37 桜吹雪――永遠に覚めない夢へ――
2025/10/01 文章一部修正
ついに決戦の日、神奈を含めた文芸部一同は待ち合わせ場所の公園に向かう。するとそこには既に待っていた狩屋と、後ろにいる見たことがない四人……いや、人間ではない四体の姿。
一番左。上半身は人間で桃色のガウンを着ている女性。下半身は樹木で出来ており、髪が枝になっている。その枝には見事な桜が咲いていて、まるでピンクの髪が生えているかのような生物。
二体目の体は人間の形だが、色は緑という人間ではありえない色の青年。チャラついたイメージを持たせる仕草をし、耳には控えめだがピアスをしている。
三体目は茶髪の穏やかそうな背の低い少年。ただし茶と黒のしましま模様の尻尾が生え、頭には狸のような丸い耳が生えている。
一番右の四体目は秘色の髪をツインお団子にしていて、見た者を凍てつかせる青く鋭い目をした女性。
「あっちは既にお待ちかねだったってわけか」
横一列になり神奈達が集団に近付くと、狩屋達も気付いて視線を向けてくる。
「来たか……意外だったぞ、まさか来るとは」
「行かなきゃお前が何をするか分からないからな」
「ふふ、まあなんだっていい。では移動するか」
そう言いながら狩屋は持っている本のページを捲っていく。
「……ここではさすがに戦わないか」
「当たり前だ。俺自身もここで戦って大事にするのは不本意だからな。……この本の中に異空間を作り出し、中に何でも入れられる者がいる。もちろん人でもだ。俺達はこれからその異空間で戦うことになる」
「つまり四次元ポケットだな」
「まさか二十二世紀の猫型ロボットも、あの本に召喚されていたという可能性も……!」
召喚の魔導書に向かって狩屋が語り掛ける。
中の生物と会話出来るらしく、異空間を作り出す生物と話しているのだ。数十秒経った時、本から赤色の光が溢れだしてその場の全員を包み込む。
今回は神奈の持つ神の加護は発動しない。強く意識すれば加護を無効化出来るのは荻原の件で確認済みである。
ワープする瞬間に無効化するだけで、別空間に移動したら元に戻る。戻した瞬間に害だと認識されることはない。ただ、強く害だと思ってしまえば、異空間から弾き出されはするだろうが。
「眩しっ! ここは……?」
「なんだ? 本当に移動したのか?」
赤い光が消えていくと、霧雨が移動したのかどうかの疑問を口に出す。
神奈達全員が困惑している原因は景色が先程の公園と変わらないからだ。違うことは一つだけ。神奈達以外の人間は全員いなくなっている。
「ふっ、俺からのサプライズだよ。お前達が全く知らない場所だと、十全に力を発揮出来ないかもしれないだろう? ルールを説明する。これから交代制の一対一で戦う。先に三勝した方が勝ち。勝った方が相手の本を貰う、これだけだ」
「とんだサプライズだな。こんな世界を作ったのも、身近な町を壊すという行為に心と体が急ブレーキをかけて、上手く戦えなくする狙いがあっただけだろうに」
「え、そうなの?」
狩屋の狙いを霧雨が解説すると、神奈、斎藤、夢咲は首を傾げる。三人ともそんな狙いがあるとは分かっていなかった。
「俺は気にしないがな」
「俺もだ。科学には犠牲がつきもの、それが町だろうとな」
「危ない、ね」
神奈達は公園の入り口側、狩屋達は奥の壁側に寄る。
これで戦う準備が出来たと思いきや、薄い紫色の立方体が狩屋達と神奈達との間に出現した。幅にして縦横二十メートルはあるそれを作り出したのは、現在いる空間を作り出した者だ。
「触れても弾かれる。攻撃が通じないぞ」
「これは結界だな、おそらくこの中で戦えってことだろ。外からも中からも攻撃は無駄っぽいぞ」
「本格的に一対一を意識させるな……」
一対一。勝ち抜きではなく交代制というのが神奈にとって痛いところだ。もし勝ち抜きならば最初から神奈が出て、全員ぶっ飛ばして呆気なく終了になるというのに。
「さあ! そちらの一人目は結界の中に入れ! お前達と俺達をこの中に一人ずつだけ入れるようにした!」
作り出された結界は作り出した者によってルールを変えられる。今回のものは文芸部側から一人、狩屋側から一人しか入れず、どちらかが倒されるか降参するまで出られないルールになっている。一対一の戦いに邪魔が入らないためのルールだ。
「おい、なんか入れるっぽいぞ。誰から行く?」
「私はまだ遠慮しておく、ね」
「俺は今回は辞退する。代わりもいることだしな」
すぐには誰が戦うか決まらない。後が不利になるかもしれないが、最初から自分が出ようかと神奈が考え出す。
「私が……」
「行くよ、私が」
「夢咲さん?」
一番手で戦うと宣言したのは夢咲だった。
そのことについて全員が意外だと思う。夢咲が戦いには向いてないのは誰もが分かっている。文芸部の中でまともに戦えるのは神奈や速人くらいであろうと、夢咲含め誰もが分かっているのだ。しかし、夢咲の瞳は何か譲れないような意思を全員に感じさせた。
「分かった、じゃあ先鋒は夢咲さんだ!」
「うん、任せて。そして見ていて、部長である私の覚悟を」
その場にいる全員が納得して頷く。
夢咲は闘志を燃やしながら結界内に入ろうと足を進める。
「きゃっ!」
「え」
――進めた結果、結界の内部に入れなかった。
予想外に弾かれた夢咲は地面に尻餅をつく。
「どういうことだ、結界に一人だけ入れるんじゃ?」
「あ。あれを見、て」
結界内を指す泉の声に従い神奈達が見ると、いつの間にか中に入っていた速人を発見した。彼は神奈達が悩んでいる内に一人で先を越して、誰にも何も言わず入っていたのだ。
入れなかった夢咲は顔を俯かせて肩を小刻みに震わせ始める。そして少し経ち、顔を上げた。
「……応援しましょう」
「ああ、そうだな」
「でも次は私が必ず出る!」
「ああ……そうだな」
文芸部からは速人、狩屋側からは桜の樹木のような女性が結界内に入っている。戦いが始まっているというのにどちらも動く気配すらない。
「こんなお遊びはすぐに意味もないことだと思い知らせてやる。さあどこからでもさっさと来い。来ないならこっちから行くぞ」
「いや行けよ! なんで相手が攻撃するまで待ってんだ!」
文芸部側にも狩屋側にも、強さに自信があるからこそ生まれる速人の余裕が伝わる。
桜の樹木のような女性はにこやかな表情で口を開く。
「ありがとう。でも私の攻撃はもう始まっているから心配しないでね?」
笑顔の彼女の発言を速人が訝しげに思っていると、真下から妙な音が聞こえてくるのに気付く。警戒を高めていると、突如地中から太い木の根が速人の体を貫こうと出現した。
人間三人分くらいはある太さの根が伸びるが速人もそう簡単にやられはしない。出てきた木の根を回避しながら、納刀していた刀を抜いてあっさりと根を切断してみせる。
「今の奇襲程度で俺を仕留められると思っていたのか? 舐めるのもいいが本気で来い樹木女」
「……私の根を斬るなんてやるわね。あと私の名はスプリ、樹木女じゃないからね。あなたが強いことは分かったし、今度は本数を増やしましょう」
公園の地面のあちこちから、先程と同じような太い根が生え始める。それらはグングンと伸びて速人に襲いかかる。
「鬱陶しいな。こんなものは通じん」
またもや速人は全ての木の根を切断してみせる。
「へぇ……。でも植物は再生力が凄いのよね」
切断されたはずの木の根が再生するのに時間はかからない。再生したそれらの根をまた斬っていく速人だが、斬ってからすぐに再生して再び襲い掛かって来るので埒が明かない。
攻撃そのものは速人に通じていないが、長期戦になれば不利になっていくのが神奈には分かった。実際に応戦している速人も、このまま木の根だけを相手にしていれば負けることに気がついている。
「気付いている? このままではあなたは負ける。あなたが斬ったそばから再生して襲い掛かる私の根は、徐々に本数を増やしている。今の状況が続けば私の根に対処しきれなくなり、あなたの敗北は確実よ」
「……おしゃべりな奴だ。そんなお前に少し忠告してやろうか? 俺に勝つのは無理だ。早々に諦めた方がいい」
「この状況でよくもそんなことが言えるものね。あなたはここで串刺しにして、栄養分を吸い取って干物のようにっ!」
未だに余裕の態度を崩さない速人にスプリは苛つく。攻撃をさらに激しくしようとした彼女だが、真上にある物が落ちて来て意識が逸れる。意識をそちらに向けた瞬間、物体は……爆発した。
「炸裂弾。こちらに意識を向ける前に投げておいたのが今落ちてきたか」
爆発した瞬間。スプリは速人への攻撃を中止して、近くから生える自身の根で自分を包みこんだ。太く頑丈なことが幸いしてスプリのダメージはほとんど根が引き受けた。炸裂弾付近の根は全て消し飛んだものの、人間部分に与えられたダメージは小さい。
再生出来る根はどうでもいいが、上半身の人間部分だけスプリは再生出来ない。その再生出来ない顔には額から赤い血……ではなく樹液が流れていた。
小さなものではあるが傷は傷。スプリは速人を鋭く睨みつけながら、手の先で樹液を拭う。
「……小癪な真似をしてくれますね」
「咄嗟に木の根で包んで被害を最低限に抑えたのは見事。だがこの瞬間、お前の攻撃はやんだ」
そう言うと速人は全力で走ってスプリとの距離を詰めていく。怒るスプリも根を伸ばして攻撃を再開するが、既に遅い。後手に回ったことにより根は全て切断されていく。
斬られては再生しての状態から、再生しては斬られての状態になっていた。既に形勢は逆転している。
「終わりだ、死ね……!」
「まずいっ……なんてね。まさかこれを使うことになるなんて思わなかったわ。〈幻想桜吹雪〉!」
木の根での攻撃だけしていたならスプリは負けていただろう。しかし、スプリにはまだ恐ろしい奥の手が存在していた。
桜の花びらが速人を囲み、塔を造るように上っていく。花びらの正体はスプリの頭部で咲いていた満開の桜。物凄い数の花びらが散ったが再生は早く、頭の桜は減っていない。
いくら数があろうと所詮は花びら、殺傷力なんてない。速人は目眩ましで時間稼ぎするだけの技と決めつけ「くだらない」と吐き捨てる。
「こんなものは時間稼ぎに過ぎん。お前の死期が少し伸びるだけに過ぎんのだ……!」
「それはどうかしらね。この技を甘く見ない方がいいわ」
徐々に桜吹雪が弱まり始めるが、速人の視界は桃色の花びらで覆い尽くされたままだ。眼球に貼りついているのではと思う程至近距離であり、目を擦っても取れず全く視界が晴れない。
次第に意識が朦朧としてきたのを感じ、焦って花びらを取ろうとするがやはり取れない。そして意識が桃色に塗り潰された。
少しして、桜吹雪は完全になくなった。
神奈達が最初に見たものは……立ったまま微動だにしない速人の姿だった。
「動かなくなったな」
「神奈さん、これはどうなってるの?」
「私だって分かんないよ! 本当にどうなってんだ……?」
今何が起きたのか全員理解が追い付かない。
「ふふ、この花びらに囲まれた者は意識を失い、精神は願望の具現化した世界に飛ばされる。いわば幻覚、幻術の一種よ。これにかかればもう意識が戻ることはない。自力で戻ってくるのはほぼ不可能。戻って来られなかった場合は死と同じ。つまり私の勝ちね」
「神奈さん、あれは幻術の一種です! 精神を飛ばして幻覚を――」
「それは今聞いた」
神奈としては信じたくなかったが、現実だと受け止める。開始早々の余裕な態度は問題があったが、速人の動きも策も悪くなかった。相手の手札がそれよりも優秀だっただけだ。
「こっちの負けだ、ね」
「ああ、悔しいけど……」
「諦めちゃダメだよみんな! 呼びかけて現実に引き戻すの! 隼君頑張って! 負けないで、現実に戻って来て! 隼くーん!」
敗北を考える神奈や泉と違い、夢咲は諦めていなかった。彼女だけは一応部員である速人の勝利を最後まで諦めない。
夢咲が速人の名を叫び始めたのを見て、神奈は薄く笑みを浮かべる。
「そうだよな……。なあ隼、お前は諦めないよな」
それから神奈達は動かない仲間に大声で呼びかけ続けた。
「ふふ、永遠に覚めない夢へ……さようなら」
 




