練習、或いは襲来
そして、あの日から2週間が経った。
その間、ガイストと会うことはなく。
孤児院の皆からは2週間もかかるのかよ!と言われたが、そもそも本家劇団の劇を見ようとしたら1ヶ月後だからその三倍掛かるんだぞと言ったら納得してくれた。
……という訳でもなく、皇子なのに!と散々ゴネられた。
いや、確かに端から見れば皇子って権力で何でも出来そうに見えるし、実際おれ一人なら劇でも何でも席を捩じ込むのはそこまで難しい話ではない。
皇子ですら積極的に見たがるという評判が立ち向こうにも相応の利があるから話は通しやすいしな。
……だが、それはおれ一人での話だ。言っては悪いが、あの孤児院の子供達は御世辞にも育ちが良いとは言えない。
寧ろ悪ガキと言うべきだろう。おれがちゃんと面倒見ろよと買った犬のフン問題でクレームが来たのも耳に新しいし、外でボール遊びしていたのがやりすぎで屋台の鍋に突っ込んだのも1週間前の話だ。
アナは大人しいが、他も大人しいわけではない。そして、あいつらおれを舐めてるのかあんまり言うことを聞かない。
いや、元気なのは良いことで、舐めるなとは言わないが……
そして何より、家の孤児は亜人獣人が多い。そして、この国でもやはり彼等への蔑視はあるのだ。
故に、公開1ヶ月、貴族子弟が多く見に来る時期は亜人獣人御断りが劇の原則。それら全てを曲げてまで彼等を連れていき、問題が起きた日にはおれが責任取れる範囲ではない。
なので文句言われながら、何でもモチーフらしいおれが、代わりに劇をやるよという話が完成してしまったという訳。
因にだが、何か睨んでくるのでヴィルジニーも誘ったのだが、絶対にやらないときっぱり断られた。エッケハルトはアナがわたし裏方頑張りますと言ったせいか、なら出ないと断った。
クロエは……ヴィルジニーの横でこいつバカ?と無言で見てきたので聞いてない。
そんなこんなで今日も……皆が寝静まり、人気の消えた劇座等が入った大通り……昼間はおひねりで生活する大道芸人や、後はこの通りの奥の王城に隣接した建物がギルドであるが故にギルドに向かう人員に臨時で声を掛けられないかと冒険者も屯する人の坩堝、通称人市通りで、劇の練習をする。
初等部塔ではない理由は簡単だ。劇の練習で夜に爆発とか起こします、が通る訳無い。
同様の理由ではないが、当日使わせて貰う劇座も使えない。鍵を借りて使わせて貰う訳にも行かないからな。誰かが見てないといけない。
折角帰れるタイミングから、子供数人の練習の為に残らされるのは酷だろう。
結果、こうして開けた大通りで練習してるという訳だ。
それ自体は問題ではない。実際……
「おお~ジュリア~!」
こうして、声劇の練習の声がBGMになっているように、他にも練習している者達が居る。
おれにはあまり関係はないのだが、ここの夜は練習する者達の場なのだ。帰りの劇座長等の眼に止まりスカウトされる事を夢見て、今日も練習する者達が居る。
ま、おれをスカウトされても困るんだが……って、ないな。声優そのままの声は兎も角演技が大根過ぎる
「アイリス、用意は良いか?」
思考を切り上げ、一息で意識を集中。
所在無さげに佇む悪魔の姿をしたゴーレムに、そうおれは声を掛けた。
今回の劇の敵役はアイリスのゴーレムだ。
元々は、ボクがやるとアルヴィナが敵役を買って出てくれたのだが……練習中に大問題が発覚した。
そう、おれの演技がド下手だったのである。
元々、お前の刃は心を映すと師匠に言われていたように、おれの振るう剣はとても素直……らしい。解りやす過ぎて対処が楽だ、と。
そう、アルヴィナ相手にどれだけ剣を振っても演技臭さが抜けなかったのだ。剣が弾かれる演技は急制動が速すぎるし、迷いから狙いがブレブレ。アナからすら言いにくそうに苦言を呈されるほど、おれの殺陣は殺気が無かった……らしい。
おれ自身は、当てる一寸前まで本気で剣を振りつつ寸止めしてる気になっていたのだが……
どうにも、横から見たらアルヴィナを傷付けまいとする余り、へなちょこ猫パンチソードになってたのだと言う。
……その事におれは一晩悩み、そして……
それに対する解決法を編み出した。
そう、それが今からの劇の練習。
相手をアイリスに用意して貰ったアイアンゴーレムにする作戦である。
本気で剣を振るっても弾かれ、振りかぶられた拳が当たれば骨折くらいする相手に対してなら、迫真の演技がおれでも出来ようというもの。
我ながらかなりの名案だと思う。何故か、アナにもエッケハルトにも苦笑いされたんだが。
兎に角、敵をアイリスの操る小型のアイアンゴーレム(声はやりたがってたのでアルヴィナが当てている。cv:リリーナ・アルヴィナって奴だな)にして以来、おれの演技は……何とか子供達に見せられるレベルに向上した。
そして、明日を……交渉に応じてくれた劇座の週に一度の休みの日を子供達への公演の日として控えた夜、おれはこうして最後の練習に勤しむ。
「行くぞ!相棒!」
『カァァーッ!』
おれ(ゼノン)の声に合わせ、相棒たる魔神烏が一声鳴く。
そして、そのまま翼を広げて輝くと……カラスは右手の甲を覆う鳥型のガントレットに変化した。
……という設定である。実際は演技派のカラスが八咫烏の面目とばかりに光り輝いている間に、腰のポーチに隠していたガントレットを装着し、それを確認したシロノワールに照明担当のアナが上手く空の照明を操ることでおれの影を被せ、そのまま影に消えることでガントレットに変わったように見せるだけだ。
今は本番ではなく、屋外のため照明もなく、普通にカラスは地面へと降りて影に消えていった。
あのカラス、意外にも乗り気で演技を助けてくれる。案外気の良いカラスなのだろう。
魔神王だ何だと疑っていた自分が恥ずかしい。台詞が割と落ち着いた感じの魔神王テネーブルがこんな子供向けの劇の役をやってくれるとは思えないのにな。
「我!魔神の元!剣の切り札とならん!」
前口上を言いつつ、スライドして嘴を展開。
胸元からエースとスペードの意匠が合体した(エースは逆向きだからターンエーと言うべきか)エンブレムを取り出してセットする。
『エィスッ!』
響く電子音。鳥の目が、赤く光る。
……何故、おれが使えないと前に言っていたガントレットを使えるのか。
その答えは一つ。そもそもこれはガントレットではなく、アイリスのゴーレムだからだ。
おれは魔法が使えない。だからこうして、ゴーレムを腕にくっ付けてその場で声を出して貰う事で対応する。
幾らアイリスであれ、複数のゴーレムは同時に扱えない。よって、此方のゴーレムを操る間は敵役のゴーレムは動かせない。
だが、それで良い。これはお芝居なのだから。
「変身ッ!」
おれはガントレットの嘴を閉め、思いっきり上へと手を突き上げる。
同時、周囲で起こる爆発を幻視する。
本番では起こるはずのそれを想定しながらおれは地を蹴って後方に飛ぶ。
爆発は火や雷属性の魔法だ。水/天のアナにも、影/天のアルヴィナにも使えない。
そして……火のエッケハルトは手を貸してくれず、火/風/雷らしいアステールはというと……
「きゃー、たすけてー」
そう。ヒロイン役である。流石に、舞台の上で囚われのヒロインをやりつつ魔法を唱えて爆発起こす演出をこなすのは無理がある。
同様の理由でアイリスも却下。鉄属性は火と土に絡むから火属性は持ってるし、何なら爆発も割と得意らしいが、ゴーレム操作と同時には出来ない。
その為、快く(何でも、座長が半年前に見かけて助けた仔猫が川に落ちたのを泣いてた子供の親だったらしい)舞台を貸してくれた劇座の人が爆発をやってくれる事になっている。
そそくさと物陰に隠れ(本番では舞台の奈落に落ちて)、予め持ってきていたヒーロー味のあるスーツに袖を通す。
何というか、バイクに乗らないことに定評のあるライダーを思わせるようなスーツ。色は赤と黒に差しで銀。
最後にマントを翻らせてからフルフェイスの兜を被り、マントの端を兜の飾りに引っ掛けて固定。
アイリスが流してくれる変身音が途切れる瞬間、本来は奈落から飛び出すから一度飛び上がって、5m程前の、最初の位置に着地。
入れ替わりを隠す今一度の爆発を幻視しつつ変身完了時のポーズを取り……叫ぶ。
「魔神剣帝スカーレットゼノン!地獄より還りて、剣を取るッ!」
握るのは木……だと折れてしまうので金属を利用したナマクラ。重いが、攻撃力は低く必殺補正がマイナスになっている手加減用の武器に装飾を施した、轟火の剣の形をしたニセモノだ。
それをゴーレムに突き付け、おれは呟いた。
「さあ、革命を起こそうか、相棒」
そして剣を振りかぶり……アイリスのゴーレムなら大丈夫という確信を込めて、あえて装甲の表面を狙い……叩きつけるっ!
数合の打ち合い。
当然ながら劇だ。簡単に勝っては面白くない。接戦にして激戦を演じた方が、余程良い。
だから此処で、露骨に悪魔なゴーレムは仕掛ける。
「……ぐははー!良いのかー」
割と機嫌良さげなアルヴィナの声で、悪魔は喋る。
因に当人は影魔法で姿を隠してずっとゴーレムの側に立っているのだが……居る場所分かっててもおれにはとてもそこにアルヴィナが居るように見えない。
影魔法、恐るべし。
但し、息遣いは聞こえるし気配はあるし、触れれば触れられるので同じ魔法を使われても不意は打たれない程度ではある。
ただ、近付かないと分からないし、視覚情報は完全に騙せている。子供達もきっと気が付かないだろう。
「この娘がどうなっても良いというのか?
薄情な。所詮は、魔神のなり損ない」
「何をっ!」
悔しげに、そう返してみせる。
これも演技だが……自分が魔神へ半端に先祖返りしていると聞いていると、演技にも心がこもるというものだ。
「……お前が魔神だというならば、このままボクごと殺すが良い」
「おれは、人だ!」
「……人が、少女ごとボクを殺そうというのか」
「……ぐっ」
仮面の下は見えない。だが、唇を噛んで。
「ゼノンさまー!助けてー!」
ノリノリだなこの狐娘。
この先のストーリーは……一度、剣を……
おれがなまくらを投げ捨てようとした、その瞬間。
「待てっ!人を食らい、悲しみを振り撒く外道魔神!」
そんな声が、響き渡った。
「その外道、七大天が見逃そうが……この眼がしかと見ているぞ!」
……は?
響く変な少年の声に、思わず演技を忘れておれは棒立ちする。
「父さん!力を!」
『ライオ、オーケイ?』
響くのは、ガントレットを通して聞こえるアイリスの声のような電子音の混ざった男の声。
「当然」
『アーユーレディ?』
「……出来てるよ」
「『レリックハート、スタン、バイ!』」
二つの声が重なりあう。
レリックハート?そしてライオ?
ってあいつか!
いや待て、待て待て待て!?
『エンジンバースト!ゴゴッGo!』
「バスターストライク!」
その瞬間、屋根の上から飛び降りてくる影。
その肩には、青い光を蓄えた剣の姿があって……
「いやだから待てよ!?」
ギリギリで思考が追い付いたおれの手が漸く動き、アイリスのゴーレムに届く寸前、その剣を横凪に絡め取った。




