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ウィズ、或いはエルフの少年

折角の贈り物なので熊の腕を一部切り分け、単純に火で焼く。

 

 そうしながらスープを取り分け、草食であるネオサラブレッド二頭には持ってきた水戻しすると爆発的に膨らむ雑穀に甘い蜜絡めたものを置いて、おれは改めて少年と少女に向き直った。

 「君達は?」

 

 「僕はウィズ。ノア姉を知っているなら話は早いけれど、ノア姉は僕の姉なんだ」

 翻訳が生きているのだろう。しっかりとした声音で少年は己を明らかにする。


 それにしても僕、か。翻訳である以上どこまで細かいニュアンスを読み取っているのかは分からないし、アルヴィナとか女の子だけど自分をボクと呼ぶからそれだけで決めつけきれるわけではないが、多分男……だろうか。

 

 「そして、この子は僕の友人のペコラ」

 「ペコラ……です」

 おどおどした声で、羊の少女は自己紹介をしてくれる。

 「ウィズにペコラか。おれはゼノで、二本角の彼はおれの刀の師のグゥイ師匠。

 こうして公用語にしてくれているのが、竪神頼勇と、その父の貞蔵さん」

 と、おーじさまー、美味しくないよー?している狐娘に目をむけて。


 「そこの君と似て色違いの目をしている娘がアステールで、二頭の馬はアミュグダレーオークスと、オルフェゴールド」

 紹介されてオルフェゴールドが愛想を振り撒くように此方を見て、ペロペロと舌を出した。女の子相手にはいつもの事である。


 アナやリリーナ、ついでに馬に乗れないなんて嫌ですわ!して参加してきたヴィルジニーにネオサラブレッド乗馬教室をやった日も、あいつは変顔してたし、グランプリでも勝ったら観客にむけて変顔するのでもはやアイデンティティだ。

 

 「まあ、おれが紹介しないと気が済まないだけだから、忘れて良いよ」

 「おーじさま、お嫁さんのステラが遅かったのはなんでー?」

 「嫁じゃないから、かな」

 変なところで変な主張するアステールに釘を差しつつ、そろそろ焼けたかと肉を見る。

 

 表面は焼けたが、肉の臭みは強い。近所で取ってきてある香草の煙をもう少し吸わせるべきだろう。

 「ウィズ……姫?王子?どう呼べば良い?」

 「ウィズで良いよ。着飾ることはない。

 ノア姉は、姫と呼んで礼儀があるのかないのかって、人間の皇子を微妙な評価していたけれど、僕はそこらを気にしないからね」

 その言葉に頷いて、おれは話を続ける。

 

 師匠はじっとそれを眺め、頼勇はおれが話すのを邪魔しないように黙り、アステールは……

 あ、むくれてアミュのところ行ったな。といっても、オルフェゴールドを見てても分かる通り、ネオサラブレッドは賢い馬だ。特に牝馬なあいつは気性も大人しめで、特に問題は起こさないだろう。

 ということで、ちょっぴり不機嫌な狐娘は愛馬に任せて……

 

 「あんまり舐めるなよオルフェー!」

 と、それだけ釘を刺しておく。女の子の髪とか舐め回すからな、下手すると。

 最近漸く息子を産んだコボルドのお母さんも、仕事したいというので管理に携わらせたら耳をベロンベロンにされて帰ってきたし、危害ってレベルではないがよくやらかす、それがオルフェゴールドだ。

 ちなみに男はNGなのか、おれはほぼ舐められない。

 

 「と、すまないウィズ。

 君達の話を聞かせてくれ」

 「……本来、エルフは家族の狩ったものにしか口をつけないんだけどもね。

 貢ぎ物だから特別って事で良いかな?」

 「どうぞどうぞウィズ様。卑しい人間めの料理をご試食して戴きたく」

 そんな大袈裟にへりくだるおれに、爽やかに少年エルフは笑った。


 あ、イケメンだわこいつ。

 

 「では、貰いながら答えるよ。

 君はノア姉と人間の皇子との話を知ってる……ってことで良いよね?」

 「……どんな話なんだ?」

 と、頼勇。

 そういえば彼は全く知らないだろう。

 

 「人間の馬鹿皇子が、星紋症がエルフ内で流行ったからと魔法書を買えるだけの人間の金を盗みに入ったのを見掛けて、魔法書持ってけと叩き付けた」

 「人間ごときに助けられて、ノア姉は御立腹だったよ。

 特に人間の皇子に会うことがあったら、ノア姉がイライラするからエルフの森には近付くなって言っておいてくれるかな?」

 「伝えておく」

 まあ、おれなんだけどなその人間の皇子。


 それにしても流石エルフ。恩とか感じてなさげだ。プライドが高いというか、人間を下に見ているというか。

 分かっててやったから後悔はないんだけど、これに国庫の金を使ったとか……財務担当の人には頭を抱えさせてしまってすまないと思う。

 

 「ウィズ、君は気にしてないのか?」

 「気にしてないさ。僕はサルースの弟だからね」

 サルース。おれも名前は聞いてたが、確か父さんと友人になったから咎落ち?とやらをして追放された森長の一族だっけ?


 「良いのかそれ」

 「皆は咎エルフなんてと言うけれど、僕にとっては、立派な兄のまま。

 だから、僕は人間の言葉だってこうして習っているんだ。喋るのは苦手だけどね」

 「そうなのか」

 そうさ、と王子は微笑む。

 

 「それで、僕は……。星紋症事件を機に、儀式をしようと思って幼馴染のペコラと天空山に来たんだ」

 「儀式って?」

 「森長一族が行う成人の儀式。他の、エルフと同列の存在と対話し、己を磨くこと……

 つまり天空山、天狼の住処で天狼と出会い、暫く修業しながら暮らすことさ。

 これを乗り越えて、天狼から証として何かを貰い帰れば、晴れて僕は一人前」


 ああ、成程と納得する。

 だから、エルフがこんなところに居たのか。

 そして、エルフは普通に数百年生きるし、その分子供も少ない。その話を人間が知らないのも成人の儀式が行われる回数自体が少なく、遭遇しなかったからか。

 

 「だけれども、これは儀式、そして試練。

 僕は、ペコラと二人、弓矢だけを持ってこの地に連れてこられた。何もかも分からないばかりでね。

 天狼と出会うべきだとここまで登ってきたのは良いものの、狩りをしようと弓を構えれば、あの巨狼がじっと此方を睨んでくる。これではとても狩りなんて行えない。

 さてどうしよう。そう思っていたら、君達に出会ったという訳さ。

 

 普通に考えたら、このエルフの僕が人間に教えられるというのは屈辱な事だけれども。実際そうだから仕方ない。

 君達が居てくれて助かったよ、本当に」

 そう、エルフの王子?はおれに手を差し出した。

 

 「おれはなにもしてないよ。勝手に君達が助かっただけ」

 「そう言ってくれると助かる」

 「ただ、もしも変な恩を感じるっていうなら……」

 一呼吸おいて、おれは提案した。

 

 「アステール……あの狐の娘は景色を見せに連れてきただけだからすぐ帰ると思うけど、おれと竪神は暫く此処で修業する気なんだ。

 その弓の腕で、ちょっと修業にちょっかいをかけてくれないかな?」

 「ちょっかい、かい?手助けじゃなくて」

 悪戯っぽい表情で、非常に豪奢で何かを感じさせる弓の弦を指で弾くエルフに、おれは頷く。

 

 「ノア姫や、神話のティグルさんでちょっとだけエルフは分かってるつもりだけど、人間なんかを助けるなんて、エルフはしないだろ?」

 繚乱の弓ガーンデーヴァを持つ神話の英雄ティグルも常に言っていたらしい。

 邪魔だから倒したらたまたま人間が助かっただけだと。

 

 「ははっ!そうだね!その通りだ!

 けれども、それを言ったらいけないよ。胸の奥に隠しておかないと。

 助けたと言ってないだけなんて、実質……とノア姉が怒るからね」

 「言われてみれば」

 「まあ、僕は気にしないんだけれどもね。

 良いよ、君達の修業中、気が向いたらこの弓で一矢を君達に向けて放つことにするよ。

 怪我しても文句は言わないで欲しいな」


 「大丈夫だ」

 「言わないよ」

 「怪我するようなら、弟子の実力不足だ」

 三者三様に行程を返す。

 「あ、でもアステールは関係ないから、おれの馬とあの娘に向けては止めてくれよ?」

 「ふふっ、分かってるさ」

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