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縁日、或いはダーツ

「えいっ……!」

 覚束ないフォームで、祈るように銀の少女は輪を投げる。

 

 棒を削らせればその減速とブレとで正確に輪を棒に通せるが、それを封じられてはおれにはそこまでの腕はない。

 いや、コントロール自体は師匠に数日で思い切り弓の基礎を叩き込まれたことや、元々弓の射程より短い中距離戦で投げナイフを当てられるようにって訓練してきたこともあり悪くないと自負している。 


 が、輪投げは当てれば良い訳ではない。直線的に当てるのは得意で、ダーツやナイフといった抵抗のそこまで無いものなら放物線を描いて地面の特定の場所に突き刺すってのも風が無ければ出来るが、輪はそうではない。

 手裏剣のように飛ばせば棒を削らせていかねば棒に通らず、放物線を描いて投げれば輪の形状のせいでブレまくる。


 結果、14投して入った輪はたった3つ。最初の必勝法1回と合わせて4輪だ。

 あと一回、輪を入れなければぬいぐるみは取れない。ということで、おれは少女に交代し、少女はその残った自分の分の輪を投げ……

 

 そして、最後の1投。不安定に飛んだ輪は、すぽんと狙いの棒に通った。


 「や、やりましたよ皇子さま!」

 その深い海のような色の目を輝かせる少女に、袖口から取り出しかけていた貨幣を仕舞い、おれはやったなアナ、とその頭に軽く触れる。


 「はいっ!皇子さまのお陰です」

 「いや、最後に頑張ったのはアナ自身だよ」

 ……あれか。おれが14投で3つ、最後の1回だけ残して輪を通した事をわざとだと思ったんだろうか。


 本気で取る気で外してただけなんだけどな。


 「はい、お嬢さん」

 「ありがとうございます!」

 幼い少女の両腕の中にすっぽりと収まる大きさの馬のぬいぐるみを渡され、少女はそれを大事そうに抱き抱えた。

 

 それを見届け、おれは……

 「アナ、ちょっとだけ離れてて」

 足を曲げて力を入れ、ひょいと軽く大人達の頭の上辺りまで飛び上がって周囲を見回し、良さげなものを探す。


 「良し、良いのあった」

 

 と、少女を連れておれが向かったのは、サイクロンダーツと呼ばれる屋台。

 射的というかダーツ投げの一種で、風魔法によって的の前が大きくなったり小さくなったり、回転速度が上がったり一時的に止んだりと様々に姿を変える小型の竜巻によって塞がれているのが特徴だ。

 竜巻に巻き込まれたダーツは一定の動きをしてから竜巻から射出される。何時どんな方向からダーツを入れるかが重要な遊びだ。

 因みに、3回投げて得た得点以下の得点の景品欄にあるものと交換できる。こっちは輪投げと違って3投1発勝負だ。


 得点引き継げたら最高点である264点景品(中心の得点が100ではなく88だからこうなる)すら何回か10点に当て続ければ取れてしまうからな、妥当だろう。


 「あ、これは……サイクロンダーツですか?」

 「そう。魔法使ってる中ではおれでも遊べる奴。

 今度はおれにちょっとだけ付き合ってくれ」

 言いつつ、おれは店の作りを眺める。

 じっと眺めていると、不意に視線が可愛らしい顔に遮られた。


 「どうしたんですか皇子さま?」

 やらないんですか?と心配そうに見てくる少女に、大丈夫だよと微笑んでおれは返す。

 「ランダムに見えて、竜巻は規則的に動いてるんだ。そういう魔法だから」

 魔法書についてでも有名だが、ランダムというのはとても難しい。型にはめることで本来は不安定なものを暴発しないようにするのが魔法書なのだから、暴発せず安定しているあの魔法の竜巻も、一見ランダムに速度を変えたり大きさを変えているように見える風渦も一定周期で動きが決まっている筈なのだ。


 「おれは、それを見てただけ」

 「あ、御免なさい、邪魔しちゃいましたか?」

 「いや、良いよ。


 もう見切れたから」

 そう呟いて、おれは屋台の人にお金を払う。

 

 ……ぶっちゃけた話、狙っているのは馬のぬいぐるみ。それも、ちょっと古くさいものだ。得点としては125点景品の一個。

 3年程前に販売された伝説馬列伝復刻版の1体。その中でも人気がなく、こんな所で良さげでもない景品に混じって置かれている、数年前から誰にも取られてないのだろうその1頭。

 栄光のグランプリシリーズでの最高成績は、ローランドGP6着というグランプリ未勝利馬。

 葦毛に赤い鬣を持つアミュグダレーオークスの祖父、青毛に青い炎を纏う父のかつての愛馬、11年前に死んだというエリヤオークスのぬいぐるみである。


 孫のアミュグダレーオークスの方はもう大人気だが、この馬は体が弱く、生まれつき足に障害があったとかで決して人気の馬ではなかったらしい。だから、少年時代のあまり当時は期待されてなかった父が引き取って育て、一応グランプリ出走馬にはなれたが……ってところ。


 ぬいぐるみが発売されたのも、皇帝の馬だからという忖度が大きい。人気馬ばかりでない……いわゆるグランプリでない場所なら勝ってたり、普通の馬ばかりのエキシビションで父を乗せて仮にもネオサラブレッドの貫禄を見せ付けた事もあるらしいが……

 

 「皇子さまは、何を狙ってるんですか?」

 横で見ながら、少女が聞いてくる。

 「父さんの愛馬、かな」


 ちょっと離れててと少女に言い、貰ったダーツのうち一本を強く握る。

 ……かなり重いな。思ってたより重量がある。そして、嵐に巻き込まれる想定ゆえか羽根が小さく、風の影響をそこそこ受けにくい。

 本来、普通の腕力で投げても突き抜ける前に巻き込まれる想定ではあるのだろう。だが、巻き込まれても勢いが殺されて地面に落ちることなく竜巻からちゃんと射出出来るように羽根が小さく、かつ重さがある。


 それならば……

 と、此処から投げてねという線より少し遠ざかった場所で、胸元にダーツを持って来る。そして……

 野球の投球フォーム。普通は手首で飛ばすダーツを投げるには似つかわしくない全力フォームで、振りかぶり……

 人間止めたその腕力で全力でぶん投げる!


 周期で弱まった竜巻に突っ込み、そして……僅かに左回転を受けて軌道を変えるも、本来は巻き込まれてぐるぐる回転するはずのダーツは、想定外の力によって……風を突き抜ける!

 ドンッ!というダーツが当たったにしてはかなり重い音と共に、板の中央すぐ横に、ダーツが突き刺さった。


 そのまま、2射。今度は過たず中央に突き刺し……ここで周期。嵐が速くなり肥大する。


 「あ、皇子さま」

 「大丈夫さ」

 一歩前に出て、今度は斜め上、天を目指して手首だけでダーツを射出。

 放物線を描いたその鉄の矢は、竜巻を飛び越えてさくっと狙った外周近くの特別点枠に突き刺さった。


 「はい、終わり」

 周囲で眺めていた少年少女からの拍手の中、パンッ!と手を打ち合わせて宣言する。

 ぬいぐるみも前の年からあったのだろう古いもの。決して中心の最高得点を3回全部とかしなくても取れるのだ。


 「じゃあ店の人、エリヤオークスのぬいぐるみください。得点足りてる筈なんで」

 中心88点、中心横50点、外周上に1箇所だけある(全部で7箇所だが残りは放物線では狙えない位置)ラッキーセブンパネル77点、累計点215。余裕も余裕である。何なら最後の一投は完全に魅せプレイ。外しても問題ないからやった訳で。

 

 「え、そうなの?」

 と、おれの横で大事そうにぬいぐるみを抱き抱える少女を見てか、210点景品に置いてあるクリアグリーンの蹄と濃いオレンジの鬣を持つ金色の馬のぬいぐるみを持ってこようとしていた店の人が呆けた声をあげた。


 「いや、おれは仮にもシグルドの息子ですよ?

 オルフェゴールドより父の愛馬を持ってきますって」

 ちなみにだが、オルフェゴールドのぬいぐるみならもうアイリスの部屋に猫のぬいぐるみを背に乗せて飾ってある。何たって、馬主おれだ。


 と、袖を引かれた気がして。

 「そんなに言うなら、オルフェゴールドも取っていきますよ」

 なんて、おれは安請け合いした。

 「頑張って下さい、皇子さま!」

 

 取るのに7回掛かった。


 いや、竜巻MAXモードは卑怯だろ店員!?

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