青き鬣、或いは竪神
ガギィィンッ!
鋼と鋼の噛み合う音が響き……
っ!重い!
だが!
押しきられて、たまるかよぉっ!
狙われているのはアイリスだ。ゴーレムと本人にダメージのリンクなんかはない。壊されても最悪問題はないのだ。だからおれも、気にせず攻撃の演技が出来ているし、ゲームでも唯一倒されても何事もなく次も出撃できる。
それでもだ!ダメージなんて無くても、今アイリスはあのゴーレムを通して世界を見ている。
ならば!その妹を守るのが、兄ってものだろう!
「っ!はぁぁあっ!」
両の腕で握った剣から右手を離す。
瞬時、振り下ろされる剣と競り合う剣を握る左腕への負荷が爆発し……
カッ!と瞬く光。影から飛び出したシロノワールが、目眩ましにお得意の発光してくれたのだ。
おれは何となく予想していた為耐えられるが、予期せぬ光を眼に浴びた少年は面食らう。
お陰で集中力が途切れ、押し込もうとする剣の力が緩み……
「止めろって!言ってんだ!」
青い光を、エナジーを迸らせる鉄剣をその右拳でぶん殴り!刀身を滑らせてずらす!
前世?でだって、VRゲームで斬られた場所が痛む気がするとか、そんなリアリティのある映像を見たことで脳が痛みを感じた気がするとかの問題があった気がするし、何より怪我しなくても映像でも自分が斬られるのは怖いだろう。
そんなこと!させるかよ!
ドゴンッ!と鈍い音と共に、ギリギリで逸らしきれたエンジンブレードが地面へとめり込む。
「くっ!罠か!」
「……いや違うけど」
「お前達、グルだったのか!だが、私達は!」
「………………」
あ、更に勘違いされている。
「違うっ!」
エンジンブレードのバースト状態、つまり魔力を噴出している状態を殴り飛ばしたせいでズタズタに裂けた手袋、その下の細かな傷が無数に出来た右手をぶんぶんと振って、いや待てアピール。
「アイリス」
こくりと頷くと、小さなアイアンゴーレムはその2対の腕の片割れ……背面への攻撃をカバーする為に用意された隠し腕で羽交い締め(痛くないように腕の裏にはクッションが貼り付けてある)していた狐少女をひょい、と離して腕を畳み、バックパックへと変形させる。
それを見つつ、おれはフルフェイスヘルメットを取った。
「……っ!」
構える青毛の少年に、歪んだ顔で笑いかける。
「……話、聞いて」
ひょいとゴーレムの脇から魔法を解いて姿を現し、何時もの帽子を被ったアルヴィナも参加。
「おれはゼノ。こっちのゴーレムは妹のアイリス
そしてこの帽子の子は敵の声を担当してくれてるアルヴィナ。狐耳の子はヒロイン役のアステールちゃん」
「妹?声?役?」
茶色の鋭い目をぱちぱちとしばたかせ、混乱する少年におれは刀身の半ばまでひび割れた剣を地面に置いて続けた。
「あ、すまない忘れていた。このカラスはヤタガラスのシロノワール、家がごたごたしているから預かっているアルヴィナのペット?だ」
忘れんなとばかりに、カラスが袖を噛む。
「そして、何か勘違いされてるようだけど……魔神族が少女を襲ってる現場じゃなく、単なる劇の練習だ、さっきのは」
「練、習?」
口の中で転がすように、少年は一人呟いて……
「つまり、お芝居?」
「ほら、あるだろ最近人気の英雄伝説小説、魔神剣帝スカーレットゼノンって奴。
そいつの劇の練習」
「全部、お芝居で……」
一瞬の間。
「すいませんっしたぁぁぁぁっ!!」
ザ・DOGEZA。
綺麗なフォームだな、なんて、場違いな事を思う。
それくらいスムーズに、少年はジャンピング土下座をかました。
ところで、何でこいつは空中で土下座体勢を取ってるんだ。いや別に良いんだけど。
「私はつい、私達のように、復活した魔神がまた悲劇を起こそうとしているのかと!
よもや、単なる芝居とは、誠に申し訳無い!」
平身低頭。少年が頭を地面に擦る。
粗末な旅服もまた、細かな土にまみれ……あんまり見てて気持ちいいものじゃないなこれ。
『ベリー!ソーリー!』
と、音声でも謝罪が飛んでくる。
そういえば、頼勇の父ってレリックハートという石になってこうして彼の左手に合体しているんだったな。原作ではもうちょっと流暢に話していた筈なんだが、今はまだ音声出力調整が上手くいっていないのかカタコトだ。
「すまない!」
「いや良いって、誰も大怪我してないしさ。
笑い話で済むよ」
「それで済まない」
アルヴィナの言葉と共に、右手を挟み込むふかふかの感覚。
二本の尻尾で、アステールが挟んだのだ。
……いや、それに何の意味が?と言いたいが、まあ好きにさせておこうか。
「大丈夫だって。ちょっと火傷したような程度だよ」
「……本当にすまない。
私達みたいな人間を出すまいとして、もっと悲しい悲劇を産むところだった」
「良いって。今回はそんな悲劇にはならなかったんだ。
後悔するより、次は無いようにしようぜ」
「すまない、有り難う」
呟く少年に、立てるよな、とおれは怪我してない方の(この二週間で漸く左腕はクラッシュボーン入りソーセージを脱した。骨はまだ治りきってなくて脆いが)左手を、少年に差し出す。
「それより、君の事を聞かせてくれないか」
「ああ」
素直に、少年は右の人間の手でおれの手を取って立ち上がるとうなずきを返す。
まあ、おれ自身は割と彼が誰なのか知ってるんだが、それでもだ。
周りは知らないし、おれも……何か原作と違ったらそこは知らない事になるし、何より、おれ自身年単位であのゲーム周回してた記憶から知識にはそこそこ自信があるとはいえ、RTA中はシナリオなんて全部早送りスキップだし、ゲーム外、つまり小説版だの漫画版だの続編だのは全く知らない。
その辺りの情報と照らし合わせられないというか……。エッケハルトも群青のマグメル(仮)とされてた続編については仮タイトルまでしか知らないらしいから本気で何も分からない。
原作知ってるから、で何も聞かなければ足元を掬われる。
というか、原作通りだなとガイスト関係をスルーしかけたしな最近!
「私はライオ。竪神頼勇。そして、この左手に居るのが父の竪神貞蔵」
「ライオにテグラか。その名前、さては南方のワカツと言ったか?あそこの出か」
「ああ、私達は倭克の国の出だ
向こうではそこそこ大きな機工会をやっていたんだが……」
帝国の南、倭克の国はこんな国名と日本風の人の名前しておいて、和風要素はほぼ無い。サムライだのニンジャだのは居ないし、スチームパンクというかサイバーパンクというか、アルケミックパンクと呼ばれる錬金術系列の魔法が盛んな国だ。
つまり、ゴーレムを作ったりする魔法が発達し、国民も大体それに都合の良い属性持ちが集まった鉄と火と時折水の国。
和風要素は師匠の出身である西の国だな。向こうはおれ達に近い名前してるけど。
「そんなある日、私達の前に一人の男が現れた。
名をナラシンハ。私達は為す術も無く地面に転がされ、父は……目の前で食われた」
「……そうか」
「父の脳、そして魂。それらから必死にサルベージしたデータの塊が、このレリックハート。
私自身と繋げることで生きているから、外せば二人とも死ぬ事になるが……それでも、左腕を食われた私と父が生きていくにはこれしか無かった」
原作でもしてくれた説明を、跳ねた青髪の少年はしてくれる。
「……大変」
「でもー、ステラ達を襲ったのはなんでー?」
「ナラシンハと名乗ったその魔神は、四本の腕を持っていた男だった。
妹さん?を見て、四本腕だから奴かその兄弟かと思ってしまったんだ。
本当に申し訳無い!」
もう一度頭を下げ、同年代の少年が謝罪を繰り返す。
「いや、おれは別に良いんだけど、狙われたのはアイリスだしな。
アイリス、許してくれるか?」
「……お兄ちゃん」
ここ半年ちょっとで声まで伝えられるようになったゴーレムから、妹の声がする。
「怪我したのはお兄ちゃん」
「すまんっ!」
「お兄ちゃんが許すなら、どうでも良い」
「いや、おれは事故なら仕方ないと最初から別に怒ってないが」
寧ろ、そのお陰でこのタイミングで彼と遭遇できた事を感謝してるくらいだ。
原作だとどうしても出てくるのが遅いキャラだが、機神が使え、魔神王復活が実際に起こりリリーナが聖女認定を受ける以前からずっと魔神の復活を信じて戦っているという設定もあって、もっと早くから出会えていれば、協力出来たろうにという思いはゲームの時からあった。
そしてこうして会えたのだ。怒ることなんて何もない。右手の怪我?妹やアステールやアルヴィナが怪我してたら兎も角、おれ自身なら必要経費として割り切れる。
「いや、すまなかった」
「何だ、怪我の分何かくれるのか?」
冗談めかして、そうおれは聞いてみる。
「本来そうすべきなのは分かっている。
分かってはいるから待って欲しい。今の私には持ち合わせがなくて……」
「じゃ、家に来い。っても孤児院だけどな」
「重ね重ねすまない!
君も私達と同じような苦しみを持っているだろうに」
ちらり、とゴーレムを見て一言呟く少年。
「いや全く?」
「だが、君の妹さんは……」
「単なる遠隔操作だ。死んだ妹の魂をゴーレムに宿らせたとかじゃない」
原作でも、物事をシリアスに捉えすぎる奴だったなそういえば、と思い出す。
「そもそも、良いのだろうか。
君が良いと言ってくれても、孤児院の側は……」
「ん?普通に食費出してくれれば良いぞ?スペースは空いてるし」
「いや、責任者が」
「どうも、最高責任者です」
「……へ?」
目をぱちくりさせるライオ。
「おれは別に孤児じゃないからな」
「そうなのか」
「ステラのおーじさまなんだよー。そしてー、未来のだんなさまー」
と、アステールがニコニコと付け加える。
「後者は違う」
「もうだんなさま?」
「逆だ、アステールちゃん。旦那様になることはない」
「……えっと、つまり?」
事態についていけず、左手で髪を掻く少年。
「孤児ではなくて、どう考えても可笑しいが、私より年下の妹さんが死んでなくてゴーレムを操っていて?
いや、君は一体」
「皇子」
ぽつり、と呟くのはアルヴィナ。
「たった一人のお兄ちゃん」
と、間違ったことを言うのはアイリス。なあアイリス?あと6人の兄は何処へ行ったんだ。
「未来のきょーこー」
なりません。嘘はいけないぞアステール。
忌み子が教皇になった日には終わるぞ聖教国。
「王子様?
そこの子以外にとっても?」
「というか、こう名乗ろうか。
いや、帝国内だと有名なんで名前だけで通じるんだが……
帝国第七皇子だ」
「ガチの皇族!?」
『エラー!』
おい、大丈夫かお前の親父。エラー吐いたぞ。




