43 巨人――あんなのでかいだけの人間だ――
2025/10/04 文章一部修正
文芸部員、それにサマーやフォウは目前の光景に目を見開いて唖然とする。
戦いに介入出来ないから見守っていたものの、斎藤が勝利したかと思えば、自分達の何十倍もの大きさの巨人が現れたのだから無理もない。およそ身長二百メートルを超える褐色の肌をした巨人からは、とんでもないプレッシャーが放たれ続けている。
巨人の身長は結界よりも高い。公園をまるっと覆っていた半透明の結界は、巨人が現れてからも形を維持しようとしていたが、巨人の頭に押され続けたせいで限界が到来。ガラスが割れるような音と共に崩壊した。
「結界が割れた!?」
「あまりの大きさに耐えきれなくなったんだ!」
「なんなんだ、あの化け物は……」
冷静に巨人を分析する速人は存在感に圧倒されてしまい、体を動かせない。
「こわ、い」
「凄い威圧感……こんなの初めて……」
「あの肉体はほとんどが筋肉でできている。まさに力の化け物」
泉と夢咲、そして霧雨は全身を恐怖で震わせる。
「でかすぎだろ……」
この場でたった二人だけ恐怖を感じていない者達がいた。
一人は神谷神奈。彼女は巨人の威圧をものともせずに観察している。
もう一人、この巨人を召喚した張本人の狩屋敦。しかしこの男、正確には巨人を認識しておらず、自分が召喚した何かがいるとしか思えていなかった。全身が爛れる重度の火傷を負い、死の一歩手前だからまともな思考が出来ていない。それでも背後にいる何かと融合すれば、生意気な子供を捻り潰せると確信していた。
融合して勝つ……そんな未来は訪れなかった。
巨人が足を動かし、つま先が狩屋のいた場所に移動する。瀕死状態だった狩屋は呆気なく潰されて、紙のように薄っぺらい死体へと成り果ててしまった。
究極魔法を受けてもしぶとく生き残っていた狩屋が、ズシンという地響きと共に呆気なく死を迎えた。召喚者である彼が、召喚した巨人に圧死させられた。神奈は困惑して「え?」としか言えない。
「ああ、虫を踏み潰したか。ここは……何かの力で作られた異空間か?」
決着が拍子抜けすぎたことで空気が一気に緩むが、真上から重低音の響く声が聞こえたことで緊張状態に引き戻される。
嫌な予感が神奈の全身を駆け巡っていた。
なぜ召喚者である狩屋が死んだのに、巨人やサマー達は消えていないのか。召喚者が死亡してもすぐには消えないのか。その疑問は文芸部全員の疑問だ。すぐ消えないのなら厄介なことになる。
「虫が多いな。まとめて踏み潰すか」
神奈の嫌な予感は嬉しくないことに的中する。
自然な動作で巨人が足を上げて下ろそうとしていた。たったそれだけの普通のことでも、大きな体で動かれたら被害は深刻。神奈達がいる公園なんてあっという間に崩壊してしまう。
夢咲達が背を向けて逃げようとした時、巨人の傍で気絶している斎藤を視界に捉える。究極魔法の使用で魔力切れを起こしたのだ。
気絶中の斎藤には単純な死が近付いても分からない。死を遠ざけるために神奈は両脚に力を込めて跳び、下りて来る巨大な足に向かって思いっきり拳を振るう。
「ぬおっ! 虫けらめ、歯向かうか」
殴られた衝撃で一歩のけぞった巨人。たったそれだけで公園付近の家は踏みつぶされて崩壊した。巨人がこれ以上好き勝手に動けば、気絶中の斎藤は狩屋と同じ末路を辿ってしまう。
神奈は地面に着地してからまた跳び上がり、巨人の割れた腹筋にめり込む重い一撃を叩き込んだが……効かない。異常な硬度だ。肉体強度はエクエスをも上回っている。傷は付かなくとも痛みは多少あったのか、巨人は額に青筋を浮かべる。
「怒ってるなヴァ!?」
まるで虫でも払うかのように、巨人の右手で神奈は吹き飛ばされる。飛行魔法の〈フライ〉で戻ろうにも飛ばされる速度が速すぎて、発動しても止まれない。為す術なく吹き飛ぶ神奈は長い曲線を描いて道路に落ちると、無人の家をいくつも壊しながら地面を転がる。
服は所々破けているが肌に傷はない。神奈の肉体も魔力で強化されているので、並大抵の攻撃では傷付かないのだ。……とはいえ、巨人のパワーは神奈以上。本気で攻撃されたら死にかねない。
神奈は倒壊した家の瓦礫を、真上に腕を伸ばすことで吹き飛ばす。
「あの化け物、どんだけぶっ飛ばしてくれてんだ」
立ち上がり、崩壊した道路や家などを見て呆然と呟く。
「神奈さん上見てください!」
「え、上?」
腕輪の忠告で神奈が上を見ると、巨人が空から降って来た。
「えぇ!? 嘘だろおい!」
「まずはお前から破壊してやろう!」
神奈は焦りながら〈フライ〉を使用して、高速でその場から離れる。
巨人が着地した衝撃で周りの建物全てが砕け、大地ごと宙を舞い、道路には地割れでも起きたかのように亀裂が大きく広がる。ここが異空間で本当に良かったと神奈は心の中で呟く。
「待てよ、今、チャンスか?」
建物だった瓦礫が宙に浮いている状態は神奈にとって絶好のチャンス。
巨人から見えないように瓦礫の影を移動して接近し、巨人のつま先まで走った神奈は巨大な足の小指に向かって踵落としを放つ。それと同時、宙に浮かんでいた瓦礫が落ちて轟音が鳴り響く。
「ぐおっ! そこか!」
「うっそだろ、硬すぎだろこいつ!」
巨人のダメージは小指の爪が少し割れたくらいである。
攻撃したせいで居場所がバレた神奈は蹴り上げられた。位置の問題か威力が逃げていたおかげで、かなり痛いが骨や筋肉に異常はない。すぐに〈フライ〉で体勢を立て直して巨人の脛に蹴りを入れる。
「くらえ弁慶の泣き所!」
「ぬぐわあっ!」
「かったあ!?」
神奈は金属を蹴ったかのような感覚に陥る。正確には転生前の自分が鋼鉄を蹴ったような感覚。ただの筋肉に金属以上の硬さを感じるのだ。
諦めずに脛を思いっきり蹴りつけるが当然硬い。膨張した筋肉で覆われていてダメージが碌に通らない。痛みは与えているが、それも大したものではない。自分の力が通用しないのかと動揺した神奈は呆気なく巨人の手に捕まる。
「捕まえたぞ虫め、覚悟しろおお! 破壊だああ!」
「ちょ、はや」
神奈の小さな体は放り投げられて、巨大な両手が迫る。
「羽虫でも潰すように潰す気だろうけど……! 肝心なことを忘れてるぞ! 虫は自由に飛び回るんだからそう簡単に潰せるわけないだろおおお! 私だって簡単には蚊を潰せなくてイライラするんだよおお!」
神奈は巨大な両手を潜り抜けるように躱して真っ直ぐ飛び、巨人の顎を真下から、宇宙の果てまで飛ばす意気込みで殴る。
神奈が殴った衝撃で巨人が少し空中に浮いた。その様子を遠くからはっきりと、確かに見ていたサマーとフォウは信じられないと言った風に目を見開く。
「バカな、召喚の魔導書の中でもトップクラスの化け物だぞ……。対抗出来るだけでも凄いのに、押してる?」
「凄いね凄いねあの女の子!」
「目に映った光景を無にするまで止まらない破壊の巨人を……。あの嬢ちゃんはいったい、何者なんだ?」
「そんなことも分からないのサマー? あの人は、神奈さんは……私の、私達の大切な友達よ!」
夢咲は胸を張って誇らしげに言い放ち、速人以外の全員が頷いて同意する。
「それであの巨人は神谷に任せるとして、この異空間から脱出するにはどうしたらいいんだ?」
「ああ、それならもう既に準備を進ませている。召喚の魔導書の中に存在する、この空間を作った生物にお願いしているからな。脱出ゲート完成まで三分ってところだ」
サマーがいつの間にか拾っていた魔導書を抱え、霧雨の疑問に答える。
「あと三分持ち堪えられればいいんだな。あの様子なら問題なさそうだ」
「……神奈さんは負けないわ。大丈夫……きっと大丈夫よね?」
夢咲が真剣な表情で呟いていた時、神奈は巨人の顎を殴った痛みに悶えていた。
巨人を空中に少し浮かす程のアッパーをかましたから手を痛めたのだ。骨に異常はないが痛いものは痛いので、歯を食いしばりながら手をひらひらと振る。
「ぐっ、ぬう!」
「顎は殴れば脳震盪が起こる、それはどんな生物も――」
「ぬおおおおおおっ!」
「うっそだろおまっ!」
巨人は一瞬硬直した後すぐ活動を再開させる。
筋肉を更に膨張させて、三倍程に膨らませた腕で神奈を叩き落とす。神奈は攻撃に手応えを感じて油断していたので反応出来なかった。一直線に真下へ落下して地面に大きい亀裂が走る。
「でも、確かに手応えはあった。所詮巨人と言ってもでかいだけの人間だ。急所は変わらない。腕輪!」
「なんでしょう?」
「人体で最も殴られたらヤバい場所はどこだ? そこに〈超魔激烈拳〉を叩き込む!」
「なるほど、それなら倒せるかもしれないですね。代表的なのは頭、顎、それに運動神経がいくつもある首の後ろです!」
「なら首だ!」
巨人は神奈を右足で蹴り飛ばそうとしてくるが、紙一重で躱して死角に入り込む。巨人から見たら神奈はまるで蟻のように小さな存在……だからこそ見失うポイントが多い。巨人は神奈が突然消えたと思いキョロキョロと視線を移動させて捜す。
神奈は上げられた巨大な足の裏を通り、〈フライ〉で背後に回り込んだ。そのまま首まで飛ぼうと上昇していく。そうして背中の辺りまで来た時……突然巨人が振り向き、神奈の方へ手を伸ばし始める。
「そこかあ! 潰れろおぉ虫があああ!」
「やばっ、気付かれた!」
神奈は全速力で真上に飛ぶことで巨大な手を避けた。
少し予定が狂ったが、瞬時に大きな隙を作るための策を考える。
神奈はぐんぐん上に飛んで巨人の少し上まで行くと、何十メートルもある魔力弾を生成して巨人に投げつけた。紫に光る魔力弾は巨人の顔に直撃するもダメージはあまりない。しかし、神奈の狙いはダメージではなかった。
「ぐうおおおお!?」
巨人は突然苦しさからの叫びを上げ、目を押さえて俯く。
上にいる神奈を見上げたせいで巨人はとある物を見てしまった。
太陽。青空にある一点の白。異空間とはいえその役目は変わらない。大地を照らす光と温める熱を発している太陽を直視すれば目が眩む。咄嗟に思い付いた案だが、上手くいったことに神奈はガッツポーズしながら急降下する。俯く巨人の首後ろ目掛けて速度を落とさず飛んで行く。
「くらえ、〈超魔激烈拳〉!」
「ヌグウアアアアアア!」
濃い紫の光に包まれた神奈の右拳が巨人の首に叩き込まれた。
巨人は殴打の威力に絶叫して白目を剥き、地面に倒れ伏して家々を押し潰す。
「破壊が好きならこの空間で一生破壊行為してろ……このデカブツが」
神奈は倒れて動かなくなった巨人に呟く。
必殺技〈超魔激烈拳〉の反動で満足に動けない神奈は空中に浮かび上がる。それは神奈の意思で起こした現象ではなく、突然の予想外な空中浮遊に目を丸くする。
「えっ、何これ?」
「私ですよ私! 私にも魔力はあるんですから運びますよ! この魔法、〈フライ〉でも〈レビテーション〉でもありませんが大丈夫! すぐに公園に戻れますよ!」
腕輪には魔力が存在しているから魔法も使用出来る。
神奈は腕輪が使う魔法ということに嫌な予感を抱くが、あまり動けない状態では何も思っても無意味。
「いきますよお……! 〈集合〉!」
神奈の体から強い光が出てきて優しく包み込む。
「この魔法は思い浮かべた場所へすぐに行けるという優れもの! ただし光となって移動するので、普通の人間が使用すれば速度に耐えきれず消滅します!」
「そんな危ない魔法を躊躇なく使うなああああああ!」
光速で飛ばされる神奈の絶叫は遠くまで響き渡った。
腕輪「次回予告! 巨人登場により窮地に陥った神奈さん達。巨人、でかすぎんだろ……。あんな巨人、ウォールマリアでも防げませんよ。次回、神奈さんVS巨人! 絶対見てくださいね!」
神奈「それ今回の話じゃね!?」
 




