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銀髪メイドとネオサラブレッド(side:アナスタシア)

「はい、アナ」

 自分でしっかりと青いお馬さん……皇子さまが皇帝陛下にプレゼントするっていうものを別の手に持って、わたしにオルフェゴールドと呼んでいた方のぬいぐるみを渡してくる。


 「皇子さま?」

 貰って良いのか分からなくて、わたしは頭ひとつは大きな同い年の少年に、困惑した声をあげてしまう。


 「貰ってくれないかな、アナ」

 「でも、皇子さまが取ったものですよ?」

 「良いんだよアナ。おれ、実はオルフェのぬいぐるみならもう幾つか持ってるから。

 だからさ、ライバルの横に飾ってやって欲しい」


 そう優しく笑って、右手に持った金色の馬のぬいぐるみを左右に揺らす皇子さま。

 その動きがどこか可笑しくって、わたしはくすりと笑ってしまう。


 「でも、ならどうして取っちゃったんですか?」

 と、周囲で皇子さまが130点~170点くらいを連発するのをきゃきゃと眺め、皇子さまは安定して取っていたけど普通に考えたら結構難しい点数の景品を皇子さまの代わりに貰っていった恐らくこの辺りの使用人さんの子供達を見ながら、わたしはそんな疑問を持つ。


 皇子さま自身は必要ないなら、あんなにムキにならなくても良かったのに。

 ひょっとして、わたしの為?それなら悪いなって、そう思って。


 けれど、皇子さまはそんなわたしを見て、不安を解消させるようにか、わたしの頬にぬいぐるみを優しく押し当てる。


 「大丈夫だってアナ。

 やっぱり、オルフェゴールドぬいぐるみを残していくのが気になったってだけ。

 横に飾れるようにアナに貰って欲しかったのもちょっとあるけど」

 「そうなんですか?」

 「ほら、その子」

 と、皇子さまはぬいぐるみを持ったまま、器用にその小指でわたしが抱えている白い馬のぬいぐるみの顎を軽く撫でる。


 「アミュグダレーオークスのライバルだからさ、オルフェゴールド。

 やっぱり、横に飾る方が良いだろ?」

 と、少年は微笑(わら)う。

 邪気も無く、柔らかく。けれども、火傷痕をひきつらせて歪んだ笑みを。

 

 「ありがとうございます。大事にしますね、皇子さま」

 ……このぬいぐるみは、孤児院に置きたくないな、って。

 ちょっと悪いことだけど、みんなの遊びに使われて汚れるのがやだなって、そう思って。

 

 「きゃぁぁぁぁっ!」

 

 小さな女の子の悲鳴。

 それが聞こえた瞬間、優しくニコニコして、全部持って帰れないから分けててとぬいぐるみが取れなかった6回分の景品を子供達に配っていた皇子さまの眼が、すっと細くなる。


 「……アナ、御免」

 何時もより落ちた声音。わたしの胸に響く音。

 「……預かっててくれ!」

 と、わたしの腕に、大事そうに抱えていた方の馬のぬいぐるみを託し。


 からんっ、という軽い音と、翻る大きな袖の残像。

 それだけを残して、くすんだ銀の光が悲鳴の方向に駆け抜けていく。

 

 「あっ!待ってください皇子さま!」

 わたしには、何にも出来ない。

 そんなこと分かっていて。けれども置いていかれたくなくて。

 何時も何時も、わたしが何にも出来ないし知らないところで、彼は……誰かの為に怪我をして。


 それなのに、自分が弱いから悪いんだよって、全部自分のせいにして帰ってくる。

 

 そんなの嫌で。何か出来ることが欲しくて。

 それが無くても、せめて、何か出来ることを探したくて。

 わたしも、精一杯声の方向に向かい……

 

 「あ、皇子さま!」

 すぐに、少年と合流出来た。

 

 「何だ、そういうことか……」

 所在無さげに、何処と無く申し訳なさそうに、ひとつ大きな家の門前に佇む皇子さまに、わたしは息を切らせて追い付いた。


 「アナ」

 言いにくそうな表情の少年の後ろで、もう一度女の子の悲鳴が轟いた。

 「どうしたんですか、皇子さま?」

 「御免っ!」

 「え、えっ?」

 いきなり謝られて、わけも分からずわたしは空いた手をぱたぱたと振る。

 ゆかた?っていうらしい西の服装の袖が、羽根のように揺れて。

 

 「ど、どうしたんですか皇子さま、謝ることなんて……」

 「……事件じゃなかった」

 と、皇子さまが一歩、からんという音と共に横に避ける。


 そこにあったのは、一枚の看板。

 内容は……ネオサラブレッド種、乗馬体験会の案内。

 1度目の開催が、ついさっき始まったみたい。


 「ネオサラブレッドは乗り慣れてないととんでもなく怖いからさ。

 その悲鳴だったっぽい」


 「良かったです。何にも酷いことは起きてなかったんですね」

 と、わたしも胸を撫で下ろす。

 良かった、皇子さまがまた自分は民の剣で盾だからって一人傷つくようなことが無くて。

 それなのに、見慣れないカッコいい服装の彼は、何時にも増して謝ってくる。

 何にも悪いことはしてなくて。寧ろ、あれだけ言ったのに、わたしにぬいぐるみまでくれて。

 

 「……御免。何でもないことで飛び出して、アナを一人にした」

 そんなことを謝ってくる。


 それなら、最初から一人にしないで……なんて。

 それは、ちょっとワガママすぎですよね。

 

 皇子さまは、こういう人。

 「大丈夫ですよ。

 そ、それより、わたしもちょっとお馬さんについて知りたくなってきたです」

 なんて、わたしの胸の中に産まれたワガママを誤魔化すように、看板の内容について、わたしは話を振る。


 ……馬については、ちょっと知りたいくらいだけど。

 「んー、でも、乗馬体験会は埋まっちゃってるな……」

 申し込みの欄に大きくチェックマークが付いている看板を眺め、皇子さまはそう悩んだ素振りを見せる。


 そして、よし、と手を打った。

 「アナ、乗りたいなら今度で良い?」

 「こんど、ですか?」

 「次の休みの日……はダメか。アイリスGPがあるな」

 「アイリスぐらんぷり?アイリスちゃんが、どうかしたんですか?」

 「ああ、馬レースの名前だよ。皇子皇女に捧げるって名目で、その名前が付いたグランプリがあるんだ。

 アイリスGPは15マイルの短距離戦」


 「じゃあ、皇子さまの名前のレースも?」

 と、わたしが聞くと、皇子さまは少しだけ寂しそうな表情を浮かべて首を横に振った。

 「無くなったよ」

 「な、無くなっちゃったんですか!?」

 「忌み子に捧げてどうするって人達と、名前が不吉だって主張とで、欠場する馬が多くてさ。

 去年開催しようとして消えたってさ。その代わりがアイリスGP」


 「……ごめんなさい」

 「良いよ。まあ、おれの名前なんてそんな扱いだから」

 ……皇子さまは、決して悪いことなんてしてないのに。

 そんなわたしの思いを知ってか知らずか、皇子さまは気にしないでと言って。

 

 「アイリスGPのある次の休みは無理だけど、その次ならアナをネオサラブレッドに乗せてあげられると思う」

 「そうなんですか?」

 「アナ。わすれられがちだけどおれは皇子だ。

 皇子が馬に乗れなくてどうするってことで、馬くらい持ってこれるよ」

 わたしの腕の中から青いぬいぐるみを回収しつつ、少年はそう呟いて。


 「じゃ、じゃあ……」

 「あー!ゼノくん、私もそれ混ぜてー!」

 そんな底抜けに明るい声が、わたしの言葉に割り込んできた。

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