第一話:通告
――光が薄暗く、誰も居ない場所。
周囲は無音で、物音は自分の掠れた呼吸ぐらいしか聞こえない。
嫌でも孤独だと理解させられてしまう。理解したくなくても、感覚が私が一人なのだと理解させてくる。
こんな場所をどれだけ歩いただろう? ここにいたくないのに、もう足は動かない。
自分の身体からは濃い血の匂いがする。塞ぎきれなかった傷口から絶えず、血が流れ続けているからだ。
――私は死にかけている。
誰もいない薄暗い場所で、たった一人だと突きつけられながら命が尽きていくのを感じる。
どうしてこんな事になったんだろう? そう思い始めれば、やがて走馬灯のように記憶が巡り始めた。
私は、アネモネ・トゥナカ。
――出来損ないの冒険者だ。
* * *
「パーティーを……抜けて欲しい、ですか」
私――アネモネ・トゥナカは、なんと言葉を絞り出した。
対面の席に座っているのは、私の所属する冒険者のパーティー、『黄金の鷹』のリーダーであるヒューマンの剣士、ガレット・マクレーン。
オレンジ色の髪に、群青色の瞳。顔立ちは優男と言うべきか。けれど、その顔立ちが台無しなぐらいに仏頂面だった。
「あぁ。アネモネ、お前とは長いことパーティーを組んできた。だが、これはパーティーのリーダーとして判断しなければならないことだ。だから、こうして話をしている」
生真面目そうな顔には何の感情も浮かんでいない。それは何も思っていないのではなくて、考えすぎて、思い悩んだ末に決めた苦渋の決定だということを私は知っている。
そんな彼の表情を見たことは一度や二度じゃない。ガレットが言うように、私たちはパーティーを組んで長年やってきた。彼のその一面だって、知る機会を得るのには十分な時間だった。
「……理由を、聞いてもいいですか?」
「それは、自分が一番よくわかってるんじゃないか?」
ガレットから逆に問われたことで、私は唇を閉じてしまう。
私がパーティーを抜けなければならない理由、それはハッキリしていたから。
「……私の実力不足ですね」
「――そうだ」
私の呟きに、ガレットは容赦なくはっきりと言った。でも、その視線は私から逸らされることはない。真っ直ぐ向かい合おうとする、彼の姿勢に少しだけ口元が緩んだ。
「アネモネが決して、無能とは言わない。お前なりにパーティーに貢献していたことを知っている。――だが、それは必ずしもパーティーにいなければならない程の働きでないことも確かだ」
「…………そう、ですね」
私の専門技能は魔術師。魔力を用いた道具の製作や、魔術による補助を行う技能だ。
自分で言うのもなんだけど、凄く地味な職業だ。まじないと言っても、劇的に状況を変えるようなものは少なく、私はそこまで実力のある魔術師という訳でもない。
「お前が付与をかけてくれた武器や道具は長持ちする。それはお前が頑張ってきてくれたことで、俺だって助けられてきたことだ。その成果までは否定しない。だが、それなら現地までついて来る必要はあるか? と、俺は前から思ってもいた」
魔術は直接攻撃したりには向かない。あくまで味方の補助や道具の補強、石橋を叩いて渡るような安全のために使われるものだ。
冒険者として現地で活躍する魔術師というのは、あくまで〝補助〟として魔術師としての技能を持っている場合が多い。
一方で、私は専属の魔術師だった。冒険者としてそれなりに剣は使えるけれど、直接魔物を相手にできるほどの実力もない。
「お前が同行して食事や寝床の世話、見張り番をしてくれるよりお前を守らなければならない負担の方が大きくなろうとしている。それは、わかってくれるな?」
「……」
「俺はもっと上を目指したい。……ここから先は、お前が足を引っ張る可能性が大きい。だから、ここで抜けてくれないか? アネモネ」
きゅっ、と膝の上に置いた手に力が入って拳が握られる。
抜けて欲しい、と思っているのはリーダーのガレットだけじゃない。薄々と他のメンバーも感じていることだろうというのは、私も理解していた。
置いていかれないようにと頑張ってきたけれど、でも私が出せた成果は、認めはするけれど同行する必要はないという結果にしかならなかった。それは私自身が一番よくわかってる。
「……リーダーにそう言われたら、抜けたくないなんて我が儘言えないじゃないですか」
私は笑えてるだろうか。せめて、面倒な奴だとは思われないようにしたいんだけど。
すると、ガレットがこの話をしてから初めて表情を崩した。苦虫を噛み潰したような表情だ。
「お前が足手纏いだからというばかりの理由じゃない。……お前が心配なんだ、リーダーとして。それに妹分としてもな」
「……うん」
「パーティーを抜けた後のことはギルドに頼んでいる。お前の技能はギルドでも役に立つ」
「放り出される訳ではないんですね」
「当たり前だろう」
少しだけ語調を荒げてガレットがそう言った。私の言葉が不本意だと言うように。
「……カトレアだって、お前のことを心配してる。お前がいつも無理してるんじゃないかって」
カトレア。その名前が出た瞬間、私は肩を跳ねさせた。
「……〝姉さん〟には、この話は?」
「……これからする。だから、先にお前からと思って話をしたんだ」
「うーん、先に姉さんに話をつけておいても怒らなかったと思うけどなぁ。足を引っ張ってたのは事実だし、それで一番負担になってたのは姉さんだろうしね」
カトレア・トゥナカは、私の姉だ。そして『黄金の鷹』で活躍する第一級の魔法師でもある。
魔術と魔法は名前は似ているけれど別物だ。魔法は世界に存在する力あるものと契約を結び、その大いなる力を使うものだ。
例えば精霊であったり、知能ある魔獣であったり。契約する相手によって魔法の内容は大きく変わる。
そんな中でも私の姉は数多くの精霊と契約を結び、多種多様な魔法を扱えることで優秀な魔法使いとされている。
剣士やリーダーとして優秀なガレットと、魔法使いとして華々しく活躍する姉さん。この二人が『黄金の鷹』を引っ張っている。
その二人の足手纏いになっているのが、出来損ないの半端な魔術師としての私だ。
「……姉さんには守ってもらってばかりだ」
両親を流行病で亡くしてから、私と姉さんは支え合うようにして生きてきた。
冒険者として生計を立てて、ガレットや今のパーティーメンバーと出会い、日々を過ごしてきた。
姉の力になりたかった。一人になりたくなかった。それでも、やっぱり自分には彼等について行けるだけの実力はなかった。
それが、どうしようもない現実だった。
「……ギルドで働いていれば、俺達の活躍も届けられるし、遠征をしても俺たちのホームはこのギルドだ。生きていれば必ずまた会える」
「……うん」
「姉妹だからこそ、お互いが本当にためになる人生を考える良い機会なんじゃないかと俺は思っている。正直、お前は冒険者としてやっていくには能力が支援寄りすぎる。ちゃんと勉強をすれば、魔術師としてだってやっていけるだろうし、ギルドの仕事だって――」
「もう、いいよ」
慰めようとしたのか、言葉を重ねようとするガレット。そんな彼に私は首を左右に振った。
「……心配ばかりさせて、ごめんね。もう、わかったから」
「アネモネ、俺は……」
「早く義兄さんって呼ばせてくれれば、もう文句なんて言わないよ」
「お、お前……!」
惹かれ合ってるガレットと姉さんの関係だって、私にはわかってる。でも、姉さんは私がいるから私を必要以上に心配してしまうのもわかってしまう。
だからガレットとの関係にも一歩、踏み出せてないのも私のせいだと言われれば否定できない。
私も、今年で十六歳。姉さんは二十歳で、ガレットは二十一歳。そろそろお互いの人生を決めるのには良い頃なのかもしれない。
「私、『黄金の鷹』を抜けます。今まで私を見限らないでくれてありがとう、ガレット」
今度こそ、ちゃんと笑えたと思う。口にしたのは彼が望んだ決別の言葉。
それなのに苦しそうな顔をするガレットに、私は心の中で小さく溜息を吐くのだった。
(……そうやって情を見せるから私だって心残りが出来るんだけどなぁ。でも、その情に縋っていたのは私も、か)
だからきっと、これで良いんだ。引き裂かれるような胸の痛みを誤魔化すように私はそう思った。
* * *
ガレットと別れて、私は自分の家へと戻ってきた。
基本、冒険者は根無し草だけど、この街のギルドをホームに定めた時に思い切って購入したものだった。
魔術を使うには道具の加工をしたりする必要があるから、どうしても作業のために自分の部屋というものが欲しかった。
(こういうのもパーティーを抜けてくれって頼まれた理由の一つなんだろうなぁ……)
家の中に入って、ローブを脱ぐ。壁掛けにローブをかけると、部屋に置いていた姿見に視線が向いた。
姿見に映った自分を見て、思わず手を伸ばしてしまった。手を伸ばした先は耳だ。
鏡に映る私の耳は――尖っている。これは普通のヒューマンではないことを示すものだ。
「……デミ・エルフ、か」
この世界にはエルフと呼ばれる種族がいる。ヒューマンとの交流も深く、長らく友好関係にある種族だ。
エルフは自然と調和することを好み、ヒューマンの築き上げる文明とは異なり、森や川、海といった自然と共に生きる種族だ。
とはいっても、全てのエルフがそうな訳ではないし、ヒューマンもまたエルフたちの生活に憧れて共存することもある。
そんなヒューマンとエルフの間に生まれたのがハーフエルフ。エルフはヒューマンよりも長命なため、子供も出来づらい。子供が欲しいためにヒューマンの相手を伴侶に選ぶ人もいるほどだ。
そうしてエルフの血は昔からヒューマンと交わってきたのだけど、時折そんな血が隔世遺伝してヒューマン同士の子供でもエルフの性質を継ぐ子が産まれる。
それがデミ・エルフ。私もそんな一人だった。
「……まぁ、出来損ないだけど」
エルフは精霊との親和性が高く、魔法師になる者も多い。デミ・エルフも本来、その性質を受け継ぐ筈だった。
でも、私には精霊と契約することは出来なかった。他の魔獣といった存在との契約も難しく、私は魔法師にはなれなかった。
ヒューマンとして生まれたはずの姉さんの方が魔法師としての才能に恵まれているというのは、神様が取り違えたんじゃないかと思ったほどだ。
「……本当、ままならない」
姿見に映る自分の容姿を見る。耳が尖っている以外は見事にヒューマン顔で、全体的に地味だ。やぼったい黒髪も、特徴もない茶色の瞳も。
あぁ、本当に自分は出来損ないだ。そう思って笑った私は、とても皮肉げに笑っているのだった。
作者が投降している別作品『転生王女と天才令嬢の魔法革命』の第二巻の発売が5/20日に決まりました。よろしければ、そちらもよろしくお願いいたします。




