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手指、或いはトマト

明け方の、浅い微睡みから意識が浮上する。

 

 ……しまった。

 女の子が寝てるっていうのに、少し意識を手放してたのか!?


 変なところに触れたり、怪我させたりしてたら大問題だって言うのにな、何をやってるんだおれ。

 そう思い……右手に走る鈍い痛みと、微かな圧迫感に気が付く。

 

 「……アナ?」

 おれの右側で寝息を立ててた少女が、おれの右手の上に乗ってるのだろうか。


 そう思って、眼を開けて……

 「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 目尻に涙を溜めて、必死におれの手指に包帯を巻き付ける少女の姿が、目に飛び込んできた。


 「アナ、どうしたんだ!?」

 縄でも抜けるように、今もまだ安らかな寝息を立てているアステールを揺さぶって起こさぬようにその尻尾の間からするりと抜け出して。

 おれは、涙目の少女の周囲を伺う。


 アルヴィナは……部屋に帰ってきてないな。とはいえ、外でヤタガラスのシロノワールに朝ごはん……って言ってる声が微かに聞こえる。多分だが、おれが使っているハンモックか、アイリスの部屋に泊めて貰ったかだな。

 迷惑かけたし、後で何か埋め合わせを考えよう。ただ、寝れないし寝るわけにもいかないから一晩中シロノワールを見てたがアナを変な眼でじっと見てたのはちょっと止めさせられないか。好意の視線なら良いんだけど、それにしては……

 

 いや、今はアナだ。

 怪しいところが無いかと探ると、あった。

 床にばさりと開いたまま落ちた一冊の魔法書。


 「アナ、何があったの?」

 「ごめんなさい……っ、わたし……」

 「ここは安全……って言いきれないか」

 えーと、あの魔法書は何だっけかと、少女を庇おうと起き上がり、床に足をつけながら特に縁の無い魔法書の種類について想いを馳せる。


 「でも、少しは安全だ」

 にしても、誰だ?仮にも初等部に侵入して何かをし、魔法書を落としていくような……

 「違うんですっ……」

 「アナ、落ち着いて」


 「わたし、なんです……っ」

 ん?何だか、話が噛み合ってな……


 あ、そうか。

 漸く、床に落ちた魔法書が一体何なのかを思い出す。きっと一生縁がないし、寧ろない方が何倍も有り難いから忘れていたが……あの魔法書は、水属性の初級回復魔法だ。小さな切り傷なんかを治せる、子供でも使える魔法。

 ん?アステールかアナかを……多分アステールを狙った誘拐のための魔法かと思って、悪意を持った何者かが居たのに即座に起きられなかった自分が情けないと思ったんだが……回復魔法?


 涙目のアナが包帯を巻こうとしている右手を良く見ると……皮が思い切り剥けて、血の滲んだ皮膚の下の肉が露出している。

 何て言うか……アレだな。家庭科の調理実習で作ったトマトパスタの1工程、茹でてつるりと皮を剥いたトマト。

 あのパスタは……始水があの日何時もの耳の通院で休んでたのもあって二人で作って……不味かったなぁ、あの塩と砂糖を意図的に間違えられた奴。


 ……というか、いつの間に思い出したんだ、おれ。って、一度曖昧な前世……って言って良いのか分からないアレを呼び起こして貰った時か。

 

 「ごめん、なさい……」

 絞り出すような声。

 「気にするなよ、アナ」


 自分を責める少女に向けて、不味いものに耐性がなくて、他のグループに混じれるほど溶け込めてなかったお嬢様の始水が居なかったから良い思い出で済んだあの味を記憶を手繰って思い返し。

 わざと、今関係のない全く違うことを思うことで惚けたような反応を返す。

 うん。あれは不味かった。アイリスとゼノの絆支援Bで塩と砂糖逆にした料理のイベントあったけど、共感できるくらいに不味かった。

 

 「でも!」

 「気にしてる顔に見える、アナ?」

 「えっと……見えない、です……けど」

 困惑したような顔で、ぽつりと少女は呟く。


 「おれは気にしてないよ。いや、気にしてるかな、今日の朝御飯のメニューを」

 「が、がんばります……」

 「だからさ、これは誰も悪くない。強いていえば、忌み子なんてうっかり拵えたおれの両親が100%悪い。

 そんな事で、あんまり自分を責めないでくれ」

 「ありがとうございます、皇子さま。

 そう言ってくれると、ちょっとだけ、救われちゃいます」

 と、漸く少女は、まだ気にしてる素振りを少し見せながらもはにかんだ。

 「ああ、存分に救われてくれ。

 

 でもさ、アナ。どうして魔法を使ったのかだけ、聞かせてくれるか?」

 

 ……少し、不味いかなとは思った だが、一旦落ち着いたからか、落としていた魔法書を拾い上げ、割と冷静に少女は口を開く。


 「皇子さま。昨日、わたしが言ったことは覚えてますか?」

 「当然覚えてるよ。アナは良くやってくれてる。おれの役に立ってないなんて事はない。助けられてばっかだよ」

 アナがぬいぐるみを取ろうとしなければ父の誕生日プレゼントも思い付かなかったし、アナが居なかったらあの孤児院の現状はもっと悪いし、アイリスの我が儘にだって付き合ってくれている。

 寧ろ、何であれでおれの役に立ってないとか、おれの役に立ちたいなんて思うんだ。

 もっと自由に、もっと自分のために、もっと普通の子供らしく生きたって誰も文句は言わないだろうに。

 

 「……わたし、寝惚けてたんです。

 だから、痛そうな皇子さまの手を見て、つい魔法を……ごめんなさい」

 「ああ、そうだったのか」

 確かに、一度くらい実際に見てみないと忌み子の性質って分かりにくいよな。魔法に対して耐性がないってだけなら獣人だってそうだ。

 そして、獣人は回復魔法が効かないなんて事もないし、言われても信じられないだろう。

 

 「ははっ。実感湧かないよな、言葉だけで回復魔法が効かないどころか傷を作るって言われてもさ」

 「……でも、ごめんなさい」

 「良いよ、悪気なんて無いんだろ?」

 「でも、血が……」

 焦って、包帯を握り締める少女に、おれは小さく笑う。

 

 「忌み子なんて言ってもさ。効かないのは良性の魔法だけ。

 こんなの、塗るタイプのポーションぶっかけて、ちょっとポーション飲めば明後日には完全に治ってるよ」


 そんなことを話すおれ達の背後のベッドで、尚もアステールはすやすやと寝息をたてていた。

 寝不足気味って手紙で聞いてた割には良く寝てるなこの娘……

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