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日の出、或いは雷刃

「……アステール」

 オルフェゴールドに抱き付いてすやすやと寝息をたてる少女を揺り起こす。

 

 「おーじさま、もう時間なのー?」

 眠そうな眼を擦る狐娘が、ふと崖から先を見て……

 その両の眼を見開いた。


 二つの太陽のうち一つが、地平に……いや西方を越えて龍海までを見渡す水平線の先に、黄金色の線を引いて昇ろうとしている。

 

 「そろそろ起きなきゃ見逃すぞ。せっかくのプレゼントなのにさ」

 「おおー、きれいだねー」

 「龍海までを綺麗に見渡せるのは、此処ならではって感じか……」

 「世界を見下ろす雷の玉座。その名に相応しい眺め……といった所かな?」

 なんて、詩的な表現をするのはエルフの少年で。アステール自身はキラキラした眼で、日の出を眺めていた。

 

 「アステール。此処も良いけど、大陸全部を見下ろすなら逆方向な」

 標高99000m程。もう宇宙だろ此処って高さの場所からは、おれたちが生きるマギ・ティリス大陸……多分だけど地球って星のパンゲア……は昔の大陸名前で、そう、確かユーラシア大陸を越える広さの巨大大陸すらも小さく見える。果ての滝すらも、ギリギリそうだと分かっていれば見える範囲。


 宇宙から地球を見たという宇宙飛行士等も、こんな気持ちを味わったのだろうか。

 世界全てを見たと、世界を手にしたと錯覚するような、こんな気持ちを。

 そんな事を思いながら、おれは狐の少女……だけでなく、少年二人と馬二頭と共に、朝焼けを見守っていた。

 

 「アナ達にも、見せてやりたいが……」

 一人で来るならばまだしも、誰かを連れてくるのは骨だ。特に今回は上手く家の馬を持ってこれたが、レースが近いとおれの馬なのにレース前だから無理されたりするしな。こうして連れてこれる時期ってあんまり無いのだ。

 「……セット」

 『オーケイ!アーユーレディ?』

 と、頼勇が左手を構える。


 「フラッシュ!」

 『フラァッシュ!』

 左手の白石になった頼勇の父の声と共に、魔力光が幾度か走る。

 

 「風景を記録保存した。これで満足されられないだろうか?」

 「いやお前本当に便利だな竪神」

 魔法で写真みたいに見たものを映すものはあるが、レリックハートってそれっぽいこと出来たんだな。頼勇の日常面ってゲームではそこまで深掘りされてなかったし初めて知った。


 「謎の機械怪異禍幽怒(マガユウド)の残した残骸を解析した、魂を物質にして長持ちさせる禁忌の技術、それがレリックハートだ。

 私の心にこの風景が焼き付いたように、レリックハートの記録にも……父の記憶にも、この風景が刻まれる」

 「いや、アナ達に見せてやれるなら、技術体系は何でも良いけどな」

 「一応魔法ではないから、知っておいて欲しかったんだ」

 そう言って、少年竪神頼勇は、朝焼けへと視線を戻した。

 

 不意に、朝焼けを影が横切る。

 天狼だ。


 何をするでもなく……いや、絵画には天狼が描かれていたし、その再現でもやっているのだろうか。或いは、朝の巡回か。

 特に危害を加えてくるような事は無く、天狼は此方を一瞥すると山頂へと駆けていく。

 

 それを目線で追って、おれは山肌を見上げた。

 この先にあるのは、神域である千雷の剣座。実際に居るかは兎も角として、七大天、雷纏う王狼の居場所とされる場だ。

 

 「おーじさま、気になるのー?」

 と、神域を眺めていたおれの視線に気が付いたのか、狐耳をぴこぴこ揺らして、少女が問い掛けてきた。

 

 「ああ、ちょっとな」

 けれど、おれはさっと視線を外す。

 「といっても、彼処は神の領域だ。踏み込む訳にはいかないさ」


 おれ自身、王狼と遭遇したことはないが、同じく七大天とされる存在とは邂逅した事がある。

 そして、彼は龍姫の名を出していたし、そもそも魔名を唱えるだけで色々起こる事から王狼の実在は確認されている訳だ。

 そんな神様相手に軽々しくお邪魔しますなんて言えないだろ普通に考えて。

 

 と、

 「おー、ならちょっと待ってねー」

 と、少女は馬上で眼を閉じ、両手を胸の前で組んで謎の祈りを捧げ始める。


 そして……

 「えっとねー、咎めた覚えもないのに聞くな、だってー」

 眼を開けると、そんなことを少女は言い出したのだった。

 

 「ん?」

 「えっとね、ステラ、ちょっとくらいなら七大天とおはなし出来るからそれで聞いたんだよ?

 誰が来ても良いって、やさしーよね」

 「……すまない。酷いこと聞くけどさ、嘘じゃない証拠は?」

 「ステラ、おーじさまがふこーになるような嘘付かないよ?」

 普通の嘘は付くのか。いや、普通に嘘混じった話するなアステールは。

 「一応確認しただけ」

 

 途中で空気が薄くなりすぎたがゆえの息苦しさを感じて、人間より空気が必要な愛馬を夜営地に返し、付いてくる狐の女の子と二人で更に山を登る。

 ちょっと尻込みするということで、少年二人は付いてこず。ステラが聞いてあげたからつれてってーというアステールだけが同行者だ。


 というか、登れば登るほどに、寧ろ重力強くなってないかこれ?

 普通に考えると、この周辺なんてもう宇宙という高度だというのに、地上より重いまである。

 

 「あきゃうっ!」

 その重力に、少女は少しだけ体勢を崩す。


 「大丈夫かアステール」

 「ちょっと、手にぎってー?」

 ああ、とおれは手を出して……

 バチリと走る静電気。視認できるほどの光が走り、痛みで更に少女の体が傾ぐ。


 「っ!」

 おれはそれを止めるように、少女の軽い体を抱き締めて……

 「あがっ!」

 更に走る静電気に顔をしかめつつ、何とか体勢の立て直しを……ってちょっとキツ……


 不意に影から姿を見せたヤタガラスの足を握り、何とかおれは転げ落ちずに留まった。

 「……助かった、シロノワール」

 あんまり迷惑をかけるなとばかりにカァと鳴いてカラスは消える。


 やはりというか、飛んでいるだけで重いのだろう。

 

 「うぅ……ばちばちする……」

 すっかり弱りきった狐少女。その毛に覆われた尻尾や耳にも、多くの電気が溜まっているのだろうか、何時もより膨らんでいるようで、しょんぼり下がっている。

 空気にすら電気が混じってる気すらもする。


 「……ごめんね、おーじさま。

 ステラ、めーわくかける気じゃなかったのに」

 「気にするなよ、アステール。おれにだって予想外の場所なんだ。

 怪我が無くて良かった」

 そう言いつつ、今更一人では帰れないだろう狐を背負い、おれは先へと歩みを進める。


 全力で走れば1分もかからないだろう1kmちょっとの山道を、踏み締めて登る。

 途中から重力というよりは斥力、磁力の反発のような力が更に体にのし掛かる。背中の軽いはずの少女が、良く付けている魔法で大体大人10人分の重さにした上着よりも重く感じる中、何とかそれを登りきる。

 頂点となるのは、孤児院の一部屋くらいの大きさの小さな台地。無数の尖った剣先のような姿に雷によって削られた岩が立ち並ぶ其処が、七大天の御座。

 

 しかし、其処に天と呼ばれるような存在の姿はない。居るのは……

 漸く来たか馬鹿弟子とばかりに此方を見てくる二角の男と、先に登っていくのが見えた天狼の片割れのみ。

 

 「あれ、師匠?」

 登るだけというかもう居るだけで修業になりそうな雷に燃けた空気と、のし掛かる重力。

 それをあまり感じさせない男に、おれは疑問を投げ掛けた。

 「どうして此処に」

 「どうしてもこうしても、逆側の眺めを見に行っている間に登っただけだ」 

 聞きたいのはそういうこと……ではない。

 

 「……そもそも、此処は修業に良い場だろう?」

 「いや、神の御座では?」

 「まあそうだが、開け放ってくれている」

 背中で小さく頷く狐娘。


 確かに、居るだけで辛い此処でならば、修業に……

 なる、な。


 単純明快。王狼によって特異な雷の魔力が巡るこの地でならば、魔物を倒す以外でも暮らしているだけでその魔力……マナを経験値として取り込んで、レベルを上げられるだろうという話。

 特殊な成長補正とか乗るかどうかは分からないし、そもそもまともに動けないとこの魔力を経験値代わりに取り込むとか無理だろうが。

 

 因にだが、魔力を取り込めばおれでも魔法が使えるかというと、当然ながらそんな訳はない。

 魔法を使う器官の有無だからな、使えるかどうか。

 そもそも、マナを取り込む機能は誰でも持っている。おれと同じく魔法が使えない獣人でもな。だから、これは別問題。

 

 ルォン、と一声天狼が吠える

 「……おー、楽になった」

 活性化の桜雷がアステールを包み込み、けろっとした様子でそそくさと少女はおれの背を降りる。

 多分、おれへの負担とか考えてくれてるんだろう。

 

 最初からやって欲しかった気もあるが、多分自力で来られないなら来る資格はないという事なのだろう。

 恐らくだが、あそこでおれが体勢を立て直しきれずにゴロッゴロ斜面を転がってたら駆け付けて止めてくれたろうしな。その後追い返されそうだけど。

 

 そうして、人心地ついたおれは、漸くソレに気が付いた。

 ずっと其処にあって、けれども……背のアステールに気を取られて意識がいかなかった一振の剣。


 優美な装飾。しなやかな狼を思わせる、少し湾曲した蒼鋼の剣。赤金色の轟火の剣デュランダルを横に並べても何ら見劣りしないであろう威圧感を持つ一振。

 哮雷(こうらい)の剣ケラウノス。

 伝説の神器の1本が、台地にまるで主を待つ伝説の剣かのように突き刺さっていた。

 「哮雷の剣……」

 

 不思議な予感に導かれるように、おれはかの剣に手を伸ばす。

 

 そして……

 

 一閃。迸る雷を切り裂いて走る光。


 「おーじさま!」

 「……良い修業方法だな、師匠」

 拒絶の意志として降り注ぐ雷を腰にずっと差していた刀を抜き放って両断して、おれはそう呟いた。

 

 最初から薄々気付いてたけど、持ち主が居ない状態の神器をおれが見付けようがそれで原作ゲームで使えないものを突然使えるようになる筈もないよな!

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