翻訳は普通が良いです
元の場所まで戻ってきた。
看板の文字も、日本語に変換されるらしく、ちゃんと読むことが出来るようになった。なったわけなんだが……
「どう見ても街や村の名前じゃねぇな」
覆面のお兄さんに出会った街の名は『スタト』というらしい。
で、肝心の反対側なんだが……『初心者の洞窟』って名前の街なんだろう。
名前から察するに、ドワーフとかが炭鉱とかを掘り進んで出来た工業都市に違いない。うん。
「って、そんなわけあるかっ!」
どう読んでも魔物が出る感じのダンジョンとかだろっ!
っと、セルフボケとツッコミをしていた。
「……仕方がない」
覆面のお兄さんには会いたくないが、街に戻るとするか。
そんな諦めモード全開で足を踏み出したところで、俺は気付いた。
一匹の熊みたいな犬……というか、狼に。
その一匹は、二匹、三匹と増殖を繰り返し(いや、本当に増殖した訳じゃねぇけど)、あっという間に六頭の狼に囲まれてしまった。
鋭い牙と爪を持つ熊みたいな狼が六体。
対して俺は、丸腰な上に翻訳スキルのみ。なお、小学生の頃はバスケ部で、中、高、大と体育以外の運動はゼロ。
あれ? 俺、死ぬんじゃね?
と、とにかく!
「無抵抗で死んでたまるかっ!」
と、大声を出しながらも、プロボクサーを意識して両手の拳を顎の近くで構える。
俺の大声にビビったのか、狼らは少しだけ身を引いた。
お? これはワンチャン勝てるんじゃねぇ? わんちゃんだけに。
「おい、あれって、俺らの言葉じゃね?」
……うん?
どこからか、声が聞こえてくる。辺りを見渡しても、狼しかいない見晴らしのいい草原のど真ん中で。
「おいおい、アレが獣人に見えるのか? どう見ても雑魚だろ?」
「誰が雑魚だっ!? しばくぞっ!」
まぁ丸腰の帰宅部だったがよ。これでも商社マンとして足腰は鍛わってんだよ。
「お、おい、マジかよ……」
「俺の雑魚発言が聞こえたのか?」
「だが、反応しているように見えたでおじゃる」
「ヘイボーイ! リッスン出来るなら、セイホー言うてみ?」
「なんでラッパーみたいになってんだよ、お前は」
と、一番近くまで歩いて寄ってきた狼の頭部にチョップを入れる。もちろん、優しくだ。パファリンよりも優しさ成分多めだ。
「「「「「「…………マジかよ」」」」」」
六頭の声がハモった。
どうやら俺の得た翻訳スキルは、人間に限らず、言葉を持つ生物なら日本語に変換する。という、馬鹿げたものだったようだ。
お陰で動物の声まで分かるようになった。
あ、で。
「なんで俺が、狼のボスに会わなきゃならんのだ?」
六頭の狼らに引っ張られるようにして、俺は『初心者の洞窟』へとやって来た。