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腕時計、或いは新たなる敵

ニコニコと微笑む、エメラルドの瞳。

 豪勢な……この場に似つかわしくない明らかに高価過ぎる青の礼服に身を包む優しげな笑顔の青年を、おれは知っている。


 あまりにもゲームの立ち絵そのままの印象だ。三次元的な見え方になってる筈なのにな。


 いや、第七皇子ゼノにとっては此処が唯一の世界であり、だから違和感なんて持っていなかったが……

 

 名をシャーフヴォル・トゥナロア。いや違った。それは原作通りに出てきた時だ。

 現状はシャーフヴォル・ガルゲニア。後に四天王ニュクスに魂を売り渡し、血の惨劇を引き起こす張本人だ。

 

 「貴方は……」

 だが、おれの知っているゲームではこうだからといって、この場で明らかな敵意を向けるのは流石に到底正しい事ではない。


 こいつは悪い奴だゲームで知ってるで行動して上手く行く保証なんて何一つ無いのだ。高校生のお姉さんの家でPDF保存して印刷させて貰って家で読んでた二次創作のRTA作品じゃあるまいし。

 ああいう作品でならば、作者が成功させると決めて書いていたならば、こういった即断即決は上手く行く。だが、これはもうおれにとっても現実だ。


 危ない橋は渡れない。というか、未来にやらかすから今殺しておいたって、大分思考が危険だ。人の命は、可能ならば殺めるべきものじゃない。それは……例え敵でもだ。

 当然だろう。おれが生きていたいように、誰だってそうだ。

 

 だからおれは、可能な限り平静を装って、その青年に御辞儀をする。

 「これはどうも、二度目にお目にかかります、ガルゲニア次期公爵」

 ……ダメだ。ちょっと喧嘩腰か。


 父が父だけに、おれにはあんまり柔らかな物腰って向いてないのかもしれない。父も大概威圧的というか、存在が威圧だしな。

 そんなおれを、気にすることはありませんよとばかりに口に袖を当ててにこりと笑い、青年……シャーフヴォル・ガルゲニアは頭3つは高い背丈をおれに合わせること無く目線だけ下ろす。


 「ええ。ごきげんよう、皇子の恥さらし様」

 前言撤回。彼はシルヴェール兄さんを更に毒物にしたような人だ。優しげなのは上辺だけで、中身は中々に黒い気がする。


 その辺り、一見気難しそうに見えて、その実ちゃんと招待した素人劇に来てくれる上に自分も汚したからと掃除まで手伝うただの良い奴なガイストとは逆だな。

 

 「これはどうもご丁寧な挨拶を有り難う御座います」

 「……シャーフヴォル兄さん」

 と、少しだけ苛立つおれを宥めるためか、口を挟むのは黒髪のガルゲニア。


 「口は災厄を預言する」

 訳。口は災いの元。意訳すると、あんまり酷いこと言わない方が良い、ってところだろう。


 「皇族への無礼は、死神のラッパ」

 「……いや、有り難うガイスト。

 だけれども、おれにそんな権限はないし、今回は……彼が正しい」

 そんな健気な少年を唇前に指を置くことで制し、おれは呟いた。

 

 実際問題、公爵令息に掃除をやらせてるのは本人がやると言ったとかそういった諸々の事情全く関係無しに問題だ。

 ガイスト本人が自由意思だと言おうが何だろうが、大貴族の息子が召し使いのような事をやった事実自体が醜聞になりかねない。


 子供の事、そこまで広まらずとも……決して良い評判になることはないのだ。

 おれ?おれはもう忌み子の時点で評判終わってるから今更ゴミ拾いしようがみすぼらしいとかそんな悪評立つわけがない。

 何たって、元から立ってる。

 

 「……滝のパラドックス……」

 訳すると、しかし、の一言である。実に分かりにくい。

 「弟君を使用人のやるべき仕事に巻き込んだ事実については誠に申し訳ない。おれの不行き届きだ」

 「違う!この死神が……」

 「いや、おれ一人が悪い」


 良い子過ぎるぞガイスト。だがお前だって貴族なら分かる筈だ。

 自分のせいだってお前がどれだけ言おうがそもそもおれの評価は上がらない。お前の評価が下がるだけだ。

 だから、頑なにおれは首を横に振る。

 

 「それで、何の御用でしょうか、ガルゲニア次期公爵。

 おれは見ての通り、情けないことに、使用人が居ないが故に自力で掃除をしている最中なのですが」 

 「……皇子、メイドなどは……?」

 厨二の仮面が取れたガイストにそう問いかけられる。


 「彼女等ならば、一昨日からバカンス中だ」

 自分で言ってて何だが、皇子としての威厳とか、欠片もないなこれ。

 というか、プリシラに舐められてないかおれ。

 いやあれレオンが計画したバカンスだしレオンにもか。

 

 無言で差し出されるハンカチをいや不要だとガイストに返して。

 「用という程の事はない。

 私の可愛い弟を、くだらないものから返して貰いに来ただけだよ」

 どこまでも柔和な笑顔を崩さず、軽く腕組みした青年はおれを見下ろす。


 そのエメラルドの瞳は、曇り無く綺麗な目をしていて。

 その目を静かに見返す。

 

 「……下らないもの、か」

 「その通り、下らないものですよ」

 「これでも皆一生懸命やった劇なんだ。あまり、そう言って欲しくはないな」

 その刹那。

 

 「がぐぅっ!」

 揺らめく風の気配に、咄嗟に何か対策しようとして。

 地面を蹴って飛び下がろうとするが間に合わず、おれの体は椅子を飛び越えようとしたところで空気の塊に挟まれて宙に浮かぶ。


 エア・バインド。空属性(風属性の派生)に当たる拘束魔法だ。


 「シャーフヴォル兄さん、何を」

 「下らない戯れですよ、可愛い弟よ」

 にこりと微笑むシャーフヴォル・ガルゲニア。

 おれはそれを、魔法による拘束をされたまま見詰めた。


 物理的な拘束であれば破れるが、魔法によるものはどうしようもない。人間の魂にあるという魔法を扱える七大天の与えた祝福が、魔法に対する障壁を産む筈だが、おれにはそれがない。

 だからこそ、魔法には人一倍注意する必要があった。


 だというのに、油断しすぎた。


 「さあ、帰りますよ」

 そう言って、青年はガイストの手を握り、手を引く。

 

 「あんな皇子の面汚しは良いでしょう?

 戯れの魔法に、あの様です」

 ……実際にこの様なので何とも言えない。

 というか、割と良くこうした魔法に取っ捕まってる気がするなおれ。いい加減学べよおれ。

 いや、学んだところで……避けきれるほど強くならなければどうしようもないんだが。

 

 視界の端で、空気に徹していた青髪の少年が動くのが見えた。

 「ええ、こんな下俾た事は彼等に……」

 青年はガイストの手にした袋を優しく右手で取り上げて、逆さにしようとして……

 『セットアップ!エンジン!Go!』

 突如として鳴り響くエンジンブレードの起動音。


 「何事ですか」

 びくり、と肩を震わせる。

 意識が逸れ、拘束が緩んだ瞬間、おれは全力で足を振って椅子に踵を引っかけ……そのまま振り抜く!

 床に固定された列椅子を軸に、己の体を無理矢理前に押し出して……

 「むぎゅぁぁっ!」

 空気の圧に震える体を気にせず、拘束をぶち破る。

 

 「……皇子」

 「すまないが次期公爵。貴方の弟にさせたことは謝るが、その行動を無にすることは止めてくれないか?」

 そうして、おれはゴミ袋をひっくり返そうとする青年の手を掴んだ。


 頭3つの差のせいで、かなり手を上に伸ばす形で、その手を拘束し……

 堅い感触を感じる。

 ユーゴの時のように、腕を握りつぶす気は勿論無い。だが、あまりにも変に堅い感触に違和感を覚え……

 

 「今日は有り難う、ガイスト。

 お兄さんはああ言ったけど、君が下らなくないと思ってくれていることを願うよ」

 大人しくゴミ袋だけを受け取って、おれは手を離す。


 その刹那、少しだけ手首を捻って、青年シャーフヴォルの高価な服の袖に皺を作り、手首の感触の正体を軽くバレにくい程度に晒させた。

 

 「ではガルゲニア次期公爵、お騒がせしました。これ以上は、貴方にとっても問題となりましょう」

 「どうやら分かってくれたみたいだね」

 改めて手を引いて、青年は劇座を出ていく。

 一度だけ此方を振り返ったガイストに、大丈夫だと頷いて。

 

 青年が消えたのを見計らって、おれは大きく息を吐いた。

 

 「シャーフヴォル、奴か」

 堅い感触には覚えがあった。ちらりと見えた黒鉄の"腕時計"に、見覚えがあった。


 ……シャーフヴォル・ガルゲニア。彼は……

 ユーゴ・シュヴァリエと同じくAGXの使い手だ。

 

 「……はは、ふざけてるのかよ」

 あの時勝てたのが奇跡そのもの。相手が勝ったと思い込んで馬鹿晒してくれて、本体には傷ひとつつけられないまま何とか使い手を倒した形。

 二度は恐らく出来ない勝ち方だ。

 

 ……それ以外の対抗策なんて、もうデュランダル持って勝てることを祈るくらいしかない。

 だからこそ、と思った場所に、2機目が居た。


 どうしろってんだよ道化!?この七大天のバカヤロウども!何とかなるのかよこれ!?

 どうすれば良いんだよ真面目に!?答えてくれよ割と詰んでないか!?

 

 大丈夫かーと目の前で頼勇に手を振られながら、おれは暫く狂ったように乾いた笑いを浮かべ続けた。

 ……精霊真王ユートピア?だったか?アレがお前の世界の存在なら教えてくれ。AGX2機目とかどうしろってんだよぉぉっ!

因みにですが、前話で一気に劇まで飛んだ理由ですが……

男二人で風呂に入って他愛ない話するだけで覗きも何もない話とか要らないという判断です

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