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銀髪幼馴染と無力なわたし(side:アナスタシア)

「……皇子さま、大変でしたね」

 アステールちゃんとの出会いの話を聞いて、わたしは静かにそう返しました。

 

 ……心の奥では、ちょっとだけトゲが刺さって。

 「お疲れ様です、皇子さま」

 「おれは疲れてなんていないよ。誰かを助けられた……って、エッケハルトも、アステールも、父さんも手を貸してくれて漸くだけど。

 それが疲れるなんてない」

 嘘。

 そんなはず無いですよね?

 

 だって……と、わたしはあんまり見たくない、その顔を覗き込む。


 あの日までは、火傷痕をひきつらせて怖い印象を持たせないように右目に比べて気持ち細められていた左目は、今では右目よりも大きく見開かれていて。

 見ない方がマシだと皇帝陛下に言われたあの時の……左目にざっくりとした刺し傷を残した日と比べれば、目そのものは見えたりはするんでしょうけど。

 それでも、怖い顔を見せないようにっていう配慮を捨てて、無意識にしっかり目を見開かないといけなくなってるのは、やっぱり目の怪我は治ってない証拠で。

 ……そんな皇子さまが一人で虚勢を張るのが、わたしにはどうしても、嫌だった。

 

 だって、わたしが今日、お茶のおかわりを持ってきた時、はっきりとは聞こえなかったけど扉越しに聞こえた彼の声は、苦悩と無力さへの怒りに溢れていたから。

 アルヴィナちゃんが、運んでと出てきた時、苦しそうに呼んでた名前も、また。

 

 わたしなんて、単なる普通の女の子で。


 ちょっと、運良く……皇子さまに助けてって言って、それだけでこんなにも助けてもらって。

 ……それでも、わたしは皇子さまに、何が出来たんでしょう。

 

 シスイ、と。マシロ、と。

 苦しげに、親しげに、優しげに。わたしの知らないその名をうわ言で呟く彼に。


 それだけじゃなくて、聖夜の日以降、少しだけ皇子さま相手にも取ってた……一歩引いてた距離が減ったなって思うアルヴィナちゃんも、突然現れたアステールちゃんも。わたしも知ってる子との間に起きた事すら、わたしは何にも知らなくて。

 本当に、何が出来てるんだろうって、そう思っちゃって。

 

 「皇子さま」

 思わず、声が出る。


 「わたしに出来ることって、なにか無いですか?」

 手を伸ばしたくて。でも、勇気がなくて。

 手元で右手をきゅっと握りこんで、その言葉を紡ぐ。

 

 「……アナは十分良くやってくれてるよ」

 そう、皇子さまは優しく言ってくれるけど。

 わたしは、そうは思えない。

 

 だって……皇子さまから聞いた、アステールちゃんとの出会いは、わたしが皇子さまと出会ったあの日と、とても良く似ていて。

 助けてって誰かに言われて、助けるよって、皇子さまが何時ものように安請け合いして。

 そして、男の子の変な好意が、その原因で。だからか、皇子さまに向けて……相手はこの国の皇子なのに、所詮忌み子だろって気にせず攻撃してくる。

 そこまで、全部同じ。最後は皇帝陛下が出てきて、全部解決してくれるってその先まで一緒で。


 違うところは、助けてって言ってきたのが……わたしの時は、自分勝手に、皇族なら助けてくれるって子供っぽい考えで、無償で助けを求めたわたし自身で。あの時は、アステールちゃんじゃなくて、皇子さまの事をあの皇子だけはって敵愾心剥き出しにしてる女の子がいやがらせ?で頼んできたって事。


 皇子さまだって、分かってたと思う。扉越しに聞いてても、あの助けなさいってかなり無茶苦茶な理論で。それでも皇子さまは、皇子さまだから、良いよって言って。

 浅ましく助けてって言ったのがわたしで、そんなこと言ってないのがアステールちゃん。

 

 そして、何より……。わたしはただ、あの時護られてた。飛んでくる火の玉も、危険な感染者だって隔離しに来る騎士団も。全部、皇子さまが一人で庇ってくれて。あの時のわたしが何をしたかなんて……幾ら皇子さまでも、アナのお陰で早めに知れた、としか言えないと思う。

 でも、アステールちゃんは違った。皇子さまと一緒に戦って。皇子さまの為に動けて。

 

 ……それは、今もそう。

 わたしも、あの本を読んだら分かる。教えられてなくても、皇子さまを知ってたら、すぐに分かっちゃう。

 魔神剣帝スカーレットゼノン。あの本は、忌み子って呼ばれてる皇子さまの為に書かれた本。皇子さまをモチーフにした、皇子さまみたいに呪われた存在をヒーローにした英雄譚。

 きっと、忌み子な皇子さまへの当たりを弱めるために、呪われた存在を、受け入れやすくするために、子供達に向けて書かれた物語。

 だって、子供達のヒーローと似た人なら、ヒーローみたいって思って、あんまり強く当たれない。

 

 わたしは、皇子さまは凄い人ですって、当人に言うことしか出来なくて。

 でも、アステールちゃんは、それで周りを変えようとしたんだって、それだけで、その差に胸が締め付けられる。


 星野井上緒(ほしのいうえお)って、倭克風の著者の名前の意味だけは分からないけど。きっと、そもそも皇子さまと仲の良い人が書いたって露骨すぎたら素直に受け入れて貰えにくいから、謎の誰かを演じてるのかな?

 

 アステールちゃんは、わたしより可愛くて。積極的で。

 お金も地位も行動力もあって、魔法だって……わたしより上。皇子さまに生活させて貰ってるわたしなんか、足元にも及ばなくて。

 今は、わたしだって働いてお金をって言いたくなるけど。でも、これだって……皇子さまの知り合いだから、アイリスちゃんがちょっとお料理とお洗濯するだけのメイドの真似事にお給料出してくれてるだけ。皇子さまのお陰でお金を貰ってるのとおんなじこと。

 

 わたしに出来て、アステールちゃんには出来ないことって、何?

 わたしが今やってる、メイドさんの真似事?

 それ、わたしじゃなきゃいけない理由って無いから……誰かを雇えば、それで良い。アステールちゃんなら、雇えちゃうからそんなの、わたしだけが出来ることじゃなくて。

 

 皇子さまにとって、わたしが必要な理由なんて、何にもなくて。

 「そうじゃないんですっ!」

 だから、思わず声を荒げて、わたしは叫んじゃう。

 

 アイリスちゃんみたいに、妹だったら。アルヴィナちゃんみたいに、そんなこと気にせず居たいから居るって言えたら。アステールちゃんみたいに、皇子さまの役に立ててたら。

 こんなこと、思わなくて良いのかな?


 兄は妹や弟を護るために先に産まれてくるものだろ?って、アイリスちゃんに向けて言ってたのと同じ言葉を優しく言って貰えたらって、無理なことを思っちゃう。

 でも、実際にわたしが聞いても返ってくるのは、皇子ってのは民を護るために産まれてくるんだよ、って似てるけど違う言葉で。

 そんなの、嬉しくても……皇子さまの負担になってるってだけの言葉で。

 

 「皇子さまっ!わたしは……皇子さまに、助けられてばっかりでっ!」

 「そんな事はないよ、アナ。おれは君に助けられてる。

 例えばだけどさ、アステールと出会ったあの時だって。アナが居なければ、あのタイミングで水鏡の魔法でおれを探してくれなければ。

 ……父さんは動けなかった。アナが居たから、アナがアステールと居るおれの存在を確認してくれたから、あそこの証拠が、父さんが動けるだけの大義名分を作ったんだ。あのおれ達の勝利は、アナが呼んでくれたものでもあるんだよ。

 アナが居なかったら、おれは死んでいたよ。アナが、おれを、そしてアステール達を助けてくれたんだ」


 わたしの方を向いて、溶けて癒着したものを無理矢理切り離したせいか皮膚にくっついていた頃の撓みが残った右手で優しくわたしの髪を、被った寝巻きの帽子の上から撫でる少年は、何処までも優しくて。

 

 そんな心地良い大好きで大嫌いな手に撫でられながら、わたしの意識はゆっくりと眠りに落ちていく。


 ……皇子さま。本当に、わたしに出来ることは、なにか無いんですか?

 わたしには、あなたを助けられないんですか?

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