騒音、或いは朝一
そして、翌朝。
頼勇については、アイリスも寝てるしということで話は明日、アイリスも集中してくれてるから劇の後に話をする事にして。
「御早うございます、皇子さま」
朝日が昇る雷の刻の始め(日本で言えば午前6時過ぎ)、感覚を取り戻すことを兼ねて一人庭でで剣を振るっていると、そんな声が背後から聞こえた。
「……7999!8000!ああ、御早う、アナ
よく寝られた?」
そろそろ切りよい数字だったので2回だけ振って剣を下ろし、おれは後ろへと振り返る。
窓越しに、まだ少しだけ寝ぼけた顔の少女の幼い顔が見えた。
「8000……何時からやってたんですか、皇子さま……」
「ちょっと前。半刻は経ってないかな」
「半刻……」
ぽかーんと口を開ける少女に、まだまだだよとおれは微笑みを返す。
「何時もなら2セットは半刻で終わらせるくらいなんだけど、あれ五月蝿いからさ」
剣を振ってるだけでブンブンブンブン空を切る音が響く。自分はそう気にならないが、良くプリシラには五月蝿くて目が覚めたと文句言われてた事を思い出し、子供達を起こさないようにわざと速度を落として振っていたのだ。
それで意味あるのかって?振らないよりはあると思う。まあ所詮、一日に素振りを16000回したからといって強くなれるかというと誤差なのだが。
筋肉は付くし、ステータスもまあ上がる。武器レベルというこの種類の武器をどの辺りまで使えるかの指標も実はランクアップする事も無くはない。
だがしかし、それでもだ。この素振りを10年続けたとして、【研ぎ澄ました一撃】というスキルは取得できるだろう。敵の急所を正確に狙う剣閃、ゲーム的に言えば必殺率を上げるパッシブスキルだ。
後は……ま、剣ランクがEかDなら1つ上がるかどうかか。C以上なら上がらない。
そしてステータスは……力が3、技が2伸びれば良い伸びって程度だろう。
一方、レベル自体が4も上がればそれくらいの成長は出来る。しかも、上限レベルは30もあるのだ、仮にレベル10スタートとしても、あと15回レベルアップ、そして更には上級職業へのクラスチェンジがある。
余談にはなるが、おれの場合は固有成長率が【力】140%、【技】110%、【速】130%、そこに専用職ロード・ゼノの補正が加わるのでレベル4どころか2上がれば伸びるな。
……まあ、そもそも今のおれだとステータスの上限値に引っ掛かりかねないんだけどな。
というか、原作ゲーム内には実は今のおれの職業であるロード(第七皇子)って職業は存在しない(ゲーム内で最初から上級のロード:ゼノで登場する関係で使われないからデータが無い)から正確な事は言えないが、職業で固有成長率は変わらない事から見て、そろそろいくつかのステータスがカンストしてるんじゃ無かろうか。カンストしてたらステータス上昇も何もないな。
10年の素振り修業がレベルアップによるステータス上昇に効果で負けるのだ。こんなもん誤差だ誤差。
どんな修練による鍛えられた技も、レベルによるステータス差を覆すことは基本厳しい。同ステータスから10年素振り修練した人間となにもしなかった人間とならそりゃ前者の方が強いが、それよりレベルとステータス高いだけの人間の方がより強い。
ついでに言えば、素振りしても取り込んで体内を巡る魔力量の域値であるレベルはほぼ上がらないし、どれだけ修業しても上がるステータスは50までだ。
50越えた先は人を越えた超人類の域だからもう上がらない。
そしておれのステータスは当に魔法関連と能動的に上げられるものではない幸運を除いて50に到達している。幸運?あれはドーピングアイテムも無い、正真正銘持って生まれたものだけで勝負するステータスだ。お守りなどのアイテムで一時底上げは出来るけどな。
そしておれの幸運は割と人並みの数値。低くはないが高くない。
……ま、そこら辺は良いか。
そもそも、改めて考えると、この時点で人間止めてんなおれ。
「アナは良く寝られた?」
「それが……」
と、猫耳フードの少女は、耳を揺らしてちょっとだけ気まずそうに指をくるくると回す。
「アルヴィナちゃんに抱き枕にされて、あんまり……」
「ああ、そうか」
おれは寮でも部屋の外にハンモック吊るして寝てるから夜中はあまり知らないけど、皇帝の要らない配慮のせいで大きなベッドが一つしかないあの寮でも、二人は一緒のベッドだ。
あのサイズで気の知れた場所なら良いとして、見知らぬボロ家で寝泊まりしようと思ったらちょっと不安で抱き締めてしまうのも無理はない。
「……悪い、諦めてくれ」
「それは良いんですけど、不思議な匂いで……」
言われ、おれはあまり良くない鼻であの少女の香りを思い出そうとする。
うん、無理だな。というか、女の子の香りを分かっていたら変態だと思う。
「その辺りはおれには分からないから止めようか」
「そ、そうですね」
慌てたように少女も頷き、自分の肩まで届かないボブの髪を少しだけ握って形の良い鼻に近付ける。
「あはは、自分の匂いが気になって来ちゃいました」
言われ、おれは手にしていた重化の魔法が込められた鉄芯を入れた木刀を子供達がはしゃいでいて少しでこぼこの地面に置き、その手でポケットを探る。
「はい、これ」
そして取り出したのは数枚の小銭。
日本ではアルミニウムと言ったろうか、この世界では軽鉄と呼ばれる軽い金属による貨幣だ。
価値としては大体50枚で1ディンギルで、帝国が発行しているから帝国内でしか使えない。
ディンギルという貨幣単位自体は古くから使われていて大陸でなら大体使える単位だが、その下の細々とした額については、割と国家間でバラバラだ。
寧ろディンギルという単位と貨幣が魔神の脅威が無くなり人間間の思想だの何だのでバラバラの国家に分かれても残っていたのが凄いというか。
「そんなに気になるならお風呂行ってくるか?」
窓に近付き、おれはそう右手に持った硬貨を振ってみせる。
因みに孤児院に風呂はない。水道自体は整備されているから水は出るし温度は魔法を使えば良いんだが、単純に水を貯める浴槽のスペースが無いのだ。
シャワーなら用意できるんだが、それはそれで孤児は10人を越えるのに一人二人しか使えない事になる。そして、全員入れる浴槽は場所を取りすぎる。
場所がないのは、他の家も同じ。結果的に、この辺りの区画の家は大体風呂がなく、代わりにいくつかの大衆浴場が存在し、皆は時折そこを使うわけだな。
当然だが、貴族邸宅や貴族が入る前提の初等部寮には風呂はあるし、毎日のように風呂に入る。が、アイリスは良いと入らないので一日置きにアルヴィナとアナに頼んで放り込んで貰っている。
「いや、わたしだけは悪いです」
「……ボクは良い」
大きく伸びをしながら、眠そうな目をしばたかせ、黒髪の少女が話に割り込んできた。
最早トレードマークな似合っていない男物の帽子は今日も頭の上。寝る時も一人でなければずっと被っている。
恐らくは自分の獣の耳を隠す意図もあるんだろうが……変な匂いって、帽子をずっと被ってるせいなのではなかろうか。
「……ま、おれも行くから」
普段は汗は放っておく(初等部寮で風呂が使える時間は限定されている)んだが、アナを促すためにそうおれは答える。
「……なら、一緒しても良いですか?」
少しだけ申し訳なさそうに目線を下げながら聞く少女に聞くまでもないと返しながらおれは
「竪神、行くか?」
と、横で瞑想している少年にそう問いかけたのだった。
「あれ、ライオさん?もう起きてたんですか?」
「おれが素振り始めて1500回くらいのところで来て、さっきからずっと瞑想してたぞ」
瞑想に意味は……多分あるのだろう。静かにリズムよく左手の白石が明滅している辺り、レリックハートとの同調をしているって感じだろうか。
「そうなんですか?」
「本来は少し剣を振りたかったものの、私の剣は、どうにも朝には向かない」
閉じていた眼を開き、座禅のように足を組んでいた状況から器用に立ち上がりつつ、青い髪の少年が付け加える。
「え?」
『セットアップ!』
その答えを返すように、レリックハート……竪神貞蔵の魂がシステムボイスのように音を出した。
「私の武器はこの国では珍しいだろう特殊剣、エンジンブレードと呼ばれる武器で」
ずっと膝の上に置いていた幅広で鍔が異様に大きな剣を握り、少年は窓に刀身全体が見えるようにその薄緑に輝く剣を持ち直す。
「こうして五月蝿いんだ」
低音を静かに響かせる剣を見せて、少年は苦笑した。
「本来だったらおれも少し手合わせとか頼みたかったんだが……」
『デンジャー!』
「多分この辺りでやったら皆起きる音が出ると思って自重した」
「へー、音が出る武器なんですね」
少しだけ興味を引かれたのか、じっとその剣を見つめながら、少女は呟いた。
まあ、エンジンブレードはその名の通り、魔力エンジン積んだような剣だ。恐らくだが、この世界ではE-C-B-StV=ⅥS【|EX-caliburn】と呼ばれていたあの青い結晶の剣もエンジンブレードの一瞬として扱われているのだろう。
カートリッジに溜め込んだ魔力……MPとは別にENという独自ゲージで管理されるそれを使ってさまざまな事が出来る武器で、扱いは難しいが強い。
例えば、あのエクスカリバーもやっていたが、ENを消費して武器なのにバリアを張ったり、ENを放出して広範囲を凪ぎ払ったり。
普通の武器と違って壊れなくてもEN切れたりという煩雑さもあるけど、武器枠で防御力上げられる時点で強いに決まっている。
そして、そうやって魔力を使う武器だから、相応に仕込まれた小型魔力炉の音がするんだよな。
因にだが、亜種としてガンブレードと呼ばれるENカートリッジではなく最初からENを弾丸式にしたものもある。リボルバー回すことで弾丸を選べるようにしていたり、決まった順番でしか使えないが総弾数を増やしたマガジン式等があったはずだ。
此方は、ENじゃない分咄嗟にENでバリア展開したりは出来ないが、弾丸を撃てば相応の効果が出るので扱いやすい。具体的に言えば誰でも使えて一発の火力は高いが継戦力に欠ける。そしてトリガーを引いて魔力弾を激発する関係で銃声のようなものが響いて更に五月蝿い。
だから、流石に孤児院で皆が寝てる前の庭で手合わせしてくれとはとても言えなかった。
って、今はエンジンブレードの雑学は良いか。
「竪神、どうする?」
「すまないが私も同席させてくれ……と言いたいが」
と、少年は鋼と魂で出来た左手をおれの目の前に翳す。
「その浴場は、こうした鋼を持ち込んでも大丈夫だろうか。
この国ではこうした義手義足はあまり無いようだが」
「亜人が許されてるから関係ないんじゃないか?」
「そうか。ならば私も同席させて貰おう」




