屋台、或いは必勝法
からころと鳴る高下駄の音。
昼にしては早い軽食を終えて、長椅子の脇の回収口へ器を入れて、少女の手を引いて歩き出す。
「皇子さま。良くその靴で歩けますね」
と、銀の髪の少女はふとそんなことを聞いてきた。
「ああ、これ?高下駄って言ってさ。バランス取る練習だって言って、師匠に良く履かされてるから慣れたものだよ」
これで馬車と並走しろとか言われるから、転けてなんていられない。
というかだ。ステータスの【速】の数値は移動スピードというより瞬発力に近い意味の数値だ。
瞬間的な速さは兎も角、走り続けて維持できる速度はどれだけ【速】が上がってもそうそう伸びるものではない(一応【速】が一定以上になると【移動】は伸びることは伸びる)。
つまり、【速】が100あったとして、【速】40前後の馬より移動が速いかと言われるとそんなことはないのだ。
だから、馬車に追い付けるかと言われると馬車によるというのが実情だ。
皇家の馬車なんかは頑丈だし多少跳ねても構わない魔法が掛かっているし馬も有名な馬レースの王道のダートグランプリで勝ち抜ける頑健かつ強靭な馬。正直な話追い付けない。
何たって、あのグランプリには一部の魔物と掛け合わされたネオサラブレッド種と呼ばれる化け物みたいな速度と体力の馬しか居ないからな、人気馬を盗もうとした盗賊がひしゃげた鋼の盾と共に冷たくなってた事件とかあった筈だ。
逆に安めの乗り合い馬車くらいなら追い抜けるな。整地された道でのトップスピードはそう変わらないが、おれの方が高下駄履いてても凸凹した整備されていない道で減速しなくて済む分速い。
ニホンでの馬車の速度は知らないけど、この世界では馬車はそれなりに速い。とりあえず、目測でトップスピードなら道路を走ってる旧式のガソリン自動車くらいはあるな。大体時速40~60kmのどこかってくらい。それで大体半日走る感じだ。
ちなみに、二代目父の愛馬たるネオサラブレッドとおれがかけっこすると惨敗する。あいつ速すぎるんだよ、最高速度なら乗ったこと無いけどリニアモーターカーより速いんじゃないだろうか。
「そうなんですか?
とっても歩きにくそうなんですけど」
「歩きにくいから、修行になるんだよ」
人混みの隙間を見つけ、軽やかな足取りで少女を先導しながらおれはそう返した。
実際、抜刀術には踏み込みが必要。どんな場所でもバランスを取って体勢を安定させなければ100%の破壊力は出せない
例えば木の上でも踏み込めるように、果ては雷に乗って踏み込めるように。とすれば、この高下駄は正しい修行靴なのだろう。
……ところで師匠。アナとのお出掛けで履いておく意味という奴は何処に?
「じゃあ皇子さまが転けないように、しっかり握っておくです」
なんて、きゅっとおれの右手を握って、少女は小さな花のような笑みを浮かべた。
「……アナ」
「えへへ、行きましょう皇子さま」
そんな少女に、おれはまだ少し頭陀袋になった時の痺れが抜けきっていない左手を差し出す。
「こっちで良いか?」
「良いですけど、どうしてですか?」
「左寄りに歩くからさ、左に居てくれた方が守りやすい」
あとは、左腰に短刀を差している関係で、左手での抜刀が逆手で無理矢理引き抜く形になってしまうからというのもある。
逆手でも戦えなくはないが、やはり右手で振るう方が戦いやすい。
「もうっ!物騒な事は無しですよ皇子さま」
と、頬を膨らませて銀髪の少女はそれでもおれの言う通りに左手を取り、その細い指を絡めてくる。
そこから逃げるように、四本の指を纏めて握り、おれは高下駄を鳴らして歩みを進めた。
そして、辿り着くのは少し行った場所。
貴族にだって子供はいる。その使用人にもまた。そんな子供達は対外的に恥じない立派な子供であれというように言われてはいるが……
今日といった祭では羽目を外しても良いだろうということで、所謂縁日の遊び屋台各種が出ているのだ。
そのうち半分ほどはおれにはどうしようもない。魔法を使っての遊びであるが故に、参加権すらない。
そして、そうした魔法を使った派手な遊びこそ、そこそこのスペースが必要であるから貴族街にしか無いのだ。
「皇子さま皇子さま、見たこと無い屋台が多いです!」
「そりゃそうだ。孤児院近くだと、こんなに1屋台がスペースを取れないから」
貴族街で店を出せるのは貴族の雇われ使用人か貴族だけだ。だからこそ絶対数が少なく、スペースが取れる。
稼ぎ時だと各人が場所の取り合いを毎年やってるあの辺りとは違うのだ。
「やってく、アナ?」
「はい、ちょっと……」
と、少女はきょろきょろと辺りを見回して……
「人が多くて全然分からないです」
と、困ったように呟いた。
「……持ち上げようか?」
女の子の体に触れることになる。無断でそれは不味いだろう。
だからおれは、そうすれば少し見やすくなるけどと言いつつ、手を軽く振ってみせる。
「い、いえ、恥ずかしいから良いです」
と、少女は顔を赤くしてぶんぶんと顔を横に振った。
「そっか」
と、そう残念そうでもないように言って話を切り、おれは少女を連れて少し進む。
「あ、ここが良いです」
と、少女が止まったのは……輪投げ?
そう、輪投げだ。物理的な輪を投げて棒に通すっていうニホンの縁日でも良くあるあれ。って、ニホンでのおれは近所のお姉さんがどうしてもあれが取れないから手伝ってーと言われた1回しかやったこと無いんだけどさ、確か。
「これで良いのか?貴族街でなくても遊べるぞ?」
もっと面白い屋台なら幾つもある筈だ。特に魔法を使ったものが。
だけど、少女はここで良いと頷く。
「だって、魔法の屋台だと皇子さまと遊べませんから」
なんて、照れたように頬を染めて、少女は呟いた。
「……おじさん、5回」
「……とりあえず、わたしは3回で」
と、照れ隠しに5回分の金を払う。
ルールとしてはとても簡単だ。棒ごとに景品が決まっていて、景品ごとに幾つの輪を通せば良いのかに差があるオーソドックスなものだ。
どんなものでも1発だったら高いもの置けないからな、それではこの貴族街では子供達に見て貰えない。
だから、最高で10輪必要な景品まである。そして、1回で投げられる輪は3つ。最低でも4回分の金を払ってチャレンジしないと取れる可能性すら無い。
「それで、アナは何を狙ってるんだ?」
と、景品一覧を見ながらちょっと聞いてみる。
と、少女は一つのぬいぐるみを指差した。
「……ああ、グランプリの」
其処にあったのは、可愛らしいデフォルメが為された馬のぬいぐるみ。結構円らな瞳、面長さが足りていない正方形に大分近い長方形っぽい顔、頭の半分以下の長さの四肢。
鞍は付けられておらず(現実の彼女にも鞍は無い)、その裸の体には炎を思わせる……というか炎を模した飾りが付けられている。
「可愛いって思ったんですけど、皇子さま、知ってるんですか?」
「知ってるも何も……」
名をアミュグダレーオークス。何か聞き覚えがあるような無いようなそんな名前の、文字通り物理的に燃える鬣を持つネオサラブレッド種だ。
去年末に行われた帝国最高峰の馬レースのローランドGPでは1番人気だったと思う。最終結果は3着だが、人気相応の走りは見せたと言われていたらしい。
割とおれとも縁がある。というか馬主が実質おれ。
「父さんの愛馬の孫だよ、そのぬいぐるみのモチーフ」
「え、そうなんですか?」
「アミュグダレーオークスって名前で、結構有名な馬だよ。
ぬいぐるみ、もう出てたんだ」
と、ふと思う。
これ、父の誕生日に良いのでは無いだろうか、と。
かの皇帝は、もう居ないかつての愛馬の蹄に付けられていた蹄鉄を今も執務机の一番上の引き出しに大事に仕舞い込んでいるし、案外馬好きだ。
馬のぬいぐるみとか、良いかもしれない。ちょっと似合わない気もするけれど、外れではないだろう。
「凄いお馬さんなんですね」
「……うん、凄い馬だよ」
因みに賢い上に綺麗好きで、おれが乗ろうとすると嫌がって蹴ってくることがある。主に、汚れてたり汗臭い時だけどな。
というか、もう一頭よりマシ。
「……じゃあ、頑張ります!」
と、少女は輪を両手で握って構えた。
……そのポーズだと飛ばないと思うぞ、アナ。
「あうっ」
当然ながら、全然入らない。
3回投げて、入ったのは別の場所に1回だけだ。
「アナ、ちょっと見てて」
と、1回分を終えたところで交代する。
ぬいぐるみを取るために必要な輪の数は5。結構高いが、そもそもあのぬいぐるみ自体決して安いものではないからな。9投以内に取れれば買うのより安いと思えば相応か。12投でトントン。
右手に持って、安定させるために左肩まで手を持ってきて、輪をとんと乗せる。
そして、狙って……
と、結構輪の間に棒が上手く通るようにするのって難しいな……ならば!
「ふっ!」
狙いを付けて、大振りに腕で空を切っての投擲。
狙いは外れず、目指す棒の頂点。
力を込めて力任せにぶん投げた輪の先端は、狙いどおりに棒の頂点を削りながら掠め……
それで投げた際の力を削がれて、ガタリと空中で揺れる。
そして、そのまま後方が棒に引っ掛かり、ほんの少し立てられた棒を歪めながら棒を潜って落ちるって寸法だ。
これぞ、輪投げ必勝法。ちょっと人間離れしたステータスの為せる技だ。
「えー、皇子」
「おじさん、何か?」
「商売道具に傷を付けるなら出禁な」
……
「真面目にやります」
必勝法は、封印された。




