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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.二章 神谷神奈と究極の魔導書
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39 神速――お前の負けだ――

2025/10/01 文章一部修正









 幻想は崩れ去り、速人は気がつけば現実に戻っていた。

 速人は公園内にいる敵を見る前に、少し離れた入口付近に目をやる。ホッとした表情の神奈達を一瞬だけ視界に入れると、その中で斎藤だけは僅かに涙を浮かべている。仲間の顔を見た後で速人は敵を鋭く睨みつける。


「……こんなバカなことが起こりえるの? どうやって戻って、今までこの技が破られたことはないのに。まさか想いが力になったとでもいうの……?」


「さてな……案外、そのおかげなのかもしれんぞ」


 事実速人の精神に神奈の声が届かなければ、現実に戻れた可能性は少ない。性格が違っても生きている輝を受け入れて、幻想に生きた可能性だってある。


「さて、俺の兄貴を、家族を侮辱したのは許せん。今すぐ殺してやる」

「……はっ!」


 技を破られたことで動揺しているため、スプリは反応が遅れた。気付いた時にはすでに上半身の人間部分と、下半身の樹木部分が切断されていた。


「奧技、神速閃」


 修行の末、編み出したのは単純な一閃。

 今までの比ではない速度の一撃。


 修行していた、というより喧嘩していたディストでさえ、多少の焦りを見せた技。〈神速閃〉。スプリがまともな精神状態であったとしても、この技を避けることは不可能だろう。


 上半身が空中に放り出されたスプリからは、樹液のようなものが出ている。


「うっ……まさかこれで勝ったと思っているの! 甘い、言ったはずよ! 植物は再生するのも特徴の一つ、私自身も再生が可能なのです!」


 上半身が高く飛んでいくが、下半身から木が伸びて上半身とくっついた。……黒いナニカを巻き込んで。

 元の姿に戻っていくスプリは勝利を確信して高笑いをする。


「あはははは! いくら速く斬っても再生する。あなたに勝ち目は――」


「哀れな奴だ」


「なんですって?」


 スプリが眼中にない速人は背を向ける。


「散々木の根を再生させておいて、俺が再生することを予想していないとでも思ったのか? 既に勝負は決した。お前の負けだ」


「負け惜しみヴォウッ!?」


 スプリの上半身と下半身の接合部分がいきなり爆発した。

 無論やったのは速人だ。スプリが再生する前に、上半身と下半身を繋ぐコースに炸裂弾を数個放り投げていたのだ。それを知らずに再生したスプリは、炸裂弾も一緒に巻き込んで再生した。炸裂弾の爆発力は高く、上半身と下半身がほぼ消し飛んだせいでもう再生出来ない。


「修行でもして出直してこい」


 もう敵もおらず、結界も通れるようになったので、速人は神奈達のもとへ帰っていく。

 結界を通った速人に神奈は薄く笑みを浮かべる。


「ま、お前なら勝つって一応信じてたよ」


「神谷神奈! お前を倒すのは俺だ!」


「あ、はい。なんで今?」


 初戦は速人の勝利で大喜び。決闘は順調な滑り出しで進む。負けた狩屋は舌打ちしつつ、神奈達への強さの認識を改めた。


 速人が戻り二戦目に突入する。初戦前に決めた通り戦おうとする少女は、右拳と左の手のひらを合わせて一歩前に出る。


「さて、次は私だね。行ってくる」


「本当に大丈夫?」


「神奈さん、私は宇宙人の騒動の時に何も出来なかった。だから今回神奈さんの力になれればいいと思ってるの。こんな私で不安だろうけど……任せて」


 譲れない意思を感じた神奈は夢咲を止められないと再び悟る。


「……分かった」


 夢咲の心は踏み躙らないが、神奈達の心中は不安でいっぱいになっている。

 初戦を見るまで神奈は敵を舐めていた。狩屋が大したことなさそうというのが一番の原因だ。しかし初戦で速人を苦戦させたことで、今回の敵の危険性を知った。


 二戦目。ピアスをした緑色の男と夢咲が同時に結界内に入る。


「やあ、俺はサマー。嬢ちゃんは?」


「……夢咲夜知留」


「そうか、じゃあ早速で悪いんだけど諦めてくれる? 君じゃ俺には勝てないからな。女の子を傷付けるのは趣味じゃない」


「お気遣いどうも、でも結構です」


「そうかい? 後悔するよ?」


「あなたこそ後悔しますよ。舐めてかかるとね」


 戦いが始まろうとしている時、霧雨が怠そうな声を出す。


「ようやく出番か?」


「ん? 霧雨、何が出番なんだよ」


「ああそうか、言ってなかったな。彼女には俺が開発したパワードスーツを着てもらっている。まだ試作段階だが、かなりの性能だったから今回の件で使えると思って渡したんだ」


「パワードスーツって……マジかよ」


 明らかに小学生が製作出来る物ではない。出会ってから異常すぎる霧雨の科学力に神奈はいつも驚かされていた。


「今あいつが上に着ているのはただの私服。あの下には夢咲の体にフィットするように調整した、黒いパワードスーツがある」


「へぇ……なあ、服のサイズどうやって合わせたんだ?」


 夢咲と知り合って二か月に満たない霧雨が、彼女の体の大きさを知っているわけがない。目測で大まかな予測が出来るとはいえ、正確な数値を出すには測る必要がある。


「もちろんメジャーで測ったぞ、隅々までな」

「変態じゃん!」


「バカを言うな。あれは発明のための身体測定だ。やましい気持ちなどない」

「……信じられな、い」


 黙って聞いていた泉がそう口から零した。

 女子側からすれば完全にアウトな情報なので、冷めた視線が向けられる。神奈も一応女子のカテゴリーに入るので内心嫌悪感を抱いた。


「そういえば、彼女の自信はそれだけじゃないみたいだぞ?」


「そうなの? って話を逸らすなよ変態」


「……もうそれでいいから黙って見ていてくれ。実験が始まるんだ」


 外野が話していた時、結界内では戦いが始まる寸前だった。

 夢咲とサマーはお互いに向かい合う。真剣な瞳を向ける夢咲に対し、サマーはこれから子供と遊ぶような余裕の表情だ。


「じゃあ始めようか」

「はい、始めましょう」


 始まりの合図はない。すぐにサマーに向かい走り出す夢咲だが、彼女への対応は息を大きく吸い込むことだった。


「……来る」


 息を吸い込んだサマーは両頬を少し膨らませて、口から黒く小さな何かを一つ吐き出す。そのサマーの行動の前に、夢咲は飛来する何かの軌道から避けていた。


 黒い小さな物体は遊具を貫通して、結界にぶつかって弾かれる。吐き出す時の力により貫通力が高い武器になっている。


 一発目を外したサマーは多少の驚きを見せるが、すぐに黒く小さな何かを連続で吐き出す。その二秒前に夢咲は走り出して避けることに成功する。

 夢咲は大きく円を描くように走って、吐き出された何かを躱し続けた。


「凄いなお前が作ったっていうパワードスーツ。夢咲さんの身体能力を底上げしてくれてる」


「当然だ」


「……にしてもあれは、なんの種だ?」


 走り続ける夢咲が黒く小さな何かを躱し続けて二十秒。あまりにも進展がないため、彼女は焦りを見せて覚悟を決めた。


「このままじゃ埒が明かない!」


 急に方向転換をした夢咲はサマーの方へと駆ける。


「へえ、真正面からか。面白い!」


 連続で吐き出される小さな何かを夢咲は確実に避け、相手との距離を縮めていく。


「ガトリング砲みたいな攻撃に正面から向かっていくなんて!」

「死んじゃうか、も」

「……問題があるようには思えんがな」


 斎藤達が心配の声を上げる中、見守る神奈と速人は心配無用だと気付いていた。


「だな。夢咲さんの動き、明らかに相手の攻撃の前に動いてる。あれなら躱し続けられるはずだよ」


 黒く小さな何かを躱し続け、夢咲はサマーの懐まで近付けた。


「な、なぜ当たらない。見切ったっていうのか!」


「見切ってなんかない。私には視えているの」


 殴打の射程距離に入った夢咲はようやく攻撃出来る。

 夢咲が拳を握ると、サマーは今までよりも大きく両頬を膨らませる。


「これなら、どうだ!」


 黒く小さな何かが一つずつではなく、散弾のように一気に放たれた。これは正面にいたら躱せない攻撃。数十にも及ぶ黒い物体が地面に穴を穿(うが)つ。蜂の巣のように無数の穴が空くが……夢咲はそこにいない。

 夢咲は予知していたかのように、攻撃前に超スピードで後ろに回り込んでいた。


「後ろ!」

「なグヴァハッ!?」


 背後の声に反応して後ろを向いたサマーだが、その瞬間顔面に蹴りが入り――顔面が弾け飛んだ。


 顔なし死体になったサマーの首から赤い液体が溢れ出し、夢咲にもかかりながら噴水のように流れる。完全にサマーが動かないのを確認した夢咲は神奈達のもとへ戻って行く。


「ふう、終わったみたい……どうしてみんな離れてるの?」


「いやその見た目で近付きたくは……」

「俺が言うのもなんだが殺し屋みたいだしな」

「怖、い」

「スーツは汚れていないだろうな?」


「失礼だね。まあこれでこっちの二勝だし、もうらくしょっ!?」


 勝利した夢咲が……結界に弾かれた。


「はははは! 結界内で戦った者は、どちらかが負けを認めるか死ぬかしなければ、結界は何者をも通さない!」


 遠くから叫ぶ狩屋の言葉を聞き、神奈はいきなり嫌な予感が大きくなる。


「どういうこと? サマーって人はもう死んで――」


 訝しげな表情の夢咲の体が突然腰から折り曲げられる。そのすぐ上を、全員に見覚えのある黒く小さな何かが十個も通り過ぎた。


「あーあ、避けられちゃったか」

「サマー……!」


 無傷のサマーが結界の端で首を鳴らしていた。

 不思議な現象に首を傾げる神奈は妙なことに気付く。遅れて全員が気付いて言葉を漏らす。


「死体が残ったまま……?」

「どうなってる、の?」

「決まっているだろう。あれは偽物だったというだけにすぎん」


 頭が弾けている死体は元の場所に残ったままだ。赤い液体もそのままで、まだ垂れ流されている。

 首からゴキゴキと音を鳴らすサマーは夢咲に問う。


「しっかし、なんで避けれたんだ? 嬢ちゃん完全に油断してただろうに……まるで攻撃が来るのが分かってたみたいに避けられた。もしかしてだけど、嬢ちゃんの力は予知とかかな?」


「そうだよ。私は自分に害がある事柄を、一瞬だけどその二秒前に見ることが出来る。つまり私に攻撃は意味ないってこと」


「やっぱりそうだったのかあ。あー、首が凝るなあ」


 二秒前に危険を予知する力。

 これに初めて夢咲が目覚めたのは、荻原が作り出したゴーレムとの戦闘中のこと。当初は意味も分からず頭に浮かぶイメージに混乱していたが今は違う。


(え、何そのチート能力? 夢咲さんの未来予知ってそんな便利なやつじゃなかったよね? 具体的なことは分からないし、制御も出来てなかったはずだよね? 何でそんな急に進化してんの? そんでなんで当然のように能力を予測出来るの?)


 一人戦慄する神奈をよそに霧雨達は安心している。


「なるほど、部長の自信はそういうことだったか。これなら心配いらなそうだな」

「安心だよ、ね」


(霧雨と泉さんは楽観的に考えているけど本当にそれでいいのか? まだサマーの能力も分かっていないのに安心していいのか? 未来予知、確かにそれは凄い力かもしれない。でもそれで絶対勝てるかと聞かれれば答えられない。この勝負はまだどちらが勝つのか予測出来ない……!)


 二戦目は第二ラウンドに突入しようとしていた。


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