街は普通が良いです
「あ、異世界翻訳のスキル、付け忘れてた」
みたいなことを思ってるんだろうなぁ~かのクソ駄目神。
目の前に看板があるにも関わらず、なんて書いてあるのかさっぱりだ。
「あれで神様とか、ほんとにふざけとんな」
俺が代行した方が幾分かマシだろう。
とはいえ、まずは街を目指すしかない。
幸い、矢印が左右に別れて書かれている。
つまり二択。もしかしたら、貧富の差はあれど、両方とも街の可能性もある。
あとはどっちに向かうとするべきか。
「………………」
看板の文字が読めないところを考えると、現地の異世界人に日本語が通じるとは思えない。
出来ることならば、俺より先にこの世界に来た日本人ーーチート能力を貰った日本人が居る街に行きたい。
そうでもしなきゃ、飯も宿も得ることが出来ねぇ。
「……そうか」
今思えば、日本円も使えねぇんだよなぁ。
無一文な上にコミュニケーションも不自由とか、どんだけ不憫なんだよ。今の俺は。
「……考えても仕方がねぇか」
気持ちをポジティブにしていこう。
と、前向きになろうとしたところで、俺は思った。
あの駄目神……『転生』って言ってなかったか?
でも、俺の体は、どう見ても生きてた頃とあんまり変わらねぇんだけど?
これは……『転生』じゃなく、『召喚』では? ってか、転生ならっ!
「赤ん坊からやり直させろよっ!」
そうすれば、保護者という素晴らしい人達に守られた生活が待ってただろうがっ!
あのクソ駄目神! マジで討ち取ってやろうかっ!!
「さて……右に行くか」
理由は特にない。強いて言うなら、俺が右利きだから。ぐらいなもんだ。
もっとマシな理由で左を選んでおくべきだったかもしれん。
「ようこそ!」
一枚の紙切れを俺に突き出しながら、にこやかな表情で迫ってくる覆面のお兄さん。
「ようこそ!」
しかも、ガン無視を決め込んでいる俺に対してのみ、まるで親の仇のようなしつこさで迫ってくる。
「ようこそ!」
たった四文字。「ようこそ!」の弾丸に曝されている俺は、今にも硬く握りこんだ拳で、お兄さんの顔面に元気を爆発させたような挨拶をしたくなってしまう。
「ようこそ!」
よし、次の「ようこそ!」で一発噛ましてやるっ!
「お兄さん。暴力はいけないと思うんだ」
「そこは、ようこそ! だろうがっ!」
「へぶしっ!!」
台詞は違ったが、とりあえず殴ってやった。
なんで覆面のお兄さんを無視していたのか。それには簡単な理由がある。
このお兄さんの話だけ、日本語で聞こえたからだ。
他の住人は、俺が聞いたこと無いネイティブな異世界後で会話をしていた。どう聞いても日本語じゃない。
にもかかわらず、このお兄さんは日本語で俺に話しかけてきたんだぞ? 怪しいにも程がある。
「……なんのようですか?」
殴ってほんの少し、ストレスが解消されたので、心にゆとりの出来た俺は、お兄さんの話を聞いてやることにした。
「随分上から目線だね。これでも、神の御使いなんだよ? 私は」
「よし、今すぐ、あの駄目神の元に連れてけ。俺には拳で語る必要があるっ!」
「君と神様はマブダチでもなければ、ライバルでもないだろう。まったく」
どっちも嫌だ。
「殲滅対象と書いて、クソジジイとルビでも振っておいてくれ」
「その殲滅対象から、翻訳のスキルとチートスキルを預かってきたのだが?」
「お、気が利くじゃねぇか殲滅対象」
「殲滅対象はそのままなんだね……」
うるせぇ。
「ほら、さっさと翻訳スキルだけよこせ。それと使い方の説明。ほら、早く」
「そう急かすな」
と、比較的ノリの良いお兄さんは、俺に一つの黄色い石ころを差し出してくる。
「これがスキル結晶というものだ。鑑定のスキルを持つ者に鑑定して貰えば、スキルの名前が分かる。これは翻訳スキルが封じられているものになる」
「おう」
と、その黄色い石ころを奪い取るように受け取った俺は、さっさと使い方の説明をしろと、お兄さんの顔を見詰める。
「その眼は見詰めるとは言わない。睨むというのだ」
「眼の話はどうでもいいから、使い方を教えろ」
「まったく。せっかちにも程があるぞ? もっとだなぁ~心にゆとりを持つべきだとは思わんかね? えぇ?」
「思わん。ほら、早く」
「……そうか。使い方だが、石を握り絞めてやれば、十秒ほどで習得できる。一度習得してしまえば、結晶はただの石ころになるからな」
「おう」
と、俺は黄色い石ころを握りしめ、お兄さんから距離離れていく。
お兄さんは、チートスキルの石を取り出すのに苦労しているみたいだ。故に俺が背中を向けていることに気付いていないらしい。
「おっと、チートスキルは五つ受け取ってきたが、一人一つまでだから……お、おーい! 若者っ! どこに行ったのだっ!?」
チートは要らない。
どうせ、面倒な事に巻き込まれ、面倒な事を、無償でやらされるに決まってる。
こうして。
異世界初の街は、覆面を被った殲滅対象の御使いとやらに妨害され、ろくな思いでもなく立ち去ることになった。
「次は左に行ってみよう」