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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.二章 神谷神奈と究極の魔導書
89/608

34.5 試用――教えようか――

2025/09/28 誤字修正+文章一部修正









 斎藤が形見の本をグラヴィーに渡して一週間後。

 解読と翻訳が終了したと連絡を受けた神奈は、朝八時という時間に斎藤を連れて、宇宙人三人組の家に向かっていた。


「ねえ、神谷さん。こうして力になってくれたことに、改めてお礼を言うよ。ありがとう」


「いやぁ、私は結局他人任せにしただけだしなあ。一人じゃ何も出来なかったよ」


「それでも神谷さんが動いてくれなかったら、僕は一人で変わらず、死ぬまで解読を続けていたよ。きっとそれ以外に時間を割くことなんか出来なかったと思う」


 父親の形見であるという本を読めるようになりたいと思うのは自然なことだ。しかし読めたのなら「ああ、こういうものなんだ」と興味は尽きるが、読めなかった場合は読むために必死になる。解読に多くの時間をかけて、自分の他にやりたいことが後回しになってしまう。斎藤がそれを苦に思わなかったのは、形見である本に触れることで今は亡き父親を感じられるからだった。


「……そういえばまだ聞いてなかった。どうして斎藤君のお父さんは死んだんだ? 言いたくないなら答えなくていいけど」


「大丈夫、だけど詳しくは知らないんだ。僕の父親は考古学者でさ、色んな古い歴史とか道具とか、そういったものを研究する仕事をしてた。でもある日、父親の仕事仲間が訪ねてきて、唐突に死んだって告げられたんだ。正直最初は信じられなかったけど、帰って来ないし本当なんだって今は受け入れてる。あの魔導書はその仕事仲間の人が持ってきてくれたんだよ」


「考古学者ねえ……」


「神谷さんの両親は?」


「父親は良い人だったよ。母親は知らんけど」


「ご、ごめん……」


 人には誰しも触れられたくないものがある。他人から見てどんなにくだらなく見えても、必ず一つはある。その踏みいることに躊躇するような内容に土足で踏み入るなら、慎重に話を進めなければ相手を怒らせるだけだ。土足で踏み入ったのは神奈のはずだが、斎藤も深く考えずに聞き返したので罪悪感に(さいな)まれる。


 その後、世間話をしながら歩き、宇宙人三人組の家に到着した。

 インターホンを鳴らしても出て来なかったので、神奈はノックしてから扉を開ける。呼び出したのは相手側なのだからこうして入っても問題ない。


 家の中に入った二人の目に飛び込んできたのは……目元に大きな隈を作り、ゾンビのような覚束(おぼつか)ない足取りで歩く青髪の少年だった。


「うわあああ! ゾンビがいる!」


「お、落ち着け斎藤君、ゾンビじゃないよ。おーい大丈夫かグラヴィー」


 隈を作っている少年はグラヴィーであった。彼は睡眠もろくに取らず解読と翻訳作業に没頭した結果、睡眠不足でゾンビ状態になっていた。インターホンを鳴らしても反応がなかったのは、あまりに眠すぎて寝ていたからである。


「うぅ、ああぁ、来た、か」


「こええよ、体調管理しっかりしろよ!」


「こ、これを、受け取れ……」


 今にも死にそうな小さな声と、崩れた体勢でグラヴィーが渡そうとしている物は分厚い本。斎藤が預けていた魔導書だった。本を神奈が受け取って斎藤に渡すと、直後にグラヴィーは床に倒れて眠ってしまう。睡眠が一日一時間だったので当然である。


 本を手にした斎藤は倒れたグラヴィーに一礼した後、表紙からじっくり見始める。

 本の題名も翻訳されており【攻撃の魔導書】と記されている。一ページ捲ってみると、元から文字がギッシリ書いてあったが、小さな隙間に翻訳された日本語が書かれたことでさらに文字数が増えていた。もはや空白が存在しない。


「よ、読みづらいな……。えっと、この本は我が星の究極魔法、その中でも強力な攻撃魔法を載せた魔導書?」


「究極の攻撃魔法の本? こりゃとんでもないものみたいだな」


「……魔法、僕に使えるのかな。それ以前に、そんなものが実在しているのか今でも半信半疑だよ」


「今さら何言ってんだよ。荻原の件で魔法があるって認識してるだろ?」


「そうだね、今さらだったよ。続きを読もう」


 なんの情報もなければ魔法なんて不思議なものがあるとは信じられない。しかし、斎藤には本の中に入ってしまうという、荻原の魔法を知った過去がある。事前に不思議な体験をしているので魔法を信じられる。


 本に書かれているのは全てが攻撃魔法。

 一ページごとに魔法が記されており、合計七百近い魔法が一冊の本に纏められている。


 生命を燃やし尽くす地獄の業火を召喚する魔法……獄炎の抱擁(インフェルノ)

 通常の炎では溶けない氷結魔法……氷の国(ニブルヘイム)

 全てを消滅させる素粒子で構成された光魔法……消滅の光(ヘイムダル)

 雷よりも強力な、三百億ボルトもの電圧がある電気が槌の形を作る。直撃すれば大抵の生物は感電死し、無事だったとしても強制的な電気分解が起こり、体中の水分などが分解されてしまう魔法……雷神の戦槌(ミョルニル)


 記載されている中で一部抜粋しただけでも強力な魔法である。

 この魔法に欠点などない。もしあるとすれば強すぎること。


「一通り読んだけど、この本に記されているのは全て攻撃魔法についてだったな。他の事は一切書いていなかった、しかも究極というだけはある。どれも強力だ。私が使う魔法とは大違いだよ」


「え、神谷さんって魔法が使えたの?」


「……あ、ああ、まあそれは置いといて、斎藤君が魔法を扱えるかどうか調べてみよう」


 神奈が使用できる魔法など、出っ歯にしたり、木の棒を作り出すような微妙な魔法だけだ。さすがにそれを進んで話したくない。現実逃避するように神奈は〈ルカハ〉を使い、斎藤が魔力を扱えるかどうかを確認する。



 斎藤 凪斗


 総  合……682

 身体能力……2

 魔  力……680



 調べた結果、魔力が扱えることが判明する。


「ど、どうだったの?」


「普通に使えそうだよ、試しに使ってみたらどうだ?」


 一応外に出て、魔法名と魔法の説明をもう一度確認した後、練習がてら使うことにした。使う魔法は究極の炎魔法と記されている〈獄炎の抱擁(インフェルノ)〉だ。明らかに強そうな名前だが、炎なら上に向かって放てば被害はゼロである。


「どうしよう、初めてだからかな? 緊張しちゃって手汗が凄いや……」


 不思議な力を自分も使えるという高揚感。どんなものが出るのか、成功するのかという緊張。それらが斎藤の心臓の鼓動を激しくさせる。


(ああ、これは私が初めて魔法を使った時にそっくりだ。あの時私は柄にもなく緊張して舞い上がっていた。まあ、あの時はふざけた魔法のせいでショックを受けたけど今回は違う。なにせ究極の魔導書だからなあ)


 汗を流しながら極度の緊張と共に斎藤は魔法を唱えた。


「〈獄炎の抱擁〉!」


 その瞬間、神奈達の視界は黒一色になった。

 一瞬目の前に広がるそれが何か分からなかったが、使用した魔法は黒炎を放つ魔法だ。邪悪な黒い津波のようなものは炎であると、すぐに神奈は理解する。


 周囲の家に燃え移っていないか、人はいなかったか、焦りと戸惑いを隠せない。神奈は慌てて周囲をよく見る。凄まじい勢いの炎の中でも目を凝らせば周囲の景色を確認出来た。そして、炎がどこにも燃え移っていないことに気付く。 


 黒炎は建物や植物に燃え移っていない。それらを避けるかのように上空へと逸れていき、結果的には被害ゼロという形となった。

 炎が消えてから斎藤は汗を吹き出すように掻き、膝をついて倒れた。


「やばい、こっちは大丈夫じゃない! でもどうして炎が燃え移らなかったんだ? 何だか見えない壁でもあるみたいに炎が昇っていったし」


「まったく、帰って来たら妙な炎が広がっていたから驚いた。咄嗟に空間を捻じ曲げたり閉じたりして、炎が届かないようにしていなければここら一帯が火の海だ。物騒な魔法を使用したのはいったいどこの誰だ?」


 遠くから歩いて来るのは灰色のマフラーをした細身の少年、ディスト。

 グラヴィーが体調不良でバイトに行けそうにないと、近所のコンビニエンスストアにディストが伝えに行っていた。その帰りに黒炎が発生したので、空間に干渉する魔技で黒炎の行き先を全て上空へと強引に捻じ曲げたのだ。


「お前は……ディストか」


「うあっ……! ひ、久しいな神谷神奈。あ、挨拶は程々にして、そこの奴を中に、は、運ぶぞ!」


 神奈が声を掛けると、ディストは右頬を押さえて一歩下がる。そんな様子を見て困惑する。


「あ、ああ、そうするけど……お前大丈夫か? 何、虫歯?」


「違う。お前に殴られた場所が、たまに痛くって。それよりも早く運んで、くれ!」


「痛むって、いつの話だよ私が殴ったの」


 神奈は斎藤を担いで運び、宇宙人組の家に戻った。

 気絶している斎藤を布団に寝かせてからディストと話し始める。


「さっきは助かった、お前がいなきゃここらは大火災だった」


「全くだ、それにあの魔法を使っていた奴は未熟すぎる。魔力の制御が甘すぎて炎がそこら中に飛び散ってたぞ」


 本当にそれは神奈としても予想外だった。全ては魔法の知識のなさが原因だ。初めてなら究極魔法なんて物騒な魔法ではなく、弱い魔法から使い始めるべきだった。斎藤が倒れたのは魔力を急に使いすぎたのが原因だ。神奈の〈超魔激烈拳〉のように、究極魔法を使えば魔力消費量が多すぎて空になる。


「それは許してやってくれよ。今日が魔法使うの初めてなんだ」


「そんな奴があんな物騒な魔法を使おうとしたならなぜ止めなかった」


「いや、まさかあんなことになるとは思わなくってな」


「ほんとにびっくりだね」


 会話に新しい声が加わる。宇宙人三人組の中でリーダー的な扱いであるレイだ。彼はトイレにいたのだが、どす黒い炎が窓の外を覆い尽くしていたので恐怖していた。事情は倒れている斎藤を見たり、神奈達の話を聞いて理解出来ている。レイはちゃぶ台に麦茶を置き、神奈達の傍に座る。


「最近グラヴィーが熱心に読んでいた魔導書は、かなり危ないものみたいだね」


「確かにあれは強力すぎる。さすがに究極の魔導書だ」


 戦闘民族であるトルバ人から見ても、究極魔法は危険なものであった。掠っただけでも重傷になりかねない。扱いは難しいが、使いようによっては格上の者も倒せるだろう。


「あんな強力な代物だし、狙われるのも納得だね」


「狙われる?」


「うん、魔導書を狙って襲って来たんだ。相当な強者だったよ。それに何より敵意を隠すこともなく、殺すことに躊躇いもないような人だった。はっきり言って、このままその男の子に返すのは危険だ」


 魔導書が狙われて襲撃されるなんて斎藤が持っていた頃はなかった。もし今まで襲撃があったなら、襲撃者が一般人より弱かったり、第三者に通報されて襲撃出来なかったのだろう。そうでもなければ斎藤が死んでいる。


「そいつは?」


「逃げられたよ。牛丼に気を取られすぎなければ連携して倒せたけどさ。行き先とか、仲間とか、聞き出せなくてごめん」


「牛丼って、何してんだよお前らは……。グラヴィーは?」


「隅に寝かせている。しばらくは起こせないな」


 寝ているのを確認した神奈は、グラヴィーを起こさないよう声量を抑える。


「……で、その逃げた奴がまた襲ってくるかもってことだよな。斎藤君次第だけど、修行するしかないよなあ。私一人じゃずっとは護衛出来ないし。本人に強くなってもらわないと」


「それがいいだろうね。僕達も協力するよ。一度関わってしまったし、見殺しにするのは気分が悪くなるから」


 話の途中、斎藤の瞼が開く。

 倦怠感があり瞼も重いはずだがゆっくりと目が開かれる。


「……あ、れ? ここは」


 斎藤の瞼が完全に持ち上がり、怠く眠そうな声を上げる。

 神奈は上から彼を覗き込むように見て、意識があることを確認する。


「大丈夫か?」


「……神谷さん? ここは、さっきの家か。確か、魔法を使ってみようって話に……」


「君は魔法を使うにはまだ未熟なんだよ」


 朧気であるが何があったのか思い出していく斎藤に、レイが声をかける。

 体を起こした斎藤は周囲を確認して、知らない少年二人を見ると戸惑う。


「き、君は?」


「僕はレイ。そんなことより、君が今の魔法を使いこなすのはまだ無理だよ」


「ど、どうして?」


「君は初めて魔法というものを使った。だから魔力の使い方が下手なんだ。分かりやすく言えば、自転車に乗れないのに、いきなりバイクに乗るようなものさ」


 魔法は使えば使う程、魔力の繊細な扱い方が身についていく。究極魔法を満足に扱えないのは斎藤の熟練度の問題。もし完璧に扱えるようになれば体への負担は軽減される。


「君さえ良ければ僕達が教えようか? 魔力の使い方をさ」


「でも迷惑じゃ……」


「神奈の友達なんだろう? なら迷惑なんて思わないよ。それに、またさっきの魔法を使ったら危ないしね」


「あ、ありがとう。僕は斎藤凪斗です。これからよろしくお願いします、レイさん」


「うわ、むず痒いな。僕のことは呼び捨てで構わないよ」


 話は上手く纏まった。これからは斎藤にレイが魔法の使い方を教え、ついでに文句を言っていたディストも協力することになった。斎藤の魔法ライフはまだ始まったばかりである。


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