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真面目系クズの更生  作者: プルトップ
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Section0.電車での出来事

四月二十二日水曜日。


早朝、冷たい風が吹いている駅のホームで新藤慈喜しんどう いつきは眠い目をこすりながら、三号車で電車が来るのを待っていた。


駅のホームには傘を持っている人が何人かいたが、新藤は傘を持っていなかった。


今日の降水確率は三十パーセントだ。朝は晴れていたし、流石に雨は降らないだろう。


新藤はポケットにしまってあるスマートフォンを取り出し、ニュースサイトアプリを開いた。

やはり今日は一日中曇りだ。傘を電車に置き忘れる可能性があるから、なるべく傘は持ち歩きたくない。それに、座席に座った時に、前に少し飛び出てしまう傘に足をぶつけられると、無性にイライラする。


電車が駅のホームに到着した。


新藤は傘を持っている人を横目にして、乗車した。いつも降車したときに改札に一番近いという理由で、三号車の二番ドアから乗車している。入り口すぐ近くの座席に座った。


この駅から片道一時間三十分かけて学校の最寄り駅に降り、そこから徒歩十分のところに蒲月高等学校がある。新藤がいた中学校より校舎は広く口調設備の行き届いた私立の学校だ。この蒲月高校に入学してから二十日間以上が経って、やっと校舎の構造を理解した。


俺が住んでいる近くには底辺高校しかなかったため、少し遠いがこの進学校である蒲月高校に推薦で入学した。推薦と言っても、中学校の三年間の成績と一対一の面接だけで判断するだけで、特に難しいことはない。


そのおかげで、去年の二月ごろには同級生が必死に勉強している横で、悠々自適に読書を楽しんでいた。

中学生のときは人との関係を断ち切り、教室の隅で本を読んで一匹狼を気取るのが俺の中学二年生のトレンドだった。だが、中学生活を経る中で情報網というのは、学校生活において必要不可欠であるということに気づいたころには遅かった。ただでさえ少なかった関係性を断ち切ったことにより、クラス内での連絡などについての情報は、俺の前だけ滞っていた。


だから俺は高校では学級委員長という立場を選択することによって、半強制的に人間関係を構築できるポジションに身を置いた。


また、学級委員長という立場は大学受験の推薦においても効力を発揮するはずだ。とりあえず三年間学級委員長をやって、勉強を少しやっておけば推薦ぐらいは貰えるだろう。

蒲月高校は名門高校ではないにせよ、県内で五番目ぐらいに偏差値の高い高校だ。とりあえず、この学校のカリキュラムに従っていれば、それなりに良い大学ぐらいには行けるはずだ。


ああ、俺は今とてもコスパの良い人生を歩んでいる。


中学生の頃は友達がいなかったから、教科書を忘れたときやクラス内での連絡など何かと不便が多かった。だから高校に入学したら、一人ぐらい知り合いがいたほうが、円滑に学校生活が送れるのではないかと思っていた。


どれだけクラス内で知的に振舞っていたとしても話す相手がいなかったら、ヒエラルキー最下層のただの根暗ボッチだ。俺はそれを中学生生活で身をもって学んだ。


それで一年A組に振り分けられた俺は、高校の入学式の日に、最低限の人脈構築のために隣の席の気弱そうな眼鏡をかけた男子の恒崎吉次つねざき よしつぐに声を掛けた。そしたら案の定、恒崎も知り合いがクラスにいなかったのか、子犬のような反応をしていた。そのまま連絡先を交換して、当たり障りのない世間話をした。俗に言う友達と言えるのはこいつだけだろう。


高校のクラスの中には手当たり次第に連絡先を交換する髪に赤いリボンを付けたアホそうな女子もいた。偏差値六十ある高校と言ってもこういう奴がいることに俺は驚いた。


電車に揺られながら、新藤がここ最近のことを思い返している内に、車内は学生や社会人で混み合ってきた。


乗車してから一時間が過ぎようとしていたころ、新藤の前に腰を曲げて手すり棒を掴んでいる七十代くらいの白髪交じりの老婆が立っていることに新藤は気づいた。


凡人だったらここで座席を譲るだろうが、俺はここで座席を譲るほど甘くはない。この座席は優先席ではないし、座席を譲ったところで俺に何のメリットがあるのだろうか。そもそも何故こちらから「席を座りましょうか」などと言わなければならないのか。警察や消防署、病院などは通報して助けを求めてはじめて助けが来るのだ。自分から助けを求めない者に助けは来ない。


新藤は老婆が「席を譲って欲しい」と頼むまで席を譲るつもりはなかった。


俺は決して立つのが嫌だからではなく、団塊世代のこの老婆に現代社会の厳しさというものを教えているのだ。


新藤が心の内で一方的に自分の正当性を証明している内に、目の前に立っている老婆が「はぁ~、ふぅ~」と何度もため息交じりの喘ぎ声を発するようになった。


その足元が覚束ない老婆の疲弊した容体によって、周囲にいる乗客は老婆と新藤をチラチラ見るようになった。


このババア疲れたアピールによって他の乗客を味方につけようとしてやがる。そんな方法で俺がこの座席を譲るとでも思っているのだろうか。


新藤が隣に座っている乗客を横目に見ると、先ほどまで携帯を操作していた社会人は老婆の様子を見るなり狸寝入りをした。


俺は間違ったことはしていないのだから、寝ているふりなんかする必要はない。


老婆の周囲から「前に座っている人が早く席を譲ってあげればいいのに」、「おばあさん可哀そう」などと吹き出しのない言葉が漂っている中、新藤は頑なに席を譲ろうとせずに、むしろ脚を広げ、腕を組んでこう思った。


ここは優先席ではないのだから席を譲る必要はない。「俺は正しい。俺は間違っていない」などと心の中で繰り返している間に目的の駅へのアナウンスが流れた。


新藤はぬるりと立ち、前に立っている老婆をかわして電車に降りる準備をした。


人をかき分けていく途中で、近くで立っていた乗客から白い目で見られたような気がした。


行く手を阻む乗客たちから逃れ、新藤は降車する寸前で小さくガッツポーズをした。


また俺は社会の不条理に勝ってしまった・・・


新藤は優越感を抑えながら改札を抜けて外に出て、空を見上げた。

曇天から降り注ぐ大雨は新藤の気持ちを憂鬱感へと変えた。




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