表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

128/688

天空山、或いはプレゼント

かのネオサラブレッド種で大体1日。数刻駆け抜けた果てに、その山は存在する。

 

 天空山。


 神の住まう山、王狼の御座。そして、かの王狼の眷属たる天狼種の住み処たる蛇王の(むくろ)を抱く、上の方の傾斜がヤバいことになりつつ、雲の上にまで伸びている山だ。


 ニホン……のある世界で一番高い山って良く覚えてないけど、高さは10000m……つまり10kmくらいじゃなかったろうか。

 それに対し、天空山は天空の名の通り、その10倍くらいの高さはある。単純に計算して、標高100km。

 飛行機事故以来飛行機なんて見たくもなくて、けれどもその前に読んだことがある飛行機の秘密を子供向けに書いた絵つきの本で、飛行機は上空10kmくらいを飛ぶって書いてた気がするから……

 大体山頂付近、蛇王の躯は飛行機が飛んでる時の高さを遥かに越える高度と言える。

 宇宙って……60kmくらいからだっけ?可笑しくない?ってなるけど、空気はなくはない。


 千雷の剣座はその頂上だ。

 

 そんな高さの山あって大丈夫なのかって?この世界天動説だから良いんだろう。そもそも果ての滝とかあるわけで。

 

 では、何故おれがこんなところに来たのかというと……だ。

 「お疲れ、アミュ」

 と、おれは熱を持ち燃える鬣を撫で、その馬……ネオサラブレッド種の馬、アミュグダレーオークスの背からひらりと飛び降りた。


 そして、今までずっとおれの背にしがみつくことで体勢を整えていた少女へと手を差し伸べる。


 「アステール……ちゃん、ほら、降りれる?」

 アステールへの誕生日プレゼント、兼修業場を求めてである。


 此処は推定標高97000m。いかにネオサラブレッド種であろうとも、この先まで登るのはキツいだろう限界点。

 此処から暫く進めば、軽く生えている草は焼け焦げ、無数の雷が落ちる、かつて蛇王と呼ばれた魔神王配下の巨大魔物が作り上げ、魔力となって朽ち果てたとされる抉られた地が見えてくる。

 それこそが蛇王の躯であり、天狼の住み処。


 そんな場所、危険に見えて……実は滅茶苦茶安全だ。

 空気が薄く、幻獣が近くに住んでいて。けれども、天狼とは誇り高き獣だ。

 此方から不用意に蛇王の躯に踏み込んだり、或いは何か大きな事をやらかさないかぎり、かの狼はおれ達を素通りする。

 頂点補食者が捕食するは頂点の下と決めているのか、魔物に襲われていても魔物だけ狩って去っていく紳士なのだ、天狼は。

 といっても、逆に例えば此処でおれが魔物を狩ろうとしていたら逆におれだけ狩られるって話になるんだけど。

 

 保存食への理解もあるのか、缶詰めや干し肉食べてても何もしてこないし、さっきみたいな狩り方をすると魔物も分かっているのか、天狼の近くでは襲ってこない。襲ったら天狼の牙に砕かれるのは自分だからな。

 あと、義理も分かるし、発音は出来なくてもティリス公用語も分かってそう。下等なって公用語覚えないから通じないエルフより賢い説まであるな。

 そんな知能の高い天狼の住み処の近くであれば、逆に安全だ。

 

 「……本当に、お疲れ様」

 腰に下げておいた袋から、果物の蜜を絡めて甘くコーティングした柔らかめのナッツを取り出す。果実のちょっと清涼感ある甘さと、予め煎ったナッツの香ばしさが特徴の馬に人気のおやつだ。勿論人にも。

 味としては……キャラメルアーモンドに近いのかな、食べたことはないけど。


 そして、掌に盛って、身を振るわせる幼い馬に向けて差し出した。

 「おーじさま、ステラもー」

 「あんまり食べちゃ駄目だからな、アステールちゃん」

 と、ちょっと苦笑しつつ右手に持った袋を、横の狐少女に向けて手渡し。


 「そーじゃなくて、ステラもお馬さんにナッツ、あげてみたいなーってだけだよー?」

 その言葉に、食い意地張りすぎかおれ、と自分に苦笑する。

 

 「そっか。じゃあ、アミュはお願いして良いか?」

 「まっかせてー!」

 嬉々として2本の尻尾をフリフリ、馬に向けてナッツを差し出す狐少女を見て、微笑ましく思いながら。

 もう一頭の愛馬を呼ぶ。


 「オルフェー!」

 即座に姿を現すのは、この辺りで良さげな野営地を探す師匠等に同行していた方のネオサラブレッド。本気を出すと輝く黄金のオーラを身に纏う、クリアグリーンの蹄にオレンジの鬣の目立つ馬、オルフェゴールドである。

 正確に言えば、おれの馬はこっちで、アミュグダレーオークスの方は書類上はアイリスの所有する馬。なんだが、あいつ欠片も馬に興味がないから実質おれの管理扱いになっている。

 

 その関係で、流石に自分の馬のぬいぐるみくらい取るか、と散財してしまったのは内緒である。

 あと、愛馬と言いつつそこまで面倒見れてない事や、レースであいつらに賭けられた賭け金の1%がおれの懐に入るのもあって、レースに出すことを頷いたことも。

 

 いや、中々に愛馬の扱いアレだなと思いつつ、鬣を撫でて、オルフェにもナッツを与える。

 現実の馬もそうなのかは知らないけど、少なくともネオサラブレッド種は人参というかそういった野菜より果物が好きだ。甘いナッツとかも。

 

 と、轟く音に、オルフェと一人と一頭で振り返る。

 威風堂々とした佇まい。甲殻と角、そして柔らかく強靭な体毛を持つ巨狼、天狼がその背の甲殻に狩ったウサギのような魔物を引っ掛けて……此方を、見ていた。

 

 おれはそれに気付くと、持ってきた薄い袋を背中のバッグから取り出し、地面に置く。

 中身が少しだけ見え、オルフェゴールドの体が小さく震えた。

 「ストップ、オルフェ」

 物欲しそうに駆け出そうとする愛馬を宥め、おれは静かに、馬と共にその場を離れた。


 袋の中身は、干した果物である。半生ドライアップル……ってのが近いだろうか。

 

 前回天空山で天狼と遭遇した時に置いていったら何となく気に入られたようであったので、今回はドライのものを多めに持ってきたのだ。流石に、開幕遭遇するとは思わなかったが……


 巨狼は少しだけ雷をスパークさせた鼻を袋に近づけ、匂いを嗅ぐ。

 毒の有無などの確認。だが、あの時のおれを覚えているのか、一瞬だけの確認で満足し。

 一声吠えると数kgのドライフルーツの袋を咥え、誇り高き幻獣は己の寝床へと駆け出していった。

 

 これで良し。誇り高く義理も分かるあの幻獣は、きっとこの先暫く滞在してもおれたちを見逃してくれるだろう。

 いや、前みたいに何か礼とばかりに狩った獲物を置いていくかもしれない。

 そんな事を思いながら、おれは去り行くその背を見詰めていた。


 「ってオルフェ、やめろ、お前達の分も持ってきてるから。

 噛むなって!おい、バッグごと持っていこうとするな!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ