第三話:遺跡
※本日三回目の更新です。
「アネモネ、本当に大丈夫? お金、これで足りるかしら?」
「姉さん……もう、これで確認するの何回目? いいから早く行きなよ、ガレットたちが待ってるよ?」
「うん……本当に本当に大丈夫?」
「大丈夫だって」
『黄金の鷹』を正式に抜けた後、私はギルドから依頼された魔術による加工品を卸したり、一人で出来る細々とした依頼を受けて生活をしていた。
姉さんとは一緒の家に住んでるから当然、顔を合わせているけれど、『黄金の鷹』のメンバーとは顔を合わせてない。ギルドで擦れ違っても会釈する程度に留めてる。
ミルーニは顔を合わせればつん、と澄ました態度を取るし、ガレットはどこか私を避けているような気がする。普通に接してくれるのはダグリアスさんだけだ。
一番厄介なのは、構いたがりになった姉さんの存在だった。これじゃあ私が抜けた意味がないってぐらいに私を気にしているので、ついつい溜息を吐いてしまう。
そんな姉さんとも暫くお別れになる。『黄金の鷹』が遠征の依頼を受けたので、遠征先で活動するとのことだ。
私を一人置いていくということで姉さんが挙動不審になってしまっているけれど、もう正式にパーティーメンバーではなくなったのだから自立して欲しいと思う。
「……だって、貴方とこんなに離れるのは初めてだもの」
「そのうち慣れるよ」
「……お姉ちゃんがいなくて寂しくない?」
「寂しいのは姉さんでしょ」
「う~~っ!」
なんで幼児退行してるのかな? うーん、確かにこれはガレットが心配になって姉さんを私から引き離そうとする訳だ。私が思ってたよりも姉さんの溺愛具合が酷い。
ガレットのことも好きな筈なのに、本当に不思議だ。それだけ私が心配をかけてしまっているのかもしれない。それはガレットも良い顔しないよね。
「お土産期待してるから、頑張ってね」
「……わかったわ。アネモネも身体に気をつけて、今度はガレットたちともちゃんと話をしてあげてね」
避けてるのはあっちの方だと思うんだけど。まぁ、いいや。いきなり関係が変わったんだからお互い、戸惑ってるのかもしれない。
私も前みたいにガレットたちと喋れるとは思わないし。パーティーを抜けたことでパーティー以外の冒険者と話す機会も増えて、こういった実力差でパーティーを抜ける話はそう珍しいことでもないらしいと知った。
問題はその後、パーティーを抜けてから良くなった例と、悪くなった例は半々ぐらいなのだとか。人間関係の変化というのは、やはりそれだけ大きな影響があるという訳だ。
だからガレットたちとはもう少し冷却期間が必要だと思うし、姉さんに至ってはもう少し自分やパーティーのことを意識して欲しいと思う。
「行ってきます、アネモネ」
「行ってらっしゃい、姉さん」
渋りに渋っていた姉さんを追い出すように見送る。これから暫く、長くて半年は顔を合わせることはない。
むしろ半年は帰って来なくて良いんじゃないかな、と思ってしまう。あまり気にしないようにしていても、ガレットやミルーニからそっけない態度を取られるのは辛い。
……私に才能がなかったのが悪いんだけどね。それでも、彼等に対するわだかまりは感じてしまう。
「……気分を変えて、今日もお仕事しようか」
これから自分の身の振り方については、正直悩んでいる。私が魔術師になったのは、別に魔術が好きだからという訳じゃない。
私が手っ取り早くパーティーに貢献出来る技能が魔術師しかなかっただけで、私自身、まだ何か出来るんじゃないかとは思ってる。
とは言っても、生活するためにはお金が必要だ。その点、魔術で作る加工品はそれなりの値段になる。贅沢をしなければ安定した生活を送ることが出来ると思う。
「将来、かぁ」
私は、将来何をしているんだろうか。
見上げた空には雲が浮かぶだけで、答えがある訳でもなかった。
* * *
『黄金の鷹』のメンバーが旅立ってからの日々はあっという間に過ぎていってしまった。それだけ充実しているということでもあったけど。
冒険者ギルドで素材集めを兼ねた一人でも出来る簡単な依頼からギルドの細々とした雑用、それから冒険者たちから請われて始めた魔術による装備品の加工と手入れ。
これがなかなか良い収入になる。日々食べていけるだけから、貯蓄まで視野に入れることが出来るようになった。
「魔術師は研究で引き籠もっているか、兼業している人が多いからな。アネモネちゃんみたいに魔術師を主に押し出してる人ってのはあんまり冒険者にはいないんだ」
他の冒険者の人から聞いた話だと、そういうことらしい。
私は自分が上達出来る技能だからと魔術師を選んだけれど、本来魔術師は冒険者が取得する技能としては補助として求める人がほとんどだと言う。
魔術で出来ることは武器や道具の手入れ、ちょっとした便利な小物を作ったりだ。私は足りない身体能力や、自分やメンバーの武器に補助をかけて使っていた。
最初の頃は私も前に出てたけど、だんだん実力に差がついていって後方にいる姉さんの護衛をすることがほとんどになった。
でも、それだと役に立てないから特訓してみたり、役に立つ魔術を覚えてみたりしたけれど、実戦で貢献できる機会はどんどん減っていって、実力不足という宣告を受けた。
「かといって、魔術師としての腕を磨きたいって訳でもないし……」
魔術の研究をして新しい魔術を生み出そうとしたりとかは興味ない。
自分がちょっとした付与をかけてあげて代金を貰ったりはするけれど、魔術の加工品を販売しようという気にもならない。
研究者や職人としての魔術師として見れば中途半端で、冒険者として見れば魔術はともかくとしてそれ以外が落第。
「……まぁ、ガレットたちと行動をするなら、だとは思うけど」
私が活動拠点としているギルドの街の名前はニューデールと言い、このニューデールは古代遺跡の跡地を再利用して建てられた街だ。
過去、古代遺跡を調査しようとやってきた調査隊が残した基盤を少しずつ整えていって、かつては遺跡を踏破せんと冒険者たちが集まって賑わっていた。
でも、遺跡には限りがある。どんどん探索が進んでお宝も減れば人も寄りつかなくなる。勿論、まだ深い階層があるとされていて、そこにはお宝があるかもしれないとロマンを求める人は多い。
なのでニューデールの街の冒険者というのはロマンを追い続ける夢追い人か、或いは探索されつくして対策が立てられているので、経験を積むのに最適だとおうことで訪れる新米冒険者たちだ。なのでベテランからの薫陶が受けやすいという利点もある。
『黄金の鷹』がこの街を拠点としていたのは私がいたせいだ。故郷に近かったからという理由もあったけど、私の実力不足で経験を積むのに比較的、危険が少ないニューデールで活動していたのだ。
けれど、それがガレットには不満だったんだろうな。確かに私を除けば十分、他所でも活躍出来るだけの実力はあるだろうし。
「……まぁ、それで厄介者扱いされてた面もあるけど」
ぐんぐんと腕を上げて、名声を上げつつあった『黄金の鷹』は一部からはあまり評判が良くなかったりする。
生真面目で正義感が強いガレットが、どうにも融通が利かなくて問題になったこともあったし、姉さんに声をかけようとして私やガレットが牽制したりとかもあって、ちょっと人間関係が面倒なことになっていた所がある。
だけど、それも過去の話になりつつある。『黄金の鷹』を抜けた私は実力が足りない落ちこぼれだし、見た目も地味なので声なんかもかけられない。
ギルドの雑用をしていても、私の事情を知っていれば察してくれて何も言わないか、無言で同情や蔑みの視線を送ってくるかだ。
「……実力を上げてたら戻ってきても良いって言われてもなぁ」
正直、冒険者として生きていく熱意は薄くなっている。元々、姉さんに置いていかれないために選んだ道だ。姉さんと離れようと決意した時点で、私が冒険者を目指す理由の大半が失われている。
ただお金のために、生活するためには糧を得なければならない。その手段として冒険者を選んでいるだけで、冒険者でありたいという気持ちは正直なくなりつつあった。
「……このままギルドの一員になるのもありかな」
まったく新しい職場よりは、馴染みがある冒険者ギルドで受付や備品の管理、あとはギルド長に頼んで魔術による加工のサービスを提供したりとか。
暫くはそれでお金を貯めても良いのかもしれない。それでやりたい事が見つかった時にその道に進めば良いのかもしれない。
「おぉ、アネモネ。良い所に来たな」
「はい? ギルド長、どうかしたんですか?」
そんな事を考えながら冒険者ギルドに入ると、私を見つけたギルド長が手招きをしてくる。
ギルド長はヒューマンの男性で、年の頃は四十代半ば。かつては冒険者として活動していて、老いて引退してからはこの街の冒険者の助けになるためにギルド長になったのだとか。
昔は冒険者だったという話が納得できる鍛えられた身体に、白く染まった髪と立派な髭がダンディな人だ。いかつい外見だけれど、目元は優しいのでそこが良いという人も多い。
面倒見が良い人なので、私も気の良いオジサンという感じで付き合っている人だ。
「実はな。この前、山の方で土砂崩れがあっただろう?」
「あぁ、酷い雨でしたよね」
数日前のことだ。雷が酷く鳴り響いて、豪雨が降ったことがあった。近くの山で土砂崩れがあったとは噂では聞いていた。
「その土砂崩れでな、山肌が剥げて露出したそうなんだが……そこに未発見の遺跡の入り口が見つかった」
「えっ!?」
私はギルド長の言葉に思わず目を瞬かせてしまった。未発見の遺跡の入り口とは、それは暫くぶりの大発見だ!
「近々、調査チームを組んで送り出すつもりなんだがな。その前に入り口と、入り口付近にお前の魔術で安全確保をして欲しくてな、頼めるか?」
「内部の探索じゃなくて、入り口の安全確保なら任せてください」
それぐらいなら、と私は快く頷く。するとギルド長がホッとしたように表情を綻ばせた。
「助かる、報酬は帰ってきてから渡す。ウチの職員の仕事ではあるんだが、多忙でな。お前の手が借りられるならこっちもありがたい」
「そこは正式な依頼としてお受け致します。すぐの方が良いですよね?」
「あぁ、頼む。それから、もし中に入ろうとする奴がいたら止めてくれ。未探索の遺跡だからな、まだ危険度もわからん」
「わかりました」
ギルド長の注意に頷きながらも、私は依頼された仕事を果たすために準備に向かうのだった。