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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.二章 神谷神奈と究極の魔導書
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40 植物――命の交換――

2025/10/01 文章一部修正









 黒く小さな物体が夢咲のもとへ高速で飛んでいき、夢咲がそれを躱して近づく。結局いくら続けようともさっきと同じ展開になってくるので、予知出来る夢咲は余裕の戦いを見せている。

 そんな戦闘中、神奈が結界内をよく観察していると不思議なことに気付く。


「なあ、霧雨」


「なんだ? あ、ダウト!」

「ハズレ、よ」


「トランプやってんじゃねえよ! あれだよあれ! あんなところにあんなもんがあるなんておかしいだろ!」


「ん? な、なんであんなところに、しかも大量にスイカがある?」


「ここ公園だったよね!? スイカが周りにすごい数あるんですけど!」


 緑と黒のしましま模様のスイカが、公園に張られている結界内の周りを囲むように大量に実っている。状況が不自然すぎて神奈達も、遅れて気付いた夢咲も困惑する。


「スイカ? え、なんでこんなところに……?」

「ああ、ようやく気付いたんだ」


 直前に蹴り砕かれていたサマーの肉体が、死体とは別の場所で蘇りを果たしていた。復活はすでに十以上繰り返されている。


「どういう意味? あと当たり前みたいに復活しないでほしいんだけど……」


「教えてもいいよ? 俺の不死身の秘密をさ。バレてもどうせ嬢ちゃんにはどうしようもないから」


「……へぇ、言ってくれるね。ならありがたく教えてもらうわ、あなたの不死身の秘密」


 サマーが自分に有利な情報を話すのは、夢咲にはどうしようもない不死性への圧倒的信頼だ。

 両手を広げたサマーは意気揚々と言い放つ。


「俺の不死身の秘密はさあ、このスイカ達さ!」


「スイカが?」


「まずこのスイカ達だが普通はこんな急速に育つわけがない。だが俺の持つ力がそれを可能とする。俺の一つ目の力は〈急成長〉。どんな植物も五秒で全ての成長過程を終了させる便利な力さ。俺の吐きまくってたのはスイカの種だから、大量に育ってくれた」


「そんな魔法が……でもそのスイカがどう関係してるっていうの? その魔法じゃただ農業者に便利な魔法ってだけじゃない」


 戦闘では役立ちそうにない魔法を説明され、夢咲は関連性が見えず戸惑う。


「そうだな、嬢ちゃんは植物にも命があることを知ってるか? 動物だけでなくきちんと植物にも生命ってもんはある。俺はそのスイカと命の交換をし魂を入れ替えているんだよ。嬢ちゃんが攻撃したあの肉体はスイカの魂が入ってスイカとなる。スイカの方には俺の魂が入る。俺の体を作るよう命令信号を送れば、スイカは変質して俺の肉体を形作る。要するに単なる入れ替わりトリックなのさ。これが二つ目の力……〈命の等価交換(エクスチェンジライフ)〉」


「嘘でしょ……」


 夢咲達は驚きを隠せない。ただの固有魔法なら一つしか使用出来ず、二つ持っているのは異常なことである。しかし勘違いしているが、サマーの力は固有魔法ではなく魔技に近い魔力操作だ。


 スイカと自分の存在を入れ替えるという禁忌のような力。植物限定でしか使えない力ではなく、生命があるなら誰にでも使える。ただ今回に限ってはスイカ以外で行う意味がない。スイカのストックは百以上、つまり現状でもサマーを倒すにはあと百回以上倒さなければならない。さらに種を吐かれれば、魔力がある限り無限に増えてしまう。


 二人の力。〈未来予知〉と〈命の等価交換〉。そのどちらも攻撃が通用しづらい。普通に戦っても決着の時間が延びるだけだ。体力か魔力が切れるまで決着はつかないだろう。


「でも、それならスイカを先に!」


「その間に俺は種を吐きまくるぜ? 結局意味がない」


「うっ、ならあなたを先に!」


 夢咲はサマーに近付いて体を砕く。こうも簡単に砕けるのはパワードスーツのパワーと、相手がスイカの柔らかさになっているからだ。サマーの体が砕けた後、また百以上あるスイカのどれかから本体が現れる。


「それはさっきからやっていただろ? もう悟ってもいいんじゃないか? 詰んでるんだよ、嬢ちゃんは」


 打開策はない。サマーの言葉通り、この勝負は夢咲の敗北が決定している。

 奮闘している夢咲を見て速人が呟く。


「厳しいな、あの能力」


「そうだな。確かに今の夢咲さんじゃ勝ち目が薄いかもな」


「神谷神奈、お前だったらどう攻略する?」


「……あいつがスイカと入れ替わるより速く殴るか、スイカを全て砕いた後にあいつを殴るってぐらいだろうな」


「そう、そしてそれには圧倒的な速さが必要だ。夢咲ではどう足掻いても勝てる相手じゃない」


「それは分かってる。でも夢咲さんは簡単に諦めないぞ。あの意思の強さは簡単に折れるものじゃない」


 簡単に諦めるような人間ならもうとっくに心が折れて諦めている。

 戦いは続くが、状況は悪くなる一方であった。一向に夢咲に形勢が傾くことなく、体力だけが削られていく。息を荒くしながらも夢咲は決して諦めない。

 サマーは自分より格下の夢咲にため息を吐く。


「もうバテてきただろう? 無駄な抵抗は止めて、大人しく降参してくれないかなあ?」


「はあっ、はあっ、うあああ!」


「もうフラフラじゃないか、お仲間も心配そうだぜ?」


 能力発覚から二十分。元々体力が少ない夢咲は限界に近い。相当疲れて覚束ない足取りになっている。それに比べてサマーは無傷で疲れすら見せない。彼は教えなかったが〈命の等価交換〉は入れ替わり時に体力が全回復する。ゆえに彼の体力は雀の涙程も減っていない。


「もういいよ、夢咲さん」


 敗北確定の勝負で夢咲が倒れそうになるのを神奈達はもう見ていたくなかった。


「負けは私が取り返す。だからもうこの勝負は諦めていいんだ」


 荒い呼吸を落ち着かせようとしている夢咲に、神奈は諦めるよう言葉をかける。


「だ……よ」


「え?」


「……ダメだよ!」


 俯いたまま夢咲が体を震わせて叫ぶ。

 なぜそこまで勝利に拘るのか。

 何がそこまで彼女を突き動かすのか。


「私は決めたの……! 強くなって、神奈さんの役に立つ。もう何も出来ない自分が嫌だから……!」


「……夢咲さん」


「予知で危機を知って……! でも何も出来なくて……! 悔しいの、無力な自分が許せないの! だから今回こそ役に立つ、何かを成し遂げてみせる……!」


 予知という知る力を持っていたからこその苦悩。

 誰にも理解されない悩みを、今始めて彼女は吐露した。

 夢咲は力を振り絞って全力でサマーの方へと駆けて行く。


「そろそろウザくなっちゃったな」

「うぐっ!」

「夢咲さん!」


 だがそんな想いは、夢咲の苦悩は、サマーには何一つ関係がないもの。

 突如生えた五メートル超えの巨大なツタが夢咲を捕らえて首を絞め上げる。


「俺の体内ではあらゆる植物の種が常に生み出されている。その中でも危険度が高い植物、摂取植物レイドン。体を絞め上げて栄養素を吸い取り、捕まった者は最終的に枯れ木のようになってしまう」

「ぐっ、うあっ、くうぅ……」


 首を強く絞められて、押し潰された苦痛の喘ぎ声が漏れる。

 目は大きく見開かれ、焦点がバラバラになる。

 友達が殺されそうになっている現実に神奈は耐えきれず叫び出す。


「おい止めろサマー! もう決着はついているんだ、夢咲さんを離せ!」


「言われなくても返すっての」


 悪役扱いをされたサマーが、予想外なことに夢咲をすぐ解放した。

 植物が緩んで地面に落ちた夢咲を持ち上げ、神奈達に向かって投げ飛ばす。


「ちょっ、返してくれるのはありがたいけど投げるなよ! 結界があるから受けとめることも出来ないぞ!」


 焦る神奈達に構わず、サマーは狩屋のもとへと戻る。


「どういうつもりだ?」


「今代のマスターさんよお、あっちの嬢ちゃんの言う通り決着はついた。もう意味ないし、いいだろ?」


「ふん、まあいいか。こっちの勝ちなんだから」


 狩屋は手に持つ召喚の魔導書に、結界のルールを歪めるよう語りかける。結界を作り出した生物ならばルールを好きなように変更することが可能だからだ。

 衝突する寸前でルールが変更され、結界を通り抜けた夢咲を神奈が受け止めた。


「大丈夫か?」

「……ごめん、負けちゃった」


 お姫様抱っこ状態の夢咲は、俯きながら涙を溢れさせている。

 部員を纏める部長として、悲劇を予知出来る者として、戦いで何も出来なかったことに責任感が付き纏う。その重い責任が彼女の精神を潰そうとしている。


「そんなことどうでもいいだよ!」

「そうだぞ夢咲、役に立ってないなんてことはない。お前はしっかり俺達を支えてくれているさ」

「そうだよ、ね」


 速人は同意せず顔を逸らしていたが、斎藤、霧雨、泉の順に励ましの言葉を贈る。


「なあ夢咲さん。みんなの気持ちを聞いても、まだ何もしてないなんて思うか? 夢咲さんは一番大事な役割を果たしてくれたじゃないか。……夢咲さんがいなければ、私達は出会ってなかったんだから」


 部活を作るのは予想以上に大変なこと。それを成し遂げて、文芸部という居場所を作っただけで夢咲は既に何かを成していた。自分では気付かないだけで、本当は誰かしらに感謝されているのだ。


「みんな……。神奈さん」


 神奈は目線で下ろすよう訴えられたので夢咲を腕から下ろす。

 地面に降りた夢咲は俯きながら「ありがとう」と小さい声で告げた。



 *



 速人は勝ち、夢咲は負け、勝負は一勝一敗。

 まだ負けてはいないが厳しい戦いになるのは間違いない。

 戦わないと宣言している霧雨を除き残りは神奈、斎藤、泉だ。戦闘で確実に勝てるのは神奈だけである。つまり斎藤と泉のどちらかが勝利しなければ勝ち目はない。


「ねえ!」


 突然声が聞こえたので全員が振り向くと、太めの尻尾が生えている茶髪の少年が笑顔で立っていた。


「僕はフォウ、勝負方法を伝えに来たんだよ」


「勝負方法? 殴り合いじゃないのか?」


「僕はそんな野蛮なことしないよ! 残りの二人は戦闘だろうけど、今回だけ特殊な戦い方をしよう」


 少年は人差し指を立てて笑顔を向ける。


「僕の力は〈完全変身(メタモルフォーゼ)〉。何かに変身することが出来るんだ」


「いいのか? 能力をばらして」


「ばらさなきゃ出来ないのさ、これからやる勝負はね。ルールはシンプル。僕が変身した姿と本人で並んで、どちらが本人か当てる簡単なゲームさ。ちなみに質問が三回まで出来るから、それを上手く使ってみてね」


 ルールが分かりやすいので神奈達は頷いて返す。

 戦わないなら泉か斎藤でも勝利出来る可能性があるので、受け入れないメリットはない。


「僕が変身するのは君だよ」


 そう言ってフォウは泉に指を向ける。

 突然の指名に泉があたふたとし始める。


「なら始めるかっておい! お前が決めるのか!?」


「うん、僕って美少女にしか変身したくなくってさ。この子なら及第点ってところだから」


「どういう意味だおい?」


 顔に笑みを浮かべつつ神奈は額に青筋を立てて問う。

 美少女と言われた泉は得意気な顔になった。それを目視した神奈、夢咲は額に青筋が増えていく。


「それじゃ早速やろう、よ」


「うんそうだね。じゃあいくよ? ああ、君達は目を瞑っててね? じゃなきゃこっちの不戦勝だからね」


 神奈達に釘を刺した後、フォウを中心に煙が発生したので反射的に目を瞑る。

 泉の「もういいよ」という声が聞こえて、目を開けた神奈達が見たものは……全く違いが見当たらない二人の泉沙羅だった。


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