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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.二章 神谷神奈と究極の魔導書
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34.3 氷柱――冬の力――

2025/09/28 誤字修正+文章一部修正









 時刻は十八時三十分。

 外は少し暗くなっており、小学生が出歩くには危ない時間。そんな時間にデパート内から出て来た神奈達だが、それは眠そうな目をしている二人のせいであった。


 デパート『バツヒロ』のマッサージ機器コーナーにて、眠った夢咲と泉が起きるのを待っていた神奈達だが二人は一向に起きず、熟睡し続けていた。このままでは帰るのが遅くなってしまうので、強制的に叩き起こして出て来たというわけである。


 寝足りないのかあくびをする二人だが神奈達まで安らかな眠りに付き合う時間はない。明日も学校だし、寝すぎてしまうのは逆効果で夜が眠れなくなる。


「うーん、寝ちゃったからあんまり見ることができなかったなあ」


 買い物に来たのはいいが見ることができたのは二階と三階のみ。まだまだ生活に便利なものを買うなら他の階も見ておかねばならないだろう。


「そうだな、まあ買い物はまたいつでも行けるしさ。今日はもう帰ろうよ」


「私も帰りた、い。あんまり遅いと親が心配するか、ら」


「そうね、今日はもう遅いし帰りましょう」


 文芸部にはいつだって集まれる。集まれるならどこかへ行くのも自由だ。買い物に限らず、どこにだって行くことが出来る。

 五人は「また明日」と言い、帰っていく。しかしそれぞれが自分の家に帰るわけではない。


 神奈は夢咲の頼みにより、銀行へと赴いていた。宝くじの一等である七億円を受け取りに来たのだ。

 七億という金額はあまりにも大金。それゆえに夢咲は一人で受け取るのが急に怖く思ってしまった。泉には両親がいるので付き合わせるわけにはいかない。霧雨や斎藤になら頼むこともできたが、夢咲が一番頼みやすいのは神奈だった。


 銀行にある椅子で自分達の番を待ち、ついに受け取りの時がやってくる。

 ほとんどの宝くじには購入の際に年齢制限がない。ゆえに夢咲のような小学生でもお金を受け取ることが出来る。中には年齢制限があり購入出来ない宝くじもあるが、夢咲が持っている宝くじは違う。


「本日はどんなご用ですか? 預金ですか、引き出しですか?」


「た、宝くじが当たったので、換金をお願いしたいんですけど……」


「はい分かりました。少々お待ちください」


 緊張する夢咲は、なんとかシワシワになっている宝くじを受付の女性に渡すことが出来た。握ったことによりシワが酷いが換金にそんなこと関係ない。


「ど、どうしよう神奈さん。いざ受け取るとなると手が震えてくる……」

「安心しろ、私も震えてる」

「安心出来ないんだけどそれ……」


 これから七億が来る高揚感を二人は抑えきれそうになかった。

 体のいたるところで汗がにじむ。緊張で心臓の鼓動が速くなっていき、お互いの胸に手を当てればあまりの鼓動の速さに驚愕するだろう。それ程までに七億という金額は暴力的な数値なのだ。

 二人の息遣いが荒くなり始めた頃、受付の女性が戻ってくる。


「あの、お客様。大変申し訳ないのですが……」


「あ、もしかしてすぐに用意出来ないですか?」


「いえそうではなく……その、ですね」


 受付の女性は申し訳なさそうな顔をしながら、宝くじをカウンターテーブルの上でそっと滑らせて、二人の前へと返却する。


「こちらの宝くじなんですが……去年のものなんです」


 二人は最初、何を言われたのか分からなかった。理解したくなかった。それ程までに絶望的な答えであった。

 しばらくの沈黙のあと、二人は顔を見合わせて頷く。


「そういうオチかあ……」


 二人は最後に受付の女性へと軽い謝罪をして、俯きながら銀行から走り去った。



 * * * 



 デパートで別れた直後、街灯が点きはじめた街路を歩くのは霧雨と斎藤の二人だ。

 二人の仲は良好であり学校では休み時間も部活中もよく話をする。文芸部内で男子が二人だけということも関係している。そこまで仲がいいからこそ、少し踏み入った話を訊いても話してくれる。


「なあ斎藤、そういえば昨日も今日もお前が持っていた分厚い本を見ないな」


「え? ああ、あれならちょっと貸しているんだ。ずっと読めなかったけれど、解読してくれる人がいたんだよ」


「そんな奴がいたのか……。つまりお前は今持っていないんだな?」


「……そうだけど、それがどうしたのさ?」


 なぜか必要以上に本のことを尋ねてくる霧雨を斎藤は不審に思う。藤原財閥の力でも解読出来なかった本は、歴史的価値や学術的価値が高いかもしれない。そういった価値あるものは狙われやすいので、警戒心を持つことは正しい。


「いや悪いな。なんでもない、少し気になっただけだ。それじゃあ俺はここで失礼する」


「え、うん。また明日……」


 霧雨は急ぐように斎藤から離れていく。どこか不自然だった気がしたが、斎藤は気にしすぎだと思い家に帰っていく。


 一人になった霧雨が向かう先は自分の家――ではなく公園だった。

 もう遅い時間なので公園には誰もいない。何か秘密の話をする時にはピッタリだ。静まっている公園で、こめかみに左手の人差し指と中指を当てて喋り出す。


「俺だ。……だから俺だ。ああ、この喋り方だと分からないか? フォウだよ、俺はフォウだ。理解が遅いな全く……。うん? ああちゃんと調べたよ、斎藤は究極の魔導書を所持していなかった。やはりウィンドルの言葉は正しかった。もしもウィンドルが教えてくれなければ、(あるじ)は時間を無駄にしてたぞ」


 公園に霧雨の近くには誰一人いない。傍から見れば独り言である。

 呟きながら霧雨は公園内にある公衆トイレへと歩いて行く。


「戻ってこい? 戦力を削ぐのも不可能じゃないけど……ああ、そういう……確かにやりすぎたしな。分かった、十分後までにはそちらに帰ろう」


 喋るのを止めると霧雨はトイレ内の電気を点けた。

 明かりを点けるまで薄暗かった男子トイレ、その中の一つしかない個室に入る。

 五分程経ってから、頭を押さえて出てきた霧雨は呟く。


「……俺は、何をしていた?」


 疑問を口に出すが、霧雨は答えを出せないまま帰路についた。



 * * *



 とある民家の前で、一人の女性がこめかみに人差し指と中指を当てて立っていた。


「今フォウから連絡が来たわ。……分かってるわよ。ええ、まあ……少し難しいかもしれないわね」


 極薄く青みがかった緑色、秘色(ひそく)の髪で、ツインお団子の髪型をしている女性は、真っ白な肌にキラキラした粒を浮かせて険しい表情になっていく。


「どうしてって? だって……私の僅かな敵意を感じ取って、家から男の子が出てきたのよ。並の強さじゃないのが相対してよく分かる。凄まじいプレッシャーだもの。まあ、敵意がほとんどなくて、実力が測れない相手よりはマシだけどね」


 誰かとの会話を終わらせた真っ白い肌の女性は、家から出て来た少年を青い瞳で見据える。


 赤紫の髪で、前髪だけ逆立つ少年、レイは特に強張るわけでもなく平常な、まるでこれから友人と話すかのように自然な表情で立っている。


「さてボウヤ、私に何か用かしら?」


「用があるのはそっちじゃないのかな? この家になんの用だい?」


「ウィンドルが逃げてきたのはあなたからではないのかしら。そうね、本を持っていないし、別人か。……ねえボウヤ、やたらと分厚い本を知らない? 私達はそれが欲しいの」


 本などレイは興味ない。だが分厚い本と聞いて、最近グラヴィーが夜遅くまで読んでいる本が分厚かったなと心当たりはあった。そしてそれが一番の友人である神奈からの預かり物ということもグラヴィーから聞いている。


 何をしているのか知らないが、寝る時間を削って夜遅くまで作業するグラヴィーのためにも、本を渡すわけにはいかない。


「悪いけど、お引き取り願おうかな。理由はどうでもいいけど、あの本を渡すわけにはいかない。渡して迷惑になると分かっているのだから渡すわけがない」


「……そう、穏便に済ませたかったけれど、しょうがないわね」


 女性の体から冷気が流れ出し、白い煙となって周囲に広がっていく。その中でいくつも氷の粒が生成されていく。

 無から発生した氷の粒は大きくなって石程度にはなり、それらは女性が指を鳴らすと同時にレイへと襲いかかる。


「痛めつけて、奪いましょう」


「穏やかではないなあ。もっとも、敵意が漏れている時点で穏やかではないけどね」


 無数の弾幕がレイに迫り、連続で繰り出された拳により粉々に砕かれる。氷の塊は砕け散ると夜の暗い空間を照らす光に生まれ変わった。


(今の攻撃、魔法かと思ったけれど少し違うな。どちらかといえば僕らの使う……魔技(マジックアーツ)に近い)


 魔法と魔技には、単に呼び方が違うというだけでなく、ほんの僅かな違いが存在する。

 明確なイメージをすれば威力が上昇するというのは変わらない。しかし魔法は魔法名を口にしなければ発動しないが、魔技は魔力変換の技術なので本来なら名前などない。ゆえに魔技は魔法と違って無詠唱で発動出来る。


 無詠唱で発動出来るとはいえ、明確なイメージは大切なので決めた名前を口にするのは意外と大切なことだ。トルバの戦士達は魔技を発動させる時、決まってそれに名付けた名前を口にするよう教えられている。


「やはり感じた通り、ボウヤは強いわね。これは骨が折れるわ」


「比喩でなくなるかもしれないから、覚悟しておくのを勧めるよ」


 真っ白な肌の女性は再び氷を空中に出現させる。

 今度のそれらは先端が尖っている氷柱(つらら)のような形をしていた。


「私の名はウィン。冬を司る精霊の一種。氷を無から生み出すことなど容易く、その形状をどう変えるのも自由。今度は拳で砕こうとしても貫かれるだけよ……いきなさい!」


 先端が尖っているので、正面から殴れば手を貫通してしまう。だがそんな程度でレイがどうにかなるはずもない。彼は惑星トルバにおいて、序列一位には及ばずとも、二位の座を幼い頃から単純な強さのみで保持している鬼才だ。

 迫る氷向に容赦なく、叩き落とすようにレイは拳を上から叩きつけた。結果はウィンの見開かれた目が物語っている。


「意味ないよ。尖っているだけなら、それ以外の場所を殴ればいいんだから」


「なるほど……。予想以上の強さね。二十を超える氷柱を、一番到達するのが早いものから順に叩き落すなんてこと、相当な身体能力と動体視力がなければ不可能だもの」


「分かってくれたのなら帰ってほしいんだけどな。今なら僕は見逃すけど」


「確かに強いけれど、勝機がないわけじゃないわ。私の力が氷を生み出すだけだと思ったら大間違いよ」


 白い息を吐くレイは異変に気付く。

 辺りが異様に寒いのは目の前のウィンのせいだが、それ以外にもおかしいことがある。最初は降ってくるそれをを綿かと思った。しかし、鼻先に触れたそれを冷たく感じ、人肌の体温で溶けていくのを見て確信する。


「雪……? まだ春なのに……。これも君の力かい?」


 レイとウィンがいる場所、直径十メートル程の円の範囲で白く冷たい雪が降ってきた。


「この付近にだけ雪を降らせたわ。それよりも、その可愛いお鼻は大丈夫?」


「鼻? そういえばさっき雪に当たったけど、寒さからか感覚がないな……」


「見せてあげるわ、この氷で作った鏡をご覧なさい」


 ウィンは薄い氷の板をあっという間に作り、レイの真正面に置く。

 氷は鏡のように光を反射して自分の姿を確認出来る。レイは自分の姿を見ると、とある違和感に気付いた。


「気のせいかな、鼻先が真っ白になっているんだけど」


「気のせいなわけないでしょう? 今も振り続けているこの雪……これに触れると体が白くなって感覚がなくなるの。そうして全身が白くなってみなさい? 体を動かすことが出来ないだけでなく、全身が白くなった時が最期……体は崩れ去る。これが私の力の一つ、〈自由を奪う雪(フリーロススノウ)〉」


「なるほそ恐ろしい力だね。でも、ただ降ってくる雪を躱すのは苦じゃないんだよ」


 説明を聞いている間も雪がいくつも当たって、当たった部分が白くなっていた。だが、ゆっくりと降る小さな雪を躱すことなど、レイにとっては造作もない。

 レイは雪を躱しながらウィンに近付く。ウィンにとっても想定内。相当な実力を持つレイなら、降り続ける雪を避けながら自分に攻撃してくるだろうと、初めから予想していた。


 歩きながらじりじりとウィンに近付くレイの足が止まる。


「……消えた?」


 攻撃対象が忽然と姿を消したのだ。認識出来なかった超スピードではなく本当に一瞬で消えていた。そしてレイは背後から拳が来ることに気付かず、背中を殴られて三歩も前によろけてしまう。

 

 予想外な殴打だがダメージはない。頭に当たる雪も、全て左腕で防御してほぼ無傷に抑えられた。代償として、左腕の指先から肘まで真っ白になって感覚がなくなった。左腕を雑に扱わず後ろに向くと、拳を突き出したままのウィンの姿が映る。


「速く移動したというわけじゃなさそうだね」


「その通り。私は視界にある雪と、位置を交換することが出来るのよ」


 またウィンの姿が忽然と消える。

 見失ってから攻撃されるとレイの防御は追い付かない。

 傍に移動しては攻撃、離脱をウィンは繰り返した。何度も何度も繰り返す内にレイの肌が露出している部分……両腕の肘から先、両足の脛からくるぶしまで、そして首元から上の六割は真っ白に染まっていく。


「はははっ、どうかしら! このままいけばボウヤの体は雪になって崩れ去るわよ! これで、終わ――」

「〈流星拳〉」

「――りぐぼっ!」


 正面に移動したウィンに油断はない。ただ、あまりにもレイの拳が速すぎて反応出来ずに殴り飛ばされた。殴られたウィンは、レイが住む民家の向かい側にある塀ブロックに衝突して、止まることなく貫通して突き進む。


「〈流星脚〉、〈流星拳〉」


 塀ブロックを破壊したウィンが民家に衝突する前に、レイは赤紫に光る足を動かして回り込み、またもや拳を突き出す。吹き飛ぶウィンはレイの家の前にある塀ブロックに激突。その後また回り込んで殴り、吹き飛ぶ勢いがなくなる。結果、ウィンはレイの民家を破壊することなく、被害は塀ブロックを一部粉々にするだけで終わる。


「が、あ、ああぐ……」


「勝ったと思った瞬間、実は一番敗北する危険があるって知っていたかな? 君が真正面に移動してくれたのはよかったよ。捜す手間が省けた。君が攻撃してくる前に、僕の攻撃が君に届く」


 ウィンは腹部を押さえながら(うずくま)り、震えながら歪んだ顔をレイに向ける。

 レイは話しながら、雪が衣服にしか当たらないように最低限の動きで避ける。


「それとこの雪、実は衣服に触れても何も起きないんだよね。あくまでも生物に触れた時のみ効力を発揮する。このことにはついさっき気付いたよ。攻略がかなり簡単になった。……さあ、君はこれからどうする?」


「決まって、いる……でしょう」


 震える手足で体を支えながら、ウィンはゆっくりと立ち上がる。


「勝負というのは……勝ち目が、あるなら……やるものよ」


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