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真面目系クズの更生  作者: プルトップ
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Section1.頼み事

入学してから二十日間が過ぎて、クラス内では大体の人間関係が構築されていた。ある生徒はスマートフォンで何かをして、そしてある生徒は友達と楽しそうに会話をする。


そして新藤は自分の座席で、濡れてしまった髪の毛を、ハンカチで忙しなく拭いていた。土砂降りの雨にさらされてしまったため、髪の毛はもちろん制服やカバンの中までヒタヒタに濡れていた。


新学期早々、教科書を濡らしてしまった……

朝は少し晴れていて降水確率三十パーセントだったのに、まさか雨が降るとは思はなかった。さすがに雨に濡れながら走って学校まで行くのは恥ずかしい。まるで、冬でも半ズボンを着ている小学生のようだ。


どうせ途中で小雨になるだろうと希望的観測をしたが、学校に着くまで雨の勢いは止まることは無かった。ケチらずにコンビニでビニール傘を買えばよかった。


すると、教室に入ってきた一人の男子が新藤の隣に来た。


「おはよう、新藤君……」

隣から小さな声で挨拶をされたので、振り返ってみると恒崎吉次つねざき よしつぐが立っていた。


相変わらず声が小さい。


恒崎は自分の席に座った。


新藤と恒崎は出会ってから二十日間経っていたが、二人の間には心の距離があった。


未だに友達になれた気がしない。しかしこのぐらい気弱な性格の方が扱いやすい。


「おう恒崎。雨に濡れて大変だった。タオルとか持ってない?」


「ごめん……、持ってない。でも今日は朝から雨だったよね」


「俺の住んでいるところは朝晴れていたけどなあ」


「たしか新藤君って学校から遠いところに住んでいるんだよね。だとしたらこっちとそっちの天気が多少違うのかもね」


なるほど、電車で一時間三十分もある距離だから俺の住んでいるところと、こっちの天気の状態が異なっているのか。面倒だが次からはこっちの天気予報も確認しなければ……


ホームルームのチャイムが鳴る。立ち話をしていた生徒は自分の席に座り始めた。


今日も俺の前の座席はいつも通り空席だった。それにしてもチャイムが鳴ってから座り始めるなんて、進学校という民度の高さを感じる。中学校では開始のチャイムが鳴っても騒がしい生徒が何人かいたが、このクラスではそういった生徒は見かけない。出来立てほやほやのクラスだからなのだろうか。


チャイムが鳴ってしばらくすると、担任である小島学こじま まなぶが教室に入ってきた。

小島はいつ見ても大きな体だ。身長は百九十センチぐらいあるだろう。身長が高いだけでなく、ガッチリとした腕や脚、鋭い目付きによって一層迫力がある。その立ち姿はまるでスパルタクスのようだ。


小島は蒲月高校一年A組の担任をしている数学教師である。数学教師でありながら、体格が良いことから野球部の顧問を行っている。


小島が教室に入るや否や、会話をしていた席が隣同士の生徒立ちは話をやめた。


四月半ばであるが、小島の服装は黒の半そでTシャツに下は紺色のジャージである。体育教師ですら今の時期に半そでは着ない。


小島のいかつい容姿によって、生徒と担任との間には少し距離があった。


入学式の日にこの人が担任の先生ですと言われたときは、流石に驚いた。だが、強面の表情とは裏腹に饒舌で陽気な性格だった。


「おはよう。出席確認をする。今日も、休んでいるのは笹浦だけか……。今日の放課後はそれぞれの委員会の集まりがあるから、遅れないように。部活動はその後に行われる……」


連絡事項を話した後にホームルームが終わるまで、だらだらと話し続ける。たまに生徒にも話しかけてくるが、とても下らない事ばかりだ。


「今日は雨か。でも午後は晴れるらしいぞ…… あれ、新藤お前濡れているなぁ。大丈夫か」


「大丈夫です」


この人は平気で人が気にしていることを言う。


新藤はハンカチで顔を隠しながら前髪を拭くが全く乾かない。


「傘持ってこなかったのか? 職員室にタオルあるから貸してやろうか?」


「あの本当に大丈夫なんで。すぐ乾くので」


「そうか。雨に濡れたぐらいでネガティブになるなよ。人は元気があれば何でもできるからな!」


小島がガッツポーズをしながら笑顔で言うと、教室内からはクスクスと笑い声が聞こえた。


この男は、気にしないということも優しさであることを知らないのだろうか。


チャイムが鳴った。


「それじゃあみんな、次は一時限目の授業頑張っていこう!」


ホームルームが終わり、新藤は次の授業の準備をしようとしていた。その時に新藤は小島に呼び出された。


「新藤、昼休み空いているか?」


「まあ、一応……」


「じゃあ、学級委員長として仕事してもらいたいから昼休みに職員室に来てくれ。昼食食べてからでいいから」


学級委員長としての仕事とは一体何だろうか。この時季に学級委員長に仕事はなかったはずだ。あったとしても六月の体育祭の日ぐらいか。どうせただの雑用だろう。

 


一体、どんな用事なのだろうか。


ノックをして職員室の中に入った。中には何人か教師がいた。


ここが職員室の中か……、扉の外の窓から覗くことしかができなかった職員室に初めて入った。こうやって中に入ってみると意外と広々としている。そして僅かにコーヒーの匂いがする。


新藤は入り口付近から小島を探した。


小島は職員室の一番端の席にいた。


新藤は小島のもとへ恐る恐る近づいた。


小島は『場面緘黙症』という本を真剣な顔で読んでいた。


医学の本のようだ。数学教師のくせにそんな本も読むのか。手が大きすぎて本が小さく見える。


「小島先生、仕事があると言っていましたが何でしょうか?」


小島は本を閉じて明るい口調でこう言った。


「お、来たか。昼休みに呼び出して悪いな。昼食はもう食ったのか?」


「はい食べました」


「何を食べたんだ?」


「学食のうどんを食べました」


「うどんは美味しかったか?」


「まあ普通の味です」


「学校は楽しいか?」


「中学校よりは楽しいと思います」


「そうか……」


この先生は一体何のために俺を呼び出したのだろうか。こんな下らない話をするために、貴重な昼休みを無駄にしたくはない。数学を教えるのが上手だと思っていたが、この先生は俺が思っていた以上にコミュニケーションが下手なのかもしれない。


新藤は本題を切り出そうとした。


「あの小島先生、何のために僕を呼び出したんですか?」


「本題に入る前に学級委員長は何をするのが仕事だと思う?」


新藤は小島から唐突に掴み所のない質問をされて困惑した。


「学級委員長の仕事ですか……、クラスをまとめ、学校行事のサポートをするとかですかね……」


新藤がテキトウに質問に答えた後に、小島はここだと言わんばかりに話し始めた。


「つまり、君はクラスの一人一人の意見を尊重し、学校生活の質を向上させるために、学級委員長になったということだな?」


「え、まあ大体そんな感じです」


新藤は面倒くさくなって小島に話を合わせた。


「そこで学級委員長である新藤に頼みごとがある。新藤の一つ前の席の笹浦一夏を学校に通えるようにサポートしてくれないか?」


笹浦一夏ささうら いちかのことは少し知っている。入学式に一度見ただけで全く学校に来なくなった女子生徒だ。授業が始まる度に「今日も笹浦は休みか」というのが先生たちの決まり文句だから名前を覚えてしまった。休んでいるのは病気か何かが原因だと思っていたが、どうやらただの不登校みたいだ。怪しからん。


だが笹浦が休んでいるおかげで黒板がとても見やすくて助かっている。しかし、古典や世界史などの意味のない授業では、居眠りすることができなくて困っている。


しかし小島の頼み事は明らかに学級委員長の仕事の領域を逸脱している。それに何故、俺がそんなボランティア活動みたいなことをしなければならないのか。


「流石にそれは学級委員長の仕事ではないような気がするのですが……、それに頼むなら副委員長で女子である高向さんの方が適任だと思います」


高向理沙たかむき りさは天然、ポジティブでスポーツ万能というクラスに一人はいそうなタイプの人間だ。噂によるとバレーボールのスポーツ推薦で入学したようだが、なお学力は無い模様。


「もちろん頼んではいるが、高向は放課後部活動で忙しい。それに笹浦の家は学校の駅から近いから、新藤なら帰りの途中で寄れるだろ?」


小島は笹浦についての個人情報が書かれている書類を、机の下のキャビネットから取り出して、新藤に手渡した。


これは一般生徒に見せても良い代物なのだろうかと思いながら、俺はじっくりと笹浦についての情報が記載されている書類を見た。


駅から近いというが、駅の反対側じゃないか。


「しかし、僕にも色々都合というものがあります」


「部活も入っていないだろ。どんな都合があると言うんだ」


帰宅部が暇人であるというのは偏見だ。たしかに部活に入っている生徒に比べれば時間的余裕はあるにせよ、学生の本文は勉強だ。ましてやこの蒲月高校は進学校だ。


「僕は毎日予習と復習で忙しいので」


予習と復習なんか高校に入学してから一度もやったことないけど。


「とりあえず笹浦にプリントを渡して、話をしてきて欲しいんだ。笹浦がどんなことで悩んでいるかを聞き出して欲しい」


「先生が行けばいいじゃないですか」


「俺が行っても親御さんだけしか会ってくれなかったんだ。こういうのは先生じゃなくて同じクラスメイトが行った方が良いんだよ。それに俺は野球部の顧問で忙しいし。頼む!」


小島は格闘家のような風袋で半身と共に頭を下げた。


たしかに、こんな図々しくて図体のでかい男が行ったところで、か弱い女子生徒は怯えて面会してはくれないだろう。


「そう言われましても……」


「そこをなんとかっ!」


逆に俺が悪いことをしているみたいな罪悪感に襲われた。いやいや、ここで了承したらきっと、あのときやらなければと後悔するはずだ。絶対に俺はやらない。


断固拒否する新藤の耳元で小島が口に手を添えて、小さい声でこう言ってきた。


「……じゃあ、プリント渡しに行って一回の訪問で五百円でどうだ。おまけに笹浦を学校に通えるようにしたら、五千円をやる」


「わかりました」


小島は冗談のつもりで言ったようだったが新藤が即答すると、小島は驚いた様子で新藤を見た。


「現金な奴だなあ」


真面目な学級委員長の新藤がまさかこんな提案を受け入れるとは思っていなかったようだ。だが小島はこの機会を逃すまいと話を合わせてきた。


「よし、じゃあ後は頼んだぞ。ここが笹浦の住所だ。あと渡しておいて欲しいプリントだ。ちなみにお小遣いのことは内緒だぞ」


小島は笹浦の住所が書いてあるメモを新藤に渡した。


新藤は手のひらを小島に突き出した。


「約束の証として五百円先払いでお願いします」


小島は他の先生に見られないように、自分の財布から五百円玉を取り出して新藤に渡した。


新藤は嬉しそうに、その五百円玉をポケットにしまった。


「約束はちゃんと守れよ」


「了解です」


お金が貰えるとなれば話は別だ。一回の訪問で五百円貰えて、さらに笹浦を学校に通えるようにしたら、さらに五千円も貰えるなんて、高校生にしたら儲けものだ。ずっと、訪問だけするのもありだな。笹浦には悪いが、ずっと不登校でいてくれた方が俺にとっては、結果的に得があるということか。


新藤は笑いを堪えきれず、ぎこちない表情になって、職員室を後にした。


とりあえず、今日の放課後にメモに書いてある通りに笹浦の家を尋ねてみるか。俺は、約束は守る男だ。プリントはしっかりと届ける。


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