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礼服、或いは高下駄

ということで、入り口でアナを改めて待つ。

 普段の靴は寮に置いてある。そこまで上がって、下駄と履き替えて来るのだ。

 と、思って見送ったその瞬間。

 

 「っ!」

 降り注ぐ殺気……というか害意に、おれは頭上を見上げ、地を蹴って右方向へ跳躍。

 空中で体を捻り、降ってくるモノへと向き合うように着地。


 「……で、師匠は何をしに?」

 と、降ってきた和装の師にそうおれは問い掛けた。

 

 この人が一人きりで時間と余裕がある時に不意に斬り込んでくるのは何時もの事だ。

 常在戦場の心得ではないが、誰が何時狙っているか分からんから対処を覚えろという修行の一貫であり、おれや父も承知の上。

 今まで2度避け損なってざっくり肩が切り裂かれた事もあるが、だからといって師を責める気は無い。


 だが、今からデート……じゃなくて真面目な買い物という時に襲ってくるのは何というか、あの人らしくない。

 服に(ほつ)れでも出来たら困るって事は知ってると思うんだけどな。

 

 「馬鹿弟子、お届け物だ」

 と、すたっと軽く地面に降り立ったその男は、右手の剣はそのままに、小脇に抱えた包みをおれへと差し出した。


 「師匠、これは?」

 「全く、どうしてお前はそんな服装をしている」

 「……あ」

 その包みの上に乗せられた高下駄に、漸くおれは思い出した。


 そういえば、師匠からお前の分、流派の一門としての礼服だと渡されていたものを。

 ああ、そういうことかと頷く。

 「師匠、これを着てこいって事で……」


 この服自体は初等部で着ることは基本無いからと乳母兄のレオンに預けておいたものだ。

 よって、レオンの礼服の近くに置いてあったのは確かなんだが……浮くだろうってことですっかり正装として認識してなかったんだよな。

 だが、アナが西の浴衣を着るなら、合わせる服装としてこれは相応だろう。


 「そういうことだ。部屋は1階を使え」

 「全く、最初から言ってくださいよ」

 というおれのぼやきに、その男は軽快に笑った。


 「何故その服なのか、予め説明するとなれば、浴衣の存在を語らねばなるまい。

 それでは、少女の精一杯のおめかしの衝撃が台無しだ」

 「……それは、そうかもしれないけど」

 言いつつ、ひょいとその一式の服を受け取……重っ!?


 予想外の重さに、肩に力を入れて受け止める。


 ……この高下駄、明らかに内部に重り仕込んでませんか師匠!?デートじゃないけど女の子とのお出掛けに履いていくには中々にクレイジーな重さだと思うのですが。

 恐らく重量としては……両足揃えたらアナより重い。いや、あの子割と軽いから片足でアナを超えるかもしれないくらいの重さだ。

 推定片足30kgほど。多分アナより重いな、これ。


 因にだが、アルヴィナはその線の細さからしたら異様に重く、アイリスは異様に軽い。

 アイリスは体の弱さから分かるんだけど、アルヴィナって何であんなに重いんだろうな。背丈はアナとそう変わらず、体の細さも同じくらいだというのに、戯れに乗っかってきた時アナ+アイリス+アイリスの仔猫ゴーレムくらいの重さを感じる。

 

 まあ良いかと師に習った通りに手早く着付け、足に高下駄、腰の帯には結び目を作り服にくるまれていた短刀を通して完成。

 後で返しておこうとレオンのところから拝借した礼服を軽く畳んで外に出ると、ちょうどアナが戻ってきた所だった。

 

 「お、皇子さま!?その服は?」

 「ちょっと合わせてみた」

 と、おれは高下駄をからんと鳴らし(内部明らかに金属仕込んである割に、軽快な音が鳴るのが不思議だ)、くるっと一回転してみせる。

 「忌み子にも衣装って感じで、そこそこ似合うだろ?」


 服の色としては白地に(あか)。イメージとしては、巫女服を男性用に仕立てたような形。

 名前の無い流派……即ち、神の名を冠するが故にその名をみだりに語れず、何時しか名前が喪われてしまったらしい西方古流の一派。故に、神職にも見えなくはない礼服は流派に合っているのだろう。

 

 「はいっ!カッコいいです!」

 何が嬉しいのか、頬を上気させて褒めてくる少女に少しだけ照れ臭くなり、目線を逸らすように師を向いて。

 「師匠、この元の服お願いしても良いですか?」

 なんて、話題を続けないためにそう呟く。


 「構わんが」

 「じゃあ、お願いします」

 そう言って、おれは手にしておいた服を手渡し

 「じゃ、行こうか、アナ」

 空色の浴衣の少女に右手を差し伸べて、そう言った。

 

 カランコロンと小気味良い下駄音を響かせ、通りを進む。

 今日は皇帝誕生日。多くのものが休みで、今日は都市機能の大半が動かない、

 といっても、水道なんかは魔法管理だから問題ないし、ガスや電気はこの世界では自前の魔力、魔法でやってるからそもそも無いんだけどな。

 ただし馬車も今日は一切発着がなく、騎士団もほぼ全団休み。冒険者ギルドも一年にたった2日だけその正面の大扉を閉めるが、今日がそのうち一日である。


 故に何時もは馬車だ騎士団の馬だが通れるようにと一定の隙間を空けていなければならないとされる大通りは、今日ばかりは人で溢れかえる歩行者の天国となる。

 両脇には出店が並び、人の波がそこらじゅうを往き来する。

 

 貴族街ですら、下位貴族の邸宅の多い辺りではそれが起きるのだ。

 使用人等、その中でも裁縫が得意だったり料理が出来たりする者達が出店を出し、別の家の使用人等が外に出てそれらを買っていく。

 アナをあまり人通りの多すぎる場所には連れていきたくなくて、おれがその足で向かったのは貴族街であった。


 因にだが、帽子は考えた末に師に預けてきた。

 目深に被れば火傷痕は隠せ、おれが誰かということは分かりにくくなる。だが、それは……やーい忌み子と絡まれにくくなるのと同時に、おれの正体を隠すことにもなるのだ。

 今日は人が多すぎる。新年と並ぶお祭り騒ぎ、いや、家族と家で過ごす人も多い新年よりも派手だろう。

 昼間から綺麗な信号弾が空に打ち上げられていたりするしな。

 お陰で今日は信号弾で何を連絡しようとしても通じない。なんたって人々を楽しませるためのと区別付かないのだから。

 

 そんな日だ。当然ながら、人拐いだ何だもやりやすい日である。

 だからこそ、おれは火傷痕を晒すべきだと思い直した訳だ。


 今も、ねっとりとした気配が2つほど。おれを通り越して、キラキラとした眼で下位とはいえ貴族のお抱えが腕によりをかけて用意した屋台料理の数々を凄いですね皇子さま!と見ている少女を眺めている。

 ……これが手を出してこない者なら良し。だが、売り飛ばそうという者ならば……


 こういう時に、仮にも皇子って顔は役立つのだ。皇子の連れだ、手を出すなら容赦しないって、顔が割れているからこそアピールになる。

 ついでに、今のおれの服は西国が作ってくれたおれ用のオーダーメイドの礼服だ。しっかりと皇家の紋が入っている。

 もう隠す意味も隠せる道理もないなこれ?


 「アナ、どう?」

 「やっぱり凄いですね皇子さま!わたし、前は貴族街の所まで行くのって遠くて……」

 しっかりとした保存魔法が使えるからこそ、新鮮で安全なものが出せる。

 半分生に近い血が滴る肉と、別口でしっかりと火が通された野菜が交互に刺された串を手に、興奮気味に少女が返した。


 「そうか、なら良かったよ」

 「皇子さま、皇子さまも食べましょうよ」

 両端を両の手で持って一口、野菜(玉葱のような甘味が強い青菜だ)の所にかじりつきながら、少女は語る。

 「……いや、おれは……」

 「お金が心配なら、わたしが」

 「いや、悪いよ」

 「この串、ちょっとあげますから」


 ……それは間接キスというものだ。

 いや、アナはその辺りまだ頓着無いのかもしれないが、おれは気にする。

 

 「おじいさん、そこの揚げ物一つ!」

 慌てて近くの屋台でそれっぽいものを買う。

 買ったのは、器にこんもりと……とは言えないくらいに盛られたカリカリの揚げ物。油は安いものならそんな高級品でもないので揚げ物は庶民でも楽しめる料理の一つだが、これは違う。

 植物のような魔物の油でもって、濃いめに味付けした衣を付けた別の魔物の内臓を揚げたものだ。カラッと揚がって深みのある味わいは、貴族邸宅でも出せる味。

 この内臓を素揚げして刻み、ダシとしてスープに入れたものならば確かシュヴァリエ邸での料理にもあった筈。それくらいの高級品だ。


 ちなみにお値段は軽鉄貨11枚となかなかのもの。

 流石は貴族街。かなりお高い買い物だ。日本風に言えばグラム1100円って感じ。縁日価格としても、やはり高級だろう。

 

 「アナ、要る?」

 「はい、有り難うございます、皇子さま」

 と、人通りを横に避けて、座れる席(今日は幾らでもこういうのが出ている)で、おれは軽く器を少女に向けた。

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