魔法、或いはアンデッド
「やっぱり魔法書なんだが……」
店頭に並ぶのは、豪奢な刺繍の入った数冊の書物。
高い魔法書は、それだけ装丁も凝ったものが多い。
高いから凝ってるだけで凝る必要性は無いんだが、やっぱり武器でもなんでも、美しさだって欲しくはなるんだろう。
原作ゼノも、月花迅雷が綺麗ってのがフィギュア化の際に考慮されてたっぽいし……
いや、割と女性人気はあったらしいけどさ。
男性キャラ内での男性人気?頼勇最強に決まってるだろ、あいつ片腕機械のロボ使いだぞ。人気で勝てるわけがない。
「七天の息吹は……流石に無いか」
あったとして、此処で店頭に並べてたらギャグだろうが。
「皇子さま、すごい名前ですけど、高いんですか?」
眼鏡を外し、此方を見上げるように聞いてくる銀の少女に、おれはそりゃなと頷いた。
「高いよ。世界で一番高い魔法とも言われてる」
「そんなに高いんですか?」
「ステラが買ってあげよーか?」
「いや、相場10000ディンギルくらいするから冗談だよ」
「い、いちまん……」
ポカーンと少女が口を開ける。
「みんなが……何年生きていけるんでしょう……」
「因みに孤児院が10年持たない程度だ。
普通の家庭なら200ディンギルあれば一年生きていけるってくらいだけど、子供多いとどうしてもな……」
独り暮らしの庶民ならもう働かなくても良い額だ。というか、庶民の生涯年収とそう変わらない。
「それ、どんな魔法なんですか?」
「最強無敵の回復魔法だよ。
対象を、万全の状態に回帰する魔法。どんな怪我だろうが、致命傷だろうが、病気や呪詛すらも消し飛ばす究極の魔法」
「死ぬ前なら、死すらも何とか出来るって優れものなんだよなー、ゼノ」
「そうだな」
これはゲームでの話になるが、七天の息吹は詠唱カウント式の魔法だ。
詠唱カウント式とは、あのゲームの高位の魔法にありがちなシステムで、そのキャラクターが魔法を詠唱し始めた後、特定カウントが経過したタイミングで詠唱が完了し効果が発動するという形式。
カウントは、どんな行動でも良いから誰かが行動権を使う(攻撃行動を行う、待機する、アイテムを使用する等の)行動を行う度に進んでいく。
これはどんなキャラでも同じ(敵でも味方でも関係無い)なので、カウントを調整すれば敵にターンを回した後、すし詰めになっている敵の後ろの方が動けなくて待機したところで前に詰まってる敵を行動する前に攻撃して倒すことで安全にターンを返したり、敵のボスが行動した直後に盾役を置き回復したりと色々出来る便利なものだ。
その分、即効性は無いのが欠点なんだが、そこは低位の即効性のある魔法との使い分けだな。まあ、おれにはどっちも使えないんだが。
そして、七天の息吹は……その置き回復魔法でも最強のもの。唯一『HP0では効果を発揮しない』という他の回復魔法には全て付けられているフラグが無い(恐らくはバグではなく意図的な欠落)為、効果が発動した時点でHP0でも関係なくデバフ0かつ全ステータスにバフ、状態異常無効(1回)、HPMP初期値の状態に戻り、HP0による死亡がキャンセル出来る。
これは、カウント0の魔法が発動する判定→HP0によるマップからのキャラ削除判定の処理順だから起きる挙動で、応用的に、敵の攻撃でHP0になったデコイゴーレムにそのままそのタイミングで飛んでくるカウント0攻撃もHP0のまま吸わせるとかのテクニックもあった。
因みにおれは……RTAでカウントアクションのヴォイドブレスと敵ボスであるニーラ(ゴリラ形態)の攻撃をどちらもデコイゴーレムで受けようとカウント調整し、盛大にガバった覚えがある。
カウント3だからニーラの前に雑魚二体に行動して貰わなきゃ困るのに、残していた二体の雑魚のうち一体葬ってしまったんだよなアレ。
おのれゼノ(原作)。3%の必殺引きやがってリセットだリセット、したなあの時は。
閑話休題。
「じゃあ、それさえあれば、皇子さまも……」
「アナ」
そんな少女の肩に、おれはまさしく手を置く。
「おれを殺したいにしても、勿体ないから止めような」
「……はい」
唇を噛んで、少女はうなずきを返した。
因みにゲームでおれに向けて七天の息吹を使った場合、HPが1になって7つのデバフが付く。即死しないだけマシだけど実質即死だ。
デバフは【衰弱】、【朦朧】、ランダムに5つ。おれが見た中で一番酷いのは……誰かの撮ったあの写真だな。
【衰弱】
【朦朧】
【死の宣告】
【死神の刻印零】
【死神の刻印】
【死神の刻印Ⅱ】
【死神の刻印Ⅲ】
ってどんだけ死神憑いてるんだ。0ターン後と1ターン後と2ターン後と3ターン後と行動後に死神に殺されるぞこいつ。
まああれは衝撃重視のネタ画像として、現実的には……毒だの火傷だの炎上だのを引くから基本的にターン終わりにスリップで死ぬ。
いや、ゲームではわざわざ全部回収して7回しか使用回数が無い七天の息吹を1回無駄撃ちしてまでおれを謀殺する意味がないんで小ネタだがこれ。
そんなんしなくても、何も持たせず突っ立たせておけば殺せるからな。
……この世界では誰かがぶっぱなしてくる可能性は0ではない。気を付けるべきな気がする。
というか、全回復魔法で死ぬってアンデッドかよおれ。
って、そんな事に想いを馳せている場合じゃない。
「ほら、アナ」
ポケットに包帯まみれの手を突っ込み、少しつっかえながら脇のポケットから小さな布を取り出す。
「血が出てる」
そうして、唇に小さな血球が見える少女に、それを手渡した。
「あっ……ご、ごめんなさい、つい……」
「……何かあったの?」
「わたしは、皇子さまに何も出来ないんだって思うと、つい……」
申し訳なさげに顔を伏せるアナ。
「そーだよねー
ステラなら、お金や地位で役に立てるのにねー」
その背に投げられるのも、中々に酷い言葉。
……いや、一つだけ聞きたいんだが、なんでこんなにアナを目の敵にしてるんだアステール。
「……でも!皇子さまがこんなに怪我をするようになったのは!あなたの……」
そうして、少女は瞳を揺らして言い澱む。
「それは、わたしも……」
恐らくは、アイアンゴーレム事件などを思い出したのだろう。
……何も気にすることはないのにな。
「アナ。あれの誰が悪かったか、分かるか?
おれだ。弱いおれが、全て悪い」
出来る限り歪まない笑顔で、おれは優しく諭す。
アガートラーム相手に手も足も出なかったのが悪いというのはちょっと理不尽な気もするが、それでもだ。
「皇子さま、皇子さまがそんなだから……わたしは……」
「嫌いになった?」
「そんなわけ……ううっ」
少しその瞳に涙が浮かぶ。
「変なこと言ってごめんな」
おれは、その瞳の涙を手にしたハンカチで軽く拭い……
「あ、邪魔しました」
こいつらどっか行かないかなという目をした店員におれは気が付き。
「じゃあこれ下さい」
フォローするようにそそくさとそれっぽく、エッケハルトが魔法書を買っていったのだった。
「悪い」
「悪いと思うなら代金払ってくれ」
「いやそれは当然だろ」




