35 究極――その勝負受けるよ――
2025/09/28 誤字修正+文章一部修正
初めての魔法を使用してレイ達の弟子になった斎藤は、今まで本の解読にあてていた時間を魔法の訓練に使っていた。今までは本の解読が一日の主な過ごし方だったから何をしていいか分からず、形見の本関連である魔法を使うことにしたのだ。目標が少し変化しただけである。
訓練は初心者ということで瞑想などの精神統一、魔力弾の生成を主にやっている。訓練の時間は多いので、少しずつ魔力の使い方が上達しているとレイは神奈に話している。
しかし、魔力弾を生成出来ても小さいし、放ってもゆっくりと蛇のような動きをして、的に当たる前に霧散してしまう。消えてしまうのは込められた魔力が少ないからだ。神奈が普段撃つものが宇宙まで届くのは単に魔力量の違いである。
現在、文芸部は揃って下校しており、復活が早かったため速人も付いて来ていた。
斎藤は未だに形見の本を身につけていた。今まではどこでも解読出来るようにという理由だが、以前から本質はそこではなく、本当は形見の本と離れたくなかったのだろう。
「へぇ、それで修行ばっかしてるんだ」
「まだ全然だけどね。それでもいつかレイみたいに強くなりたいな」
「レイか、レイ……強い……かもな、うん」
レイの強さの認識は神奈からすれば微妙である。
惑星トルバ序列二位だから強いことは分かる。実際グラヴィーやディストと比べれば遥かに強い。しかし、神奈には手加減していたことや、エクエスに一方的にやられていたことで強さの認識がズレていた。神奈にとって強者は未だにエクエスのみだ。
「魔法なんて信じていなかったけど、知って現実だって分かった今だから、訓練も楽しいよ」
「魔法かあ、私も使えるけど制御出来ないしなあ」
「魔法か……はぁ、デッパーとかしか使えないしなあ」
「魔法などどうでもいい、俺には科学がある!」
「いきなりそれた、ね」
文芸部員で一番早く自宅に着くのは霧雨だ。そろそろ霧雨家に到着するところで、速人は前から歩いて来る青年に目を向けていた。裏社会の人間の速人だけが分かる。前方を自然な動きで歩く青年はどす黒さを秘めた目をしている。
「そう、科学は素晴らしい! ついでにロボットも素晴らしい! 実は今日も試作の眼鏡をかけているんだが、中々にいい調子でな。これは売ったら大儲け出来るに違いない」
「その話、詳しく聞かせてもらえる? 少しだけ手伝うから利益の五割をくれない?」
「少しだけって言ってるのに半分とか多いな!」
青年との距離はどんどん縮まっていく。
真横まで来た彼は驚きの行動に出た。すれ違う瞬間、彼はさりげなくであるが、斎藤の腰にある専用ケースに入れていた魔導書をくすねたのだ。あまりに自然な動きの窃盗。速人と神奈以外は全く気付けない。
「ちょっと止まれよ」
「待て」
本を持つ青年の腕を神奈が掴み、喉元には速人が刀を突きつける。
「おい、なんのつもりだよあんた」
「おっと、なんのことだいお嬢ちゃん?」
「とぼけるなよ。斎藤君の本を返せ……!」
よりにもよって盗もうとしたのが形見の本。許せない行為だ。
盗まれた当人は「え?」と呟くだけで何も分かっていないが、他の者達は状況をすぐに理解する。遅れて斎藤も理解する。
覇気を込めた瞳を神奈が向けていると青年は目を細めて睨む。
「……子供だと甘く見ていたが、なんだ、やるじゃないか」
青年は神奈と速人を見て、軽いため息を吐くと魔導書を斎藤に投げる。
「本は返した。刀を下ろしてくれよ」
いつまでも刀を向けるわけにもいかず速人は舌打ちして納刀する。
自由になった青年だが、まだ神奈達に囲まれたままで逃げ場はない。ただの小学生相手なら逃げるのは可能だが神奈から逃げ切るのは不可能。速人も警戒しているので、妙な動きを見せれば刀を振るわれる。
膠着状態になった時、霧雨が眼鏡に人差し指をトントンと当てながら口を開く。
「おいそこの犯罪者、お前の犯行の瞬間はこの眼鏡型盗撮機でしっかり撮っているぞ?」
「いやなんてもん作ってんだお前! お前はそれで何を盗撮しようとしてたんだよ、小学生だからってダメだぞ盗撮は! やっていいこととダメなことの区別くらいつけろ!」
「それにお前はこの俺から逃げられんぞ? この隼速人からはな。素直に死ね」
「死ねって言っちゃった! そこまでしなくていいって!」
「逃げる? はは、そんなことしないって。仕方ないなあ、素直に掏らせてくれれば事は最小限で済んだんだけど」
青年は笑みを浮かべてやれやれというように手を振る。
「あなた、何が目的?」
「その本が欲しいだけさ、その究極の魔導書の一冊がね」
「なんでそれを知って……。一冊? まさかこういう本が他にもある?」
「ああそうさ、究極の魔導書は全部で三冊ある。歴史にはこの三冊を持って、戦争を勝利に導いた英雄がいたそうだ。この世界のどこかにあるという禁断の魔導書。そいつが持っている攻撃の魔導書。そして、この召喚の魔導書だ!」
「うわっ!?」
声を上げたのは霧雨だった。神奈達が慌てて霧雨を見ると、掛けていた眼鏡型盗撮機がなくなっていた。どこにいったのか目で追って探すと、青年の近くに浮いている。不思議な光景だ。さらに不思議なことに、眼鏡が突然ひしゃげてしまう。
「透明人間のスケスケ。透明なこと以外は普通の人間と変わらない。こんな風に本に封じられた魔法生物を召喚して、従えることが出来るのがこの召喚の魔導書の力さ」
「そんな本まで持っていて、なんで僕の本を!」
「魔導書はいくつ持っていてもいいものだろう? いわば俺は魔導書ハンターといったところか。一度逃がしたとはいえ、獲物は絶対に手に入れる質でね」
「一度、逃がした?」
斎藤は『一度逃がした』という部分を疑問に思い問いかける。攻撃の魔導書は斎藤が小学生になった頃、考古学者の父が他界した連絡と共に形見として渡されたものだ。青年が手にする機会なんて、斎藤の手に渡ってからは一度もない。……あるとすればそれ以前。
「もう三年以上前の話さ。さて、俺としてもここで退くつもりはない。なんとしても魔導書は手に入れたいからな」
神奈達は拳を構え、速人は再び刀を抜く。盗撮眼鏡を壊された霧雨は怒りの表情で懐から銃のようなものを取り出す。夢咲と泉は巻き添えにならないよう下がっておく。
「穏便に済ませたかったが仕方ないなあ。なら一週間後、その本をかけてこのメンバーで勝負しないか?」
「勝負って……六対一でか?」
「まさか、この本のことを忘れたか? これがあれば何人でも言いなりの人形を出せるんだぞ」
青年の提案は神奈達にとって損しかない。勝負など受ける必要がないと神奈は思っていたが――。
「その勝負受けるよ」
斎藤が承諾した。神奈達は困惑の視線を送る。
「そうこなくっちゃな。じゃあ君が勝ったらこの本あげるよ。まあまず、ありえないだろうけど」
「ふざけんな! そんな勝負に乗るわけないだろ!」
「お前は友達の意見を否定するのか? そいつが決めたんだ、本の持ち主であるそいつがね」
「斎藤君、本気なのか?」
「うん」
拭いきれない違和感が神奈達を襲ったが話は進む。
「じゃあ日付は二週間後で。場所はここから一番近い公園で、時間は午後五時でいいかな? 学校もそれくらいには終わるだろう?」
「うん」
「じゃあそういうことで、俺は帰るよ」
「うん」
「なっ、待て逃がさんぞっ!」
青年は霧のように霞んで消えた。高速で走り去ったわけでもなく、本当にそこから消えたのだ。速人が手裏剣を投げても当たらず電柱に突き刺さる。
「うん」
「ん?」
「うん」
「おい?」
「うん」
「おーい、斎藤君?」
先程から「うん」としか言わない斎藤に神奈達はまさかと思い始める。
魔法の力は不思議なもので召喚の魔導書というものは未知だ。相手の思考や言葉を誘導したり、操作したりする力を持つ生物がいてもおかしくない。仮説の正しさを証明するため、神奈は斎藤に物凄く軽くデコピンしてみることにする。
「いたっ! 痛い痛い痛い痛い……! 神谷さん、何するんだよ……!」
神奈にとって軽くても強烈なデコピン。
カンッという音がすると斎藤の額は瞬く間に赤くなり、小さな鉄球を思いっきりぶつけられたような痛みが襲っていた。もう少し強くデコピンしたら頭蓋骨が割れていたかもしれない。
「さっきあの男になんて言ったか覚えてるか?」
「え、ああ、なんでそんなにこの本を欲しがるのか聞いたけど……」
「そうじゃない、お前その本賭けて勝負するって言ったんだぞ」
「え、僕が? そんなこと……え、嘘だよね? さっきの痛みで記憶飛んでる?」
神奈達が思い浮かべていた仮説は正しい。相手の言葉を操作する、もしくは誘導する力。悪用されやすい悪質な力であると同時に厄介な力でもある。召喚の魔導書で呼ばれた生物の力ではなく、青年の固有魔法という可能性もあるがそこはどうでもいい。どちらにせよ、青年が行使出来ることに変わりない。
「随分厄介な相手だったけど行く必要ある、の? あんなの勝手に向こうが言ってるだけで、しょ?」
「泉さん、そうだね私も賛成。行く必要なんてないよ」
「でも奴を放っておくのは危険すぎる。ここは敢えてあっちに乗っかってみないか? あの男は絶対にまた何かしてくる。周囲に被害が出る前に私達は動くべきなんだ」
損しかないので当然の疑問を口にする泉だが、神奈は敢えて相手の作戦に乗るよう提案する。それに賛成するのは霧雨、斎藤、速人の三人だ。
「そうだな、場所も時間も分かっているんだ。叩くなら絶好のチャンス、俺の眼鏡の仇をとるぞ」
「僕も行くよ、このままじゃスッキリしないんだ。あんなにあっさり操られるなんてレイに怒られちゃうし」
「ふん、どちらでもいいが、奴は気に入らんな」
強制的にされた約束を守らずに野放しにすれば、今度は本気で襲撃してくる。もし本気なら召喚の魔導書の力をフル活用することは想像が容易い。数もどこまで出せるか分からない以上、野放しにするよりも、誘いに乗って戦った方が有利に事を進められる。そう神奈は考えた。
夢咲は神奈の目から思考をある程度読み取って意見を変える。
「……行く必要はないけどやっぱり私も行くよ、心配だし」
これで反対は泉だけになった。神奈達の視線が泉一人に集中する。
「分かった、よ。行けばいいんでしょ? 行け、ば」
これで満場一致で誘いに乗り、青年を倒すことが決まる。
二週間後という長いようで短い期間だ。そのうちに各々特訓を開始することになった。
* * *
例の青年、狩屋敦は歩道を歩きながら、召喚の魔導書を手に取ってにやついていた。
「言操虫……この虫に噛まれた者は俺が指定した通りにしか喋れず、その間の記憶も失われる。盗むのに失敗して咄嗟に考えた策だったけど、今頃あの子たちは怒っているかな? 怒りに身を任せて来るも良し、来なくてもいい。来ない場合、今度はあの斎藤君だったかな? 彼の周りの人間を殺して回ればいい。そうすれば俺に恐怖し本を渡してくれるだろう……クッフフフフ」
「ママー、変な人がいるよ」
「しっ……! みちゃいけません! ほら行くわよ!」
「はあい」
狩屋はにやつくのをやめた。変な人扱いされるのは嫌だったのだ。
腕輪「それぞれが修行を始めるなか、斎藤凪斗はレイに事情を話し特訓に協力してくれることに。そこでレイは魔技という魔法に似た技術を教えたいと言い出す、次回『特訓――それぞれの力――』絶対見てくださいね!」
神奈「これまだ続くのか!?」




