幕間:花は枯れ落ちていた 中編
「……カトレア」
「……」
「カトレア!」
「……」
「カトレアッ!」
「ッ、うるさい! 邪魔しないで!」
アネモネが逃げ込んだという遺跡、その遺跡に猛然とした勢いで向かったカトレアは己の持ちうる全てを使ってアネモネの痕跡を辿っていた。
ガレットたちもカトレアを一人には出来ないと付いて来ているものの、カトレアは他人など目に入らないといった様子で目を血走らせていた。
ガレットが何度か声をかけるも、その度に険悪に払い除けられている。ガレットの顔は苦痛に歪み、カトレアに振り払われた手を所在なさげに漂わせる。
その険悪な二人を横目で眺めつつ、ダグリアスは肩を縮めているミルーニへと視線を向ける。
「……ミルーニ、流石に痕跡を探すのは無理か?」
「……無理だよ。時間が経ちすぎてるし、人の出入りだって多かったみたい。これじゃあ魔術でも探せないよ」
アネモネほどではないが、ミルーニも魔術を嗜んでいる。それも元を辿ればアネモネから教わったことを思い出してしまう。
その度にミルーニは涙を零してしまいそうになる。まさか、こんな事になっているだなんて夢にも思わなかった。
でも、自分が泣く訳にはいかない。この中で誰が辛いかと言われればカトレアだからだ。
「……幾ら精霊でも無理だろう」
今も必死に精霊に祈りを捧げているカトレアを見て、ダグリアスは小さく呟く。
魔法師であるカトレアは契約している精霊から力を借り受けることが出来る。しかし、精霊が対応してない魔法までは使うことは出来ない。
だから人探しや、痕跡を追うとなると魔法の中で使えるものは少ない。むしろ、それは魔術の領分だった。
そして、それはアネモネの仕事だった。カトレアが代わりになれるなら、アネモネのパーティー離脱の話はもっと早かっただろうし、アネモネにも別の道を志させる切っ掛けにもなったかもしれない。
「……なんで……!」
必死に祈りを捧げていたカトレアは唇を噛みしめながら呻く。
人を探すような魔法がないことなど、誰よりも自分が知っている。魔法とは、正しく理解しなければその力を発揮しないのだから。
だからこそ魔法師は精霊への祈りを欠かさず、探究を忘れてはならない。自分が出来る事の範囲はカトレア自身が一番、よくわかっていた。
それでも何かないのかと探してしまう。教えて欲しいと、自分が契約している精霊に祈ってしまう。
どうにか手がかりがないかとカトレアは祈りを捧げ続ける。何でもいいからキッカケを掴まないと、このまま自分の心すらも手放してしまいそうだと。
「お願い……!」
何を差し出したって構わない。もう、今度は手放さないから。だから、どうか、と。
そのカトレアの祈りが通じたのか、それともただの偶然か。カトレアの脳裏に神託のように一つのヴィジョンが浮かんだ。
それは、精霊が魔法を行使した痕跡。カトレアも契約している風の精霊であるシルフ、その恩恵によって放たれた風の針が誰かが迫る光景。
風の針に腹部を貫かれて、誰かが暗黒が広がる穴の中に落ちていく。その人の顔は――。
「――アネモネッ!」
カトレアは我を忘れて駆け出した。今掴んだヴィジョンを決して逃さないと言うように。突然駆け出したカトレアにガレットたちも一歩遅れて追いかけていく。
カトレアの行く先を、まるで精霊が指し示すようだった。そしてカトレアは垣間見た光景の場面である大穴へと辿り着いた。
カトレアはそのまま勢い良く穴へと飛び込もうとして、流石にガレットが慌てて肩を掴んで引き留める。
「カトレア! 待て!」
「離してッ! ここにアネモネが!」
「飛び込んでどうする!? 戻って来る方法は!? 一人で突っ走るな!」
「うるさい……! うるさい! 邪魔を――」
「――いい加減にせんかッ!!」
渇、と。空間を震わせる程の怒声が響き渡った。言い争いをしていたカトレアとガレットも声の主へと視線を向ける。
声を上げたのはダグリアスだ。彼の隣には腰を抜かしてしまったミルーニが震えている。それだけダグリアスの纏っている怒気は、先程のカトレアをも凌駕していた。
「……少しは頭を冷やせッ! 俺たちはパーティーだ! 勝手な行動を慎むことも忘れたか! カトレア!」
「……ッ」
「アネモネを心配しているのがお前だけだと思っているのか? ガレットに思う所があるのはわからんでもない。だが、それに付き合わされるミルーニの気持ちを考えたことはあるのか? 俺とてここでお前等を見限ることも出来るんだぞ? そうやってバラバラになった先で何が残る!? アァッ!?」
普段、声を荒らげることのないダグリアスの怒声に驚かされていたカトレアは何も言えずに唇を噛んで黙り込んでしまう。
「ガレット! お前もお前だ! パーティーの手綱を握るのがリーダーのお前の仕事だろう!」
「お、俺は……」
「今回の事件がお前への恨みがキッカケだと言われて動揺するのはわかる。だが、お前は『黄金の鷹』のリーダーだ! 俺たちの命を預かっている自覚が本当にあるのか!?」
ガレットは何も言い返せず、ただ拳を握り締めて震えることしか出来ない。
そこまで言ってから、ダグリアスは尻餅をついてしまっていたミルーニに手を差し出して立ち上がらせる。ミルーニの膝はまだ笑っていて、ダグリアスの腕に縋り付く。
「……今は、お互いを利用することを考えろ。互いに気に入らないのも、納得いかないのも後だ。まずはアネモネを探す。それが俺たちが今、共有することが出来る目的だ。その後のことは後で話すことが出来る。何か反論はあるか? あるなら言え」
「……ダグさん……」
そこまで言われて、カトレアは何も言えずに唇を噛みしめて俯いてしまう。
自分が悪い、とはわかっても受け入れられない。謝るべきだと思っても、心が追いついてこない。だからカトレアには黙り込むことしか出来ない。
ガレットもまた、何も言えない。反論が何も浮かばなかったからだ。そんな自分にどうしようもない不甲斐なさを感じて拳を握り締めてしまう。
ミルーニも何も言えない。今、この状況に一番流されることしか出来ていないのが彼女だからだ。
「……反論がないなら、全員でアネモネを探すぞ。いいな?」
「……わかった」
「カトレア、アネモネはこの穴の下に?」
「……私が見えたのは、この穴に落ちた所まで」
「そうか。ミルーニ! 明かりと縄を持って降りられるか?」
「う、うん」
「……明かりは私が魔法で灯すわ」
ダグリアスの指示に誰もが異を唱えることもなく進んで行く。
ミルーニが縄を自分に巻き付け、その縄をダグリアスとガレットが二人がかりで抑える。
縄を支えに壁を蹴るようにしてカトレアがつけた明かりを頼りに降りていく。
ミルーニの姿が小さくなっていき、明かりが点のように小さくなっていく。縄も限界か、という所でミルーニから引き上げるように取り決めていた指示が来る。
ダグリアスとガレットが二人がかりでミルーニを引き上げると、下の様子を確認してきたミルーニが報告する。
「この下、水が溜まっている。多分、昔の用水路か何かだと思う」
「用水路か。深さもあるなら、落下しても生きている可能性は高いな」
「私が補助するわ。降りましょう」
カトレアがミルーニの報告を聞いて提案する。下が水だとわかっているなら魔法で降りるのはなんとか出来ると。
誰もそれを否定することはしない。カトレアが魔法をかけて、全員が風に包まれる。そのまま全員が穴に飛び込み、下へと降りていく。
下に降りていけば、確かに水の流れる音が聞こえてくる。穴になっていた壁が終わり、開けた場所へと出る。
水が流れている用水路の横には通路があり、カトレアは魔法で全員をそこに降ろす。
「流れは緩いな」
「あぁ……ん? お、おい! ダグ! あれは……!」
明かりに照らされていた用水路の付近を窺っていたガレットは、その通路の先に何かあるのを見つけてダグリアスへと声をかける。
その声につられて全員がガレットの見ている視線の先を見る。そこにあったものを見て、カトレアが弾かれたように駆け出す。
「これ……! アネモネの!」
そこにあったのは、無惨にも千切れたローブと床に染み付いた血の痕だった。
ローブの残骸をカトレアは震える手で拾い上げる。そのローブも血に染まっているのを見て、かちかちと歯が鳴る。
「い、いや……いやぁあああああああああああああああああああッ!!」
カトレアの絶叫が、反響するように響き渡った。