41 本物――私の勘は当たるんだ――
2025/10/04 誤字修正+文章一部修正
神奈達に釘を刺した後、フォウを中心に煙が発生したので反射的に目を瞑る。
泉の「もういいよ」という声が聞こえて、目を開けた神奈達が見たものは……全く違いが見当たらない二人の泉沙羅だった。
偽者は本人と瓜二つ。見分けがつくような変身なら何の役にも立たない。外見だけでの判断は難しいと考える神奈達は、やはり質問がカギだと確信する。
「これもう始まってるんだよな?」
神奈はそう聞いてみるが、二人の泉は困惑の表情を浮かべて互いを見ている。
始まっているとを答えたなら、答えた方がフォウである。なぜなら彼が始めた勝負なのだから、始まりは彼しか判断出来ない。
外見が全く同じ相手を見て二人の泉は少し硬直した後、口を開く。
「私が本物、よ」
「いや私の方、よ」
「いや私、が」
「私、よ」
「……全く分からん」
当然であるが、姿だけでなく喋り方や仕草までコピーされている。声も同じなので本物かを判断出来るのは言動からのみ。三回の質問で動揺を誘い、ボロを出させる必要がある。
質問といっても、神奈達は泉のことを多く知らない。記憶すらコピーしたフォウに尻尾を出させるには、単純な質問では不可能だ。泉を選ばれたせいで難易度が非常に高くなっていた。
「早速質問してみたらどうだ?」
「でも何を質問すればいいんだか……」
「まず私に質問させて」
「夢咲さん?」
夢咲が真剣な瞳で自分にやらせろと神奈に訴える。
サマーとの戦闘結果を引き摺っているわけではなく、単純に自分が適役だと思っての言葉だ。
「質問は三つ。隼君を除いた三人がそれぞれ一つずつ質問すればいいんじゃない?」
「おいなぜ俺を抜いた」
「だって隼君部員のことあんまり知らないでしょ」
「……俺は抜きでいい」
部活中いつも気絶している速人が知っているわけがない。本人も自覚しているので言い返せない。
質問は三回。一回目の質問は夢咲からで、まず右の泉に質問をぶつける。
「じゃあ質問だけど、私が泉さんを文芸部に誘った時、泉さんが言った言葉は何?」
「確か、そんなもの作るなんて凄いねだったか、な」
「うーん、正解」
「何? じゃあそっちが本物なのか?」
いきなり本物を当てられたのかと期待した神奈は右の泉を凝視するが、左との違いはやはり分からない。
「いや、わざわざ質問していいって言ってるんだぞ? たぶん記憶もコピーしているはずだ」
「じゃあこれ意味ないってこと?」
「何か有効に使えれば意味あるだろうけど……難しいよな」
記憶をコピーしている相手にどう質問しようと、本人の記憶から答えを探り出せてしまう。大抵の質問の意味は失われる。
一つ目では何も分からなかったので残りは二つ。
次は順番で霧雨が左の泉に質問する。
「俺から質問しよう」
「霧雨、分かってるとは思うけど慎重に質問しろよ」
「分かっている。では質問だが、俺の家にある掃除機の名前はなんだ? 一番、デリーター。二番、デッドマター。三番、デルスター」
「あのレンバ名前なんてあったの!? てかそれ泉さんが知ってんの!? しかも質問じゃなくてクイズじゃん!」
質問に出された掃除機というのは、霧雨家を自動清掃しているレンバという掃除機だ。侵入者にはレーザーを放ち、死体すら消滅させる兵器でもある。
「え、と。さ、さんば、ん?」
困惑しつつも左の泉は選択肢の中から選ぶ。
「残念、答えは一番。デリーターだ」
「おい慎重にって言っただろ、なんでクイズにしたんだよ!」
「すまなかったな。知識にないことを聞いた時の表情や仕草から、何か掴めないかと思ったんだが……」
「あ、意外と考えてたんだなお前。なんかごめん」
霧雨が考えなしに質問したのかと神奈は思っていたが違う。
霧雨は天才の域にいる人間。才ある人間が無策なわけがない。
「失礼な奴だ」
「それでどうだ? 何か分かったか?」
「いや、悪いが何も分からなかった」
「おい、なんなんだよ結局意味ないじゃん。ていうかこの質問って本当に意味あるか? さっき有効に使えるんなら意味あるとは言ったけど……何も思い浮かばない」
十秒程、神奈は顎先に手を当てて考える。
「あと質問は一つ、神奈さん、決めた?」
「よし、決めたよ。右の泉さんに訊くけど……お前は泉さん本人か?」
知らないことを訊いて反応を探るという霧雨の考えを採用し、神奈も反応を伺うことにした。
「……っ!? うん、本物だ、よ」
「ちょっ、と! 私の方が本物だ、よ」
「くっそ分からあああん!」
記憶も容姿も完全コピーしているのに、本人を選べなど無理がありすぎる。
三回の質問を終え、神奈達はどちらの泉が本人かを選択することにした。
霧雨は右、斎藤と夢咲は左と意見が割れる。いくら話し合いしようと意見は割れたままだ。そんな状況を打開するため、話に参加していない速人が口を開く。
「これでは埒が明かん。神谷神奈! お前が選べ」
「え、なんで?」
「お前がこの文芸部のリーダーだろう?」
「いや部長は夢咲さんなんだけど?」
「この部を今日引っ張っているのはお前だ、何の心配も要らない。ただ選べばいいだけだ」
選べばいいだけとはいえ、その選択は勝敗を左右する大事なもの。
何も分かっていない自分が答えていいものかと神奈は思い悩む。
「……結局分からないままだから、このままじゃ勘になっちゃうんだけど。……いいのか?」
「私はいいよ」
「俺も構わない」
「僕もいいよ」
「だ、そうだ。これ以上悩んでも時間の無駄だ、早くしろ。負けても次があるだろう?」
分からないものはどれだけ悩んでも分からないままだ。速人の言う『悩んでも時間の無駄』というのは一つの真理である。そして彼の言う通り負けても次がある。負けたら一勝二敗になるだけで、この後の戦いに全て勝てば問題ない。
一度頷いた神奈は、人差し指を立てて右腕を頭上に伸ばす。
「よし決めた。本物は……お前だ!」
「わた、し?」
伸ばした右腕を一気に振り、神奈が選んだのは右の泉だった。
思い悩んでも無駄だと悟った神奈の選択はただの直感だ。しかし時には直感で選んだ方がいいこともある。
「完全に勘だけどその私の勘が言っている! 本物は右だ、そうだろ!」
「ありがとう私を選んでくれ、て。これで私達の勝ちだ、ね」
「正解か! やっぱり私の勘は当たるな。これで二勝一敗でこっちが――」
浮かれた神奈の声は左の泉に遮られる。
「嘘つかない、で! 私が本物でしょ、う」
「え」
「あはは、ゴメンゴメン! 僕はフォウ! でも嘘じゃないよ? 僕達の勝ちなのはね」
「ええ?」
右の泉はボンッと発生した白煙に包まれ、茶髪の少年に早変わりした。
直感で選んだ方がいいことはある。ただ、今回はダメだったのだ。
勝利したフォウは上機嫌で狩屋のもとへと帰って行く。
「何をしている神谷神奈! お前のせいでこちらの負けてしまうぞ!」
「あれ、負けてもいいって言ってたよな!? しかもまだ負けてないだろ!」
「残ったのは斎藤とお前だけだ。つまりお前は勝ち、斎藤の負けで二勝三敗、こちらの負けだ!」
「なんで斎藤君を負けさせてんだ失礼だな!」
「お前は勝てると思っているのか? この前まで戦いの素人だった斎藤が、勝てると本気で思っているのか」
「勘だけど勝てると思ってる」
「お前の勘はさっき外れただろう」
速人の言うことはもっともだと神奈も思う。少し前まで喧嘩もしたことがないような人間が果たして命懸けの勝負を出来るのか。勝てる可能性は低いだろうがそれでも神奈は斎藤に賭けている。
「ねえ、もうあっちは結界内で待ってるみたいなんだけど」
神奈が結界内を見てみれば、狩屋ではなく真っ白な肌の女性が待っていた。秘色の髪をツインお団子にしていて、白い着物を身に纏う彼女は目を瞑っている。
「せっかちな奴だな」
「僕が――」
「私が行く」
結界に入ろうとした斎藤を、神奈が肩を掴んで止めた。
「え?」
「だから私が行く。四戦目は私が出る」
「な、なんで……僕が行くべきなんじゃ?」
なぜ自分が行くべきと斎藤が考えているかは、召喚の魔導書で喚ばれた魔法生物よりも従える狩屋の方が強いと判断したからだ。強者と戦いたくなかったわけではなく、神奈の強さを信頼しているからこその考えだった。
普段攻防、というか一方的な戦いが行われている文芸部。一撃で負け続けている速人でさえ特訓した斎藤の遥か高みにいる。ならば、速人を一撃で倒す神奈の強さはどれ程のものなのか。特訓中にレイが自分より強いと発言しているので、底が見えない強さということだけは分かる。
一方、神奈は斎藤に最後を託してしまおうと考えていた。
今回彼女は自分のことをサブキャラのようなものだと捉えている。いつもなら助けを求められたり、勝手に首を突っ込む神奈だが、今回は経緯がどうであれ斎藤が引き受けた勝負だ。それなら狩屋と戦うのは斎藤であるべきだと強く思っていた。
「この勝負は元々斎藤君の本が賭けの対象なんだ。だから斎藤君には最後に大将として戦ってほしい」
「それは…………うん、分かったよ。僕があの男を倒す」
納得した斎藤の肩を放すと神奈は結界を通ろうとする。
「待って!」
しかし焦った様子の夢咲に呼び止められる。
彼女は真剣な表情で結界内を見ているので、神奈達も改めて見てみると……結界内の空間だけ地面も遊具も全てが凍りついていた。明らかに異常である。
「なっ、なんで凍ってるんだ?」
「相手の力か」
「みんな聞いて。神奈さんが入る時、もっと離れた場所に移動して。じゃないと私達が死ぬ」
どうして死ぬのか分からず泉と神奈は首を傾げる。
「え、なんで私達、が?」
「ああ、そういうことか。結界内はこことは隔離された空間だが、それだけならこちらが中に入ることすら不可能なはず。だが入れるということは、その瞬間だけこちらと繋がるということだ。要するに、中の冷気が一気に流れ込んでくるんだな?」
「そういうこと」
霧雨が超人的な理解力で夢咲の言いたいこと全てを理解して説明する。
「マジかよ……え? じゃあもし夢咲さんが警告してくれなかったら、私以外死んでたってこと? こわっ!」
「でも声は届くよ、ね? 音だって聞こえてる、し」
「防音機能まであったら色々不都合なことがあるんじゃないか? それが何かは知らんがな」
退避する理由は理解したので、夢咲達は公園から少し離れた位置に移動した。
全員が移動してから神奈は結界内に入る。侵入した瞬間、凄まじい冷気が僅かな時間だけ放出されて、公園入口付近が凍りついてしまう。仲間が退避していなければどうなっていたか想像は容易い。神奈はホッと胸を撫で下ろして敵と向き合う。
「待たせて悪かったな」
「いえ、別に。でも驚かせてくれるわね」
「何もしてないんだけど」
「この空間で平然と生きているどころか立っている。それだけで十分驚いているわ」
現在結界内の温度はどんな生物も凍りついてしまう程低い。人間など、寒さにあまり強くない生物は入ってすぐ凍死してしまう。しかし、魔力を纏えば暑さ寒さを軽減することも出来る。ただ神奈の場合は魔力を纏わなくても、所有している加護のおかげで温度が全く分かっていない。
「さて始めましょうか? と言ってもあなたはもう限界のはず。気温が低ければ体の動きは鈍って調子も悪くなる。そして今、この場所の気温を更に二十度下げてみたわ。もうあなたは動くことも喋ることも出来ないでしょう」
「いや普通に動けるし喋れるけど」
「ええ!? いやそれは生物としておかしいわ! あなたは……そういうことね? あなたは機械、どこかに操縦している本体がいるはず!」
「いや生身の体なんだけど」
「どうでもいいわね、機械ごと凍らせてしまえばいいだけだもの!」
「話を聞けよ」
勝手に勘違いした女性は神奈に手を翳して、気合の掛け声を何度も出す。その度に気温が低下したり、猛烈な吹雪が吹いたりしたが神奈には意味がない。
(何かしてるっぽい? どうしよう。これ何か反応した方がいいんじゃ……もう見るに堪えないなこの人。厨二病みたいだ。教室で闇の力とか言い出して、教壇の上で何かしても何も起こらないような状況だよ)
もちろん神奈には効かないだけで、斎藤ならどの技を受けても即凍死する。
「こうなればもう奥の手を出すしかないわね。これは誇っていいわ。さあ、喰らいなさ――」
「もういいから! 恥ずかしくなるだけだから!」
「――いギイッ!?」
奥の手を出す前に女性は神奈に殴られて、あまりの威力に戦闘不能になった。光に包まれて召喚の魔導書に戻って行く。召喚の魔導書に喚ばれた魔法生物は生命活動が終わるか、帰還のキーワードを口にすれば魔導書内に戻ってしまうのだ。
女性が魔導書に戻ったことにより、凍結した場所の氷が溶けていく。
(あれ、勝ったの? まあ勝ったんだろうな。これでいいんだ。決着が早い方が心の傷は浅く済む)
神奈は入口付近に戻って来ている夢咲達のもとへと帰って行く。
全員があまりの強さに引き気味になるも、なんとか労いの言葉をかけようと言葉を捻り出す。
「えっと、お疲れ様?」
「決着が早すぎて言葉に詰まるな」
「でもいいことだ、よ」
上手く言葉が出ないのは当然だ。神奈は苦戦していないのだから。
気まずい雰囲気から脱却するため神奈は強引に話題を転換する。
「さあっ、次は斎藤君の出番だ。勝てるって信じてるよ」
「うん、勝つよ。みんなの頑張りを無駄にしないためにも」
気を取り直すように神奈は斎藤の肩に軽く手を置き、通り過ぎる。
斎藤はそれに応えるように気合を込めた声を出す。
遂に大将同士の一騎打ちが始まろうとしている。
狩屋は既に結界内に入って準備をしていた。
「それじゃあ、行ってくる」
緊張する斎藤は手に持つ魔導書を見てから歩き出した。
フォウ「僕は相手の記憶も姿も実力も、ぜーんぶコピー出来るんだよ。……あれ? 君、この記憶」
泉「ネタバレ禁止、ね」
神奈「自分はするくせに!?」
 




