44 行方――帰ろう――
2025/09/28 文章一部修正
神奈は腕輪の魔法〈集合〉により、公園に光の矢となって戻って来た。
地面に顔面から光速で衝突した神奈は、その場に大きいクレーターを作る程の衝撃に襲われる。衝撃と風圧は凝縮されていたおかげで、幸い公園にクレーターができただけで済んだが、本来なら公園どころか周囲が消し飛んでいる。
「い、いったあ! 巨人の攻撃より痛かったんですけど!」
真っ赤になった顔を神奈は片手で押さえて悶えるが、誰も巨人の被害を受けていないことにホッとする。そんな神奈のもとに夢咲達は駆け寄る。
「神奈さん! 勝ったの!?」
「ああ、まあちょっと危なかったけど……なんとか」
「フン、当たり前だ。神谷神奈は俺以外には負けん」
「お前にも負けないだろう」
「なんだと!?」
「凄かった、よ?」
霧雨の冷静な指摘に速人が突っかかるが、誰もが勝利に喜んでいる。
なんとか力を振り絞り立っている神奈に、サマーとフォウが歩いて近付く。
「信じられない……あの化け物を倒したのか?」
「まあ一応な、殺してはないけど」
「嬢ちゃんはいったい何者なんだ?」
サマーの問いに考える素振りを見せた神奈は、少し目を閉じてから納得して口を開く。
「神谷神奈、ただの小学生さ」
「うわそれ名探偵が名乗るようなセリフですね」
「空気読めよ」
腕輪の空気の読まなさにはうんざりとするが、巨人を倒せたことに腕輪も一役買っているので、強い言葉は口から出さなかった。
異空間からの脱出方法を夢咲達は既に準備していると神奈に聞かせる。それを聞いた神奈は「……よかった」と胸を撫で下ろす。怪我人、斎藤は倒れたまま出血している。早く病院に連れて行かなければならない。
「それにしても予想以上に早かったわ、二分も経ってないのに倒しちゃうなんて」
「別にいいことだろ」
「まあそうなんだけど」
「おい、嬢ちゃん達! 準備が整った、脱出するぞ!」
「意外と早かったな」
「そりゃ神奈さんが巨人倒してからまだ一分ちょっとだし……」
確かに感じていた恐怖。それが崩れたなんともいえない感覚に、夢咲は複雑そうな表情で黒く開いたゲートを見る。黒い大穴が空中に浮かんでいる。その中に次々と飛び込み、全員が異空間からの脱出を果たす。
神奈達は気付くと元の公園に立っていた。自分達と同年代か、それ以下の子供達が遊具で遊んでいるのが何よりの証拠だ。
「帰ってきたか……」
「早く斎藤君を病院に連れて行かないと!」
「ああそうだ早く行こう! じゃあ、隼頼む!」
神奈は気絶している斎藤を速人に渡す。
速人は突然渡された斎藤を地面に倒れないよう支えると、なぜ自分が運ばなければならないのかとジト目を神奈に向ける。
「だって私は疲れてるし。この中ならお前が一番速いだろ?」
「……チッ、まあいい。ここで野垂れ死なれたら面倒だからな」
顔に不満を露骨に表す速人だが、斎藤という半死人がいる以上言い争う余裕はない。神奈も本来なら速人への頼み事などしないが、現状ではそうしなければ助からないと判断した。
速人が斎藤を背負って走り去ってから、今回の事を残ったメンバーで整理し始める。
「それで訊き忘れたんだけど、どうしてあなた達まだ現実にいられるの? 所持者はもう死んでしまったのに」
「ああ、それか。召喚の魔導書には本自体にも魔力が溜め込まれるんだ。俺たちは本の魔力で今この場に残れてるってわけ」
「へえー、便利なものだな」
神奈が感心したように呟く。
夢咲は神奈のように能天気な発言は出来ず、暗い表情でサマーを見上げる。
「なら、いつかは消えちゃうの?」
「まあ留まれて一時間ってところじゃないかな。とっくに他の二人は消えてるし、少しは長く留まれるはずさ」
召喚の魔導書に召喚されたサマー達は必ず消える運命にある。魔導書との契約者がいなければ、動力源である魔力は供給されないのだから。
「その本……まだあの巨人みたいな化け物が沢山いるの?」
「……いや、沢山はいない。いてもあのレベルなら数体ってところかな、俺達くらいのなら五十以上はいるだろうけど」
「そう……勝手に出たりは出来ないんだよね?」
「ああ、誰かに召喚されない限り、本から出ることはない」
サマーは断言するが、夢咲は悲しそうな表情を浮かべる。
「また、誰かが」
「うん?」
「また誰か悪い人がその本を持ってしまったら、敵対してしまうの? あなた達は悪い人じゃない。私を助けてくれたでしょ? 本当だったら殺すことも出来たはずで、おそらくあの死んだ人もそれを望んでた……でもあなたは助けてくれた。もうあなた達と……敵対したくないの……」
「俺達召喚生物に所有者を決める権利はない。この本は契約をしてしまえば誰でも使えるものだからな」
サマーの説明に夢咲は拳を固く握り、瞳に決意を込める。
「そう……なら私が契約する」
「嬢ちゃんがか?」
「そう、私が契約してしまえば、少なくとも生きている間は悪人に渡ることはないから……!」
「なるほどな、俺も夢咲の意見に賛成だ。なんなら俺だっていいぞ? 興味があるしな」
「私、も」
そこに霧雨も、さらに泉も便乗して使ってみたいと言い出すが、サマーは表情を曇らせる。
「そうか……そう思ってくれるのは嬉しい。でもダメなんだ」
「なんで!」
「この本の契約には相当な魔力がいる。嬢ちゃん達にはそれ程の魔力を感じない、契約は無理だ」
「そんな……」
夢咲は項垂れて、地面に両膝を付けて座り込んでしまう。
「なら私が契約しようか?」
泣きそうになっていた夢咲に聞こえてきたのは、英雄の少女の声。神奈としても、また悪人に渡って面倒事が起こるのは嫌なのだ。
「……それもいいんだが、やはりこういう強力な力を秘めた道具が誰かの手に渡るのはダメだと思うんだ。……ああ、別に彼のことを言ってるわけじゃないぞ? あくまでも個人の感想だ。結局善人に渡ったとしても、それから長い時が経てば悪人に渡る可能性だってある。安心してくれ、もうこの本は誰の手に渡ることもない。俺が留まっていられる間に、この本を誰にも見つからない場所に隠しておくからな」
「それもそうだな……お前たちは無限に生きていられるんだ。私達がどうこう言ったって未来のことは分からないし。……頼んだぞスイ――サマー!」
「嬢ちゃんスイカって呼ぼうとしただろ。でもそう言ってくれるとありがたい。じゃあ俺達はこれからその場所に向かうから……さよならだな」
自信に満ちた顔で断言するサマーとフォウに、神奈達は信じて魔導書を託す。もう会えないことに気が付いた夢咲の表情は暗くなるが、サマーとフォウが去って行く途中で顔を上げる。
「元気でねええええ!」
夢咲が目に涙を浮かべながら手を大きく振っているのを見て、神奈達も別れの言葉を叫ぶ。
フォウは神奈達の声を聞いて振り向き、笑顔で大きく両手を振る。サマーは振り向かないで手を振った。
サマーとフォウを送り出した神奈達はしばらく沈黙状態になる。周囲で遊ぶ子供達の声しかない空間を破るのは携帯の着信音だった。
「神奈さん?」
「ああ私だよ」
その着信音は神奈の携帯から鳴り響いている。神奈は携帯をポケットから出して画面を見ると、苦虫を潰したような顔をする。
「隼からだ」
「ああそう隼君……え? 番号知ってるの!?」
「……まあ、一応な」
神奈と速人はほとんど電話しないが、本当に必要な時はする。今のタイミングなら運んだ斎藤のことだろう。神奈は歪めた表情を直さず電話に出る。
「へえ、分かった。わざわざ悪いな。斎藤君は命に別状はないみたいだ、まあ二週間くらい絶対安静だし、顔と足の火傷は残っちゃうらしいけど」
神奈は電話で伝えられた速人からの言葉を夢咲達に伝える。まだ速人は何かを言っているのだが、神奈は聞こうともせず電源を落とした。
「それは……良かったといっていいのか微妙なところね」
「いや普通にダメだろ、重傷じゃないか」
「明日からお見舞いにみんなで行こう、ね」
全員が苦笑いする中、夢咲は両手をパンと叩いて注目を集める。
「じゃあ、文芸部の皆も今日はお疲れ様! 無事解決したことだし……解散!」
こうして一冊の魔導書を巡る争いには決着がついた。
それぞれが帰るべき場所に帰ろうとしている。ある者は疲れながら、ある者は今日の出来事を活かして発明をしようと気合を入れて、ある者は腕輪に向かって独り言を言いながら。
そしてある者は……手に持つ危険な本が世にもう出ないように。
*
紫色の煙が充満する森を二人の生物が歩く。
「しかしやっぱりここなんだね」
「ああ、本の隠し場所というか、何かを隠すなら誰も入れない場所がいいからな」
歩いているのはサマーとフォウの二人。
この場所はかつてドーマと呼ばれる惑星の住人が、危険すぎる魔導書を三冊持ち辿り着いた場所。ドーマ人は地球人が手出し出来ないようこの森を毒素で満たしたが、結局今から何百年か前に大賢者カノンという男が持ち去ってしまった。
「確かにこれは生半可な魔力の持ち主じゃ立ち寄れないよね。まあ、あの神谷って子ぐらいの魔力なら入れると思うけど」
「そうだろうな、魔法生物である俺達でさえ長くはいられない。俺の植物ではここに植えようにもすぐに瘴気で腐って枯れてしまうし、本当に時間との勝負だ」
「ああ、急ごう。このもう少し先だよね。そういえば僕の勝負中さ、あの泉って女の子が……」
遥か昔からこの場所は生物など存在出来ず、入れば一分で死ぬと言われる魔の森。二人も危ないが魔力でカバーしつつなんとか奥へと進んでいる。歩いて進んでいくと祭壇のような、石で作られた建造物があった。二人はそこに本を置く。
「ここまで入って来られるのはそういない。そもそもまともな奴ならこんな場所を探そうと思わないだろう」
「そうだね、こんな場所に入るなんて正気じゃないよ」
「――そうかな? 正気じゃなくて悪かったね」
突然二人以外の……透き通る少女の声が響いた。
「な!?」
「き、君は」
フォウの言葉は続かなかった。なぜなら急に上半身が爆発して跡形もなくなっていたからだ。それを見たサマーは目を疑い、爆発を起こした目前の人物を見た。
「何でこんなところに……嬢ちゃんは」
「邪魔だよ」
襲撃者の少女が手を翳すと、サマーは一瞬で氷像のように凍り付いて固まってしまった。
困惑した表情のまま固まった氷像を、少女は手刀で粉々に砕く。空中にはキラキラとした氷の極小の粒が舞う。
少女は何事もなかったように進み、祭壇上の魔導書を手に取り笑う。
「ようやく戻ってきたよ、私の本。これからだ、これからなんだ……この世界の改革……とはいえもう眠い、また意識が薄れる…………交代……い……と」
少女はいなくなり、その場にはもう誰も存在しなくなった。




