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真面目系クズの更生  作者: プルトップ
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Section5.トラウマ

新藤は車両広告を眺めて、ぼーっとしていた。


さっきの笹浦の表情が脳裏に焼き付く。


——————いつもクラスでトラブルがあると真っ先に疑われるのは俺だった。


小学四年生の時に、俺は実の父を病気で亡くした。まだ小学生だったということもあって、父がどんな病気だったかということは分からなかった。だが、深刻な病気であることは、何となくわかっていた。


父は休みの日は必ず外出して、公園や河川敷に行ってキャッチボールやサッカーなどをして、一緒に遊んでくれた父親だった。もしかしたら、もうあの時から俺が知らないだけで、病気だったのかもしれない。


衰弱していく父親を見て、内心もう死んでしまうと思っていた。


父親を亡くした俺は一週間、小学校に行くことができずにいた。


心の傷も癒えぬまま一週間後に学校に行くと、クラスメイトは楽しそうに生活していた。誰も俺が父親を亡くして休んでいたことを知らなかった。どうやら担任の先生の配慮によって、クラスメイトは俺がインフルエンザで休んでいるということを伝えられていたようだ。


父親を亡くしてから専業主婦だった母親は働き始めた。帰宅するといつも家は暗く、テレビを付けて母親の帰りを待っていた。そうして一人の時間が増えていくと、俺は考えるようになった。どうして俺だけこんなに不幸なのだろうかと……


そしてある日、学校の一時限目の授業で「自分の大切なもの」を家から持ってきて発表するということが行われた。自分の前に座っているクラスメイトが父親から買ってもらった野球ボールを紹介していた。その野球ボールについて、そのクラスメイトが楽しそうに父親との思い出を語っている姿を見て、俺は嫉妬していた。


昼休みの時間に、俺はそのクラスメイトが大切にしている野球ボールを自分の机の中に隠した。困った顔を見たら後で返すつもりだった。友達同士が筆記用具を隠して、探して遊ぶのと同じ感覚だった。


外で遊んでいたそのクラスメイトが教室に帰ってきた。そのまま着席して野球ボールが無くなっていることに気づかずに友達と話し始めた。


チャイムが鳴る。

 

教室に先生が入ってきて、授業を始めようとする。それと同時にクラス皆は席に座り、授業の準備をする。


俺は内心、ヤバいと感じ始めた。


授業が始まると当然前に座っているクラスメイトは、机の中にしまっておいたはずの野球ボールがない事に気づく。動揺した様子でそのクラスメイトが先生に野球ボールが無くなってしまったことを伝えると、クラス皆で教室中を探し始めた。しかし、野球ボールは見当たらない。


間違って誰かの持ち物の中に入ってしまったのではないかと、先生は持ち物検査をし始めた。


こんなでかい物が間違って入るはずがない。もし入っているとしたら、それは盗んだとしか言いようがない。


俺は自分の持ち物検査の番が回ってきたときに、まるで偶然あったのではないかという素振りをして、机の中から野球ボールを出した。


クラス皆が冷たい目で俺を見ているのが一瞬で分かった。そこで謝罪していれば……

「悪戯でとってしまいました」と素直に謝れば、その後の学校生活はもう少し良い方向に変わっていたのかもしれない。


だが俺はつい口走ってしまった。


「俺は取ってない。誰かが俺の机の中に入れたんだ」と必死に弁明した。


誰かが自分の机の中に野球ボールを入れるという可能性は、十分に考えられることだった。だが、誰も俺の証言に耳を傾けるものはいなかった。ある者は犯人を見るような目で、そしてある者は憐みの目で俺を見ていた。


後で分かったことだが、俺が父親を亡くして一週間休んでいた間、先生はクラス皆に俺の父親が亡くなったことを伝えていた。先生は俺が普段通りに生活できるようにインフルエンザにかかっていたという体で接して欲しいと頼んでいたのだ。


全ての状況を知っていたら、こんな滑稽な事するはずがない。自分の父親がいないからと言って、他人の父親との思い出の品を奪うなんて。


小学五年生だった俺は他の生徒より論理的に物事が考えられる方だと思っていた。だが、大好きだった父親の死と、孤独感によって人格が歪んでしまったのかもしれない。


それからというものの、小学校を卒業するまで教室内で何か物がなくなったり、学校の備品が壊されたりしていると、クラスメイトはいつも俺のことをチラッと見るようになった。俺は目つきの鋭さと相まって余計に怪しく見られた。俺のクラスでのイメージは完全に優等生からサイコパスに変わってしまっていた。


扱われ次第で人は変わってしまうと言うが、その良い典型例だったのが俺だった。そのころから人の不幸は蜜の味という具合に、人が失敗することに喜びを感じていた。勿論、いつもそうではないが、あの出来事の前よりはそういう風に感じるようになっていた。


そして、中学に上がると俺の母親は今の父親と再婚して、経済的に余裕が出始めた。俺と義父との関係はギクシャクしていたが、仕方のない事だと割り切った。


中学生になってクラスが変わってからは、前科者というレッテルはなくなっていた。だが、確実に俺の性格の根底にはあの出来事が結びついていた。


口数少なく、俺は他人と深く関わろうとしなかった。思春期だったからなのか、それともあの出来事によってまだ、自分を信用してくれる人はいないと思っていたからなのか。どちらにせよ、俺は人と絡むことを極力避けた。


中学の卒業式の後の打ち上げなども行くはずがなかった。


そして、俺を知らない遠い場所の進学校に入学するために、ある程度頑張って勉強して今の高校に入学することができた。


だが、小学五年生から中学三年生まで全く他人と関わろうとしなかったせいで、人間関係は最低限でよいという考え方になっていた。これでは何のために遠い学校に通っているかわからない。恐らく、俺はただ誰かに監視されているという感覚を無くしたかっただけなのかもしれない。


そうして中学のときに二回転か三回転ぐらい性格を捻じ曲げた結果、俺は合理主義の真面目系クズに成り果てた。


あの時から歯車が狂いだした。


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