転生初日、或いは乙女ゲーム
「……理解るな、お前は弱い」
眼を開いた時、見えたのはただ蒼き焔だけであった。
おれの肩を冷たい石床に抑え込み言葉を紡ぐのは年齢自体40行ってないが20代後半に見える一人の若作りな男。その手に携えた人の手には余る大きさ……刃渡り1.2mを誇る赤金の大剣は、それそのものが煌々と燃えている。
ちょっと待て、また此処からなのかよ!?なんて、意味もなく思う。
自分自身の小さな体は、最早火傷と痛みそして何より精神的な傷でぴくりとすら動かなかった。
蒼炎の中に佇む銀髪の巨漢。炎の中に沈む幼い子供。
ああ、良く覚えている。それはRTAを走るほどのめり込んだっていうか、それしかやるゲームが無かったゲームのCGの一枚だから。
「だがな、己とて幼い頃は期待などされていなかった。それが、結果的に皇帝だ」
焦燥は収まらず、喉を炎に焼かれ、意識が薄れてゆく。
「全く、忌み子とは度し難い。脅しの炎にすら焼かれるのか」
言いつつ、肩から外し男はおれの顔に手を伸ばす。
駄目だ。それは駄目なんだ。
記憶と知識を手繰りそう叫びたくとも、おれの乾ききってひび割れた喉は何ら言葉を紡ぐことは出来ない。
「これも呪いか」
男の指が、優しく揺らめく、本来は傷を癒すためにある筈の蒼い炎がおれの左瞳に触れ……
「あぐぎやぁがぁぁぁぉぁっ!?」
言葉にならない悲鳴と共に迸る鋭い熱と共に、ぼんやりしかけた意識は、一瞬だけ覚醒し即座に拭い去られる。その眼には、鮮やかな蒼い炎だけが焼き付いていた。
次に目覚めたのは、ベッドの上。
全治『無し』。焼け爛れた左目周辺は魔法でも一生治らず火傷痕と共に生きていく。いやおれには回復魔法は効かないが……
その筈だ。あの場面をおれは良く知っていたから。此処はゲームに酷似した世界。そして今のおれは……その序盤お助けキャラ兼攻略対象の一人だから。
「……相変わらず、台無しな顔だな」
磨き上げられた鏡に映る、汚い灰に近い銀髪と血色の目を持つ、左目辺りに父が治療しようとした結果永遠に焼き付いた醜い火傷痕を残す小学校低学年くらいの少年の顔を見て、おれは呟いた。
うん、この顔とさっきの状況で分からないプレイヤーは居ないだろう、滅茶苦茶有名だ。
プレイヤーは七大天と呼ばれる神々に見守られたマギ・ティリス大陸で聖女だと予言された主人公となって王公貴族も通う学園生活を送る、それが第一部。
そして学園卒業後の攻略対象個別ルートこと、予言で復活が告げられた魔神と本格的に戦う第二部があるという感じの乙女ゲーム兼SRPG、それが遥かなる蒼炎の紋章だ。正確にはおれが近所のお姉さんから譲って貰ってひたすらやってた初代が乙女ゲーってだけだけど。
でもあのゲーム、初代時点では売れてなかったらしい。難易度選択は出来たんだけど高難易度が本気でヤバいし、SRPGなんでその気になれば攻略しなかった攻略対象を他の女の子とくっつけられるのもかなり賛否あったっけ?
だが、CGやキャラは……SRPG部分に容量を取られ過ぎて重要イベント以外はパートボイスという部分を除けば豪華で攻略したくなるし良し、という事でそこそこニッチ受けはした。
というか寧ろ乙女ゲーとしては変だがSRPGとして男性側に割と受けた。
結果、SRPGというユニット数が要るシステム上女性キャラも多かった為か新規に異世界から召喚された男の子が主人公のギャルゲー版、そして次世代機で容量足りたからと男女双方に容量の都合で削られたイベントやキャラも追加した完全版が発売された……って、完全版買ったからって初代を譲られる時に聞いた。
更には続編みたいなものの構想もあったらしいが、(仮)の頃に死んだようなので詳細をおれは知らない。
そして、今のおれが誰かというと……ゼノ。それが、今のおれの名前である。
そう考えると、妙にしっくり来た。ゼノをベースに知識が混ざりあったような感覚。おれはおれであり、ゼノとしての自覚もある。
なんでぶっちゃけると幾らでも現状なんておれの記憶なんだから思い出せるんだが、それをやらずにわざとゲーム知識から辿る。
あれだ。ゲーム以外の記憶が結構曖昧で……それこそ名前すら覚えてないニホンの『おれ』の記憶、マジで正しいのか?って裏取りだ。
第七皇子ゼノ。この世界の皇族の常として姓は無い。
ゲーム的に言えば、凍王の槍以降の追加キャラで、完全版で追加された、うちの帝国の隣の聖教国から来るヒロイン……もう一人の聖女編でのみ攻略出来るというちょっと特殊な立ち位置のキャラだ。
忌み子と呼ばれ影のある好青年という感じで人気はあったとか。ただ優遇不遇共に激しくアンチも多い。信者もアンチも過激とは幼馴染の談……いや信者ってなんだ。
「悪役令嬢 (男)……」
呆然とゼノの渾名(蔑称)を呟く。
そう、悪役令嬢 (男)、或いは悪役令息。それがゼノアンチから名付けられたおれ(ゼノ)の通称だ。
何故かもう一人の聖女編ではゼノの好感度初期値と上昇値だけ群を抜いて高いんで、凄い勢いで好感度が高いキャラと起きるイベントの条件を侵食する。
結果、他キャラ攻略の邪魔すぎてもうこいつ何かとヒロインと攻略対象の邪魔してイベントかっさらっていく非実在ネットミーム悪役令嬢だろ、とネットで愚痴られたのが始まり。
おれも悪役令嬢なら一人で罪を背負ってもっとちゃんと破滅しろとアンチ発言して、幼馴染に凄く悲しい眼を向けられた……ような気がする。
「……死ねないよな」
その事を思い出し、おれは一人ごちる。
物語的には、ゼノルートに入らない限りゼノは皇族から追放され辺境防衛に飛ばされるんだが、基本はそこで侵攻してきた敵幹部と戦って死ぬ。そうして破滅するから益々悪役令嬢扱いが捗った。
だが正直な話、そのシナリオ通りに死にたい訳がない。
つまり、おれがやるべき事は、生き残る道を選ぶこと。が、ゼノルートっておれしか幸せにならないから嫌なんだよな……
……本当に大丈夫だろうか。ヒロイン相手に滅茶苦茶好感度面でチョロいぞ、ゲームのゼノ。おれも引っ張られて迷惑かけたりしないよな……?
「やるしかない」
ベッドの上で一人気合いを入れる。
死ぬ理由が分かってるから逃げれば殿なんて務めなくて良いから大丈夫?とっとと皇籍返上して戦わずスローライフ?
いや、仮にも皇家だ。逃げて良い訳があるか。
おれはゼノだ。誰よりも馬鹿馬鹿しく皇子らしくあろうとした攻略対象だ。今はおれの中にあるこの最低限の誇りを捨てて、それで一人生き残るなんて、おれがおれを許せない。
なら、後やるべきは……万が一の時勝てるように何とかして原作ではかなりシナリオ後半で出てくるような味方との縁を早めに深めて協力を頼むとかか?でも、頼れる方の攻略対象のうちおれの兄とは派閥が違うし、推しの竪神頼勇に至っては他国人だし……案外ゲーム開始の10年前にゲーム知識を得たとはいえ上手く縁を築きに行ける相手が居ないな。
それに、やりすぎたらおれの知っているゲームの物語知識が全く役に立たなくなるし、ゲームのルートはかなり多くの人にとって幸せになれる道だ。あまり外れすぎないようにしないとな。ハッピーエンド行けませんじゃ困るのだ。
さて、寝よう。考える時間はまだまだ沢山ある。
火傷が疼き出したので、ぼんやりとした考えは打ち切っておれは意識を闇に沈めた。
早急にやるべきことは……まずは原作より弱いなんて事がないように鍛えることか。鍛えたところでゲーム的に考えれば例え全能力カンストしてても勝てないんだが、鍛えないよりはマシだ。
あと、病弱引きこもりな妹アイリスの見舞い。
案外難題だな!?