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腕、或いは傷

「皇子さま!……皇子さまっ!」

 悲痛な声に、意識が浮上する。

 

 「アナっ!どうしたんだ!」

 がばりと、柔らかな場所から飛び起きて……

 

 ん?何処だ、此処は?

 

 「アナ!何があっ……」

 その言葉を言いきる前に、のし掛かってくる軽くて重いもの。


 「うわっぷ!アナ!どうしたんだ!?」

 おれに正面から抱き付いて、涙で濡れたその眼を、顔を、おれの右肩に押し当てる銀髪の女の子に、おれはどうして良いのか分からずに戸惑った。

 

 ……おれの記憶では、エッケハルトと話していて……アルヴィナに実はぼんやりした記憶の方の人格を呼び覚ませるかも言われて。

 じゃあ、やってくれってなった事は覚えてるんだが……

 

 駄目だ。ぼんやりとしか思い出せない。

 漢字でミチヤ・シドーってどう書くんだっけ?士道途矢?私道道也?


 ……まあ、思い出せずとも良いんだ。ゲーム内容で、シドウミチヤであったおれが知ってるはずなのに、今のおれが覚えてない事があれば困るけど。

 ……覚えてない方が良いんだ。何をして、何をやり残してきたかなんて。

 ……もう、どうやっても償えない。この世界を例え聖女と共に……或いは聖女の代わりに救ったとしてすら、おれがやり残してきた……出来なかった事が許される訳じゃない。


 ……いや、何を出来ないまま死んだのか覚えてないんだけどさ。

 

 覚えてなきゃいけなくて。でも、忘れてた方が、気が楽で。

 

 おれの体を必死に抱き締める細い腕に、現実に引き戻される。

 ……抱き締めるべきだろうか。この手で。


 ……この、薄汚い穢れた腕で?

 

 ふと、いつもはそんなことないのに、自棄に自分の腕が忌まわしいものに思えて。

 おれは少女の背を優しく撫でつつ、自分の腕を見てみる。

 

 ……で、なんなんだろうなこれ。

 「……ごめんなさい、ちょっと……つい」

 言いつつ、ぱっと恥ずかしさに頬を染め、少女はおれから離れていく。

 「ところでアナ。おれの腕、どうなってるんだ?」

 少し少女が息を整え、布で涙を拭うのを待って、おれはそう尋ねた。

 

 おれの両腕は、ズタズタだった。いや、語弊があるな。

 そんな酷くはないんだが、腕全体に無数の引っ掻き傷があった。浅いものは軽く白く残るくらいで、深いものだと皮が捲れており、一番深いものに至っては軽くナイフで斬ったのかって程。

 少しだけ血すら出ていたのか、傷口表面に固まった血の蓋が出来ているものもある。


 「皇子さま、自覚……無いんですか?」

 「いや、何が?

 おれ、何かやっちゃったのか?アイリスを怒らせるような事とか」

 引っ掻き傷といえば妹のアイリスだ。猫のゴーレムだからか、良く爪をたててくる。


 っても、兄妹のじゃれあい程度、こんな執拗に怒りか恨みか何か知らないが、狂ったように無数に引っ掻いてくるまではしないと思うんだが……

 

 「いえ、アイリスちゃんじゃなくて……」

 「なら、アステール?」

 「ステラ、そんなことしないよー?」

 ……何で居るのだろう。いや、もう突っ込むまい。


 やけに心配そうな表情で、ちょっと遠くで薄手の絹の服(ベビードールというのだったか?)を着てソファーで寛ぐ狐娘が呟くのを、まあそうだよなと受け流して。

 

 「いや受け流せない。ちゃんともう少し何か羽織れ、羽織ってくれ」

 着ていた上着を脱いで投げ渡した。

 

 ……ところでアステール?そのベビードールを脱いで上に羽織れとは言ってないんだが?ほぼ下着の上からって全くなぁ……誰を喜ばせたいんだ?

 暖かくしないと風邪引くぞ。


 と、思って漸く気がつく。

 

 此処、アナとアルヴィナの部屋か。そういやアナもアイリスの部屋着だしな。流石に今は猫フードじゃないが。

 とりあえず、と部屋を出て、其処にかけてあるハンモックからおれのシャツを一枚と毛布を持ち、それを部屋に戻ってアステールに向けて投げた。


 「おー、おーじさまのかおりー」

 「いや、洗って返ってきたものだからそんな香り無いと思うぞ?」

 それを良しとしたのか大人しくなるアステール。

 なあ、本当にこれで良いのかよ。そのうち好きな人が出来たらこの頃の行動が恥ずかしくなるぞ。

 

 もう良いか。今は忘れよう。

 「アナ、この傷は何なんだ、あと、さっきの悲鳴のような叫び声は。

 そもそも、何でおれはおれのハンモックじゃなく、アナのベッドに寝かされてたんだ。

 アステール……はもう良いとして、アルヴィナは何処に行ったんだ」

 「え、えっと……」


 一気に捲し立てるおれに、ちょっと困りますといったように口ごもり、それでも少女は言葉を捻り出してくれた。

 

 「アルヴィナちゃんは、わたしが離れたくないって言ったから、わたしの代わりにお茶を用意してくれてます」 

 お茶のセットなんかは別の階にある。妥当な話だろう。

 とりあえず、実はアルヴィナがまたやってきた刹月花の使い手に……とかの悲鳴ではなくて一安心。

 

 「皇子さま。皇子さまは、アルヴィナちゃんと何か話したあと、血を吐いて倒れたんです」

 「……そうか」

 鮮血の気迫か?前世を思い出させようとしてってのも精神への状態異常として扱われ、それを弾いて……

 でも、それで倒れるか?


 「心配したアイリスちゃんが、ハンモックじゃ落ちるからってベッドまでゴーレムさんで運んでくれて」

 「そしてねー

 おーじさま、魘されて自分の腕を自分で強くつよーく引っ掻いてたんだよー?」

 と、狐娘(アステール)

 

 「自分で?」

 覚えがない。でも、納得は出来る。

 寝ててもステータスはステータスだ。意識して力を巡らせていないからマイナス補正がかかるとはいえ、寝てるなら防御が3桁ある父に力20くらいの奴が斧振り下ろして効くようになるかと言われたらそんな筈がない。

 つまり、おれが寝てようが、その肌に魔法を使わずこんな傷を付けられるのは、おれに近づいてくる中ではアイリスかおれ自身くらいだ。


 ……だが、分からない。自分で自分の腕を傷付けて。幾ら穢れたものでも、刀を振るうのに支障が出ても可笑しくない事をする理由は……何なんだ?

 いや、そもそも穢れてるのか、腕って?

 何で、穢れてることは前提として受け入れてるんだろうなおれ。

 

 「……皇子さま、何があったんですか?」

 きゅっとおれの手を包めないけど包みたそうに握られる手。

 「こわいゆめ、見たのー?なら、ステラが一緒に寝てあげよーか?」

 「……いや、一緒に寝ても寝られないから良いよ」

 と、狐娘にはきちんと断りを入れて。

 

 「良く分からないけど、心配かけちゃったな、アナ、アステール……ちゃん」

 ちゃん、まで言うとぴくりと狐の耳が満足そうに跳ねた。


 「アナ、何が起きたのかは知らないけど、おれはおれだよ」

 前世の事を思い出そうとして魘されたのだろうか。

 

 「エッケハルトやアルヴィナは、何か言ってたか?」

 前世云々ならば、彼等が知ってるかもしれない。


 そう思って、そう問い掛けてみるが。

 「二人とも、何にも言えないって……」

 「何なんだろうな、その反応」

 「どーすれば良いのか分からないってー

 なら、ステラが考えてあげようって、お泊まりに来たんだよー」

 と、アステールがついでに自分はだから居ると主張してくる。もう靴まで脱いでソファーをベッド代わりに使う気マンマンだな。


 ……いや、アナ達と仲良くしてくれるのは嬉しいんで良いんだけどなそこは。

 

 「つまり、おーじさまの手を握って添い寝すれば、引っ掻く事もないよね?」

 「……駄目だ。普段ならまだしも、今のおれは……どう動くか分からない。

 寝相が悪いってレベルじゃない。万が一君達に向けて爪を立てたら、怪我するんだぞ。

 絶対に駄目だ」

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