1−18 作戦
誰が殺したか。
それは既にわかっている。
しかし――。
「……それは今から伝える。だが、他に漏れるとまずい」
「それって……」
「情報が漏れると不味い範囲……つまり犯人は直ぐ近くにいる。そう言う事だね」
「そうだ。この部屋で今起きた事は全て他言無用で頼む」
全員が心得た様子で首肯する。
「それと犯人である証拠を掴むために、宝木にはある事を頼みたい。お願いできるか?」
「うん、わかった」
その時、ハイメが改まった様子で久頭に語りかけた。
「クズ君……君は、本当に何もかもがわかっているんだね?」
それに対して久頭は努めて静かに答える。
「ええ。わかっています。犯人も……真実も」
「そうか……」
目を伏せたハイメは何かを言いかけて、しかしそれを飲み込んだかのようだった。
「……いや、何でもない。それで君はどうするんだい?」
その質問への久頭の答えは、明瞭で、しかしハイメを驚かせる内容だった。
「犯人を罠にかけます」
「……なに?」
「その必要があります。この犯人は危険だ」
「どうやるのか、考えがあるのか?」
「作戦はあります。そのためには、ハイメさん達にもご協力して頂く必要がある」
「勝算は?」
「十分に」
ハイメの鋭い眼光を受けても、久頭は微塵もたじろがない。
彼は一切の誇張なくただありのままに述べている、そんな様子だ。
「……本気のようだな。わかった、話を聞こう。決行は?」
「今夜です。今夜、犯人を罠にかける。それまでに準備を急ぎます」
一度言葉を切り、久頭は一杉達のいる方を見る。
「優人、それに……元世。作戦には二人の力も必要だ。協力してほしい」
「僕にできる事なら何でも」
「う、うん。わかった」
一方はにこやかに、一方は半ば勢いでうなずく二人。
同意を確認すると、久頭は作戦の説明を開始した。
「ありがとう。ではハイメさん、作戦内容を説明します。まず――」
♢
説明を終えると、各々が準備に動き始める。
久頭も早速移動しようとしていた。
(まずは研究所だな。所長にいくつか頼みたいこともあるし……)
久頭が考えながら歩き始めたところを、宝木が呼び止める。
「待って、久頭くん」
「ああ、宝木もこっちを手伝ってくれるか? 運ぶものもあるし……」
「うん、手伝うよ。いや、そうじゃなくって」
反射的に笑顔でこ快い返事をしてから、会話の軌道を修正する。
宝木は真剣な、相手を心底心配する表情をしながら言う。
「さっき話してくれた作戦……久頭くんの危険が大きすぎるよ」
「……」
久頭は思わず口をつぐむ。実際、そこがこの作戦の一番の泣き所だ。
しかし、既に決めた事だ。リスクはあるが、それ以上のリターンも見込める。
いや、それ以上に……確かめる必要がある。
だから、作戦を変えるつもりは無い。
なるべく明るい調子で久頭は答える。
「大丈夫だ。打てるだけの手は打つし、保険もある。最悪のケースでも犯人が逃げ切れる可能性は低いし……」
「そうじゃなくって!」
宝木が大きな声で遮る。
「犯人が逃げるかもとか、そう言うことじゃなくて……久頭くんが怪我したり、もしかしたら」
やっぱりだ、と久頭は思う。彼女はこういう時、泣きそうな顔をする。
「死んじゃうかもしれないんだよ!?」
彼女が何を言いたいのか、久頭にはわかっている。
しかし、彼女は何故ここまで真剣に他人を心配できるのだろうか?
それは、今の久頭には理解できない感情だ。
いや、それ以前に……今の久頭で無ければ、元の世界にいた頃の久頭であれば、そんな彼女の感情を気にもしなかっただろう。
まだ、彼にはわからない。それでも彼女がそういう人間である事がわかり、そんな彼女のあり方に疑問を覚えるようになった。それ自体が今までにない大きな変化だった。
だからその時も。
彼は、今までの彼なら考えないような事を……初めて考えた。
「宝木は……俺が死んだら悲しむのか?」
「当たり前だよ! だって、久頭くんは大事なクラスメイトで、私の命の恩人で、それで……!」
「宝木が悲しむなら――」
俺はクズだ。
俺はロクでなしだ。
俺は嘘つきだ。
それでも。
「――俺は死なないよ」
この言葉は嘘にしない。
次回犯人が判明します