に来る理由が無いんだから気にしなくて良い」
少女を乗せた炎を纏う白馬の首筋を撫でて労いながら、おれはそう言った。
修学旅行という名の親睦旅行。行き先は……原作の学園で行く場所とは違うが、まあ子供か成人かの差だろうか。
「それにさ。今から行くのは海があるんだ。アナ、見たこと無いだろ海」
「……楽しみ」
と、そんなことを言ってくるのは別班であることを気にも留めずに此方にきたアルヴィナ。
班行動の一環として各班別行動で現地集合だった筈なんだが良いのかこれ。
因みに、おれの班……というかヴィルジニー班は引率の先生無し。
一見酷い放任主義だが、ポンコツ皇子とチート皇女、そして異国の不可思議な力を使う者に、いざという時のネオサラブレッドが2頭。下手な教員より余程戦力が整っている。
速度的にも小走りのおれ、靴裏にローラー着けて走行している頼勇、アミュグダレーオークスに2人乗りしているアナとアルヴィナ、オルフェゴールドに2人乗りしているクロエとヴィルジニー、ネオサラブレッドに乗せきれずおれも持てない荷物を背負って四本足で駆けていくウマゴーレムのアイリスで平均時速は40kmくらいはあるので馬車使う組等と比べて遅いということはないはずだ。
いざとなればネオサラブレッドは時速500km出すし、アイリスのゴーレムだって300kmは出る。頼勇も最近完成させたというジェットで飛行しながら180kmは出せる。おれは……大体時速100kmと一番遅いがまあ殿ということで。
とりあえず、師匠が見てる班と同等くらい安全な班と言って良いだろう。
他愛もない話をしながら、集合地点まで向かう。
海まで行くとはいえ、実のところこの大陸を横切って海なんて目指した日には何日かかるペースか分かったものではない。その為、あくまでも現地とは海辺の宿泊施設ではなく、そこまで飛ぶ飛竜籠(飛竜に大荷物を運ばせる仕組みのうち人が乗れる籠を運ぶ場合を特にこう呼ぶ)の発着場である。
流石に王都にはそんな場所作れないからな。要は飛行場兼竜牧場な訳だから騒音だ何だが絶えないし。
では、何故オルフェ達を連れてきているのか?
理由は簡単、飛竜は臭い奴が嫌いである。おれや獣人を乗せてくれないのが飛竜だ。
ではどうやって海まで行けば良いのか。それはもう、ネオサラブレッドの健脚にものを言わせて大陸横断しかない。
飛竜や天馬の飛行兵が居ても尚、騎馬兵という存在の必要性を固持させたネオサラブレッドだけあって、竜と競争だと言ったら二頭ともやる気である。
だから二頭とも連れてきた。
そんなこんなしているうちに、大きな竜牧場が見えてきて……
パキン、と軽い音と共に、父から貰っていた水晶の耳飾りが砕けた。
「……え?」
この水晶の耳飾りは、とある魔法と連動している。即ち……七天の息吹。
エルフのノア姫に渡したあの1回分が使われた時に砕けるように出来ているのだ。
それが突然砕けた。と、いうことは……それは、あのエルフ達が七天の息吹を使うような何事かが起きたという事になる。
例えばそれが、ウィズの成功を聞いて天空山に登った誰かがうっかり天狼を怒らせてしまったとかそういった事故をリカバリーする為であれば良い。
だが、そうではなく、突然流行ったという星紋症のような何かが起こったとすると……
どうする?
と、おれは自問する。答えはすぐに出るに決まっている。
「アナ、アルヴィナ。ごめん。
行かなきゃいけない場所が出来たから、ちょっとアミュグダレーオークスの背中を返してくれないか?」
「……皇子さま?」
「大丈夫。とりあえずは知り合いに会ってくるだけだよ」
此処からなら、エルフの暮らす森まで……おおよそ5刻。時速500kmなら7500km……じゃないな、もうちょいあるか。推定9500km程度。ネオサラブレッドなら走りきれる距離だ。
疲れるだろうし、実際は6刻~7刻かかるだろうが、一昼夜で着く距離である。
そうして、手綱を外し、本気を出させようとしたところで……
「皇子!」
ヴィルジニーの声が響く。
牧場が燃えていた。
パチパチとした火の粉の音。燃える黒煙。吼える飛竜。
竜と聞くととても強そうにも思えるがそんなことはない。龍姫の眷属といった伝説の龍であればまだしも、飼い慣らされたワイバーンはそこまでの強さはない。大体シロノワールくらいだろうか。
弱いとはとても言えないが、竜のイメージに比べれば弱い。
竜の吐く色とりどりのブレスに煙る、四つの影。特徴的な……一つは魚の尾を持ち、一つは4腕、一つは翼を持つ影は、その正体を雄弁に語る。残り一つが特徴ないのもまた、彼等の正体を明らかにする鍵。
影を絶たんと閃く剣光は、彼等相手におれの師が戦っている証。
幾度も閃くそれは、基本おれと同じ抜刀術による一撃必殺のあの人をして、抜刀の一閃で決着を付けきれない相手である証明。
即ち……魔神王四天王。
「ナラシンハァァァッ!」
普段は落ち着いた蒼い少年が、吼えた。
『エルクルル・ナラシンハ!運命は邂逅するか!』
そして、その左腕の白石が鳴動する。
躊躇無く緑の光を放つその腕を掲げて、ナラシンハに平和を奪われ二人で一つとなって命を繋ぐ親子は叫んだ。
「『エル!アイ!オー!エイチ!
ライッ!オォォォォォウッ!』」
それは、おれがこの世界では初めて聞く言葉。そして、ゲームでは幾度となく聞いた、その台詞
即ち、システムL.I.O.Hの起動。機神ライ-オウを降臨させるための契句。
空より来るは、蒼き鬣。
アイリスや、門外漢ながら実際の装甲の取り付けや装甲強度テストでおれも関わった事により、急速にフレームだけの状態から組み上げられた……けれども、未だにフレーム剥き出しの部分はそれなりに多い胸に獅子の頭を掲げる鋼の戦神。
その獅子の頭に飛び込んで、少年は吼える。
「漸く見付けた、ナラシンハァァァッ!」
「落ち着け、竪神!」
『ライ-オウ、見っ!参!』
おれの制止は全く聞かれず。蒼き鬣は未だに変形機構が完成していないため、機動形態へと変わることはなく人型のままに、大地に踏み締めた跡を残しながら駆け抜けていく。
「……!オルフェは分かってるな!
アイリス、アナ達を任せて良いな!」
一瞬だけ迷う。
七天の息吹を使うような羽目になっているエルフ達だって火急ではないのか、と。
即座に行くべきかもしれないと。そういう時のために、おれは七天の息吹を渡していたのだから。
だが、目の前の竪神頼勇を、そして皆を、放置して良いのか?その答えは何処にもない。
あるのは、おれが選択した後の結果論だけ。
此処で即座にエルフのところへ向かわなかったから間に合わなかったとなるのかどうか、此処で実は火急でなかったエルフ達の元へ向かったから犠牲が出たとなるか否かなんて……
答えなど未来にならなきゃ出ない!ならば……
おれは!常に!目の前の誰かに手を伸ばす!それが……おれが出来るたった一つの皇子らしさだろう!
「アミュグダレーオークス。頑張ってくれるか?」
選ぶ道は、両方を目指すもの。
相手は四天王とはいえ、この時代はまだ封印されたままだ。この世界に現れているのは本体の影のようなものである。
倒したところで本体には傷一つ付かないが、色々と制限付きで本物に比べればかなり弱い。
そのうち一つが、本来の姿とも言える第二形態がないこと。カラドリウスでいえば大鳥、ナラシンハでいえば四前腕の獅子といった本気モードがない。どうやら、その姿になると脆い仮初めの肉体が出力に耐えきれずに砕けるらしい。
後は単純にステータスも下がっているし、一部のぶっ壊れ専用スキルも下位互換に変わるし、本家四天王は魔防がちゃんと高いんだが影は魔防0って特徴もある。
最後はおれには無意味過ぎて泣けてくるな。せめて月花迅雷があれば良かったんだがそんな贅沢品は無い。
とりあえず!まずは四天王を何とかして!
そして、返す刀でエルフ達のところへ向かう!
おれの思いを汲んでか、白馬が一声嘶いた。
ちなみにですが、今章のセイヴァー・オブ・ラウンズという名前、明らかに可笑しい文法(円卓の騎士というような意味で円卓の救世主を名乗るならば、Saviour of the round tableであるべき)ですが、どこぞの神聖ブリタニア帝国意識でこんな名前にしてます
これを名乗っている彼等は結構なアホ揃いですので此方の方がカッコいい!と語感優先で文法間違って名乗っている事をご理解下さい




