第五話:宥恕
「どういう事? グーラがイーラを封印したって」
ルクスリアがグーラちゃんの顔を真っ直ぐ見つめながら問いかける。グーラちゃんは気落ちしたような表情を浮かべながら顔を上げる。
「ルクスリアお姉ちゃんが封印された後、他の悪魔も利用されないためにバラバラに封印されたんだよ。ルクスリアお姉ちゃんの次に封印されたのは、スペルビアお姉ちゃん」
「まぁ、妥当ね」
「スペルビア?」
「〝傲慢〟の悪魔よ。……ちょっと、かなり、もの凄く面倒臭い人」
「封印される時も何言ってるのかよくわかんなかったから、いつものスペルビアお姉ちゃんだったよ」
「……どんな人なんですか、そのスペルビアって人は」
「……思い込みが激しい自信家?」
「頭と言動が面白おかしい人ー」
本当に一体どんな人なんですか、スペルビアさん……あのルクスリアが眉を寄せて、グーラちゃんが辛辣なまでに扱き下ろすって……。
「その次に封印されたのが、インヴィちゃん」
「インヴィディアね。……あの子、泣かなかった?」
「尻尾振って待ってる! って言ってた」
「……早く迎えに行ってあげたいわね」
「その子は何の悪魔なんですか?」
「〝嫉妬〟だよー」
「私たちの中でも最年少ね」
インヴィディアちゃんは〝嫉妬の悪魔〟で、最年少だと。
「その後、アウリティアお姉ちゃんがマスターに反抗して、無理矢理封印されてた」
「は? あの子が?」
「やっぱり納得いかないから、封印するなら無理矢理すれば良いじゃないってマスターに刃向かって、アケーディアお姉ちゃんに沈められてた」
「そっちも争ってたの……」
ルクスリアは頭が痛いと言わんばかりに額を押さえている。悪魔の中でも内輪揉めがあったんだ……。
「アウリティアお姉ちゃんは〝強欲〟、アケーディアお姉ちゃんは〝怠惰〟の悪魔だよ。この二人も私とイーラと同じで、お互いが対になって生まれたのー」
「アウリティアが封印された後、アケーディアはどうしたの?」
「〝面倒臭い〟って言って、自分から封印をお願いしてたよ」
「ブレないわね、あの子も……」
なんというか、怠惰の名前に相応しそうな人だな、アケーディアさん。
神に刃向かったっていうアウリティアさんも強欲と言われると納得してしまいそうになる。
「最後に残ったのは私とイーラだった」
「……それでグーラがイーラを封印したのよね?」
「イーラが、暴走しちゃったから」
「暴走?」
「イーラは〝憤怒〟の悪魔。ちょっと怒りんぼだけど、本当は優しいんだよー」
そこまでは笑顔だったグーラちゃんが、困ったように眉を寄せた表情へと変えて言葉を続ける。
「でも、だから人類が許せなくなっちゃって……暴走したの」
「……あの子は」
「どうして私たちがバラバラにならなきゃいけないのって、納得いかないってアウリティアお姉ちゃんが爆発しちゃったから、イーラも耐えられなくなっちゃったんだと思う」
「あの駄狐、本当に余計なことしかしないわね!」
「イーラは人を憎んでしまった。だから、私が抑え付けてマスターに代わって封印したの。マスターも凄く苦しそうなのを知ってたから」
そこまで言ってグーラちゃんは肩を落とした。ルクスリアも深く、重い溜息を吐き出す。
ルクスリアは最初に封印されたから、自分が封印された後のことを知らないのは当然だ。今、それを知ってしまった彼女の胸中はどんなことになっているのか心配になってしまう。
「イーラは、多分私のことも憎んでる。どうして人類の味方なんてするのよ、って最後に私を睨んでた」
「……イーラの気持ちはわからないでもないわ。でも、私はグーラがやったことが正しいと思う」
グーラちゃんの頭を撫でながらルクスリアが慰めるように言った。グーラちゃんは甘えるように目を細めてルクスリアにされるがままになっていた。
「私たちが本当に人類の脅威になってしまったのなら、どうして私たちは生まれてしまったのか。生まれたことも否定したら、それはマスターへの侮辱だわ。私たちは生きなきゃいけないの。本当に望まれた在り方を成し遂げるために」
「……ルクスリア」
元々、悪魔は人の力になるために生まれた存在だ。それが強力過ぎる力と、その性質によって人に利用されるようになってしまった。
生まれてしまった事すらも罪になってしまうなら、そんなのあまりにも悲しすぎる。
「……アーネさん」
グーラちゃんはルクスリアに撫でられながらも私に視線を向けた。その声は弱々しくて、今にも泣き崩れてしまいそうな程だ。
それでも視線だけは外さないように、グーラちゃんは私に心からの問いを投げかけた。
「私たち、許されるかな? また皆で集まれる? イーラも……許してくれるかな?」
それは懇願だった。きっと、叶わないと諦めそうになってしまった夢そのもの。その夢を叶えるのには彼女たちだけでは足りないんだ。
人のために生まれた彼女たちは、人のためにならなければ存在を許されない。そんな彼女たちを裏切ったのは、その人だと言うのに。
なんて理不尽なんだろう。彼女たちはただ生まれただけだ。力を持って生まれた事が罪だなんて。力を望んでも得られない人だっているのに。
「――私が許すよ」
私は、力がなかったために許されなかった。
彼女たちは、力を持ったために許されなかった。
世界は私たちに優しくはない。理不尽に、無慈悲に私たちを切り捨てる。
それならそれで良い。それでも私は生きていたいし、彼女たちに生きていて欲しいと思う。
罪に許しを。それが、彼女たちの救いとなるなら。私は彼女たちを許す存在でありたい。
「……アーネさん」
「うん」
「イーラを、助けて」
きっと、その時に求めることが出来なかった願いをグーラちゃんは口にした。
「助けるよ、必ず」
だから、約束しよう。私はルクスリアに救われてここにいる。そのルクスリアの、彼女の家族たちの救いになれるなら、それこそ今の私が果たす使命なんだろうと思えるから。
* * *
プラントの中は昼夜が再現されているようで、光が弱くなって夜のように暗くなっていた。
一日休んで、後はここに使えそうなものがあれば持っていこうという話になったからだ。その為に身体を休めるべきだとルクスリアに言われ、私も了承した。
プラントの内部は外のように外気に晒される訳でもない。ただ過ごしやすい環境が維持されている箱庭。
改めて凄い技術だと感心してしまう。……そんな力を持っていた人たちでも、悪魔を御することは出来なかった事実が私にのし掛かってくる。
本当に私は、彼女たちの力を暴走させずに集めることが出来るんだろうか、と。
「……寝ないの?」
「ルクスリア?」
実体化をしたルクスリアが私の隣に腰を下ろす。そんなルクスリアに少し苦笑を浮かべながら答える。
「眠れなくて」
「明日に響くわよ」
「うん、早めに寝るようにする」
そこで不自然に会話が途切れてしまう。ルクスリアは何か言いたそうな顔をしていて、けれど言葉が続かない。
私は何も言わず、ルクスリアが言葉にするまで待つことにした。
「……嬉しかったのよ」
「……何が?」
「貴方がグーラを受け入れてくれて。……封印された後のことを私は知らなかった。はっきり言って、貴方だったら怖じ気づくじゃないかと思ったわ」
「……そうだね。凄く怖いよ。まだグーラちゃんの力も体感してないしね」
ルクスリアの力だって本当の意味で使いこなせてるとは言えない。それなのに自信があるなんてとてもじゃないけど言えない。
「貴方は臆病だわ。慎重すぎるといっても良い。……でも、だから生きることに凄く貪欲よね」
「褒めてる?」
「褒めてるわよ。だから私たちが生きたい、って言っても認めてくれるんでしょう?」
「生まれたことが罪だなんて、そんなの悲しすぎるからね。本当は人のためになるように願われてたんでしょう?」
「……私の〝魅了〟はね、誰かを惑わすものじゃなくて、人が持つ魅力を引き立てるための研究だったのよ」
ぽつりと、ルクスリアは膝を抱えるように腕を回しながら呟くように言った。
「自分がもっと魅力的に見えるように、他人の良いところがもっと見られるようにって。でも行き過ぎた好意は人に道を誤らせた。好きで、好きで、それが堪らなくなるの。だから私は悪魔と呼ばれるようになった」
「ルクスリア……」
「私は生まれたことを恥じたつもりもないし、人間に絶望している訳でもないわ。人の価値は一定じゃないもの。それを見つけられるかどうかよ」
ルクスリアの真っ直ぐ前を見つめる横顔は、活力に満ち溢れていた。その頼もしさに、私は憧れてしまう。
そんな風に強く生きることが出来たら、私の人生はもう少しまともになっていたのかな、って。
「貴方に感謝しているの、アーネ」
「感謝?」
「私と出会ってくれて、受け入れてくれてありがとう。だから、貴方が私たちを受け入れてくれたように私も貴方と共にありたいと思ってる」
ルクスリアが膝を抱えていた手を解いて、私の手に添える。お互いの体温が手を通して伝わってくる。
「ねぇ、アーネ。私が貴方の理由になりたいって、自惚れて良い?」
「……ルクスリア」
「好きよ、貴方のこと。だから、もっと私を好きになって貰えるように貴方を支えたい。だから忘れないで、私は貴方の味方よ。貴方を信じている私を、どうか信じてね」
ルクスリアが私に顔を寄せる。そのまま頬に唇を寄せて口付ける。その感触に私が唖然としていると、目を奪うような綺麗な笑顔で彼女は笑った。
「おやすみ、アーネ。良い夢を」
そう言って、ルクスリアは実体化を解いて消えてしまった。私はただ呆然したまま、ルクスリアの唇の熱が残る頬を撫でた。
「……ほん、っとうに……性質が悪い……!」
落ち着かなくなってしまう、この胸の熱は何なんだろう。それを確かめることも気恥ずかしくて、私は熱を誤魔化すために寝ようとした。
頬の感触が忘れられるまで眠れなくなって逆に苦しむことを、まだ私は知らない。
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