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少年の疑惑、或いは腕時計

「……ゼノ皇子」

 彼等が去るや、青い髪を揺らし、茶色の瞳に不安そうな色を残して、少年が近付いてくる。


 その手にエンジンブレードはない。というか、あんな大振りの剣は持ち込んでなどいるはずもない。

 あの音は、気を引くために彼の父竪神貞蔵が宿った左手が虚偽の音声を鳴らしてくれたのだろう。

 

 「すまない、助かった」

 「なかなかに物騒な話が起きていたんだが、大丈夫なのか?」

 心配そうに、少年はそう尋ねてくる。


 「ああ、結構あることだ」

 「……倭克に王は居ない。そのせいで、私は君達と少し感覚が違うところがあるのかもしれないが……

 低ランクの拘束魔法とはいえ、他人に向けて……特に皇子に向けて突然魔法を撃つのは無礼で非道な事には当たらないのか?

 貴族社会というものに私は詳しくはない。だとしても、あまりに異様な行動だと思えるんだ。

 ……これが平民相手ならば、理解は出来ないが納得できないという程ではないんだが」

 と、少年は首を傾げて当然に過ぎる疑問をぶつけてくる。


 いや、普通に考えるとそうなんだよな。この国がちょっと普通じゃないだけで。


 「いや、普通の人間に向けてならば問題だ。だが……皇族に対しては割と許されている」

 「……え?そうなの?」

 ぽかんと口を空け、すっとんきょうな声をあげる頼勇。


 いや、そうだよな。普通に考えて皇帝やその子に対してだけは魔法を撃ち込んで良いっていうのは何言っているんだこいつだろう。


 「基本的に皇族というのは民にとって最強の剣で在るべしというのが、この国の基本だ」

 「それは聞いたことがあるんだが……それとこれと、何か関係があるのか?」

 「大有りだ。

 魔法を撃ち込まれても揺るがぬ強さを持っている事が大前提、だから効くわけもない魔法を撃ってもお咎め無し」


 「効いてなかったか?」

 「そこはおれが悪い。普通の皇子なら、あの程度の魔法は弾けるよ」

 苦笑しながらおれは答えた。


 「……そもそもだ、ゼノ皇子。私には、あの魔法を弾けないような実力には見えなかったんだが……」

 「そうか?」

 「私も、君の実力を深く知る訳ではないので滅多な事は言えない。とはいえ、私と軽く撃ち合っただけでも、その実力はある程度計れていると思う。

 あの程度の魔法を受けるとは、正直信じられない」


 ……そうだよなあ、とおれは内心で頷く。

 基本的に、よっぽど極端に成長しない限り、ある程度の差はあれど均等に上がっていくのがステータスというもの。


 レベルアップごとに自由ポイントを振り分けていくようなステータス成長式ならば攻撃特化で防御は1も振ってないからバ火力紙装甲という事もあり得るが、この世界はそういった振り分け式ではない。

 レベルアップ毎に成長率に応じてステータスが上がる(成長率90%以下だと0上がる事もあるが)形式だ。普通に考えて、キチガイみたいな凸凹成長率でなければステータスは大体1つ分かれば残りもその1.2~0.8倍くらいに収まる数値だという推測が立つし、99%それは合っている。

 

 「……聞いたことがないか?忌むべき子の噂を」

 だが、此処に1%の例外が存在する訳だ。

 「忌むべき子、忌み子……」

 「ああ。あまり良い話ではないから少しだけ隠したかったんだが、おれは忌み子だ。

 だからああして、魔法に対しては何も出来ない」

 情けないよな、と。


 床に落ちた菓子の袋を……腕を掴んでも止めきれず、ゴミ袋から溢れ落ちたそれを見詰めながら、おれはそう呟く。


 対応が遅すぎた。分かっていたじゃないか、ガイストがああして自分を死神に重ねるようになった理由があると。

 そして特に、原作で魔神に唆されるシャーフヴォルは……その名前からして羊狼な彼は、原作でガイストが死神と自分を呼ぶようになった原因だと。

 ならば彼処は避けられて然るべきだった。

 

 「ゼノ皇子。

 あまり根を詰めすぎるのも良くない」

 「だけど!」

 「あまり、仕方の無い事を責めないでくれ」

 淋しそうな顔で、少年はおれの肩に手を置く。


 「仕方の無いことは悪くない。だってそうだろう」

 笑っていない眼で、少年は笑う。


 「無理なものは無理だ。そう割りきらなければ……私だって、父を、友を、皆をどうしてナラシンハから護れなかったのか、永遠に責め続けなければならなくなる」

 優しくおれを諭すその唇は、硬く結ばれていて。

 左手は、あまりにもキツく握られている。

 

 こうして諭していながらも、実際に……竪神頼勇という同い年の少年は、その事をずっと悔いている。そうとしか、おれには見えなかった。


 護れる筈なんて無かった。勝てる道理なんて何処にも無かった。それでも、彼は魔神によって多くを喪った事実を悔いている。

 だからこそ、旅に出たのだろう。

 

 「ああ、そうだな」

 諭すのが下手すぎる。言ってることは正しくても、心が伴っていないのがバレバレだ。


 ……仲良くなれそうだな、おれ達は。


 「あまり悔いても仕方ないよな」

 表面上笑って、おれはそう返し、ゴミを拾い上げた。

 

 「……終わりか?」

 「……大丈夫だろう、多分」

 そして、半刻もせずに床を雑巾で吹き終わり、全ての片付けを終える。

 思ったより時間が掛かり、礼を言って外に出ると、既に日は傾き始めていた。

 「……ゼノ皇子、一つ聞きたいが、良いか?」

 黙々と二人で片付けをしてくれていた頼勇が、ふと横を歩きつつ問い掛けてくる。


 「ああ、おれに答えられるものならば」

 軽く頷いておれは答える。


 「……彼、シャーフヴォル……と言うのか?」

 「彼の事ならばおれもそこまでは知らないが、公爵家の跡取り息子だ。あまり深く関わると火傷しかねない」

 正義感の強めな彼が下手に動かないように、そう釘を刺しておく。


 「いや、そこは良い。ただ、気になるところがあるんだ」

 「気になるところ?」

 「ああ。ゼノ皇子に見えたか分からないけれども、彼の袖がたわんで時計が見えていただろう?」

 「……ああ」


 気付いてしまったか、と内心でおれは額を抑える。

 実際には何も知らないように、外面用のポーカーフェイスで。


 「これは私の気のせいだったかもしれないが、文字盤に12の文字が見えた。

 この国では、12の刻に一日を分けていたりするのか?」

 ……やはり、分かってしまうか。

 おれ達真性異言(ゼノグラシア)にはある程度馴染みがあり、だからこそ案外違和感を感じないあの時計が、この世界のものではない事に。

 

 「そんなもの、見えたのか?見間違いでは?」

 肩をすくめ、口笛なんて慣れないものを吹き、さも知りませんよーとばかりにおれはおどけてみせる。


 「いや、私は眼が良い方でね。歯車の噛み合い等を見る必要があって、細かなものが良く見える。

 確かにあの文字盤には、9、10、11、12と時計回りに文字があった。見えたのはそこまでだが、あれは何なんだ」


 知っているんだろう?と、一歩前に出つつ振り返った少年の瞳がおれを真っ直ぐ覗き込む。

 おどけた意味を、彼が分からないという気はしない。

 関わるとロクな事にならない。正直、知らない振りをしていた方が良い。

 そんなおれの警告を無視し、突っ込んできた。

 

 迷いは一瞬。

 「その話は、明日で良いか?」

 「明日?何か今だと話しにくいような問題があるのか?」

 此方を向いてそう訪ねる少年を巻き込む覚悟を決め、シロノワール、とカラスを呼ぶ。


 元々早めに味方に着いてくれればと思っていたので願ったり叶ったりと言えなくもない、と気持ちを切り替えて。

 「父さんの所に飛んでくれ。恐らく、それで時間を用意してくれる筈だ」

 呼び声に答えて姿を見せた八咫烏は、一声鳴いて夕焼けの空に翼を拡げる。


 「……あの時計について話すとすると、少しだけ見せたいものがあってさ。

 それがあった方が、無いよりも明らかに話がスムーズに進む。あれを見たら、信じざるを得ないような特別なものだから。

 ただ、それを持っているのは我が父である皇帝。今から話を通して借りるとして、明日話すことになる」


 「分かった。明日か」

 「……ロクでもない話だぞ?」

 「乗り掛かった船、だろう?」

 おれの言葉に、少年は屈託無く笑い返した。

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